第11話 12日
12日。ダース村へはホッパー警部からの懇願で誰も近づかなかった。サミュエルは隠れてでも行こうとしたが、その日に限って「例の人」からのお呼び出しをもらい、出かけて行った。
ロバートとエレノアはラリッツ・アパートの食堂で食事を摂っていた。央都に帰ってきて、以来三日ぶりに、「エレノアさんをお呼びになりましょうよ」とマルガリタに催促されて夕食の招待をしたのだ。ロバート自身も、一人で12日の夕食を摂りたくなかったし、エレノアも同じだと言って快くやって来てくれたのだった。
「ダース村は、どうなのかしら?」
エレノアがやはり気になるわ。と言いながら咀嚼を止めた。
ロバートは首をすくめ、「先に、ちゃんと食べてしまおう。マルガリタに怒られる」というと、
「そうですよ、食事の時には、ちゃんと食事をなさってくださいな。そのあとで、つまらない話をなさってください。今は、私の料理を楽しんでくださいな」とマルガリタに言われ、エレノアも首をすくめた。
マルガリタの食事はいつでもおいしかった。温かいスープに始まり、ほどいい硬さとうまみの肉はとにかく絶品だった。
「デザートは、サミュエル様がお戻り次第ということでよろしいですね」
そう言って片付けられていく。
二人は暖炉の前に向かい合って座った。
暖炉正面はサミュエルの席で、彼の左横がロバート、右横がエレノアの席だと暗黙の了解で決まっていた。
「サミュエルはいったいどういう要件なのでしょうね?」
「さぁ、でも、社交界シーズンに入るから、どなたかのエスコート役をしろとか、そういう話しかもしれないね」
「……サミュエルがエスコート役をするの?」
「断固拒否の姿勢を貫くはずだ。今まで一度もしてきていないからね」
「それなのに、エスコート役をさせようとするの?」
「僕もあまり存じ上げないので何とも言えないけれど、サミュエルを困らせようとしている感じがするね」
「……好きなのね」
「多分ね」
二人は微笑みあい、ジェームズが入れてくれた食後のお茶を手にした。
「それで、ダース村のことだけど、」
「ええ、そう。気になるわ」
「ホッパー警部の指揮のもとすごい体制で向かったとは聞いているよ。一応、僕の記憶違いかもしれないにしろ、スタン伯爵らしき人物がいた。だけど、スタン伯爵は殺されてしまった。あとは、もう、村でのパーティーしか手掛かりは無いからね」
エレノアが頷く。
「もし、パーティーが開かれたら、また、犠牲者が出るのね?」
「その前にホッパー警部が捕まえてくれたらいいのだけどね」
サミュエルが帰宅したのは、お茶を二杯目お代わりをしたころだった。
疲れているのはいつものことだが、憂鬱そうな顔はひときわひどかった。
「エスコート役かい?」
「何?」サミュエルが怒気を含む。「いや、すまない。考え事をしていたんだ。それで? エスコート? いいや違うよ。個人的な相談だった。モートン侯爵というのが居るんだがね、叔父上の親戚だ。とてもいい人だよ。会ってきた。その侯爵の末娘が昨日から行方不明だというんだ。
この末娘の言うのがなかなかのおてんば娘で、とてもやさしい表現だよ」と笑う「事もあろうことに、学校で友達当てに来たあの手紙を横取りしてパーティーに出席していた。キディーが見たのはこのフロラ・モートン嬢だと思うね。
フロラは去年デビューをした。モートン侯爵はかなりの高齢でできたこの娘に甘く、デビューしたパーティーで時価うん億という宝石を身につけさせた。新聞はこぞってそれを書きたてた。だから、キティーが記憶していたと思われる。
だが、彼女もまたパーティーから無事に帰ってきた。キディーと同じく二点の点があった。フロラの場合は手の甲だったそうだ。だが、キディーと違って全く覚えていなくて、帰宅後は気分が悪いと寝込んでいた。
それが、昨日、体調が少しいいからと庭を散歩すると言って出たきり行方が解らなくなってしまったらしい。警察が屋敷内を探ることをモートン候は良しと思わないから、何とかしろと言われた」
「おい、……いやな気しかしないのだが」とロバートは襟に指を入れて息苦しそうな顔をした。
「あぁ、だから、僕も気分が悪いんだ。警察署に寄ったら、ホッパー警部以下、主要名だたる警官は麻薬パーティーのほうに出かけていた。探すにしてもすっかり夜なので、屋敷に行くのは日を改めてということになっているが、誘拐は早いに越したことはないのだが、どうも、モートン侯爵が世間体だの、なんだのを気にして難航しそうなんだ。娘に甘いくせに、何が世間体だか、と思うが、しようがない。そういうところが貴族なんだろうからね」
サミュエルはイヤミでも言わないと居られないかのような顔をした。
「でも、パーティーの一件はまるで関係ないかもしれないのでしょう? 例えば、恋人と駆け落ちしたとか?」
「そういうロマンチストではなかったようだよ。かなりの現金主義だという話だ。結婚相手には、拳ほどの宝石を要求するような娘だ。というのはメイドの言葉だ。かなり使用人たちから嫌われているようだったね」
「まぁ」エレノアが絶句する。
