第8話 ロバートも央都へ出てくる。

 まだまだ種まきのシーズンは遅くなるだろうし、何より、

「お嬢さんを、このか細い紳士に遅らせて、坊ちゃんは大丈夫だとおっしゃるんで?」

 と、「なぜだ?」村中のほとんどの住民が集まってきて、エレノアとサミュエルの帰宅に同行しないのはおかしいと抗議をしている。

「いや、だから僕はここの領主だし、種まきを、」

「坊ちゃん一人くらい居ないでも大したことないですよ。それよりも、こんないいお嬢さんを帰すなんて、坊ちゃんはよほどの馬鹿ですよ」

「いや、サミュエルと帰るんだよ」と言ったが、村人全員の意見で、ロバートは央都へと行くことになった。

 本当に汽車に乗り、挙句には家まで送り届けるまでついてくるんじゃないかという勢いで駅にまで人が集まっていた。

 汽車に乗り、個室の椅子に収まって深い息を吐く。

「それだけ、君は愛されているんだ。ありがたいと思わなきゃ」

 サミュエルの言葉にロバートは「解っているよ」と言ったが、いつまで経っても子供で、手を貸したがる風潮にはいささか参っている。

 その最たることが、エレノアととにかく一緒に居させようとしていることだ。一人で居ると、なぜ一人なのかと責められる。二人で話していると、使用人ですら気を使い用事を後回しにする。

「これでは、家の中が滞ります。あなたも央都へ行きなさい」と母が言って、現在に至るのだ。

 エレノアはみんなの干渉にすっかりおとなしくなって口を開いてくれなくなった。ロバートと顔を合わせただけでどこからかため息―これはうっとりとした恋愛小説家芝居を見ているときのため息だ―が聞こえてきそうな、そんな環境にうつむき気味にさせてしまった。

「本当に、申し訳ない」ロバートが謝る。

 エレノアが何の脈略もなく唐突に「なぜ田舎でパーティーをするのでしょう? 人を集めたいのであれば、町のほうがいいのではないでしょうか?」と言った。

 サミュエルとロバートは顔を見合わせた。

「あの、えっと……皆さんが、ずっと、その、見ているから、恥ずかしくて。だから私、他のことを考えようと、思って。そしたら、ずっと不思議に思っていたんです。なんで、田舎に来させるのか? わざわざ人を集める理由は、その村に何かしらの用がある。ということだと思うの」

 エレノアの推理にサミュエルが手を叩き「なるほど、では、どのような用があると思う?」と聞いた。

「そうね。何かしら? 領地なのかしら? と思ったのだけど、セブンズ村にはいないとおっしゃってましたでしょ? だったら、領地巡りではなさそうですし、何かの興行かとも思いましたの。サーカス。今、流行ってるでしょ? でも、そんなもの見当たりませんでしたし。あと、移動するのは、」

「ジプシー?」ロバートが言うと、エレノアが首を傾げる。

「確かに、放浪の旅人だというが、彼らは安住の地を探しているに過ぎない。安住の地だと思えばそこに棲みつく。確かに情熱的だけど、根は良い人が多い。我々よりも理解は深いよ」ロバートはそう言って、彼の村に居るジプシーは村人とうまく共存していると話した

 確かに、ロバートの村に居るジプシーはロバートに感謝し、自分たちを理解し受け入れてくれた村人へも感謝していた。

「では、田舎でなければいけない利点は? 央都から外れ、不便だとか。人が集まりにくいだろう。といったデメリットをこの際置いておいて、メリットを考えよう。田舎である利点だ」

「広大な敷地の屋敷、いや、廃墟だが、それは確保できる。央都であれほどの屋敷を持っている人は高官貴族ぐらいだからね」

「そうだ」サミュエルが同意する。

「ドライブ。最近女性の間でドライブがはやっているのをご存知?」

「ドライブ?」

「ええ。婚約を決めたお二人が馬車で少し遠出をしますの」

「泊りになるよ?」

「そこは、宿は別ですわ。もしくは日帰りです。馬車に揺られて、二人きりで気兼ねなく話ができます。央都ではとかく人の口がありますからね」

「なるほど、面白い。だが、ドライブがいくら流行っていても、田舎で宴会をする利点ではなかろう?」

「そうですねぇ。でも、誘いやすいと思いますよ。パーティーと聞くと夜会服やら、礼儀やらと大変でしょうけど、ドライブだてら田舎のパーティー。と聞くと、荷物にも制限が出来ますし、そんな本格的ではないかもしれないと、気楽になるし、」

「参加していた女性のほとんどが町娘だったな」サミュエルが思い出して言う。

「そうだったかい? 僕は一口、あれをなめて気分が悪くなって、覚えていることと言えば、ガラス玉のついたネックレスを、女王陛下からいただいたと護衛が話しているのを見たぐらいだがね」

