第38話ステンレスメモリー
カタカタカタカタ・・・タン
ピッピピッ
「・・・・・」
「ステンレスちゃん・・・」
「はい、何でしょうか?」
「休憩して下さい」
「え、でもまだ」
ばんっ!
カスタネット艦長にあたくしの両肩叩かれちゃた。
「あなたは働き過ぎです」
「いい女に成れませんよ?」
「え、関係があるのですか?」
「ハードワークは美容の敵です、ステンレスちゃん」
「擬人にも美容があるのですか?」
「ええ、今はそ~いう時代です!」
「時代、なのですか?」
「いいからいいから、私とロドリゲスだけで間に合いますから」
「自室で休む、艦長命令です」
「はあ・・・」
バシュ
「・・・・」
艦長は何か言いたそうだったわ。
「フォロ・・・」
あたくしの自室のテーブルには、思い出の3Dフォトがある。
この立体投影フォロを毎日見る。
「ボーイ・・・」
一瞬、強化装甲小窓の宇宙を見てから。
ベッドに寝て眼を閉じる。
「・・・・」
大切なメモリーに帰りたい。
記憶クリスタルチップにダイブしたい。
二度と帰れない青春。
「はじめまして、マイ・ボーイ」
「あたくしは、擬人コードLP8000JJ」
「ステンレス・ノーマットですわ」
「・・・・・」
少年が顔を赤らめてうつ向いた。
予想通りの反応ね。
オンナに免疫がない反応だ。
そ~いうの大好き!
「は、はじめましてステンレス」
「エイジ・パッカードです」
「お世話になります、ミスター・パッカード」
「いえ、こちらこそ・・・」
あたくしはベースで、この少年を検索した。
イッパツで惹かれてしまった。
判らないんだけど、あたくしのクリスタル・ソウルが反応する。
強烈なの。
身体障害者の保養生活を送るこの子は。
人里離れた海岸の別荘に住む。
この坊やの為に成りたい。
あたくしはショタコンらしい。文献で読んだ。
異次元宇宙の言葉だって。
だから、マザーにお願いしてこの日を迎えた。
胸がキュンとする。
これが恋という自然現象?
彼は幼い時の事故で片足と片腕が無い。
義足と義腕で生活しているが、本人は嫌だと言う。
でもこの時代では、それで何不自由なく暮らせるのに・・・
苦難の人生を生きたこの少年は、笑顔にかげりが見える。
涙を隠すように笑う笑顔は、あたくしにはたまらなく愛しい。
抱きしめたい衝動に駆られるが、今は大人の我慢だ。
「エイジ!」
「ステンレス、まってよ!」
「おなたの運動訓練は、あたくしの最重要任務ですわよ!」
「あたくしが良いと言うまで止めません!」
「ハアハア!ちょっと休ませてよお・・・」
別荘の裏庭の広すぎる芝生で、走るという訓練。
芝生に並んで寝転んで、青空を見上げる。
青いわ、どこまでも青い。
エイジが息切れしてる、あたくしは平気。
うつ伏せに移行して、隣の坊やに話しかける。
「次は腹筋という訓練よ!」
「あたくしは鬼ですわよ?」
「・・・・」
あ、顔を赤らめて反対を向いたわこの子。
「!」
着替えて来たこのコスか。
女性用ホットパンツとタンクトップ。
ガキには刺激が強すぎたのね。
おっぱいが見えすぎてるし、乳首が見えちゃったかな?
あたくしの太ももも役に立つんだわ。
可愛いなあ・・・
しょうがない。
「はい、訓練終了です。お部屋に帰ってよろしい!」
バビュンッ!
あたくしがすっ飛んで逃げていった。
今日は彼のお部屋で二人きりで電脳レッスン。
エイジの自作PCを使って仮想火葬訓練。
仮想敵国との疑似海戦をシュミレート。
え、これって星間ネットワークゲームじゃないのよ。
こんなもんで戦術理論を学ぶの?
彼は軍隊に入るわけじゃないのよ?
