第44話 ボランティアとロングテールバイク
『ゴール!
お昼ご飯が終わるや否や行われた、噂の中学生コンビVSファニフェさんの二回戦ですが、ファニフェさんの勝利ですぅ。本当に、どうしてこれほどの逸材が今まで眠ってたんでしょうねぇ。
2連続で敗北した茜選手。その表情には悔しさが見て取れますぅ。激レアな表情ですねぇ。カメラさん、もうちょっと寄って……』
「うるせえよ!チクショウ」
茜がカメラをはじき返すように手を振った。その手は直接カメラに当たったわけでもないが、カメラマンが空気を読んで狙いを外す。
今回もまた、僅差だった。さすがに写真判定までもつれ込みはしないが、ファニフェがゴールした時、空はその半馬身ほど後ろ。茜はさらに後ろをぴったりくっつく形で追い上げていたはずなのだ。
「コースはずっと上り坂だったはずだ。空力抵抗があまり絡まないはずのヒルクライムで、なんでアタイらよりお前が速いんだよ」
「ギア比で言っても、より軽くできる僕らの方が有利なはずなのに、何で……」
空たちの疑問に、ファニフェはにこやかに言った。
「いやー、ほら。下り坂だと頭から落ちるような姿勢のファニーバイクだけどさ。登りなら安定するんだよ。だからじゃないかな(知らんけど)」
「あ?」
「えっと……そっか。ハンドルが高くなるから、その楕円形チェーンリングを使いやすいんだ」
空が気づいた通り、ファニフェの楕円形チェーンリングは本来、トライアスロンバイクやTTバイクにおいてこそ力を発揮できる。ペダルの真上に腰が来る姿勢が、もっとも体重が乗るからだ。
逆に言えば、常に腰を後ろに投げ出して前後のバランスを保っているファニーバイクに、この部品の組み合わせは合わなかった。もっとも、こういったアンバランスな改造は時として、長所を犠牲にして弱点を補う可能性も秘めている。
今回は、それが上手くいっただけの話である。
「それじゃ、俺ちゃんは下り坂苦手だから、ゆっくり安全運転で行くよ。脚ももうボロボロだしね(苦)」
「あ、はい。それじゃあ、えっと……」
「アタイらは先に行くぞ。次に会ったやつに戦いを挑んで、憂さ晴らしに圧勝してやる。それが猫でも狸でも、だ」
「ねえ、茜。ネコやたぬきは逃げちゃうよ」
二連続で負けた痛みを抱えながら、茜は山を駆け下っていく。その姿はいつもの茜だった。ので、
(茜、嬉しそう)
と、空は思う。きっといいライバルに出会えたことが、この大会で刺激になっているのだろうと。
坂道もゆったりとした傾斜になり、再び目の前に山が現れる。どうもこの辺りは人里から少し離れた地域らしい。
「ん?なあ、空。あれ」
「え?」
茜が指さしたその先に、のぼりが立っていた。『給水ポイント』と書かれたそれは、何もない路肩に場違いに置いてある。
そこにあるのは、折り畳み式の長テーブル。上に乗っているのは、大型のジャグ数個と、チョコレートやブロックタイプの補給食だ。
「どうする?『無料』だってよ」
「うーん。『非公式』って書かれているのが気になるけど、まあ、行ってみようか」
こんな人里離れた山の中に突如出現、というのが一番気がかりだが、飲み物が切れているのも確かだった。
チャリチャンのコースは、基本的に部外者の立ち入りを禁止している。とはいえ、それでは道沿いの住民が家から出られなくなるなどのトラブルもある。そこで基本的に、歩道などに至っては閉鎖していないところが多いのだ。
そんな歩道を利用して、給水ポイントを(本当に勝手に)始めてしまったのが、この場所である。
「さあさあ、寄ってらっしゃいっす。ここから先、コース沿いに20kmは何もなし。何かあっても向こうは有料、こっちは無料。お得っすよ」
軽いノリで人を呼び込むのは、まだ20代くらいの男性だ。短く刈り上げた髪にベレー帽。そしてカーキ色のダウンコートを着た、細身の男である。
その男が、糸目を限界まで見開く。その目は幸喜の色に染まっていた。
「おおっ!噂の中学生コンビさんっすよね?うわーっ。お会いできて光栄っす!」
バタバタと駆け寄ろうとした男は、自分が用意した長テーブルの角に腰をぶつける。ガタンとよろけること1秒。すぐに立ち上がった彼は、
