第12話 16日

 早朝、出し抜けのドアベルだった。近所中が目覚めるのではないかと思うような音だった。さすがのジェームズの寝間着姿のままで応答に出た。

 一階の応接間に眠い目をこすりながらロバートが降りてきたのはそれから十分ほど後で、すでに応接間の暖炉には火が入り、その前でライトがしゃがみこんで暖をとり、サミュエルは暖炉正面の椅子に座ろうとしているところだった。

「随分と朝が早いね」

 ロバートの言葉に、ライトは一応、申し訳ないという顔をしながら、

「13日に変な情報が入りましてね」ライトはそう言って靴下の中に折って入れていた手帳を引っ張り出す。そのまま暖炉の前に、暖炉を背にして腰を下ろし続ける。

「カルテット村、おいらが仕入れられた村ですよ。見張りとして木に登っていた。あの村の住人が、変な物を見つけたって連絡をよこしたんです。まぁ、筋的に警察に連絡したかと聞いたら、警察は忙しいから、「ごときで田舎には行けない」って返事が来たそうでね。木の人形ですよ。あの死体を見たことがある人なら飛びつくでしょう? ましてや、怪しい夜会が行われた村ですからね。

 それで昨日行ってきましたよ。カルテット村は宋国の中央で、乾燥した寒村でした。寒いけど、乾燥しているので雪がなく、空っ風が吹き付けるところでした。背丈の低い草とかしか生えていない寂しい場所でね、以前行った時には気づかなかったけれど、なかなか手入れの行き届いていない村でしたよ。

 連絡をよこしたのは、あの村に宿屋は無くて、それを無理言って一晩軒先を貸してくれた馬具屋の男ですけどね、かなり屈強で愛想の悪い男で、ロマンチックな妄想やら、想像なんか持ち合わせていそうもない男です。

 前置きが長いって顔をしないでくださいよ。きっと、大事なことなんだから。だって、おいらが不思議に思ったことなんですからね」

 ライトはそう言ってジェームズが入れてくれたお茶を両手で包み、息を吹きかけて一口飲んで暖を取った。

「男の話しでは、四日の、例の夜会の翌日、おいらが夜会が開かれていたであろう場所から撤収をする際、何もかも無くなったって言ったことが不思議でならなかったというんです。そう、村人たちはあの場所が廃墟だと知っていたんです。なのに、なぜ貴族がこぞって廃墟に行くのか不思議でならない。だが、それを確かめに行く気が起こらなかったというんですよ。

 なぜだと思います?

 その廃墟には、どういったわけだか、廃墟となる以前の住人が姿を消した途端から怪しい噂が立ったからなんですよ。

 骸骨が踊り狂う。っていう噂です。おいらだって笑いましたよ。笑ってすぐに、見たっていった話を思い出して、これは見に行かねばならないと思ったんですよ」

 ライトはそう言って手帳を開いてみせる。

「男の家は駅そばで、大きな一本道をまっすぐ行くと、二手に分かれる道に出る。右へ行けば湖に行ける場所で、なかなかの漁場だそうです。

 左に行くと、問題の屋敷、バッファロー屋敷があるんですが。このバッファロー屋敷のもとの持ち主というのが、狩猟趣味のある貴族の別荘だったそうで、屋敷の中にははく製でいっぱいだったそうです。今から二十年以上も前の話しだそうですがね。

 ある夜、別荘で翌日の猟のための、銃の手入れをしていたところ銃が暴発。それを合図したかのように、動物たちがなだれ込んできたそうです」

「な? なんだって?」ロバートが聞き返す「動物が、どうしたって?」

「大事な家族を殺されたんでしょうなぁ」ライトが悪ふざけ気味にそう言って、すっと真顔になり「甲高い、トンビの声のような音がしていたそうですよ。ピーっていう音がね、その音の間中、森に住んでいる鹿だの、イノシシだの、オオカミだのが屋敷に突撃し、荒らしたそうです。

 村人は、銃声に目が覚めて起き出し、あの分かれ道まで来て、あぁ、二股から屋敷が見えていたそうです。今は雑木林が立ちふさがっているので、そこをくぐらなきゃ見えませんがね、一応手入れされていたようですね、当時は。

 屋敷に、カラスだか鳥も輪を描いて飛んでいたし、獣のあんな乱暴な姿を見たことがないという暴れっぷりだったそうですよ。ただ、村人たちが危惧するような、村へ降りてくるか? というと、動物たちは屋敷にだけ暴力を施すと、散々崩壊して森へ帰っていったというのです。

