特別編 第30.5話 大自然とベロシペード

 チャリンコマンズ・チャンピオンシップ。それは、日本中が注目する自転車の大会だった。とはいえ関係のない人にとって、それはどうでもいい事である。

 今回は、そんな関係ないはずの人物が、チャリチャンに触れるお話。


 ごく普通の女子高生、森泉もりいずみ みのりは、自転車を整備していた。日曜日は時々、近所の山までサイクリングに行く趣味がある。

 少し遅めの朝ご飯をすませ、茶髪のショートヘアを梳かし、ダッフルコートを乱雑に着こむ。よくモデルのようだと言われるすらりとした格好に、ニーハイブーツが似合っていた。

「お父さん。私、今日はちょっと出かけてくるね」

「おう、どこまで?」

「ちょっと山まで」

 みのりがそう言って出かけるときは、大体お決まりのパターンだ。父親としては、大体の内容を把握している。

「いつもの山か?」

「うん」

「そうか。行ってらっしゃい」

 わりとあっさり、16歳になった娘を送り出す。そして、ため息を吐いた。

「しっかし、どーして男の子みたいな趣味になっちまったかな」

 自転車を弄り出したり、自分で作り始めたり……とにかくみのりは、あまり世間一般で言うところの『女の子』らしくない。父にとって、少し心配なところだ。

 小学生の頃は、キャンプに頻繁に連れて行った。その影響なのか、みのりは釣りやアウトドア料理などに関心が高い。たまに今でも家族でキャンプに行くと、お父さん顔負けの実力を発揮する。

 家業が造船所だったこともあって、木材は豊富に余っていた。そういう物の取り扱いも教えた結果、工作にも目覚めてしまい、今では自転車を作るまでに至っている。

(ああ、なんだ。俺に似たのか)

 と、父は理解する。それなら仕方ない、と納得までしてしまう。

(ただ、門限くらいは決めるかな……)

 最近、帰りの遅い娘を少し心配していた。そして、なんだか胸騒ぎがしていた。

 今日は、娘が帰って来ない気がしていたのだ。




 そんな心配をよそに、みのりは倉庫から自転車を取り出す。

「さあ、行こうか。スクリィブル25」

 Scribbles 25と名付けられた、この世に一台の自転車。それは、みのり自身の手で作られた25台目の自転車である。この自転車のコンセプトは『100%天然素材のオフロードマシン』という物で、本来ならあり得ないほどの技術が盛り込まれている。

 それは、フレームだけを何とか木材で作ったロードバイクとは全く違う。足回りの部品まで天然素材にこだわり、さらにオフロードでの使用も考えるという、次元を超越した自転車……の試作品だった。

 こういったコンセプトバイクを、しかもコストも実用性も度外視して作れるのは、みのりの若さと好奇心ゆえだろう。


 真冬ではあるが、この辺りは海に近い影響で温かい。

 近所の山には、みのりが秘密基地にしている場所がある。そこに、みのりは向かっていた。

 山に至るまでの道、アスファルトを走るその速度は、なんと10km/hを超え……ない。非常に遅い速度であるにもかかわらず、みのりは軽く汗をかくほどに運動をしていた。

(やっぱり、チェーンドライブには敵わないかな……)

 20世紀以降の自転車は、ほぼ全てにチェーンドライブシステムが組み込まれている。これは、簡単に言えば金属製チェーンを使って、ペダルと後輪を繋げる方式だ。繊細な加工が出来て、強力な引っ張り強度を持つ金属だから出来ることである。

 100%天然素材の自転車を作るとなると、まず真っ先に問題となるのがこれだった。

 最初に作ったのは、金属製チェーンと同じ形状を、木材で作成するという物だった。これは非常に手間がかかるうえに、強度が足りなくてあっさり千切れてしまった。

 次に試したのが、両端に歯車のついた棒を使うシャフトドライブという機構。ただ、摩擦係数が大きいうえに、シャフトを支える軸受けが安定しない。さらにはシャフトがねじれて割れてしまうなどの問題を発生させたため、あえなく断念した。

 革製のベルトを使った、ベルトドライブという機構も試した。イメージとしてはブリヂストンの『アルベルト』だったわけだが、どうにもベルトが滑りやすく、また脱線しやすい。あのベルト素材は化学樹脂でないと完成しないのだった。


