第5話 セブンズ村
ひどい頭痛で目が覚めた。こんな頭痛を感じるのは初めてだった。
ロバートは何とか顔を撫でて目を開けると、心配した顔のエレノアが顔を覗き込んでいた。
「エ、エレノア?」
「あぁ、起きましたわ」
エレノアが後ろの誰かに話しかける。母と、カロラインがいるようだった。
頭が割れるように痛くて、むかむかする。両手で顔を撫でようとして、左手にぐるぐると巻かれている鎖に眉を顰める。
「外したほうがいいというのを、サミィがそうやって巻いたのよ」
カロラインは要らないわよねぇ。と言いながら窓際を見るので、そちらを見れば、いつも以上に蒼白したサミュエルが立っていた。
「君は、大丈夫だったのかい?」
「いや、僕も、先ほど起きたところだよ」
「そう……、参ったね、酷い頭痛だよ」
母親とカロラインは起きたのならと食事か、水の用意に部屋を出て行った。
「あの手紙の、夜会ですよね?」
サミュエルがため息交じりに頷く、サミュエルの呆れたようなため息に不審がる二人に、昨日、君たち二人はすっかりそのこと(手紙と、この村に来た理由)を忘れていたのだよ。と、別の記憶にすり替わられていたのだと説明する。
「なぜ? どうして?」
「……、多分、下手な情報がない方が見えるものがある。ということなのかもしれないね」
「なんですか? それは?」
「エレノアに記憶がないのは、この家で留守番をさせる際、不安で居たら、あの二人が是が非にでも夜会へ行かせないだろう。だから、僕のもとへ来た招待状で、田舎に不慣れな僕にロバートが付きそう。という記憶に変わっていた。ロバートも、不安そうな顔をしたままでは、あのカロラインだ、自分も行くと言い出しかねないだろうからね、田舎の夜会も楽しいものだよ。という前提が欲しかったのだろう。
そして、夜会に出向き、情報のない君は咄嗟にその銀の弾を握ってあの夜会を見た」
「あぁ見た……、おぞましかった」
ロバートの言葉にサミュエルも同意する。
「でも、なぜサミュエルは忘れないでいたの?」
エレノアの言葉に首をすくめ、
「一人だけは真実を知っておく必要があるのだろう。そうでなければ危険だからね。それが、ロバートではなく、僕である理由は……解らない」多分、タニクラ ナルのことを覚えているからだ。とは言わなかった。
「酷い吐き気がするよ」
「君は、あのカクテルを少し飲んだようだからね。多分、あそこで出ていたものに麻薬が仕込まれていたんだろうね」
「それで……」
「だが、飲食をせずとも、あそこ一体で麻薬でも燃やしていたのかね? 僕も気分が悪くなって倒れた。僕らを助けたのは、ああ、いいタイミングだ」
玄関のベルが鳴り、しばらくして執事と一緒に、ライト記者とホッパー警部がやってきた。
「大丈夫ですか? お二人とも、」
「僕たちを運んでくれたのは、ライト君だよ」
ロバートはライト記者に礼を言った。
「ライトから夜会の情報を聞いて、一応警察を配置していたんですがね、央都で娼婦の殺人事件が起こって、私はそっちに行ってましてね」
と申し訳なさそうなホッパー警部に、ロバートは仕方ないですよ。と言った。
「それで、夜会の内容なんですけどね? 参加した貴族は誰も何も覚えていないとだんまりで、協力していただけますか? その前に、ライト、お前の話しを聞こう。前と同じだと言ったけれど」
「ええ、そうですよ。
今度は、屋敷そばの家の二階から見てました。夕方、お二人の馬車が行ってからも、続々と馬車が入っていきましたよ。立派な屋敷でしたよ」
「屋敷はあったのかい?」
サミュエルの言葉にライトが頷く。
「ええ、ありましたよ。昼過ぎに着いて、協力してくれと頼んで、その二階に陣取って、」
「……その家の人も、屋敷はあると言ったかい?」
