犯人像

 アルフォンシーノ毒殺未遂事件は、ゲートでもすぐに知れ渡った。


 授業は二週間の休講の連絡が送られ、生徒達は不安に襲われながらも自分達の目標のために他の授業にて勉学に励む。

 ただしアルフォンシーノに心酔し、師とすら仰ぐ少数の魔導剣士志願の生徒達は、すぐに彼女の下へお見舞いに行きたいと先生各位に名乗り出て、悉く断られていた。


「先生!」


 だからアルフォンシーノ自身、恭弥きょうや青年の来訪には驚きを禁じ得なかった。

 彼女の入院先を知っているのは、ほんのわずかな人達だけだったからだ。


 そのうちの一人であるガビーロールが調度見舞いに来ていたので、二人の間に割って入る形で彼の前に立ち尽くす。

 異世界人の血が混じった彼の高身長がまとう外套の大きさは、青年の視界からアルフォンシーノの困り顔を消し去るかのように覆い隠した。


「こらこら、病室では静かにしなさい。一体どうやってここを突き止めたのか知らないけれど、彼女との面会は――」

「大丈夫です、ガビーロール先生」


 アルフォンシーノは気付いた。


 彼は鞘師さやし家の嫡男で、彼の祖父にあたる職人とは面識がある。

 以前のパーティーで会った際に発注した仕事の延期をすべく連絡した際「ならば孫に持って行かせましょう」と言うので病院の場所を教えたのだ。それだけのことである。


 驚いたのは、彼がその家の子供であると忘れていたからだ。


「鞘を届けてくれたのですよね、ありがとうございました」

「い、いえ」


 梱包された品物を抱く青年を見下ろして、ガビーロールも把握した。


 周囲にバレないよう招き入れる。

 アルフォンシーノが入院していた部屋は完全なる個室で、あらゆる異世界の魔法も通さないための結界が施されている。

 故に中で魔法を使うことはできないが、代わりにゴキブリを使った毒のような仕掛けも作動しないため、アルフォンシーノは療養に専念することができた。

 しかし逆に言ってしまえば魔法が使えないので、ガビーロールも防衛のためには体を張るしかなく、彼女の盾役には適さないだろうなと不安がっていたから、青年の登場に一番驚いて緊張していたのは彼だったりもした。


「どうぞ、祖父から頼まれていた物です。ついでに父が刀を砥いでおきました」

「ありがとうございます。中身を拝見しても?」


 と、ガビーロールに問う。

 青年はもちろん良しというだろうが、個室とはいえ病室で刀を抜くのは危険だと彼は判断するかもしれない。

 それこそもしもの話だが、恭弥青年がアルフォンシーノを襲った犯人である可能性も、ゼロではないのだから。


「あぁ、構わないよ。彼の目を見ればわかる。彼は本気で、君を心配している様子だ。だがまぁ、最低限の警戒はさせてもらうが、いいね?」

「はい」


 青年は頷き、彼女に品を渡す。

 袋を脱がせて現れたのは、純白と表現して相違ない美しい鞘に身を包んだ、青白い柄の刀。


 剣豪、佐々木小次郎が振ったとされる物干竿ほどではないだろうが、それに劣ることもない細い長刀で、アルフォンシーノがいっぱいに両腕を広げなければ抜き切ることもできない。

 青白い柄と真白の鍔の先に繋がるのは、濡れたような仕上げが施されている美しい刀身。


 刀の名は、大和撫子。


 純白の鞘という着物を脱げば、絶世の美しさを持った貴婦人の肌と表現できる刀身が現れることから、刀匠によってそう名付けられた。


 刀身の材料に採用した魔鉱石は撥水能力に優れており、錆に強い。

 使い手次第では、魔法を使わずして水面の月をも割ってみせる。

 名刀と呼んで遜色そんしょくない代物だ。


「美しい霞仕上げですね……それを収める鞘の美しさも、さすがの一言。特に長刀という抜刀に不向きな点をカバーできるよう工夫された、この滑らかな動作がまた……」

「よかった。祖父に伝えておきます。それでアルフォンシーノ先生、体の具合は」

「胃の洗浄も完了しましたし、血に溶けてしまった毒も解毒に成功しました。あと一週間は安静にしていれば、問題ないそうです。少しだけ脚が痺れているので、リハビリが必要になりますが」

「そう、ですか……よかった」


 青年は安堵の吐息を漏らす。

 だがガビーロールは仮面の下で、重い息を吐いた。それこそ青年の安堵とは、違う意味合いだ。


「しかし毒入りの虫を送り込んでくるとは、犯人も相当に執念深いと見える。そして異世界の知識に長けている人物だな。魔鉱石も知っているし、魔法術式だって組み込めるのだからね」

「あの、よくはわからないのですが、今回の毒殺に使われた術式って、そんなに難しいものなんですか? 簡単なものなら、方法さえ知ってれば誰でも……」

「確かにね。ワンくん曰く、この毒は魔法で加工した毒物を対象に食べさせることで、相手を毒殺するだけの単純なものらしいが、しかし今回はパターンが違う」

「パターン……?」

「毒を食べたのはアルフォンシーノくんではなく、虫の方だ。つまり本来なら、食べたその虫が死ぬはず。だけどそれは、アルフォンシーノくんが斬り捨てるまで生きていた。つまり毒ですら、単純なものを使ってないということさ」

「毒物の内容は、一般的にも入手できるものをいくつか調合したものでした。しかしそこに異世界の魔法を足すことで、虫には効かないよう作り変えた。用意周到で、この上なく計画的。わざわざゴキブリなんて生き物を選んでいるところが、特に」


 思えば、アルフォンシーノの家にゴキブリが出たこと自体おかしかったのだ。

 自宅は建てられてからまだ間もなく、マンションの上階。ゴキブリの侵入経路など、本来はそう簡単にありはしない。

 それこそ、


「しかしこの事件のお陰で、犯人像は大体わかってきました」


 と、この発言には二人共驚かされた。


 死地に立っていたというのに、どこにそんな考える余裕などあったのだろうか。

 彼女の異常な精神力には、ガビーロールですらも驚きを超えて、呆れてしまうほどだった。


「この状況で、よくもまぁそこまで頭が働くものだね。それで、何がわかったんだい?」

「この事件がどうやら、綿密な計算を施された上で行われた、突発的な犯行だと言うことです」

「綿密な計算が組まれた、突発的な犯行……?」


 青年は首を傾げる。

 彼の中で、綿密な殺人計画を立てることと、突発的に殺人を企てて実行することは、違う者であるという印象が深かったからである。

 綿密な計算と言われると、それだけ長い期間をかけたという印象が強くて、突発的という言語と噛み合わない。


「犯人はおそらく、この計画を別の相手に仕込んでいたのでしょう。しかしとある理由から、私を標的に変更した」

「なるほど、綿密な計算の上での突発的な犯行とはそういうことか。しかしどうしてそう言える?」

「あの毒虫を使ってでの犯行は確かに狡猾で、成功率も高い。ただしそれは、の話です。この反抗は異世界に関しての知識に乏しく、この毒の存在に気付けない相手にこそ効果があり、私達に対して有効とは言い難い」

「確かに、解毒の術もすぐにわかってしまうしね。そもそも毒に関する知識がなければ、虫に仕込まれた毒に気付くことすらできなかった、ということは……」

「はい、今後同じ事件が起きることでしょう。そのまえに――」


 アルフォンシーノの眼光が、どこか遠くを見据えているように見えたのは、青年だけではなかった。

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