 そうして……数えて15台目となる車両から搭載し始めたのが、クランクドライブである。

 これは、19世紀の中頃に生産されたベロシペードと呼ばれる車体を参考にしている。フレームの上部からクランクをぶら下げ、そこにペダルを搭載する。そして、そのペダルを後輪とロッドで繋ぐのだ。

 蒸気機関車の車輪の横に、棒が付いていると思う。あれは前方に取り付けたピストンが前後運動するのを、ロッドによって回転運動に変える仕組みだ。原理はそれに限りなく近い。

 普通の自転車のようにペダルを回すのではなく、前後にペダルをスイングする。まるでブランコのように……

 左右交互に……いや、それよりもワンテンポずれてペダリングを行う。

 左のペダルを真下(中央)にしたときに、右のペダルは一番前に来る。

 左のペダルを一番前にしたときに、右のペダルは真下に来る。

 左のペダルを再び真下にすると、右のペダルは一番後ろに下がる。

 左のペダルを一番後ろにしたときに、右のペダルは真下に戻る。

(うにゃあぁ……ペダリングしずらいよぉ……)

 と、設計者であるみのり本人でさえ、漕ぎにくさを感じる。しかし左右を完全に交互にしてしまうと、死点――つまりペダルが降り切れて、そのあとに駆動をかけられないポイント――を超えることができないのだ。

 最初にみのりが作ったクランクドライブは、死点を超えるという発想がなかったため、しばしば不意にバックしてしまうこともあった。

(ペダリングのイメージとしては、お馬さん?かな)

 ギャロップスキップという走り方がある。左右交互に足を出すのだが、そのテンポをあえて均一にしないことで、利き足だけに負担をかける走り方だ。

 トットットットッ、とリズムを刻むのではなく、

 トトッートトッー、とリズムを刻む走り方。と言えば分かりやすいだろうか?


 ある程度スピードに乗ってきたところで、みのりはペダルから足を離す。そして大きく股を開き、斜め前に脚を伸ばした。

 これはフリーコグが完成する20世紀初頭まで、当たり前のように行われていた乗り方だった。

 この方式の自転車はピストバイクなどと同様に、ペダルを止めると後輪も止まってしまうのだ。そのため下り坂であっても、ペダルは稼働し続けなくてはいけない。ならいっそペダルだけ勝手に動かして、足はどこかに上げておこう。という考え方。

 下り坂のおかげで、勝手に速度が上がる。と言っても平地のママチャリより遅いくらいだが、これに関しては仕方ない。車軸にはベアリングもついていないのだ。

(一応、蜜蝋を塗ったメイプルウッドの車軸を使って、さらにラードを潤滑剤にしているけど……それでも摩擦係数は高いのかぁ……うにゃあ)

 それでも、初期のころは摩擦熱で自然発火していた。そこに比べれば大変な進化と言えるだろう。

(そもそも、車軸が細いから摩擦が一点に集中するのかな?だとしたら、車軸を太くして体重を広範囲に分散できれば、もう少し滑りやすくなる?)

 走りながらも、さらなるグレードアップを図る。彼女のこの探求心と行動力は、やがて平成の時代では考えられない自転車を生み出すのかもしれない。

 18km/h程度の速度を維持したまま、みのりは足を高く上げて走る。ペダルは誰に漕がれているわけでもないのに、カタカタと前後に振れ続ける。知らない人が見たら不気味に見えるだろう。

(あ、これ、見えてる!?)

 片手でハンドルを持ったまま、もう片方の手で裾を抑える。これに関しては車体の性能改善ではなく、服装を改善すべきか。

 コートの裾から吹き込む真冬の風が、火照って汗ばんだ身体を冷やす。少し気持ちよくもあるが、風邪を引きそうだ。



「おやぁ、あれは……」

 後ろから、一台の自動車が迫る。その自動車はみのりを追い越すように車線を変更し、しかしすぐ横でぴたりと並走し始めた。

「よお。久しぶりじゃないか。森泉さんとこのお嬢さん。えーと、たしか……みどりちゃん?」

 そう声をかけてきたドライバーのおじさんは……みのりの知らない人物だった。

「……みのりです」

「ああ、そうそう。みのりちゃんだ。お父さんは元気?まだ船やってる?」

「は、はい。ぼちぼち」

 どうやら、父の知り合いらしい。父は造船技師として有名だし、この近所ではヒーローのような存在だった。だからこういう風に声を掛けられることは珍しくない。

「いやー、大きくなったね。高校生?」

「……はい。一年生です」

 この口ぶりからすると、幼少期に会っている人物だろうか。思い出せない。みのりの16年しか生きていない記憶を探ってみても、このおじさんの名前も何も思い出せないのだ。

(ううー。こういうの、苦手なのに……)