「はい? ……いや、二階の窓からアイスビーズ屋敷を見たい。と言ったら、変な顔をされたけれど、結構な金を握らせたので、何も言わず部屋を用意してくれましたけどね」
「……、聞いてみるべきだね、村人に、屋敷はいつ消えたのか」
「いや、でも、ありましたよ」ライトはむきにそう言って、「ともかく、宴会スタートしたらしく、賑やかな声がして、九時の鐘がなったころ、そうですね、四つか、五つか打ったころに、お二人が倒れるように門から出てきたんで、慌てて外に出て、二人を助けて、馬車に乗せて、この屋敷に連れてきたんです」
「その時、濃霧は?」
「……濃霧? ……いや……そう、お二人ははっきり見えたんですよ。……濃霧が、出てきたはずなんだが、」
サミュエルが銀の弾をつまむ。
そのあと、屋敷へは行っていない。と言ってライト記者の証言は終わった。
「では、お二人に聞きますが、あそこで何があったんですか? ぜひとも協力してください」
ホッパー警部の言葉に、ロバートはサミュエルを見た。
「協力は惜しみませんよ。ただね、他の貴族の方たちが話さないのは、本当に覚えていないのでしょう。麻薬のおかげで。我々はそれが微量だったので、話せますが……。信じていただけるかどうかは不明ですよ」
サミュエルはそう前置きをして、
「屋敷に着いたのは、六時五分でした。玄関に置いてある置時計を見ましたからね。ただし、それが、合っていればの話しです。
玄関ホールにも人があふれていたけれど、広間も相当な人が居ましたよ。立食で、好き勝手飲んだり、食べたりしていましたね。そのうち、ロバートが苦しみ出したので、それの介助でカクテルをうっかりと落としたら、透き通っていたエメラルドが、どす黒い、ヘドロのようなものに変わったんです。
我々はね、お守りを持っていましてね」そう言って首に提げている銀の弾を見せる。「これを握ると……、そこにあったのは、人間と骸骨のにぎやかなパーティでしたよ」
サミュエルの言葉にホッパーが吹き出し、「冗談を言わないでください、」と言ったが、ロバートの血の気のない顔、それを見て笑えないエレノア、ライトの険しい顔に「本当なんですか?」と聞いた。
サミュエルは頷き、「僕もね、冗談であってほしいと思ったけれど、銀の弾を手放すと、絢爛豪華な部屋に戻る。だが、握ると、そこは廃墟だ。吹きさらしの、ただの屋敷跡だった。
僕はとにかく部屋である状態にして、ロバートを担いで、まぁ、こういう時には、酒に弱い親友の介抱に外に出るほうが常套だろうと思って、そう言いながら玄関を出た。それが九時。骸骨の方々が我先にと馬車に乗って帰っていったよ。そのうち、濃霧が湧き出てきたんで、とにかく門、敷地から出なければいけないだろうと思って、何とか敷地から出た途端、気を失ってしまった。というわけなんだ」
サミュエルの話しに、ホッパーは苦笑いを浮かべ、ライトも首を傾げたが、
「本当ですよ、僕は、ずっと、銀の弾を握っていた。これを握っていると、随分と楽だったんでね、でも、骸骨がね、笑っていたんですよ、女性に、男性に、……ぞっとする……」
ロバートの言葉にエレノアがその手を握る。温かい手にロバートの顔に血の気が戻るようだった。
「いや……、その話が本当だとして、誰が、何の目的でそんな夜会を開くんですか? 骸骨を取り締まるなんてことできませんよ。麻薬の幻影とかではないんですか?」
「かもしれないね。だとしたら、誰が会の主催者だろうかね?」
サミュエルの言葉に全員が黙る。
午後になって、気分がよくなってきたので、記憶が新しいうちにと、全員でセブンス村に向かった。
セブンス村は陰湿な村だった。昨日来た時には気づかなかったが、石造りの家の壁には苔が付き、全体に薄暗く感じられた。この村を収めている領主はその役目をきちんと果たしていないと思われた。