「自分、お二人のファンなんっす。よろしければ、サインお願いしますっす!」
パッと空の両手をとって、勝手に握手し始めた。
「ふぇっ!?え、えっと……」
「おいおい、モテモテだな。空」
横で見ていた茜が、そっと距離を取りながら両手を後ろに回した。次は自分が握手される番だろうと察しての拒否である。
「あ、茜さんも応援してるっす。大好きっす」
「やめろ。アタイに触るな。たとえ手でもグローブでも」
「えー?ダメっすか?」
「ダメ」
明確な拒否の意思を見せると、相手は大人しく引き下がった。
「あ、でもサインはお願いするっす」
「まあ、それくらいならいいか……」
通常、握手よりハードルの高い願いだと思うが。
本人たっての希望で、1枚の色紙にそれぞれの名前を書く空と茜。空の方は相変わらずサインと言うより署名のような書き方で、茜は気取ったローマ字。いつぞや三尾のブルゾンにサインしたときよりは書きやすい。物理的にも、気持ち的にも。
最後に茜が『八夜さんへ』と添えて、この色紙を手渡した。受け取った
「あざっす。本当にあざっす」
「よせよ。今のところはその色紙の価値ゼロだからな」
茜はすっと振り返り、ジャグに向かった。「貰うぞ」と一言ことわり、持参したボトルを満たしていく。
一方の空は、そのテーブルの奥に停めてあった自転車に興味を惹かれていた。
「これ、八夜さんの自転車ですか?」
「あ、そうなんっすよ。カッコいいっすよね。実はチャリチャンにも出場していたんっすよ。リタイアしちゃいましたけど」
その車体は、前後方向にとても長い車体だった。サドルより後ろが非常に長く、チェーン長も通常の1.5倍はありそうな自転車。その後部には、長さに見合うだけの大きな荷台が付いている。
「ASAHI
「ああ、いわゆるロングテールバイクってやつか。アタイも実物見るのは初めてな気がするけど」
まるで自動車でいうところのトラックのように、後ろに大量の荷物を積むコンセプトで作られるロングテールバイク。海外では稀に見るが、日本製とは珍しい。
フロントは24×2.1inタイヤ。リアは20×4inと、ファットバイク用の規格が用いられる。鹿番長が使っていたタイヤと太さこそ同じだが、直径が小さいため余計に太く見えた。
まるで軍用オートバイのようなデザインのゴツいアルミフレーム。緑と灰色の中間のようなマットカーキ色。それらは何とも男心をくすぐる。
「か、カッコイイです。すごく……」
空が目をキラキラと輝かせる。
「でしょでしょ?空選手もそう思うっすよね。いやー、自分もこれ近所のアサヒサイクルで見かけた時は嬉しくなっちゃって、6万円くらいしたんっすけど即決っした」
「これでチャリチャンに出てたんですか?うわー、すれ違ったら絶対に気づいたのに」
「そっすよね。自分は、空選手たちとは離れたところを走っていたので、残念ながらお会いできませんっしたね」
「ところで、何でリタイアしたんだ?」
茜が核心を突く質問をした。ミス・リードの話によれば、最初に1000人近くいた選手は、15日目の現在で1割ほどに減っているとのこと。リタイアした人も珍しくないのだが。
「あー、それっすか。聞いてくれますか」
「ああ、せっかくだから聞くよ。気になったし」
「そ、それじゃあ立ち話もあれっすから……」
座るところでも……と言いかけた八夜は、ここが路上であることを思い出す。テーブルは持ってきたが椅子は持ってきていない。まさか路面に座らせるわけにもいかないが、立ち話もなんだと言っておいて立たせるのも……
(この先、本当に喫茶店とか無いっすからね。じゃあ……)
苦肉の策として、本当は禁止されている方法を思いついてしまう。
「それじゃあ、その88サイクルの荷台にでも座ってください」
「え?」
「は?」
荷台を椅子に見立てて、茜が横座りする。
「お、意外とガッシリしてんな」
サドル側(前方)に腰を寄せた茜は、ついでに左肘をサドルに置いた。ちょうどいい肘掛けとなったサドルに満足した茜は、脚を組んでリラックスする。
「あ、茜。これって二人で座るには狭くない?」
「ん?ああ、悪い悪い。ちょっと詰めるぞ」
