第51話私はPちゃん・後編

ザアアアァ・・・


「おじいちゃん、コレもう動かないよ」

「私が公衆電話で修理してくれるサービスを探すから」

「ここで見張っててよ」


「カオルさん、エルチシティまで後どの位かのお」


「さあ・・・私のマップ端末ではあと30キロだけど」

「人工衛星が軍に取られちゃったから信用出来ないよ」

「地図上のタウン情報も勝手に書き換えられてるし」


ザアアアア


「うわあ、ひどい雨だなあ・・・」

「ひえええ」


バシャバシャバシャ



「ゴン太」


「わん!」


「すまんの、もうエサはないんじゃ」

「わしの携帯缶詰の肉で良いなら食え」

「今やるからな」


ゴソゴソ


「わんわん!」

「わんわんわん!」


「誰か居るのか?」


運転席から車の外を見ると。

雨で濡れたフロントガラス越しに誰かが立っている。

雨に打たれて突っ立って居るのは。

酷く汚れてボロボロのワンピース作業ツナギを着た子供。

こんな雨降りに傘も刺さずに・・・浮浪者か?


「坊や・・何か用かな?」


「・・・私が」

「私が直すよ」


「直すって」

「この車の修理はプロの整備工じゃないと無理じゃぞ」


「・・・うん」


雨で濡れていて子供の顔が見えないが。

泣いてるんじゃないのか?

ボンネットを開けてイジりだした。


「おじいさん、見てなよ」

「私は何でも直すんだよ」


ガッチャガッチャ!


キンキンキン!


「あんた女の子じゃったのか」


女の子の髪からヘアピンが落ちたのか。

アスファルトの水溜りに落ちたヘアピンは赤いカラーが雨に濡れて光って、赤目のように見える。

もう車体下部に潜ってイジりだした。この酷くくたびれたツナギは、本当に整備士の証なのか?


ガキッ・ガッキン!キリキリキリ


「でもね、おじいさん」

「治せないものもあるんだよ?」


「ああ」


「私だよ・・・私だけは治せないんだ」

「壊れたボディも、壊れた心も」

「自分じゃ自分を治せないんだ」

「みっともないよね」



「くんくん、はっはっはっ」


ゴン太が初対面の人間になついている。

この娘は何もしていないのに。

行儀良く女の子の足元で座っている。


「お嬢ちゃん、ホームレスかい?」


「うん」

「でも死なないんだな」

「はい、出来たよ~」


車のシャーシ下から出てきた女の子は短い黒髪に黒瞳の、昔の学生さんみたいだ。


バンッ!


「エンジンかけてみな」


「ああ」


ぷるぷるぷる


グアン!!


ドルドルドルッ!


「ひゃああ!」

「いつもより元気が良いわい」


「えっへへへ」


ゴン太が彼女の足に絡みついてなついている。

雨がさっきよりも強くなっているのに、苦にならないのか?


ドルドルドル


「私は隣のネオ・チョモイヤシティへ行くから」

「じゃあね」


「待ってくれお嬢ちゃん、礼をさせてくれ」


「いいんだよじいさん」

「ロボットはカネは要らない筈なんだよ」

「食わなくても寝なくても出さなくても死ぬ事は無いんだ」


「ロボット?」


「ああ、私は私なんだ」

「上にも下にも居ない、この陸地に立ってるのは私なんだよ」


女の子はそう言ってから儂等とは反対の方向へ歩いて行った。

気が付いたら消えておった。雨に隠されて彷徨う魂のように・・・

ゴン太がいつまでも消えた方角を見ている。

さっき水溜りに落ちた赤いヘアピンが無い。

いつの間に拾ったのか。


「なんと悲しいオーラじゃ」

「あんな子供が独りで流浪しておるのか・・・」



ザアアアア・・・



一時間ほどして孫嫁のカオルさんが戻ってきた。

だいぶ雨に濡れている。お化粧はもうひどい有様だな。

下着も透けてしまっているが、誰も気には止めまい。


「おじいちゃん、ダメですよ」

「修理業者が休業中ですって」

「近くに車体管理センターがあるけど来てくれないよ」

「公衆電話センターも凄い混雑で・・・」


「もう走れるぞ、カオルさん」

「わしが運転するよ、治ったからな」


「ええ!ど~言う事?」

「修理ロードサービスが来たの?」


「ああ、可愛いスペシャリストがな?」


ドロドロドルドル


私はPちゃん。

最愛の人ペインが死んでから、もう何ヶ月も独りで旅してる。

彼は偶然居合わせた護送中の反乱分子を助けるために、彼らの同志に協力をしたわ。

でも、それが原因で政府軍に追われた。

私は彼を守りきれなかった。


「何が無敵の殺戮兵器よ」

「大切なモノを何一つ守れないじゃん」

「擬人がこの世に誕生したのは、この世を閉ざす為に?」


「なら何で、こんな感じる心が必要なの」

「感じすぎるから悩みと格闘するのに」


「暴力を捨てる為にまず暴力を装備するわけ?」

「Pちゃん判んないよ」


「・・・・」


永い雨があがったわ。

向こうの空に虹がかかる。何で虹って綺麗なんだろ。

涙のような雨が止むと、空に鮮やかな虹の橋が架かる。

水溜りが青空を映して、また泣いちゃいそうじゃん。


「悲しみは笑顔に繋がるんだ・・・」

「・・・・」

「Pちゃんもたどり着きたいな」

「青い空へ」




おおよそ700年前後過去の記憶クリスタルのリード。

人の脳の様に回想ではなくて過去の記憶意識へ深層ダイブ。

何の外部支援も無しで出来るのは、擬人が進化する証。

一般的な人間の脳と魂だけでは外部から邪魔が入る。


もうじき意識のダイブが終了する。

過去の記憶クリスタルチップ回廊の旅から帰還する。



Pちゃんは独りで何十年も流浪びとを演じたけど。

百年を過ぎてから変な武装組織に誘拐されるまで。

自分で稼いだカネでその土地での科学技研に、メンテナンス修理を依頼した。自分の図面とデータすべて脳回路に記憶してる。

マザーヒメギミは、あの戦争で軍本部とともに消滅したと。

街頭の電子ニュースで観たけど。

信じられないわ。

ロボットたる擬人は、ボディを失っても生きて行ける。

今も感じるもの。

クリスタル・ソウルは人の魂と同等の同じもの。

だから擬人クリスタルは遥かに純度がクリアな意識。

悲しい運命を呼び込むのは、この負の世界を越える為の必然。

流浪人の『ノマド』だった私は。

闇の組織の手に落ち、何百年も惑星・猫じゃらしに幽閉された。


「でもね、人と違って擬人のボディは老化も成長もしない」

「だから、心と精神は成長が出来るの」

「自分の心の成長も老化も、自分の想いひとつだわ」


擬人に赤ちゃんの季節はないけど。

宇宙には不思議な風が吹いてる。

まるで赤ちゃんに成ってゆくみたいな錯覚がある。

おかしくて不思議だわ。


「そうにゃん!」

「Pちゃんは風を追いかけて、宇宙の風に乗るのにゃんっ♪」




ピシ・・・



「・・・う・・ん?」


ボディ・フィードバック成功。

視覚と聴覚が戻った。

頭脳サーキットは規定正常値。

クリスタル・ソウル意識はクリア領域内。


「わん!」

「Pさま、ジュニア用宇宙戦闘服が到着済みだわん!」


「ワンちゃん、私の寝顔見てたわね?」




後編終了。

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