 意外と人見知りするみのりにとって、知らない人から馴れ馴れしくされるというのは、そこそこ負担だったりする。距離さえ保ってくれればいいし、慣れてくると仲良くなれるのだが、最初からフレンドリーなのは苦手だ。

 その後も他愛のない話を振られて、すべてに素っ気なく返すというやり取りをしていると、

「じゃあ、またね。みのりちゃん」

 興味を失ったのか、話題が尽きたのか、あるいは機嫌を悪くしたのか。おじさんが再びアクセルを踏み、走り去っていく。

(はあ……行ってくれた)

 安心したみのりは、ダッフルコートのボタンを開ける。バサッとコートが風になびき、冷たい風が体温を下げる。

(このまま全力疾走で、秘密基地まで行こうか)

 ケイデンスを上げて、山に突入する。ここからはオフロードだ。

(誰にも見つからないように、気をつけないと……だってこれから行くのは、秘密基地だもん)

 その場所を知っているのは、自分を含めて5人だけ。懐かしい友人たちを思い浮かべながら、みのりは前に進む。



 ガタガタした砂利と、やわらかな土に埋もれた道。そこを、みのりの乗るスクリィブル25は、特に速度を落とすこともなく走っていた。変速ギアなどついていないのは当然だが、それでも十分に登れる性能を持つ。

 ペダル一往復につき、車輪が一回転。要するにギア比は1倍だ。つまり、スピードが出ない代わりにパワーはある。

 とはいえ、タイヤが滑る。

「うななっ!にゃっ、にゃぁああ!」

 車輪を横に滑らせながらも、何とか転ばないようにコントロールする。ペダルの構造的に、咄嗟に足を着くことは出来ない。木製のセミドロップハンドルがどこまで役に立つか、それが勝負の分かれ目だ。

 こんなに滑るのには、もちろん理由がある。

 この天然素材だけで作られた車体には、ゴムタイヤが装備されていないのだ。

 当初は天然ゴムのタイヤを取り付ける考えもあったが、合成ゴムに比べて高い強度と耐摩耗性があるため、結局は滑りやすかった。強度が高いといえば良い事のように聞こえるが、タイヤはやはり強度がないからこそグリップする。

 カチカチの硬さを持つ天然ゴムは、路面の凹凸に食らいつくような柔軟性がないため、結局は滑るのだ。一方の合成ゴムは、いちいち変形して削れる分、そのグリップ力を生かせる。

 あげく、天然ゴムは気温の変化や紫外線に弱い。あっという間に劣化して切れてしまうタイヤなど、取り付けない方が安全だ。

(結局は合成ゴムのタイヤが一番なんだけど、私のポリシーに反するんだよなぁ)

 100%天然素材は伊達じゃない。

 考えた結果、思いついたのはウールだった。玄関マットなどに使われるような硬いウール素材を、木製の板から成型したホイールに巻き付けて縛る。中に空気を入れることは出来ないので、ソリッドタイヤ仕様だ。おかげでパンクは絶対にしない。

 問題点があるとしたら、水に弱く、汚れが付くとグリップできない事だろう。さらには寿命も短く、耐摩耗性もない。ほぼ一回使い捨てのくせに、コストだけはやたらと高い。

(そのくせ、この走り心地……改善の余地はたくさんあるなぁー)

 目の前に木の根が迫る。そこそこ大きな段差だ。

 みのりは、それを恐れず超える。

「うなぁあ!」


 ――ダン!ダン!


 本来ならサスペンション付きのMTBでもなければ乗り越えられなそうな段差を、彼女は木製自転車で乗り越えた。

(やった!手応えあり!)

