第54話水の回廊~フェアリィハミング・前編(ステンレス銀河叙情詩編)

「ウリュさん」

「あたくしの泳法を目撃なさって!」


「ステンねーさま!」

「そこから底が深くなるからダメですよお!」


ザッブーーン!!


「あーーっ!!」

「ウリュ副長、何で艦長を止めないのですか!」


「皆さん、ステンレス艦長を拾いに行きます!」

「早く格納庫にある海底潜航マルに搭乗するわよ!」


「ああ、イチゴちゃん」

「この船にはそんなものは搭載してません」


「ウリュさん!」

「呑気に何コイてんですか!!」


「良いのですよ」

「彼女は海とコンタクトを試みるんです」


「はあ?」



惑星チーズ。


西側大陸の海原。辺りは海しか見えない。海鳥が数十羽上空で旋回しながらこちらを伺っている。エサに成るか見極めている様だ。

海の海抜は、数百メートルはある。波は、なぎ。穏やかだ。乾いた海風も気持ちが良い。


私たちが乗艦するシップ「デンライ」は宇宙を飛ぶ軍艦でなく。

ただの海上船。軍艦で巡洋艦クラスだが。

この時代にこんな不便なものは、航海訓練用の船でしかない。

航海士候補生たちは、ほとんど擬人のLP姉妹が占める。


「時代は変わったのよ、ウリュさん」


ステンねーの口癖・・・


「あー、ステンねー今頃、海底で海のサチ食ってるのかあ?」

「艦長が航海訓練のスケジュール無茶苦茶にしてますけど」

「コンバットフライ五式2型を受領しに行くのに・・・」

「ブルーさんが怒るよ・・・あ、来た来た」

「ブルーさん」

「ステンねーさまが遊んでるから待ってて下さいね」




ゴボゴボ・・・


擬人たるロボットは宇宙人と違って酸素を必要としない。

食う寝るヤルを放棄できる利点がある。

だから宇宙空間でも海中でも、それこそスッポンポンでも可。

かと言って全裸では、あたくしも恥ずかしいから水着着用。

淑女らしくミントブルーのワンピース水着。サービス不足ですわ。

それにしてもこんな水圧が高い深さまで潜れるのは・・・


目を開きっぱなしで見ているあの向こう。

海底の砂地に何かが這っている・・・ウミヘビ?

いや違う。

もっと大きな・・・意思が見える。かたくなに守り続ける心が。


何一つ潜水装備を身に着けず潜るあたくしの腕と足を、何かが感じ取っている。


「目視カメラを望遠しても見えない・・・変ですわ」


「!」


何かがあたくしの脳回路の防壁を一瞬で突破してきた。外部侵入者用アンチウイルスが全て削除された。

脳回路防壁と思考プロセスを凌駕するこのプログラムは。

この果てしのない純度ルーチンは一体・・・



「あ・・・」


意識が飛んだ。気が何処かへ。クリスタルソウルが飛翔する。




「はい」

「皆さんいいですかあ?」


「良いでーす!」


「待って下さい、ユミは良いではなくて良くないですよ」


「ちょっとユミさん」

「その教科書は去年のですよ?」


「子ザルさんもあっちへ行ったのに」

「何で既にこっちに馴染んでいるのですか」


「ひっどいですうぅ!」

「サダコは子ザルじゃありません!」

「プンスカ・プンスカ!!」


「また今日も凸凹コンビの芸が炸裂していますね」


「あっはははは!」


「今日の歴史の授業は、この世界の宇宙についての勉学です」

「まず歴史教科書の一章黄色三色ページを開いて」


何この部屋は?

十代くらいの子供たちが大勢で勉学を積んでいる最中だわ。

少しの男と多くの女の子供が大人の師に伺っている。

惑星チーズの現実と少し違う・・・

いえ、それは確認を取らなければ解らないですわ。

制服と呼称する統一衣服が輝いて見えるのは、気のせい?




風の音・・・


違う光景に変わった。


水色の空と白色の雲。風が強すぎるのか、上空が全て遥かな前方の空へと吸い込まれてゆく。

刻一刻と空の景色が模様が色が変化を続ける。

見えていない前の一点が呼んでいる。


風が吹く。


「なんて気持ちがいいの?」


涙が流れ出す。何で?

黒い瞳から溢れ出した雫は頬を伝う。口の中へと入って来た。


「塩からい・・・苦い」


重力と酸素がある。


前方に存在するのは何?

ブラックホールのように全てを飲み込む自然?