「そ、そういう問題じゃないんだけど……」
「え?いや、詰めれば二人で座れるって。ほら」
茜が開けてくれたところは、確かに空が座るだけのスペースをギリギリで確保していた。
「あ、自分のことは気にしないでくださいっす。どうぞ、おかけくださいっす」
八夜は路上の縁石に座る。自分だけならこれでもいい。
(もう……)
覚悟を決めた空は、茜の隣に座った。ホイールベースの外になる部分だが、確かに意外と安定している。
フレーム中央にある両脚スタンドが、車体を垂直に立てていた。さらにスタンドを使った状態でも、きちんと両輪が接地するのだ。後輪が浮き上がる構造ではない。
「そういえば、タイヤが転がったりしないんだな。これだけアタイらの重さがかかってんのに」
自転車に荷物を積むとき、不意に車輪が回りだし、それによってハンドルの向きが変わったりして転ぶことはよくある。しかしこの88サイクルは転がらなかった。
「それ、パーキングブレーキが付いてるんっすよ。ブレーキレバーを握り込んだまま、固定しておく機能っす」
ブレーキレバーには、たしかに見慣れない突起が付いている。そしてレバーは握り込んだ状態のまま固定されていた。
「なるほど。これなら手を離してもタイヤが勝手に回らないのか」
「はい。あと、ハンドルがまっすぐになるように、スプリングも仕込まれてるっす。おかげで、曲がるときにちょっと抵抗感があるっすけど」
「へぇ。よく出来てんな」
「へへへっ。その気になれば、小さなお子さんを乗せるチャイルドシートだって取り付けられるんすよ。さすがに中学生のお二人を座らせるのは不安っしたけど、上手くいって良かったっす」
「なんだよ。アタイらは実験台かっての」
茜は楽しそうに笑っていたが、後ろにちょこんと座る空は向きを変えた。茜に背を向ける形で、視線を少し外す。
(これ、腰とか腕とか、密着するんだけど……)
茜が気にしていない以上、男である空から言い出すことが難しい。かといって意識しないようにも出来ない。困った姿勢だった。
「それで、リタイアした理由は?」
「あ、その話だったっすよね。えっと、どこまで話しましたっけ?」
「まだ何も」
茜にせかされて、ようやく八夜はその話をする。ただでさえ細い目を、さらにすっと細めて――いや、閉じて。
「自分、デスペナルティにやられたんっすよ。5日目の事っすね。……最初は仲良く走ってたんすよ?ミスり速報で『危ない人だ』って聞いてたっすけど、そんなことないなって思ってたんす」
「え?マジかよ」
茜は驚いたが、空にはなんとなくその様子が想像できた。ネットカフェで会った時もそうだが、あの男は意外と会話が好きなように感じられた。
「本当に、自転車に詳しい人だったっすよ。自分の88サイクルについてもよく知ってて……なんなら自分の方がいろいろ教えてもらったっす。この車体が2016年度グッドデザイン賞を受賞したとか、大手自転車店のオリジナル商品だとか」
あの日の会話を、10日も経った今でもよく覚えていた。
「くぅっはは。そうそう。結構有名な自転車ブランドってところだよね。俺もちょっと気になってた車体なんだ」
真っ赤なヴェネツィアンマスクで顔を隠したデスペナルティは、口元を大きく歪ませて笑っていた。それは楽しい会話をしていたからだと、八夜は思っていた。
「そうなんっすか。あざっす」
「うんうん。だからさ、潰しておこうか」
「え?」
何が気に障ったのか、八夜にはまったく分からなかった。ただデスペナルティは、突然ハンドルを切ってぶつかってきたのだ。
「だ、大丈夫っすか?危ないっすよ」
「うんうん。危ないよね。俺は潰しにかかってるんだからさ。当然だろ?くぅーっははははぁ!」
まるで先ほどの会話と同じように、楽しく笑っていたのを覚えている。
「や、やめるっす!」
ブレーキをかけて止まる八夜。それがいけなかったのだろう。
「お、降参かな?それじゃあ、終わりにしようじゃないか。くぅはははは」
八夜より前に出た彼は、そこからジャックナイフターンで車体を横に向け、小回りをしながら戻ってくる。そして、八夜の足に車輪をぶつけた。右方向から、直角に衝突。