 普通、エアサスペンションなら空気を漏らさない気密性が必要となり、コイルサスペンションなら金属製の圧縮コイルバネが必要になる。どちらも天然素材で再現することは出来ない。

 なら、根本的に別な構造で解決できないか?そう考えたみのりは、これまで何度もトライ&エラーを繰り返してきた。

 例えば、ホイール本体。

 この自転車に、スポークは存在しない。代わりにハブとリムを繋ぐのは、3つの重ね板バネだ。杉材を曲げて作ったこの構造は、ホイール内部にサスペンションを持つような機構になる。しかも、回転する車輪を自由な角度で変形させることができるのだ。

 弾力を優先した結果として、車輪を杉材で作ることになり、重量が増したのは残念なところである。

 ちなみに、Jelly Productsというイギリスのメーカーが開発した、Loopwheelsというホイールを参考にしている。もっとも、あちらはカーボンコンポジットで作られた商品だから軽いが。

(見よう見まねでやってみたけど、案外悪くはない……と思いたかったな)

 段差を超えた後、まったく車体が安定しない。そのまま上下にポムポムと跳ねる。衝撃吸収のために縮んだ板バネが、必要以上の力で元に戻るせいだ。

(これじゃあ衝撃を吸収したっていうより、何回かに分けてリボルビング払いしている気分……おえぇ。酔ってきた)

 本格的なMTBに、リバンプスピードの調整機構があるのはそういう理由だ。

(しかも、こんなに揺れたら榧で出来たフレームが痛む)

 造船所でもっとも頻繁に使う榧は、軽量であるため自転車のフレームにも向いていると考えた。残念ながら弾力や強度が足りなかったのだが、そこは杉材のホイールが緩衝材になってくれると信じていたのだ。

 しかし、杉ホイールが意外と役に立たないと知った今、フレーム材を見直す必要が出てくる。

 ここは重量を度外視してでも、杉や檜に頼るべきか。しかし、それではただでさえ摩擦による負担がかかっているメイプルウッドの車軸に負担がかかる。ならば重量的には、マホガニーなどが候補か。

 造船所の取引先である材木問屋に、確かホンジュラスマホガニーやアカシアコアがあったはずだ。サベリは……あったけど、何か不満である。

(そうだ。ライトアッシュならいけるかな?うちの取引ルートで入手できるかは知らないけど)

 木材の取引は、常に地球のご機嫌と隣り合わせだ。ハカランダが入手できなくなってから、もうすぐ30年が経とうとしている。そのうちローズウッドがワシントン条約で伐採禁止になるという話もあるくらいだ。



 フロントフォークは、強度を重視してメイプルを使っている。しかも少し出来損ないのフレイムメイプル。先端の方に虎杢が出ているが、あまりかっこよくはない。どうせなら全体に出てくれたらよかったのに。

 さて、このフロントフォークにも、実はサスペンションの代わりが仕込まれていた。

(こっちは上手く機能しているんだよなぁ。なんか複雑……)

 Lauf GRITという、シクロクロスやグラベルロードで知られるメーカーがある。そのフロントフォークは、特殊繊維で出来たワイヤーでエンドを支える構造になっていた。金属バネや空気の代わりに、ワイヤーを使う構造のサスペンションだ。

 みのりはそれを参考に、メイプル材を削り出し、麻縄で繋ぐ方式を取ってみた。果たして麻縄の強度で足りるかは不安だったが、案外大丈夫なようだ。

(本当なら、もっと試行錯誤して完成する予定だった部品なんだけど……偶然とはいえ一発でいいところまでいくとは……)

 これはこれで、納得のいかない気持ちになるのは何故だろう。成功したのだから喜べばいいのだが、そこに苦労が絡んでいないと気持ちが沸き立たない。

(あえて言えば、麻縄だから水に弱いんだよねぇ。パームロープで同じことができないかな?)

 ガタガタと揺れる車体は、デコボコの山道を登っていく。




 秘密基地に着くころには、腰が痛くなっていた。サドルまで木製なのだから、当たり前ではある。一応表面に皮を張り込んではいるが、あまりクッション性は無い。

 19世紀のベロシペードが、ボーンシェイカーと呼ばれたのも分かる気がする。

「やっぱり、きついね……」

 ブレーキレバーを握ると、申し訳程度にブレーキがかかる。ワイヤーの代わりにクランクを使う、いわゆるロッドブレーキと呼ばれる機構だ。古い実用車に使われていた金属製クランクを、木材に置き換えたブレーキ。