あたくしが無理やり内容を変更。
火葬できない仮想をど~やって瞬間抹殺できるかを訓練。
でも問題発生。
あたくしが彼の肉体の後方から、マウスを持つ右手を重ねて。
左手も抑えて、ボディを密着してるから。
まるであたくしが誘ってるみたいじゃないのよ!
なんかエイジの首筋や顔から汗が滴り落ちてるわ。
これじゃ拷問だ。この子の下半身が心配だわ。
あ、あたくし今日は香水つけてるのだった。
坊やにはこんな事しちゃいけない。
「はい、訓練終わり!」
「エイジ、今日はあたくしお料理を作りたくなっちゃったわ」
「あなたの胃袋にあたくしの手作りお料理をぶち込みます」
「もしマズイと言ったら、もう遊んであげませんわよ?」
毎日が楽しくて仕方がない。
「こんなに幸せでいいのかしら?」
毎夜のPCでのマザーへの報告がニヤニヤ状態。
クソ真面目な文字羅列を打ちながらニヤニヤ。
マザーが心配していつもメールで言ってくる。
「あなたの脳回路はお花畑状態ですよ?」
「メンテナンスの必要があります」
「はい、申し訳ありません」
でもニヤニヤ。
これって青春っていうリアル体験なのだわきっと。
擬人にも生きる喜びがあるなんて!
時間ってやつは、あっという間に過ぎる。
もう惑星の周期サイクルが初めに戻った。
別れの序曲。
名残惜しいのよ、あたくしは。
この坊やと結ばれたい。
運命は残酷なの、どの現実においても。
ベランダでエイジが望遠鏡を覗きながら話しかける。
「ねえステンレス。遠くで何か飛んでるよ?」
「あれは一体・・・」
「エイジ、あれは兵器ですわ」
「え?」
「大陸間弾道弾、戦略核ミサイルです」
「この国が隣国に攻撃しています」
「戦争行為が始まったのですわ」
「ステンレス、それって・・・」
「ええ、シェルターへの避難勧告が出ています」
「時間がありませんわ」
「早く逃げようよ!」
「あたくしはいけませんの、マイボーイ」
「な、何を言ってるの?」
「お別れの時です」
「あなたとの記憶を、あたくしは絶対に忘れませんわ」
「ステンレス・・・」
「だからいつもと違うお洋服を着ているの?」
今日のあたくしのコスは普段の動き易いお洋服じゃなく。
純白のワンピース・ドレス。お値段が・・・
あたくしの白いストレートヘアに似合うはず。
あたくしの黒い瞳にこの少年を焼き付ける。
「衛星バターのミリタリーお嬢様スクールに入校します」
「あたくしには夢があるのです、エイジ」
「あたくしは宇宙次元に出ます」
「人を殺すために」
「この宇宙次元では生命が戦争を繰り返しています」
「でもありえないのですそれは」
「そんなことをしていては滅びるのですこの次元は」
「でもそうはならない」
「なぜだか判りますか?」
「ぼ、僕にはわかりません」
「邪な存在がねじ曲げたのです、現実ルールを」
「戦争という商売が続くように」
「だから、あたくしはその者たちを抹殺します」
「宇宙を駆けて、ヒトを殺します」
「この次元が愛と平和で満たされるためには」
「恐怖の時代を乗り越えるのですわ、例え残酷であっても」
「ステンレス・・・」
海岸線まで歩いて降りて来た。
あたくしのチャーターした迎えの降下艇がもうじき来る。
スーツケースを置いて待つ。
満潮で岩の上まで海面が上昇している。
波でスカートの裾がビッショリ。
もう戦略核ミサイルが着弾する頃だわ。
ここも核の放射能の被害に巻き込まれる。
これが現実なのね。
エイジにだけは生きて居て欲しい。
大切な思い出の土地が、悪意に汚される。
潮風が強い、白い髪が乱れまくってる。
右手で髪を押さえて崖の上の別荘を見上げる。
「あたくしの幸せ・・・」
息切れしながらエイジが降りて来る。
花束を持ってるわこの子ったら。
「はあはあ、ステンレス。今、裏庭の花を摘んで」
「花束を作ってきました」
「受け取って!!」
バン!