「だが、そういう線も捨てきれない。女性というのは恋をすると思いもよらぬことをするものだからね」サミュエルの言葉にエレノアは不服そうな顔をする。
夜が遅いと、マルガリタの強行でエレノアはラリッツ・アパートに泊まった。
朝食のハムエッグと焼き立てのマフィンがいい匂いを出していた。
「ん? 誰か来るのかい?」ロバートが一人分多く用意される朝食に聞くと、玄関ベルが鳴り、ジェームズ先導でライトがやってきた。ロバートは片方の眉を上げサミュエルを見たが、サミュエルは首をすくめるだけだった。
「温かい食事はありがたいです」と頬張るライト。
「ダース村は空振りだったようです。どこにも貴族の姿は現れず、その代わり、娼婦館から娼婦が一人行方不明になりましたがね」ライトはそう言ってお茶ですべてを流すと満足そうに腹を擦った。
「まぁ、娼婦ですから逃げたんだろうとは思うんですが、」
「気になるんだね?」
「ええ、その前日に、その娼婦は血を売ったそうなんですよ」
「血を売った? とは、どういうことだ?」ロバートが聞き返す。
「なんでも、血が必要なんだという医者が居て、血を買うという話だったそうです」
「どこの医者だ?」サミュエルの言葉にライトは首を振り、
「娼婦の間では有名らしいですが、実際売った人は居なくて、どこの病院だか、医者だか解らないらしいです」
「だが、その娼婦は医者を知って血を売ったんだね?」
「どういう経緯か解りませんがね」
「もし、彼女が、B型だったら?」
「でしょ? そう勘ぐりますよね? だから、今朝から病院と名のつく場所で血を買う医者が居ないかって、まぁ、おいらにも一応の子分が居るんでね、そいつらに走ってもらっているんですけどね」
「かなり大変だよ、このシティー―央都の中心街―ですら何軒もの医者が居る。央都にまで広げたらそれこそだ」
「だが今はそれしか方法がないだろうね。それと、空振りに終わったホッパー警部たちが戻ってくるころだろうから、例の件の協力と、村がどんなだったか聞きに行こうか」
サミュエルはそう言うと支度を早く済ませ、三人―サミュエルとロバートとライト―は馬車に乗り込んだ。今日に限ってマルガリタがエレノアを引き留めたのだ。マルガリタも持病の腰痛が痛むようだし、それを放っておけないようで、エレノアは仕方なく留守番をすると言った。
警察署に着くと、空振りに終わった責任をホッパーに向けるような空気が流れていた。―随分と無駄なことをさせたな―という空気だ。
ホッパーは三人を見ると嫌そうな顔を向ける。
「そういう顔をしなさんな」サミュエルの言葉にホッパーはあからさまに嫌そうな顔をする。
「ジョー先生にも質問があるんですが、重大案件を、できれば内密にしてもらいたくて、」サミュエルの真剣な顔にホッパーは取調室にサミュエルを連れて行った。
「ここは一番安全なんだ」とホッパーが苦笑いを浮かべる。
「いいですよ、ここで」そういうとサミュエルは依頼されたモートン侯爵の一件を話す。
「……、そういうお偉い方の事件は、」ホッパーがますます嫌そうな顔をする。
「僕だって頼れる組織はあなただけですから。ですから、おとといから今日までで上がっている身元不明の遺体をまず見せてもらいたいんです。その中に居なければひとまずいいわけですから」
二人が出てきた。
「それで、ジョーにどんな質問が?」
「それは本人に話しましょう。警部に話したところで回答は得られませんからね」
バカにされたような気分だが、きっと、聞いても解らないことなのだろう。と、三人を連れて監察医が居る地下へと降りて行った。
ジョー監察医は今朝やってきた遺体の解剖を終え、書類に記入しているところだった。
「身元不明の女性というのならば、おとといから今までは上がって来てませんよ。今朝のも男だ。まだ寒いのに路地で寝てしまったんでしょうな、心不全です」
そう言って書類を部下に手渡す。部下はそれを持って部屋を出て行った。
「それでお聞きになりたいこととは?」
「本人が不在でも、血液型が解るものだろうか?」
「……不在では解りかねますが、全く解らないわけじゃない。予測は付きますよ。という点での話です」
「予測は付くんですか?」
「ええ。血液も両親から受け継ぐんです。A型同士の親からはA型の子しか生まれません。他の血液も同様です。だが、別々の血液型の場合、例えば、A型とB型であれば、AB型が、A型とO型であれば、A型かO型が生まれる。だから、何となく予測は付きますよ」
「血液をどれほど用意したら、検査は可能ですか?」
「ここに来ていただいて、」
「それは不可能なのです」サミュエルの冷たい響きに、相手が貴族であると察したジョーは、中空を見つめ、
「私を信じていただくしか、無い。としか言えませんね。運んでくる際に凝固してしまうし、血液を採るということは傷をつけるんです。傷つけすぎる必要がないけれど、その匙加減が解らないでしょうからね」
「……、では、もし可能となれば、行ってくれますか?」
ジョーは覚悟を決めたような顔をして頷いた。
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