第4話 夜会へ
サミュエルとロバートが支度をする。
玄関で白い手袋をはめていると、談笑しながら、エレノア、カロライン、そしてロバートの母が見送りに出てきた。
「まったく、貴族の夜会とやらも大変ね」
サミュエルは微笑んだ。
今朝のことだ―。サミュエルが珍しく田舎の夜会に出席するので、ロバートの家に宿泊したいと言い、ついでに、エレノアを誘った―。という話になっていた。手紙のあて先はもともと書いていなかったのでサミュエルのもとに来た手紙だと思われた。
だが、受け取ったであろうエレノアの記憶から、手紙のことも、あの禍々しいまでの嫌悪感すら忘れていることに、「誰の、なんの力が働いているんだ?」と思わずにはいられなかった。とはいえ、忘れている以上、危険が及ぶことは無かろう。と漠然としたものでサミュエルは黙っていた。
ロバートは招待を受けていないが、田舎に不慣れなサミュエル一人で行かすわけにはいかない。と母の助言―そう言ったという記憶のすり替え―で、二人はそろって五時半に馬車に乗り込んだ。
「セブンス村のアイスビーズ屋敷というのはね、」
驚いたことに、ロバートでさえも昨夜話した、危険があるかもしれないということをすっかり忘れているようだった。
ただ、銀の弾に関しては首から下げていた。着替えの時外そうと思った―夜会服に似合わない気がして―だが、鎖に手をかけた瞬間、何となく外したくなくなったので、そのままにしておいた。と笑った。
サミュエルはどこまでも影響を及ぼすこの不思議な力に少々呆れ気味になっていた。
「氷室に氷を入れて、それを夏に売り出すという、画期的な商売を思いついたんだ。だけど、ここだけの話、息子が家をつぶしそうなんだよね、」
サミュエルが首を傾げた。ジェームズの話しでは、家はとっくに潰れているということだったはずだ。それなのに、ロバートの説明ではまだ家は健在で、これから息子が潰そうということらしい。
「あれ? どうしたんだい?」
馬車が止まったので小窓からロバートが顔を出すと、
「やぁ、ライト君! 珍しい場所にいるね?」
「え? ええ。まぁ……。えっと、」
「今から、アイスビーズ屋敷の夜会なんだよ」
「あぁ。なるほど……、えっと、殺人事件の取材なんですよ。見たら、アームブラスト男爵家の家紋だったんで、」
とライトが口裏を合わせる。多分―サミュエルは事の子細をロバートに打ち明けていないのだ―とでも思っているのだろう。サミュエルは微笑み、ライトは一歩下がって馬車を見送った。
「どうなるか、知りませんぜ」
そう言って、屋敷が見える一番近くにある家の二階―金を払って見張り用に借りた―に入った。
貴族たちを乗せた馬車が走っていく。
夜会はごく普通のものだった。
招き入れられた玄関で、
男性は確かに名家の貴族たちが主だったが、成金商人の姿も見えた。面白いのは、女性の方だ。貴族の令嬢は少なく、人妻や、未亡人。街女や、娼婦までいた。何ともおかしな毛色の夜会だった。
ロバートが苦しそうなのを見て、サミュエルが顔を覗く。ロバートが襟元を握り、顔をしかめていた。
「大丈夫かい?」
「ああ……、なんだか、息苦しくなってね、思わずあれを握ったら、いったい、なんなんだ、これは?」
ロバートの手から落ちてこぼれたカクテルが、サミュエルの持っているものと同じものだとは想像できない色で広がっている。サミュエルもグラスを落とすと、透き通ったエメラルド色だったカクテルが、おぞましい暗黒色になって床に広がる。
サミュエルも、ロバートと同じく、襟元に下がっている銀の弾を握った。
なんとも言えない光景が見えた。
一言でいえば、人間と、骸骨がいる。人間の女が骸骨と談笑していたら、人間の男が骸骨の女の肩を抱いて口説いている。
「なん、なんだ?」
ロバートが口を覆ったので、サミュエルは襟元から手を放し、ロバートを抱えて、
「酒に弱いのに急に飲むからだよ、外の空気を吸いに出よう」と大袈裟に言って、人―であってほしいもの―をかき分けて玄関から出た。
その途端だった。鐘がどこからか聞こえてきた。九時の鐘だ。
玄関に押し寄せてくる人、馬車に乗り込み帰る人。だが、銀の弾を握ってみれば、それは骸骨の群れだ。屋敷だと思われる場所は廃墟で、そこでは麻薬によって見境の無くなっている人々が転がっている。そして馬車の一行が過ぎ去ると、濃霧が出てきた。
濃霧は本当に目と鼻の先ほども見えなかった。その途端、麻薬から覚めたかのように人々が奇声を発したり、踊ったり、暴れたりして方々に走り出した。
サミュエル一人でどうにかできるわけなく、サミュエル自身も、息苦しさと、朦朧とする中、とにかく、屋敷の敷地外へとなんとかロバートと這い出て倒れるだけが精いっぱいだった。
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