第13話 もう片方の物語と2WD
話は10分弱ほど前にさかのぼる。
茜と二手に分かれた空は、細いタイヤで土を踏みしめていた。
(案外、走りやすいかも)
雪が積もったアスファルトの上を走り慣れてしまうと、同じく雪が積もった土の上も走れる。それどころか、雪の積もり方が浅いのでマシなくらいだった。
クロスバイクのジオメトリは、MTBのそれに近い。ロードと比べると長いチェーンステーに、高いヘッドチューブ。たかがその程度の違いが、安定した走りを支えてくれる。とはいえ、空の車体はクロスバイクにしてはタイヤの細い方だった。過信は禁物だ。
雪に埋もれた石などを踏んでもいいように、慎重に速度を落として走る。幸いにも、先に何台かの自転車が通ったらしい。その足跡から、元々の地形を把握できる。
途中、思いっきり石を踏んでしまった。車体が一瞬上に跳ねて、それから横にずれる。石が転がったことによる弊害だ。
「危なかったね。大丈夫?エスケープ」
咄嗟に、空は自転車に話しかける。茜と一緒にいるときは自重しているが、もともと空の癖みたいなものだった。
「大丈夫みたいだね。まだ走れる」
とりあえず、慣れ親しんだ走り心地から、異常がないと判断する。当然だが確実な点検方法ではない。
慎重に、それでいて大胆に、障害物を踏み越えていく。しっかり踏み固められた平坦な道は、思ったほど走りにくくもない。ボランティアの人たちの懸命な除雪作業も功を奏していた。
目の前に、真っ白なMTBが見える。先ほど空たちの横をすり抜けていった、2WDの車体だ。
「こんにちは。また会いましたね」
空が走りながら挨拶すると、相手も走りながら、にこやかに言う
「ああ、さっきのアイスバーンで無様に転んでた少年か。いや、転んでいたのは相方だったね。失礼した」
にこやかであっても、決して優しくはないようだ。
「僕、御堂空っていいます。こっちはエスケープ」
「エスケープは知っているよ。カラーリングやホイール形状から察するに、数年前のモデルだな。有名だ」
GIANTの商品は、日本のサイクリストにとって注目の的だ。台湾の技術力の高さは、もはやアメリカやヨーロッパを抜いたという人すらいる。
「俺様は、氷堂綺羅。気軽に綺羅様と呼んで構わない。ああ、安心しろ。そのフラットバーハンドルを握っている限り、頭を垂れることになるだろう?それでいい。俺様の前ではその姿勢が似合いだ」
綺羅と名乗った相手選手は、空の横まで速度を落としてくれた。
空が左側、綺羅が右側を並んで走る。そのおかげで、綺羅の車体の左半分が、空にもよく見えた。
(凄い。こんな構造になっているんだ……)
フレーム自体は、よくあるMTBのリジットフレーム。驚くべきは駆動系である。
Shimano ALIVIOの搭載によって、空の使っているX4のコンポ(実際にはX4シフターとX3リアディレイラー、さらにALTASのフロントディレイラー。ShimanoとSLAMのちゃんぽん)より段数の多い27段変速を実現。
と、そこまでは10万以下のMTBによくある装備だ。
後輪のハブは右側に見慣れたスプロケット。そして左側にはブレーキディスクと、その内側にもうひとつのシングルギアを搭載している。そこから伸びたチェーンは、フレームのどこにも沿わずに最短距離で、ボトムチューブの側面に増設されたギアへと続く。
ボトムチューブ横の小さなギアから、さらにヘッドチューブ下のギアへ中継。そこから蛇腹状のシャフトを通って右に同じようなギアがあり、前輪の右横に搭載されたシングルギアへとつながっている。
長々と説明してしまったが、要するに後輪の動力を前輪に伝える構造になっていた。そのために追加したギアの数は実に5個。チェーンの本数は3本も多い。
それら複雑な駆動系が、ガチャガチャと音を立てて回転する。見渡す限りに空と綺羅の二人しかいないのに、まるで3台ほどの自転車が並走しているようなサウンドだ。
「あの……綺羅……様?重くないんですか?」
本当に綺羅様と呼んだ空に、綺羅自身が苦笑する。とはいえ呼び方については言及せず、質問にだけ答える。
「重いに決まっているだろう。なにしろ、チェーンの摩擦抵抗は2~3倍だぞ。特にこの蛇腹状の部品――名称が解らないので、俺様の独断でフレキシブルジョイントと呼称するが、この部品が地味に重い。物理的な重量ではなく、摩擦の話な」