「いい声で鳴いてくれよ!」
「ぐわああっ!!」
旅に必要な荷物を積んだ、しっかりと重いはずの88サイクル。その後輪は思ったよりもあっさりと滑り出した。極太のファットタイヤが側溝に落ち、車体がひっくり返る。
リアディレイラーが側溝の端に引っかかり、ディレイラーハンガーがへし折れた。そのまま後ろに引きずられて転倒したときに、フレームも傷ついた。何より、無理な体制で足を着いたせいで、左足首を捻挫した。
その姿を満足そうに見下ろしたデスペナルティは、さらにウィリーに切り替える。そのまま前輪を落として、とどめを刺す気だ。そう思った時、
「んー、あれは……」
他の選手が通ったのだ。確か、GTのハードテイルバイクに乗った欧米人だったと思う。
「くぅーっはははははっはっはっは!最高の獲物だなぁ。ヴァーヴじゃないか。貰ったぜ!」
新しい獲物に目移りしたのだろうデスペナルティは、そのまま去っていった。
「ってことで、自分は足首の捻挫で全治8日間。ディレイラーハンガーは、幸いにもすぐ交換出来たんすけどね。フレームも下から見ると、その時の傷が残ってるっす」
そう言われて、茜はそっとチェーンステーの下を指で撫でる。確かにざらざらとした感触。直接見る気はないが、塗装は大きく剥がれているだろう。スタンド近くで傷が止まっているのは、落下中にスタンドが引っかかって止まったからだ。
「相変わらず、何考えてんのか分からない野郎だな。デスペナルティ……」
大会5日目という話だったので、茜がニーダと出会った日だ。あの日の夜も茜はデスペナルティと戦っていた。その前に八夜を潰していたことになるのだろう。
「自分は、ひとまず完走を目的にして、この大会に出場したっす。そのために会社にもお願いして、溜まってた有給休暇を全部使って……でも、ダメだったんすよ。用意していた休暇も宿泊費も、たっぷり余っちゃってて」
八夜が立ち上がった。どうやら、話が終わりに近づいたらしい。
「だから自分は、その時間と金を使って、選手たちを応援することにしたんす。デスペナルティにやられる選手たちが減るように願って、可能な限りのことをしようって」
それが、この給水ポイントの設営という事なのだろう。少し的外れな気がするが、彼なりの復讐にも思えた。
「茜選手。空選手。二人ともお願いします。生き残ってやってください。たっぷりと生き残って、あいつを悔しがらせてくださいっす」
「……まあ、言われなくてもそのつもりだけどさ」
ただより高いものは無い
要らん期待を勝手に背負わされた二人は、そっと立ち上がってため息を吐くのだった。
「それじゃあ、僕たちはこれで」
「いろいろ貰ってくぞ。ありがとうな」
「はいっす。自分も、お二人の活躍を聞きながら応援させていただくっす。頑張ってください」
敬礼して空たちを見送った八夜は、そのあと在庫の残りを確認した。
(うーん。そろそろ補給しないとダメっすね。まあ、いっぺんに積んでこれるからいいんすけど)
どうせこの道はチャリチャン参加者を除いて、ほとんどの人が来ないのである。このまま長テーブルの上に物資を置きっぱなしにしてもかまわないだろう。そう判断して、88サイクルに跨る。
「さて、もう一往復してくるっすよ」
パーキングブレーキを外して、両脚スタンドを蹴り上げる。
変速ギアが軽めに構成されているせいか、この車体は見た目よりも楽に走り出せた。リア8段のALTUSとはいえ、フロントのチェーンリングは36Tだ。これに20inの小径ホイールを組み合わせているので、まるで空回りでもするようなギア比になる。
速度こそ上げられないが、パワーに関しては充分。その辺の初心者でも乗れるように設計されているおかげである。
(今日はいい日っすね。憧れの空選手や茜選手に会えたし、自分の言いたいことも言えたっす)
ご機嫌で坂道を下っていく。鼻歌交じりだ。車道はコースとして封鎖されているので、歩道をゆっくり徐行する。
「何かいいことでもあったのかな?」
後ろから声をかけられた。もちろん参加者だろうと解っている八夜は、自転車を走らせたまま首だけで振り返る。
「はい。実は空選手たちと会いまし……て?」