貧しい村の人々は、やってきた五人を好奇の目で見る。それでもまた、ライトは顔見知りを数名作っていて、話しかける。
男は不服そうな顔を向け、ホッパーが差し出した煙草を二本抜き取りながら、「まったくね」と嫌そうに話し始めた。
「まったくね、お貴族様という連中は何考えているかさっぱりですよ」
男にたばこを二本とられ、ホッパーは嫌そうな顔をする。
「何をどうしたっていうんだい?」
ライトの言葉に、男は貴族らしいロバートに目をやる。
「この人は良い貴族だから大丈夫だ」
ライトの言葉にロバートは苦笑いをし、
「この辺りはどなたの領地なんだろうか? 随分と手入れがされていないようだけど?」
「どなた? はんっ、そんな人は居ないさ。ここは捨てられた土地なんだ。もともとは、アイスビーズの会社に雇われた氷掻きの連中なんだ、息子が財産潰して夜逃げして、ここにいる連中はほったらかされたのさ」
「そういう恨み言はこの際だ。昨日の夜のどんちゃん騒ぎを、」
「昨日? あぁ、あれか。これで二度目だ」
「二度目?」
「あぁ、そうさ、先月も同じようにどんちゃん騒ぎをしていたけど、俺達には関係ないさ。何が楽しんだかね、あの廃墟で集まってさ」
「あそこは廃墟なんだね?」
黙っていたサミュエルが口を出し、男は驚いた顔をサミュエルに向けた。
「ああ。驚いた、あんた男かい? 女みたいなきれいな顔をしてるな。……いや、睨まないでくれよ。そうだよ、先月も、今月も、二日ほど前に黒づくめの男が来て、七日の晩は外に出るな、貴族たちの集いだから。って言いまわってさ。まぁ、男が来てからというもの、七日の晩にはひどい濃霧で外に出歩く気なんかない。もともと、この村に夜、出歩けるような場所もないから、出かけないけども。
それにしても、なんだってあの廃墟に行きたがるんだか。ぞろぞろと立派な馬車に揺られて行って、真夜中にヘロヘロになりながら帰っていく。窓から見ていたが、あれじゃぁ歩いたほうが早いって速度だ。何だってあんな速度で馬車を動かすのか意味が解らねぇ」
「……濃霧がひどいから、」
「濃霧つったって、ここまでくれば大したことはないさ。外灯だってあるし」
「伸ばした手の先が見えないほどではない?」
「そんな濃霧に一度も遭ったことはねぇなぁ」
男の証言の後、何とか数人の人から話を聞いたが、たしかにの霧が濃い晩ではあるが全く見えないほどではない。貴族たちはなぜ廃墟へ行っているのか解らないという。
ライトが見張り用に借りた家の夫人も、廃墟を見て、館があるなどと言っていることがおかしくて、金をもらって関わらないでおこうと思ったと言った。
ライトが頭を振りながら、「おいらまで麻薬にやられちまってたんだろうか?」とつぶやいた。
アイスビーズ屋敷はすっかり廃墟だった。もう、何十年もこのまま雨ざらしになっているようで、どこの現場とも同じく地面は固く、一晩で屋敷が無くなるような仕掛けは見当たらなかった。
「屋敷の間取りは、大体、こんな感じでしたか?」
「……、いや、玄関はここだったね。ホールがこの辺りまであって、そして広間だったね。階段を降りて行く広間で変わった作りだと思ったが、実際は庭に出る階段だったようだね」
サミュエルがステッキで地面を叩くが変な音は聞こえてこなかった。
「何をしてる!」
声に一同が顔を上げればそこには老婆が立っていた。白髪の髪はうまくまとめられずにぼさぼさしていて、垂れている髪の隙間から覗く灰色の目が何とも恐ろしい老婆だった。
「警察のものだ。昨夜此処で貴族の怪しい会が、」
「あれは、化け物の仕業じゃ。貴族なんぞ、金持ちなんぞ滅んでしまえ」
老婆は吐き捨てるように言うと足早に立ち去った。
「化け物、ねぇ」
サミュエルが意味ありげにつぶやいた。
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