フレキシブルジョイントと勝手に命名された部品は、ハンドルを曲げるとそちらに素直に傾く。どうやら蛇腹のようなカバーの内側に、2軸稼働を持ったシャフトか、あるいはボールレンチのような機構を内蔵しているらしい。
「ちなみに、この車体重量は完組で17kgを越えている。俺様はさらにリアキャリアを取り付けているから、合計で18kgはあるだろうな。荷物抜きで」
「え?それって……」
「ああ、つまりハイテンのママチャリや、安値のコイルサスを搭載したマウンテンルックと大差ない重量だ。世の中にはこの車体の漕ぎ出しが軽いとか、疲れにくいとか言う者もいるが、俺様には理解できないよ」
その圧倒的な重量からは想像もできない程、その車体は身軽に見えた。空が避けた段差を、綺羅は軽々と踏み越える。
「まあ、この通り走破性は信頼に足る。サスペンション付きの車体だと、段差にぶつかった時に後ろに跳ね返されることもあるがな。このリジットフォークなら心配ない。前輪は段差に当たると、そのまま沿うように転がる」
「つまり、MTBのフルサスより安定して登れるって事ですか?」
「ああ、ただし一定までだ。体力を大幅に使うし、一定以上の段差になるとただのフルリジットと変わりない。つまり役に立たなくなる。思ったほど速度が出ないのも特徴だな」
「つまり……」
「ミーハー向けの車体だよ。もし本当に2WDが驚異的な力を持っていたなら、クロスカントリーやシクロクロスレース、あるいはサイクルトレーラーやファットバイクにも採用されているだろう。もっとも、ファットバイクには本当に採用しても面白い気がするけどな」
そういえば、こちらはミス・リードいわく、比較的平坦なオフロードコースだった。綺羅がそれを選んだということが、2WDの限界を示しているのかもしれない。
「でも、それならどうして、綺羅様は2WDで出場を?」
空が訊くと、綺羅は笑って質問を返した。
「逆に訊こう。空は何故、そのクロスバイクで出場する気になったんだ?」
「え?」
「車体が軽い方がロングライドは有利だし、同じエスケープシリーズでもESCAPE AIRとかの選択肢があっただろう?駆動系にこだわるならESCAPE RX3もおすすめだし、その車体についているセットを丸ごとグレードアップする手もある」
乗っている空本人より詳しくエスケープの兄弟機を語った綺羅は、空の目をまっすぐ見る。
「どうして、その性能の悪い車体でエントリーしたんだい?」
「そ、それは、この自転車が大切だから……」
空が少し寂しそうに言う。まさか自分の愛車が低性能だと言われるとは思っていなかったし、今までだって誰にもそんなことを言われた覚えがない。
「まあ、俺様も同じさ。この2WDには思い入れがあってな。低性能なのは承知の上で乗っている。自転車に必要なのは何より愛情だ」
「あ……なるほど」
空が納得する。その様子から悪気がないことだけを感じ取った綺羅は、先の失礼を笑って許す。
「空君も、よほど自転車が好きなようだな?」
「え?はい」
「それでいい。ちなみに俺様は自転車コレクターでな。現状、18台の車両を持っているんだ。どれもこれも10万前後の車体ばかりだが」
「凄いですね。いったい何十万円……」
「いやいや、総計200万は越えているぜ。例えば空君と同じGIANT社なら、DEFYとかWARPとかを所有している。一番のお気に入りは、やっぱりこのDOUBLE ATB-Typeなんだけどな」
綺羅はそう言うと、ペダルを強く踏み込んだ。本来ならウィリーするか、あるいは後輪が空回りしそうな勢いだったが、実際には普通に走り出す。この普通に見えることを普通にこなす、というのが2WDの最大の魅力なのかもしれない。
「この通り、2WDは下手くそが何も考えずに乗っても、当たり前の走りをする。多くの素人が突然スポーツバイクに乗ると、素人ならではのくだらないトラブルを発生させるだろう?あるいはルック車に手を出して整備不良ならではの失態をするか」
「あ、確かにそうですね。僕も初めてエスケープに乗った日に、55km/hも出しちゃって、曲がるときに大変でした。エアブレーキとリーンインを組み合わせたんですけど……」
空がそう言うと、綺羅は少しだけ目を見開いていた。空が不思議そうに綺羅の顔を覗き込むと、綺羅は咳払いをする。