「ふーん、そうなんだぁ。良かったじゃないか」
後ろにいた選手は、八夜にそう言って笑みを浮かべる。真っ赤なマスク越しに、
「……デスペナルティ!」
「久しぶりだなぁ。えっと、確かエントリーネームは、AKM-47くん……だったかな?くぅっはっはっはぁ!」
八夜はブレーキをかけるのをためらう。前の時は、そのせいで真横から狙い撃ちされたからだ。
八夜は歩道を、デスペナルティは車道を走っている。段差は15cmほどあるが、安心はできない。何しろ様々なテクニックを習得したデスペナルティなのだ。このくらいの段差は飛び越えて来る可能性が高い。
「くっふふふはははっ。まさかまだ走ってたとは思わなかったよ。リタイアしたんじゃなかったっけ?」
「ぐっ。確かにリタイアは宣言したっすけど、自分はまだ諦めてないっすよ。自分にできることをして、チャリチャンに携わっていくだけっす」
「ふーん……あ、さっきの給水ポイントは君が設置したのかな?せっかくだから栄養ドリンクだけ一本、頂いたよ」
すれ違いざまに掠め取った一本を、ポケットから取り出すデスペナルティ。
「お、お前のために用意したものじゃないっす!」
「あれ?そうなの?……じゃあ、返すよ。ほら」
パリーン!
目の前に投げられた栄養ドリンクの小瓶は、割れて破片を飛び散らせる。
「しまった!?」
突然の障害物に、八夜が慌てた。タイヤがパンクすることを恐れて、車道側に出てしまう。段差を降りた時、センタースタンドをぶつけてしまった。そのせいでバランスを崩しかける。ほぼ自爆だ。
そこに、デスペナルティが追い打ちをかける。
「おいおい。こっちはコースだ。リタイアした君が入ってきちゃダメだろう?くははははははぁーっ」
わざわざUターンして戻ってきたデスペナルティが、八夜の前輪に横からぶつかる。いくらスプリングによって半固定されているとはいえ、こういった衝撃にまで耐えられる設計ではない。
ガシャーン!
倒れ込んだ八夜を、さらにデスペナルティが前輪で踏みつぶす。ウィリー状態から何度も何度も、前輪を鈍器のように振り下ろし、
「ぐっ!がっ!あ、ああ……」
「くぅっははは。馬鹿だね君も。コースから離れてひっそりしていれば、こんな風にならなくて済んだのに」
ある程度のところで飽きたのだろう。デスペナルティはくるりとワンエイティで向きを変え、コースの彼方を見る。
「ああ、そう言えばさっき、空君たちと会ったって言ったよね?くふふはははっ。それは嬉しいな。俺も空君たちに会いたかったんだ」
八夜よりも、そっちの獲物の方が重要だ。
デスペナルティが、そっと走り出す。後輪が回り始め、そして……
グンッ――!
「なっ!?」
それがすぐ止まった。何があったのかと見てみれば、荷物を縛る用のゴムロープが絡まっている。そのロープの端はスポークにかかっており、もう端っこは八夜が握っている。
「行かせないっす」
「は、ははははっ。何だよ?カウボーイごっこかい?……」
自転車を降りたデスペナルティは、ロープを解こうとした。が、がっちりとハブに巻き付いている。これは分解しないと外せないだろう。
「あーあ、くだらない足止めを食ったなぁ。フィニス」
「がぁっ!」
八夜の手を踏んで、ロープを離させる。そのまま腹いせに、数回ほど腹を蹴ったデスペナルティは、それでもイライラが収まらなかった。
リュックサックからモンキーレンチを取り出す。
(ああ、これ、死んだかもしれないっす……)
八夜が殴られると思い、しかし抵抗も難しいと諦めた。しかし、
「フィニス。すぐに走れるようにしてあげるからね。大丈夫。俺に任せて」
彼は八夜にこれ以上の攻撃をするのではなく、自分の自転車を分解し始めた。後輪を外し、ハブに絡まったロープを丁寧に解いていく。ところどころ取れない部分は、ナイフを使って切断していた。
「くっふふふ……珍しいな。うん。俺が愛車を……フィニスを壊されるなんて、珍しいな。悔しいなぁ」
その姿だけを見れば、彼もただの自転車好きのように見えた。
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