「逆らう事が許されないのなら・・・受け入れてみるのかしら」


立ち上がって歩き出す。

乾いた追い風がまるであたくしを招き入れる如く吸い込んでいる。



「見えてきたわ」



あれは・・・


旧世界。

コンクリートのビル群の市街地は荒廃して、白い瓦礫の街。

血で黒く染まったアスファルト道路の上で。


誰かが泣いている。


その存在の目の前まで歩く。


長袖長ズボン、深緑とクリアイエローの科学素材のお洋服を着る。

子供の男の子。顔が確認出来ない。


「ぐしゅ・・・ぐじゅ」


「・・・・」

「ねえ?・・」

「あなたは何でこんな処で一人で泣いているの?」


「ずず・・・」


涙を両腕で拭いて、その子供が顔を上げる。

顔が涙でぐちゃぐちゃなのに・・・笑顔で笑っている・・・


「うん・・・はぐれちゃったんだよ」


「はぐれたって・・・ここの地名は何ですか?」


「ホワイトワン・シティ」

「ミサキさんはそ~言ってた」


「ミサキ?」

「・・・遥か昔に存在した擬人のLPのことかしら」

「データベースに記録があるから・・・検索」


「おね~ちゃんも擬人さんだね」

「真っ白いから幽霊と勘違いしたぞ?」

「何処から泳いで来たの」


「ええ、あたくしはステンレス・ノーマット」

「擬人コードLP8000JJ・・・ですわ」


「私はタイタン」


「まあ! あなた女の子だったの」

「今まで擬人たちと行動を共にしていたのですね?」


「うん」


あ、あれ?


「あなたの名前をフルでお願い」


「サダコ・タイタン」

「ジュニアハイスクールの優等生だぞ?」


あ、あれ?


まさか・・・


「ノリミィ・タイタンのご先祖様?」


「サダコだよ、サダコ・タイタン」

「タイタンの姓には由来があるんだぞ」


「ここでは血縁を調べる事は出来ないわ」


「何コイてんのだこの白い女は」

「良く聴くのである」


「遥かな異次元宇宙には、衛星タイタンと呼ぶ星があったそ~な」

「そこにはその星系を統治する議会が所在した」


「さ、サダコちゃん?」


「しかし同じ星系の兄弟惑星アースの住人、物質宇宙人には理解が出来なかった」

「眼に見える世界が全てだと信じて疑わなかったのだ」



この子・・・何でこんなことを言えるの?

子供のイタズラではないよね。


「ステ猫!」


「きゃあ!」

「びっくらコイたわ。あたくしが猫と呼ばれるなんて」


「いいかいステ猫、ここを破壊していった機械化師団はまた来る」

「逃げて隠れてもレーダースキャンと暗視レンズに見つかるぞ」


「え、何よそれ」

「あなたは子供でしょう、武器を持って戦うつもりですか」


「是が非だ、殺さねば殺される」

「暴力を好む物質には、心を教える近道がないからね」


「あなた、ど~みてもガキなのに大人に見えるのは何で?」


「来たよ」



ゴウン・・・ゴーー・・・



本当に来た!!


「ほれ・・・レーザーライフルだぞ」「受領せよユキンコ」

「基礎ゲインはチャージ済みだから、リロードパックもあるぞ」


ドッシ


「な、なんやこれ?」


遥か昔のレーザーパルス・ライフルだ。

攻撃力と速射性連射性すべて劣る、ゲイン回復に時間が掛かる。


「こんな装備で戦ったの? 昔の人たちは」



う~んと・・・


確か、海上巡洋艦デンライの甲板から海へ飛び込んだのです。


それからどした?


ミントブルーの水着を着ている。何か恥ずかしくなってきた。



ドンドンドン!!


ガラガラガラ・・・


地響きと振動が近づいてくる。

数が多い。ふたりのパルスライフだけで戦える訳無いわ。


逃げなきゃ!


「もう回収のシップは来ないよ」


「はへ?」


言いながら彼女は瓦礫の壁を盾にしてレーザー射撃をしている。


「ちょ、ちょっとあなた」

「シールドもなしに、死ぬ気なの?」


「死ぬ気なら戦ったりはせんぞな!」

「ほれ、ナパーム弾と電子グレネード」

「後ろの郵便ポストの中に、無反動二重レーン砲が隠してある」


「ゲインチャージがバカッ早だから気を付けよ」



この子は一体何もの?


「あなた、さっきはなんで泣いていたの!?」


照射音と破壊音の中で絶叫。

レーザー帯が無数に飛んでくる中、残骸の壁に隠れて聴く。

あたくしは耐衝撃エネルギーフィールド・愛ウェイに守られているから平気。


「ひとりの時は泣くものだよ、ステン」


「・・・・」



ライフル射撃とゲインチャージの為に隠れながら女の子は叫ぶ。


とにかく、

この子がノリミィの先祖なら、死なせる訳にはいきませんわ。


まだ明るい空の下、白い瓦礫の街で破壊活動ですわね。

にしても、まだ白く細長い雲と薄い青空が、ひたすら北へ向かってものすごい勢いで流れてゆく。


目指す一点はこの子じゃなかったの?





後編へ続く

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