「コホン……まあ、空君の場合はレアケースだ。普通は素人が急に50km/hを超えたり、コーナーで何らかのテクニックを行使したりはしない。ただ、俺様が言いたかったのは、この車体は良くも悪くも安定しているってことだ。競技用のような尖った性能がどこにもないのさ」
前回の茜と次郎の競争を見てもらえれば解ると思うが、競技用自転車というのは特別な走り方に対応するため、普通に走るという考え方を捨てている。そういった意味では、安全に走りたいとき、こういった非競技用(サイクリング用)車体が重宝される。
「まあ、自転車に新しいカテゴリーが増えると、その車体の真価を見出すまでに時間がかかる。今はまだメーカーも2WDの性能を発揮する設計を探っている段階だし、多くのライダーがその真価を見つけていないんだ」
「それを、綺羅様は知っているんですね?」
空の質問に、綺羅は少し嬉しそうに微笑んだ。そして、首を横に振った。まったく嫌味なく、むしろ楽しそうに、
「いや、俺様も知らないよ。知らないからこうして走らせて、知ろうと思っているんだ。大して乗らないまま、つまらない車体だと決めつけたら発展しない。かといって素人が乗りまわしたところで何の発見もない。だから俺様が乗っているんだ。同価格帯の多くの自転車と、いろんなところを乗り比べながらね」
その表情に何か決意のようなものを浮かべながら、綺羅は加速する。雪が深くなっている気がするのは、多分このあたりが芝生だったからだろう。地熱が伝わりにくい分、柔らかい雪がそのままの形で残りやすい。
「例えばこんな雪の中でも、踏み潰しながら、突き刺さりながら走れるのは凄いことだと思うぜ?こうやって2WDの魅力を、チャリチャンの最中で発見出来たら楽しいだろうな。メーカーもそれを放っておかないだろうし、世論も誤解をなくすだろう」
やがて、雪が少ないところに出る。下は砂場のようだ。たいして大きな段差もないのをいいことに、さらに綺羅は速度を上げる。
「このように、地面が滑りやすくても走れる。前輪か後輪か、どちらかがグリップしていれば前に進む。それも魅力だろうね。本当に、ファットバイクやビーチクルーザーに採用して然るべき機構だ。普通のMTBに採用したって面白くはないと思うが……」
話しつつ、そういえば空の反応が返ってこないことに気づく。
「俺様の話を聞いているか?空君」
「ま、待ってください。速いです。速すぎます」
「……」
どうやら話についてこれないのではなく、走りについてこれなかったようだ。そもそもクロスバイクでこの路面を走っているだけで奇跡みたいなものなのである。ATBと並走しろと言うのは、そもそも無理だった。
「仕方ない。話を始めたのは俺様の方だし、空君は聞き上手だからな。速度を合わせてやるよ。ついてくるがいい」
綺羅は後輪のブレーキを小刻みに軽くかけて、減速させる。機械式ディスクブレーキは制動力が強すぎるため、減速時の繊細な操作が難しい。
ちなみに、2WDは前後のブレーキが連動してかかるというデマが横行しているようだが、基本的にそんなことはない。あえて言うなら前後どちらのブレーキをかけてもチェーンリングが止まるため、ペダルの踏み心地には影響する。
ただ、それでもブレーキをかけていない方の車輪は、フリーハブによって回り続ける。例えばリアのブレーキをかければ、フロントのフリーハブによって前輪は惰性に従う。つまり後輪だけが制動するという寸法。
デマを流した人は恐らく、ディスクブレーキ自体を使ったことがないのだろう。その制動力の高さを前後連動によるものと勘違いしたから発生する、自覚のない嘘とでも言おうか。悪意のないデタラメである。
テレビリポーターにしても、珍しい車体にしか手を出さないミーハーにしても、まともなレビューを書けるほどの能力がないことを忘れてはならない。信じれば馬鹿を見る危険がある。
「追いついてきたようだね。先に行ってすまなかった」
「いえ、僕の方こそ、遅くてごめんなさい」
空が謝る。車輪に着雪した状態で走ると、リムブレーキに雪が干渉して回りにくくなる。今の空は大幅にギアを下げて、ほぼ最小に近い状態で走っていた。
「余計なお世話かもしれないが、Vブレーキのケーブルを外すことで、着雪に対応できるかもしれないぞ。もちろんブレーキは使えなくなるが」
「え、えっと……」