 なんと、ブレーキパッドは絹を使っている。あまり強くブレーキをかけすぎると、車輪が滑ったりして危険だ。なのでブレーキ自体は強度や制動を度外視して作っている。あくまで警察に対抗するために取り付けただけの役立たずだ。

「ここで待っててね。スクリィブル」

 自転車を木に立てかけると、最後の階段を自力で登っていく。さすがにこの階段を上る力は、スクリィブルには無い。

 鍵はかけていなかったが、まさかこんな山奥まで来て自転車を盗む輩はいないだろう。まして乗り方も不明なら価値も分からない車体だ。誰も欲しがらない気がする。


 階段を上りきると、そこにあったのは神社だった。いや、かつて神社だった廃屋である。

 鳥居は崩れ、本殿の屋根も崩れかけている。雨漏りで天井が腐り、畳は見る影もなくなった神社。もともとは個人が所有していたらしいが、いつしか誰も寄り付かなくなっていた。

 そこに、初めて来たのは数年前。まだみのりが小学生のころだ。

「初めて来たときからボロボロだったけど、どんどん腐っていくね」

 それ自体に不満もないようで、むしろ朽ち果てていくのを楽しむように、本殿の中に入っていく。不法侵入だが、見る人も訴える人もいない。

 数人の友達と一緒に作った秘密基地。もうその友達は、高校入学時に遠くに行ったり、中学の時に転校したりでバラバラになっていた。たまに会うと、やっぱりこの秘密基地が話題に上る。

 暖房と照明を兼ねる蝋燭を、数個の燭台に灯していく。これらは以前、みのりが勝手に運び込んだものだ。同じくディレクターズチェアを引き寄せて、疲れた身体を休ませる。

「うーん。やっぱり難しいな。自転車を作るって……」

 スマートフォンを取り出したみのりは、何か参考になるものを求めて、とあるサイトを開く。それは、今やっている日本縦断レースの実況だった。


『アマチタダカツさん、兵庫県に突入ですねぇ。圧倒的に速いですよぉ。

 このままだとコースの準備が間に合わないかもしれません。道路の閉鎖、少し早めることって出来ないでしょうかぁ?

 空さんと茜さんのペアは、鹿番長さんと綺羅さんのペアから分離。現在は鹿番長さんたちが空さんたちを追走。一方の空さんたちは……お食事ですねぇ。これは順位が入れ替わると思いますぅ。

 昨晩の注目選手、ニーダさんは今日も元気に疾走。キャタピラーはさすがに外したんですねぇ。いつもの29inホイールです。

 ところで、ニーダさん。昨日はタダカツさんに抱きかかえられて、そのままホテルに入っていきましたよね?何があったか詳しく……』


(キャタピラーか。木材とロープで作れるかもしれないけど、ただでさえ重い車体がさらに重くなりそう)

 などと考える。どこかの造船所では木製フレームで完組7.5kgのロードバイクを作れたという話もあるが、カーボンが完組6.5kgで珍しくない現代において、やはり木材は重い。

「――んにゃ?待って。兵庫県に入った……?」

 みのりはそこに気付く。つまり、この近くまで選手たちが来ているのだ。

(そう言えば、『隣の市にチャリチャンのコースが通るから、道路が閉鎖されて大変になる』って、友達が言ってた)

 2、3時間ほどかかる距離だが、頑張れば行ける。

 個性的な自転車が注目を集める今大会。もしそれを生で見られたら、何かを得られるかもしれない。あわよくば、選手たちに話を聞くことも出来るだろう。普通に自転車に興味もある。

(行ってみようかな。チャリチャン観戦)

 そろそろ日も落ちる時間だったが、父には遅くなるとメールだけしておけばいいだろう。

 そう思ったみのりは蝋燭を吹き消し、すぐさま秘密基地を飛び出す。自転車に跨ると、一気に坂を駆け下りる。

 ガタガタとした振動が、サドルを介して腰に響く。でもペダルが勝手に高速スイングしているため、足を着いて立ち乗りすることも出来ない。

 ブレーキは弱すぎて使えない。つまり……


「ななななななっ……とととと止まらないー!たたたたすすすすけけけけててててぇえー!」


 まだまだ改良の余地はある。それは、もっと楽しくなるという意味だ。

 生きて山を出られたら、という話だが。

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