「あ、ありがとうエイジ」
彼が突きつけた白い花束を受け取る。
抱きつきたい衝動があたくしを襲う。
「・・・・」
うわ!
エイジに抱かれて唇を奪われた!
す、凄いこのガキ。
あん、もう離れやがって・・・
「ステン、また逢えますか?」
「はい」
「あなたが生存中に必ず逢いに帰ります」
「もしも50年後に再会が成功したと仮定して」
「その時も、あたくしの目の前に居るあなたは」
「今と同じ少年のままです」
「あたくしの脳演算にミスはありません」
花束を大事に抱えて、あたくしはにっこり微笑む。
この日のためにとっておいた、
必殺の乙女スマイル・・・
食らえこのガキ!
愛していると言いたい・・・今しかないの。
あ、降下艇が来たわ。
ノイズ音を出しながら浅瀬の海面に垂直着陸してくる。
場が強風で渦が出来る。
あたくしの髪はもうムチャクチャになって。
きっと白いお化けオンナだわ。
生命体には必ず出会いと別れがある。
・・・別れは再び合うための約束。
だから、最高の笑顔が約束なのだわ。
更に乙女スマイルだが、髪がなんともはや・・・
この少年を押し倒したい。
でももう、今となっては・・・
「愛してるよ、僕のステン・・・」
「!」
ダッ
降下艇の人がさっきから気を使って待っててくれてる。
あたくしは、振り返ってダッシュでハッチに飛び込む。
スーツケースと花束を両手に持って。
良かった、涙を見られなかったわ。
目の前の乗務員の目の前でエンエン号泣。
目をパチクリさせて乗務員があたくしを見ているけど。
あたくしはこのお兄さん知らないから問題なし。
あたくしの男はエイジなのです。
お子ちゃまはあたくしの方だったのだわ!
かなりショック。
降下艇が上昇を始めた。
強風の海面で坊やがあたくしを見送る。
小さくなっていく恋人を見つめながら心で語りかける。
「さようなら、あたくしの少年」
「あたくしだけの少年・・・」
あたくしの記憶クリスタルチップに刻まれた。
あなたとの記憶は、永遠の宝物ですわ。
民間宇宙空港までの飛行で、あたくしは泣き続ける。
新しい旅立ち、捨てるものと手に入れるもの。
擬人にも人生というロマンがあるのだと言う。
人を守るための擬人ならば、きっと人を救える筈だわ。
あたくしの夢は猛加速を開始した。
ダイブの旅から還って来た。
ベッドの上でゆっくりと眼を開ける。
あ、涙が出てる。
「・・・・・」
寝たまま横を向いて立体投影フォログラフを見つめる。
別荘のエイジの部屋であたくしが後ろから彼の首に抱きついている。
ふたりとも本気の笑顔だわ。
「マイ・ボーイ」
「・・・・・・」
「あたくしの青春」
「あなたを忘れたくない・・・」
ピッ
「はい、何ですか?」
「ノーマット副長殿、ちょっと良いですか?」
「どうぞケチャップマンさん」
バシュ
「あ、ごめんなさい」
「いえ、いいですよ。どうしました?」
涙をコブシでコスって拭きながら、退役女子高生と会話をする。
「はい、この前の5式戦の武装パックがですね・・・」
「はい・・・はい・・・」
「ステンレスちゃんて、想いを隠す子なのよね」
「いい子ちゃん過ぎるからぶっきらぼうな面があるの」
「おねーさまが、ステンレスのことを買ってるのは」
「あの女が淑女だって言いたいわけ?」
「シャムロッド?」
「な~に?」
「あなたも立派な淑女ですよ?」
「きゃっははは!」
「おねーさまおっかしい!」「ヒャ~ハッハッハッ!!」
「ぐ、ぐるじい・・・」
「あなたどっか悪いんじゃないの?」
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