「……そんなものあったかい?」

「あぁ、僕が蹲った側にね。あぁ、それと、僕ははく製―あまりいい趣味だとは思わないので、僕は猟をしないのだが、猟が好きな知り合いの家で見たが、まさにカラスのような男が居たね。そう、その笑顔がとても恐怖を感じたね」

「カラスのような男?」

「あぁ、別にカラスがいけない鳥だとは言わないが、あの夕暮れ迫る空から音もなく、真っ黒い大きな羽を広げて近づいてこられたら、恐怖を感じないか? 真っ赤な目の男だったよ」

「キ、キリコ」

「ん? 木こり?」

「いや、そいつは聖職者で、キリコと名乗っていた。同じ人物だと思う。目の赤い人間はそうそう居ては困るからな」

「キリコ、奇妙な名前だ。他所の国の人だろうね?」

「本人は記憶を無くしてしまったと言っていた。助けてもらった恩人が死に、その悲しみで泣きすぎて目の血管が切れてしまった。と言っていた」

「聖職者が麻薬パーティーに参加しますの?」

「……彼は、スタン伯爵という男の連れだと言っていた。その関係で寄付を集めているのかも?」

「スタン伯爵? そんな人は知らないねぇ」

「あぁ、金で買った爵位だろう。胡散臭い男だった。……だが、もしこの二人が居たというなら、話を聞いてみたいものだね? 他の人と同様に覚えていないのなら、ただ、風貌が怪しいだけの人になる」

 ロバートが頷く。

「あと、」エレノアがにこやかに「田舎でする理由です。どんなに騒いでも、うるさいと警察が来にくいですわ。昨今街で少しでもうるさいと警察が近所迷惑だと言って歩きます。でも、田舎だと、隣と離れていますから」と笑顔で言った。

「なるほど、田舎は田舎でいいところがいくつもあるわけだ」

「でも、そうなると、なぜ場所を変えるのでしょう? 同じ場所ですればいいのに」

「警察が踏み込まないため」

「そうですわね。でも、次はするのかしら? 村々でも警戒はするでしょうけど、」

「次の場所さえ解れば、警察が一網打尽出来るだろうけど」

「……骸骨を?」サミュエルが苦笑しながら言ったが、「まぁ、首謀者を捕まえたら、なぜそんなバカげたことをしているのか解るだろうけどね」

「それには次の場所だね、どの村だろう? どの村だと思う?」

 ロバートがサミュエルの顔を見る。サミュエルはさほど考えているような顔もせず、ただ座っている。

「次が解ったのかい?」

「カロラインが持たせてくれた。電話帳だそうだ」

「電話帳?」

「ああ、電話の普及率はありがたいね。名前も知らなかったような村の役場にまで電話は普及している」

「だが、なぜこれをカロが?」

「カルテット村、セブンズ村、次の数字は? と言いながら歩いていたら、いいものがあるわよ。と渡してくれた。ただし、想像を駆使しなくてはいけない。七の次、八。と名のつく村は無い。カルテットのように連想する単語かもしれないんだ。八で思いつくものは何か?」サミュエルは首を傾げ、「これもカロラインの意見だがね、ダースという村があるそうだ」

「ダース? 12?」

「ああ、八や、九などは思いつかないが、12なら急に思いついたと言っていたね。確かに、単位の数としてダースはよく使う。半ダースということはないだろ? すでに今日は九日なのだから。つまり、次はダース村だろうと思われる。だが、かなり遠いんだ、前日早朝に汽車で行って、その日の最終で着くのじゃないかな」

「それをホッパー警部には?」

「いや、彼は事件で忙しいらしく電話にすら出られないようだった」

「じゃぁ、これから帰りに(警察所へ)寄るんだね?」

「そのつもりだが……おや? あれはライト君じゃないかな?」

 央都の中央駅は広々としたホームで、券を持たないライトが柵の向こうで汽車から見えるように立っていた。三人の姿を見ると大きく腕を振って出迎え、

「(ラリッツ・アパートのほうに)電話をしたらもうそろそろ着くころだろうと言われましてね。待っていたんですよ」ライトの言葉に三人は首をすくめた。

「いろいろとあるんで、」

「じゃぁ、警察署へ行く前に家で話そう。君が電話を寄越している以上、そろそろ着くころだと待っているはずだからね。帰らないと、マルガリタに叱られる」


 サミュエルが予言したとおり、マルガリタは五人分のパイを焼いて待っていた。一人余ると言ったら、ライトさんが食べますよ? なんたって好物だからと笑った通り、ライトがパイをがっつき、やはりここはうまい。と絶賛した。

「それで、駅で待っているほどの用事とは?」

 サミュエルがそこそこ食べ終わってから切り出す。

 ライトは、執事のジェームズもマルガリタもいるのを気にせず、

「昨日、いろいろありましてね。まず、どっちから話したらいいものか。麻薬パーティーの件と、昨日の殺人の死体の状況です」と言った。

「食事がまだだから、パーティーの方から聞こうか」

「そうですね。

 昨日、キディーという洗濯工場で働いている女が、あのパーティーに出席していたと話しかけてきたんです」

「覚えていたのか? どうして?」サミュエルが驚く。

 サミュエルたちがかろうじて覚えていたのは、タニクラ ナルからもらった、銀の弾を握っていた加護によるものだ。その女はいったい何を持っていたというのだろうか? ライトはそれを察して、手を振り、