 屋敷は一晩で廃墟となり、あとに残っていたのは、手入れ中に銃の暴発で死んでしまった家主だけ」

「それは荒らされていなかったのかい?」

「ええ。あれほどあったはく製もすっかり消えて、壁や床、天井に至るまで穴をあけたり、食いちぎったり、角で穴をあけたりしていたのに、家主だけはそこで、銃の暴発以外の外傷がなかったそうです。

 そして、その夜動物たちが立ち去った最後、屋敷の上空を大きなカラスが甲高く鳴いて飛び去ったようです。

 それからしばらくして、その屋敷で骸骨が踊っていると噂がたったようです」

「自然の報復か?」ロバートがサミュエルを見る。

 サミュエルは首を傾げ、「さぁね。もしそうなら、動物たちだって多少のケガはしただろうから、随分と乱暴な荒ぶる神だよね」と言った。

「まぁ、そういう噂があって、馬具屋の男は嫌がったんですけど、おいらは別に気にせず、屋敷へ行きましたよ。

 ええ、話に聞く以上の荒れ放題でしたね。ただ年数が経ちすぎているので動物の仕業かどうか不明ですけどね。

 不気味だったのは、応接間だったらしい場所の一画だけ、椅子がおけそうな場所だけ床がそのままきれいだったんです。

 言っておきますがね、おいらだって夜にそんな場所を訪ねようとは思いませんよ。だから、真昼間です。十一時ごろです。太陽がさんさんと明るかったでしょ? なのに、薄気味悪いほど薄暗さや寒さを感じましたよ。

 その一角だけきれいな床が不自然で、なるほど、あそこに椅子があって、そこで死んだのだろうと思ったんですが、どうです? 二十年以上も前に崩壊した。まぁ、経緯は別として―動物が壊したとかは度外視して―二十年経っているのに、床の木がきれいというのは不自然だと感じませんか?

 あぁ、馬具屋の男が言った木の人形はこれから出てきますよ。

 おいらはその床はどうしても二十年間そこに放置されていたとは思えなくなってきましてね、一メートル四方のいびつな板でしたね。それをまじまじ見ようと屈んだ時、やっぱり、違和感があって、それを持ち上げたんです。

 板は重かったですよ。ちょうど、地下室の扉ぐらいね。ええ、そうですよ、そこにね、穴が開いてたんですよ。ちゃんと階段もあってね、これはもう、わざと乗せているとしか思えないでしょう? もちろん入りましたよ。

 馬具屋の男も、おいらに付き合って近くまで来ていたのでね、かなり腰が引けていたけれどね。そいつにひもの端を握らせ、反対の端をおいらの腰に巻き付け、おいらは降りて行きましたよ。

 もしふたを閉められたって、押し開けれるほどの重さだったので、まぁ、気にせずというか、あの男を信頼してですけどね。というか、好奇心のほうが勝ったんですけどね。

 階段は十段ほどでしたが中は真っ暗でした。ライトを持って行っていたのでよかったんですけどね。階段を下りた側に明かり用のたいまつが刺さってたんで、それに火をつけてぞっとしましたよ。

 まぁ、板を開けた瞬間からそんな気はしていたんです。匂いがしたので、独特な、あの、監察医務室の匂いっていうんですか? 消毒に隠れたあの、独特な鉄さびの、ドロッとしたようなにおい。まさにそれでしたよ。

 そして、そこに居たのは、腹を裂かれた女の死体でした。慌てて警察に男を走らせ、おいらはとにかくそのあたりを見廻りました。

 女は四日に行方不明になったであろうと思われます。彼女の持ち物であろう小さなカバンが床の隅に置かれていました。あとで片付けるのか、捨てるか解りませんけどね。女のカバンの中に「蘭の花弁」というマッチがありました。あれ? ご存じない? まぁ、お二方はそう言う下品な店には行かないでしょうね。下町ムニー・タウンにあるストリップ小屋です。

 容姿などの特徴から、その店の踊り子ミシェル・ランスだと解ってます。彼女は、先月の30日に手紙を受け取り、貴族の愛人になるんだと息巻いて三日の日を最後に姿を消しているそうです。なので、四日の日、もしくは五日に殺されたんでしょうね。それは、監察医が調べることですけど。

 地下室には、手術用のメスだの、はさみだの、いろいろあって、本当に外科的手術が行えれると感心してました。おいらが見たって、そこに不審なものや不釣り合いなものを発見できそうもなかったんで、とにかく上に上がって、屋敷跡を捜索しようと。そこで思い出したんです。

 馬具屋の男の言っていた木の人形というのは何のことだと。そもそもはそれを探しに来たのだったと。なんで屋敷へ行ったかと言えば、馬具屋の男が、二股から屋敷を見た時、屋敷の二階に木の人形が座っているのが見えたと言ったからなんです。