空としては、乗り気じゃなかった。いくらスピードが出ないとはいえ、何かあった時に困る。
「ぼ、僕は……その……」
煮え切らない態度の空に、綺羅は優しい口調で続ける。
「俺様の提案が不服か?もう一押ししてやろう。ここにタイラップが100本近くある。これを自転車のタイヤに巻き付ければ、即席のチェーンの出来上がりだ。所詮はプラスチックだからアイスバーンに突き刺さるわけではないが、圧雪されていない雪の上なら若干の効果を示すぞ」
タイラップは、自転車のちょっとした故障を直すのに便利な応急処置の道具だ。なにより100円ショップでも数十本入りで販売しているコストパフォーマンスがいい。重量、体積ともに小さいのも魅力である。
もちろん、空のサドルバックにも数本入っている。茜から、何かあった時に使えと渡されていた。
そのタイラップをタイヤチェーンの代わりにするという発想自体は、ネットで評判になり、ミーハー中心に受けている。これなら雪の中でも滑りにくいというわけだ。
デメリットは多い。タイヤを滑りにくくするだけなので、車体フレームそのものにオフロード性能がなければトレイルでは使えない事。リムブレーキを搭載している場合、ブレーキが使えなくなること。フレーム形状によっては干渉し、車輪が回らなくなること。それからオンロードでは滑りやすくなること。
もろもろの危険を瞬時に判断した空は、やっぱり渋る。
「えっと、お気持ちは嬉しいのですが……」
「やめておくか?まあ、空君の自由で構わないが……」
とはいえ、空が遅いせいで綺羅に迷惑が掛かっている。そんな風に空は考えていた。実際のところ、別に綺羅と一緒に走ろうと約束したわけでもないし、綺羅だって空を置いていくことも考えたうえでの提案なわけだが。
「う……ご、ごめんなさい。僕、怖くて……ブレーキとか、すぐ握れないと怖いし、何よりタイヤだけ強化して、フレームに大きな負担がかかったら、って……エスケープが壊れちゃったら、僕……」
「わああっ!泣くな。泣くなって。俺様も悪かった。決して強制ではない。ただの提案だぞ?」
「で、でも、綺羅様は僕の事を思って言ってくれているのに、その……」
さすがに空だってこんなことで本当に泣くことはないが、どことなく庇護欲をそそるやつである。綺羅もその雰囲気に乗せられそうになる。
「いや、いいんだ。もう忘れろ。そうだな。安全第一だ。公園内をのんびり走ろう。それに越したことはない」
二人でのんびりと公園を走る。雪が解けかけて凍った地面は月明りを照り返し、夜なのに異様に明るい。空は晴れていて、星が綺麗だった。明日はいい天気になりそうだ。
「そのダブルって、やっぱりアイスバーンでも滑らないんですね」
「ん?ああ、ただそれはスパイクタイヤによるところが大きいと思うぞ。SCHWALBEのICE SPIKER PROってタイヤなんだけどな。結局、普通のブロックタイヤだとダブルでも滑る」
そのタイヤには、トレッドの先端ひとつひとつにスパイクがついていた。柔らかい雪の上なら静かだが、氷や舗装の上を走ると大きな音を立てる。
「ちなみに、このタイヤだけでいくらしたと思う?」
唐突な問いかけに、空は少し頭をひねる。自転車のタイヤの相場は大体聞いていたが、正直ピンキリなのだ。
「ええっと、5000円くらい?」
正直、見当もつかないのでそう答える。
「はははっ、違うな。これ一本で、なんと2万円」
「え?」
空が驚く。それもそのはずで、空の使っているタイヤが2000円。まさしく桁違いだったのだ。茜がこだわりを持って使っているタイヤですら5000円強ってところである。
そもそも、自転車のタイヤなんてプロでも10000円程度と聞いたことがある。
「本当に、2万……」
「ああ、ちなみにタイヤは前後で必要になるから、実際のところ4万かかってる。信じられないだろう?」
楽しげに、そして自慢げに語る綺羅。よほど機嫌がいいのか、急ブレーキと急加速を繰り返す。要は自慢だ。
「まあ、スパイクタイヤっていうのは相場がかなり特殊なんだ。市場が限られているからかもしれないな」
「へぇ。でも、それで安定して走れるなら安いかもしれないですね」
「そうだろう?ところが大体ワンシーズンでダメになる。特にオンロードとかで使うとあっという間に消耗する」
「え?そうなんですか?じゃあ、毎年……」