「キディーは何も持っていませんよ。何もね。ただ、参加して、カクテル、例のカクテルですよ。あれを手にして、周りをよく観察してましたね。

 上等な調度品入れの側には警備員が居て、豪華絢爛な宝石があったとか、だけど、キディーの興味は食事の方でしたね。たいそうな肉や魚に、新鮮なイチゴと、氷の上に乗ったブドウがあったと、はっきり覚えてましたよ。

 うっとりするような顔で食べている人が居て、その仲間に入ろうとした時、丁度、この辺りですかね」と自分の右鎖骨下あたりを指さし「痛みを感じて、グラスを落としたそうです。

 そしたらどうです? 例のカクテルが変貌するんですよ。それと同時に、胸に痛みが広がり、血が出ている。赤い点が二個。感覚は人差し指の幅よりも狭いです。 その痛みと、カクテルの泥による汚れに一気に夢から覚めた途端、ガラクタの宝石をうっとり見ている人たちに嫌気がさして、帰ったそうです。

 玄関で上着を着ている時に、見たことのある人を見たようですが名前が出ないとかで、ただ、デビューしたと知っていたので有名な人なんでしょうよ。それと、医者の姿を見たそうです」

「医者?」三人が同時に声を出した。


 四人はお茶を手に暖炉前に移動する。マルガリタとジェームズが食器を片付ける音がする。

 サミュエルが久しぶりのコーヒーのにおいを優雅に嗅ぐ。

「医者とは妙だな」サミュエルの言葉に、ライトはお茶を口に含んだ後、

「キディーが言うには、医者が麻薬を打っているんじゃないかと。例の人の側にもいたと言っていましたね」

「その例の人は無事なのだろうかね?」

「さぁ。それがどなただか解らない以上、聞いて回るわけにもいかず。貴族屋敷の辺りをうろついていて、新聞社として、今年の社交界デビューで悪い噂が立つからと、被害が出ていない―まぁ、みんな忘れてしまっているらしいのでね―ストップ掛けられてるんですよ」

「なるほど、あの宴には貴族の方たちも参加している。というのは有名らしいからね」

「ええ。キディーたちのようなところには、あわよくば愛人になれるのじゃないか。という期待で参加する女たちが居るそうですよ」

「なるほど。できれば、その例の人を探し出したいものだね」

「ええ、今日、これからキディーに会いに行くんです。一晩寝たら思い出すかもしれないと言っていたんでね」

「なるほど、解ったら知らせてほしいね。それで、殺人事件のほうは? あ、あぁ、エレノア、君は、」

「大丈夫ですわ。少し聞いてしまって後知らないなんて、そのほうがもやもやしますわ」

「たくましいねぇ。でも、それがあだにならないように」ライトの言葉にエレノアは「ご親切に」と膨れる。

「まず、身元不明です。解りっこないでしょうね。前の遺体は首が川の流れでもげたらしいですけど、今回はちゃんとついてましたが、どういうんですか? るんですよ」

「……何が? 顔がかい?」

「いやいや、全身です。発見当時、椅子か何かだと思われたぐらい、その姿勢は椅子そのものです。監察医の話しでは椅子に括り付けられていたのだろう。ということです。安い椅子でしょうね。直角の背もたれのやつですよ。こうやって、肘をひじ掛けに置いて固定し、足首も椅子の足に括り付けていました。膝は閉じていたようですから、そういうようです。……監察医が言っていたって話ですよ。おいらが言ったわけじゃない。

 監察医の発表は、とにかく全身の水分がなく、乾いているということ。ミイラ状態だそうです」

「ミイラ? この前発見された異国の宗教風習の産物じゃないか?」

「ええ、そうらしいですね。

 いろんな工程を経て、最低でも二月、かなりの条件下でなければ完成しません。この宋国のように湿気のある土地で作るのは不可能だという話しです。ただ、ミイラは普通内臓をすべて取り除かれますが、遺体には内臓器がすべてそろっていたそうです。そのうちの一つに凍傷が見られたそうです」

「凍っていた?」

「監察医の話しでは、そうです。凍っていたようだと。だけど、人ひとりを凍らすのは想像以上に大変だというんです。ただ、凍らす前に、体中の水分を抜いていたら、もしかすると、可能かもしれない。だが、人を凍らすほどのものは無いので、いったいどうやったか解らない。と頭を抱え込んでいるそうですよ」

「……見てみたいねぇ」

 サミュエルの言葉にロバートは「そういうと思った」と顔を引きつらせ、ライトは「そういうと思ってました」と顔を高揚させた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る