 だけど、先ほども話した通り屋敷はボロボロで、たしかに二階の一部が残っていましたがそこへ上るはしごなんかない。さてどうしたものかと辺りを見ていれば、何とか残っている棚を踏み台にして登れないわけじゃないと気づき、登ってみたら、ありましたよ、木の人形が。

 あの二体の、干からびたのと同じような姿をしていました。椅子に縛られて、腕、足の付け根、首から管がぶら下がってましたよ」

「……、血液を出す管? ということかい?」

「現場に居た監察医はそうだと思うと言いました」

「なんで、そんなところでやったんだろう?」

「血を早く抜くためだろう。と言ってました」ライトはそう言って、手帳の次の頁をめくった。「こういう風です」

 そこに書かれていたのは、二階の床が一部だけ残っている建物の構図と、棒人間イラストだが、それから五本伸びている管が一階にまで達している絵だった。

「管は長くて下ろしてみたら一階部に達していました。監察医の話しでは、血を重力で早く抜くためではないかという話でした。

 死後何日かは不明ですが、あの枯れた二体と同様なので初期の犠牲者だろうということを言ってました。

 馬具屋の男に聞けば、貴族が最初に集まってきたのが、去年の八月四日だそうです。ちなみに、セブンズ村の最初は去年の七月七日です。

 それ以前の不審な殺人を調べたら、全く無関係な―数字的にですよ―村で、両方の足の付け根を切断されていた死体があったそうです。両手を縛られて吊るされていたそうです。

 言わんとしていることは解ってます。気分が悪くなるので省略しますが、その遺体の発見が、去年の六月だそうです。多分、最初の犠牲者でしょうね」

「そこまで調べているのなら、それ以降、臓器のとられた殺害日も全て調べてきているのだろう?」サミュエルの言葉にライトはほくそ笑み、

「ええ、もちろんですよ。九月の始めと終わり、十月は、十日と、三十日。十一月に入って、三体です。そう、肝臓がターゲットになったやつですね。そして年が明けて、三月の終わりに一体、四月に一体。いや、カルテット村の子を入れると二体ですね」と手帳を見ながら説明した。

「冬の雪深い中では休んでいたようだけど、どうも、急を要しているのか、間隔が短くなってきているように感じるね? ということは、セブンス村の氷室の中にも犠牲者が居たんじゃないかな?」とサミュエル

「そのようですよ。同じく、肝臓をばっさり。犠牲者は中年の娼婦です。同じくカバンが見つかってました。

 氷室にはまだ多くの氷があって、それを出して中に何があるか調べている最中のようですけどね」

 やっとここで、マルガリタが焼き立てのパンを用意してくれたので朝食に着く。ロバートとサミュエルは素早く着替えを済ませて、一緒に朝食をとり、食後、再び暖炉前に集まった。

「いやぁ、やっぱり、ここの飯は旨い」ライトはそう言って満足そうにマルガリタに手を振る。このお調子加減がマルガリタは割と好きで、ライトが来ると上機嫌だった。

「そして、昨日、15日。再び麻薬パーティーが開かれました」ライトが手を振りながら言うので、事が軽く聞こえたが、

「どこで?」と聞き返したサミュエルの声は低かった。

「ハーベスト村です」

「ハーベスト? 収穫……数字なんて、いや、収穫は15日だ」ロバートが領主らしく収穫期日の説明をした。

「犠牲者はいないようですけどね、行方不明者はいるかもしれない。貴族からは報告は来てないそうですが、出席したものの中には娼婦やら、居たようですからね」

「12日がなかったのでもう開かれないと思っていたよ。スタン伯爵が首謀者だと思っていたから」ロバートの言葉にライトも頷く。

「よほど、緊迫しているのだろう。12日は警戒がすごくて、央都の人間のほとんどが知っていたからね。だが、それ以降は警戒態勢をとる情報はなかった。だからじゃないかな? だが、相手も必死になっているんだろう。

 それで、血を買っている医者というのは解ったかい?」

「それがまったくで。大きな手術を成功させた医者のことを調べましたが、みな、例の夜会当夜、家に居たり、急患で治療をしていたりで、アリバイが成立していました。それ以外の医者、成功者をうらやんでいそうな医者たちも、一応ほとんどアリバイがありますね。そりゃ、まだ調べ切れてませんけどね」

 ライトはそう言ってまだ解らないと報告した。

「ホッパー警部の方も同じようなものなのだろうね。……、でもどうだろう、カルテット村の遺体などを見てもう一度話し合ってもいいかもしれないから、出かけてみようか」

 サミュエルの言葉に、ジェームズはもう手袋と外套を用意して立っていた。

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