「ああ、毎年4万払っている。実はスパイクだけのバラ売りもあるにはあるが、はめ込むのが意外と難しかったり、そもそも台座からダメになっていたりするとタイヤごとの買い替えの方が早い。ランニングコストは自転車とは思えないほどになる」
そう聞くと、急にこの綺羅のダブルが高級に見えてくる。
「あの……お仕事とか、何をされているんですか?」
「学生だよ。ただ、ちょっと出資者が裏にいるというか、まあ、いろいろあるのさ」
つまり、十分にお金が動く仕組みがあるらしい。詳しくは聞くなと目で訴える綺羅。
「素人は、自転車を改造するって考え方にたどり着かない人が多いからな。軽々しく自転車の値段を尋ねるだろう?もちろん本人に悪気はないのかもしれないが、俺様としては改造費込みの値段を言ってやるべきか、本体価格だけを答えたらいいのか迷いどころだよ」
「ちなみに、改造費込みだと?」
「うん。本体9万くらいに、改造費9万くらい。内訳はタイヤに4万。サイコン1万。キャリア2万に……あとは各種ライトとかサドルとか、携帯用ポンプとかだ」
「ああ、何となく分かります」
「だろう?君のエスケープも、見たところずいぶん改造されているものな」
ちなみに、二人とも完成車を購入して改造するスタイルとを取っているが、バラ完ともなると余計にややこしいことになる。
「見えてきたな。ゴールだ」
綺羅が言う。その視線の先に、公園らしいタイル敷きのエリアが見えてきた。
つまり、分かれ道だらけの公園エリアの終わりだ。どうやら道に迷うこともなく、まっすぐ進んできたらしい。
「意外と、早くつきましたね」
空が言う。通ってきた道は柔らかい芝生や舗装された小道など。きちんと雪かきされていたエリアも多く、おかげで楽にクリアできた。
ゆったりと最後の直線を走っていると、左前方から聞き覚えのある声がする。
「空ぁ!追いついたぞ」
「茜。それに、次郎さんも」
見ると、川を越えた辺りに茜と次郎の姿があった。
なぜか、茜はびしょ濡れである。次郎に至っては全く濡れていないものだから、余計に訳が分からない。
「結局、同じタイミングだったな。勝負はお預けか?」
「合流できてよかったよ。僕の方が早いかなって思ってたんだけど」
空とも勝負気分だった茜は、ここで引き分けのような感情になる。一方空としては、待ち合わせの手間が省けたという考え方だ。
「ん?そいつは、確か……」
茜が綺羅に視線を送る。
「ああ、綺羅様だよ。さっき仲良くなったんだ」
「様……?」
空の答えに、茜が首をひねる。当の綺羅は、
「俺様の事は綺羅様と呼んで構わない。たかが一般市民風情が俺様の名を呼べるだけでも光栄だと思うがいいさ」
無駄に尊大な態度をとる。
「なあ、空。お前、友達は選んだ方がいいと思うぞ」
「僕、よく言われるんだよね。特に茜といるときに」
「ちょっと待てどういう意味だ。アタイが何だってんだ」
「うん。綺羅様とは違った意味でアレだし」
「本人を目の前にそれを言うのかよ!」
「お前ら、俺様に聞こえているからな」
「アタイは聞こえるように言っているんだよ」
「本人を目の前にそれを言うのかい?」
まるでコントのようなやり取りをしていると、後ろから次郎が走ってくる。
「おや、アイツも来たのか。俺様の予言通り、公園の出口で再開したな」
綺羅は次郎に手を振ってみた。きっとプライドの高い次郎の事だ。先に公園を抜ける綺羅の姿を見て悔しがるに違いない。と、思ったのだが、
「ん?」
予想に反して、次郎は茜だけを見ていた。二人が決闘をしていたのはミスり速報で小耳に挟んでいたが、決着はついたようなものだ。
それでも、次郎はこちらに走って来た。
その顔は少し嬉しそうでもある。戦って負けた男の表情でないことは確かだ。
次の瞬間である。
横の道から飛び出してきたMTBが、加速しながら次郎にぶつかった。
――カシャン
あまりにも軽い音とともに、次郎のS-WORKS ENDUROが吹き飛ぶ。
次郎の悲鳴は無かった。ただ、ぶつかってきた男の笑い声だけが、高らかに響く。
「くぅ――はははっはっはっは!あー、気持ちいい。フルカーボンのMTBは壊し心地がいいな!」
その声に、空と茜は聞き覚えがあった。
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