二人の警護と恭弥青年

 アルフォンシーノの警護を務める二人が未だ若い新米警官だったのは理由がある。

 私服に着替えてしまえば、ゲートの生徒に紛れることができるからだ。


 対策を取ると言っても、生徒達や彼らの家族に心配をかけていいわけではない。

 大事おおごとにしないためにも、犯人を無駄に煽らないためにも、対策は内密のままに行える程度に抑えておく必要がある。


 理事長が言うのは殺害予告と未遂の事件が明るみに出た場合のことで、わざわざ自分達から明かす理由はない。

 むしろこのまま世間に明るみに出ないで、無事に解決できるのならそうしたいところである。

 無論、それが簡単なことでないのは明白の上の事実であるが。


「異世界において、魔法とは便利な代物です。しかし忘れてはならないのは、魔法には魔力という限界値が存在すると言うこと。魔力を失えば、魔法は一切使用できなくなる。さらに言えば、魔法とは元々我々の世界にない存在。それを操るには、多大な労力を要します」


 彼女の授業を受講する生徒は、異世界にて魔導剣士として名を残そうとしている者がほとんどである。


 無論、ある程度の単位を取ろうと受講する生徒もいるにはいるが、そんな生徒が彼女から単位を貰える確率はとても低い。

 彼女の授業は講義が半分、実戦訓練が半分だが、実戦訓練の内容が濃密過ぎて、中途半端な覚悟ではついていくことすらできないからだ。


 故にこの授業を受ける生徒の大半が真面目に、彼女の言葉をノートにメモして聞いている。

 アルフォンシーノは板書を一切しないので、途中で寝てしまうようなことがあればその時点でアウトだ。

 実際、異世界で何かの最中に寝るようなら死ぬ。

 あとで他人のノートを見て挽回するようなチャンスはなく、与えられない。

 故に彼女の授業は、例え講義であっても実践的である。


「魔導剣士とは魔導による身体的ストレスを如何に軽減し、かつ自身のパフォーマンスをどれだけ保てるかを求めた形であり、前線に出るからには無駄は許されません。魔力も剣の一振りすらも、一切の無駄が許されない。魔導剣士とは多くの手札を持つ代わりに、そういったストレスフルな立場でもあるのです」


 授業をしているアルフォンシーノは無論、事前に警護二人と会っているため顔は知っている。

 だがもし前もって知らされていなくとも、見抜ける自信があった。


 アルフォンシーノの言葉をノートに書き留めながら一生懸命に勉強に励む生徒達と、アルフォンシーノを守らんとして周囲にばかり警戒を向けている警護の目は明らかに違う方向を向いているからだ。


 生徒達の中には彼ら二人の存在に気付き、何か起こっていることを察せられている者もいることだろう。

 それでふるいにかけるわけではないが、授業の内容を聞けていてさらに周囲にも気を配れている生徒は異世界の過酷な環境でも長生きできる。


 俗にダンジョンと呼ばれる場所に行けば、様々な場所に同時に注意を向けなければならない。

 求められるのはより多くの場所を観察できる力と、集中力。

 剣技や魔導を覚えるよりもまえに、磨かなくてはならない技術だ。

 その点で言えば、【魔導剣士】の称号を持つアルフォンシーノはそれらの技術にずば抜けて長けていると言っていい。


 彼女は講義台に立ちながら、全員の顔と目、さらに部屋の隅々までを観察し続けている。

 警護がいるとはいえ、彼らに任せてばかりはいられない。


 むしろ自分の身は自分で守るスタイルの方がやりやすい。

 他人に任せてばかりいるのは性格的にも合わないし、何より他人任せな人間は異世界では生きられない。

 自分の身は自分で護れるようにならなければ本来、異世界には行っていけないのだ。だから生徒達に教えている。

 その模範たる講師が、命を他人任せにするようでは示しがつかないし成り立たない。


「私達魔導剣士に求められるのは、相手の弱点を即座に見抜く観察力と、即座にそれをつける対応力です。故に多くのことを学ばなければなりません。多くのことを知らなければなりません。魔導を覚え、剣術を叩き込む。この両立を成さなければなりません。故に、勉強していきましょう。私ができる限りの基本を、あなた方に教えます」


 大体、一日目の講義でアルフォンシーノの中での篩いは終わる。


 大勢いれば必ず存在する、アルフォンシーノの言葉を受け入れない生徒達。

 人の忠告を受け入れず、実際に怪我をしなければ理解しようともしない、所謂人の言うことを聞かない人間だ。


 この手の人間は忠告を聞かなかった癖して、いざ怪我をするとそんなことは聞いていないと言い訳をする。

 そもそも自ら記憶しなかったのに、記憶させなかった方を悪者にする図々しさに関しては、アルフォンシーノもすでに見限っている。


 後悔も反省もしない生き方は確かに理想的だろうが、人の忠告を聞かないでいざとなれば人のせいにするというのなら、それは後悔するのも反省するのも怖いだけのただの臆病者だ。

 自分が可愛いだけの小心者だ。

 臆病も、小心も決して悪いばかりの要素ではない。

 ただそれを理由に、常に自分だけを正当化するようなら次第に信頼を失っていく感覚に気付いて行くことだろう。

 もっともそれすらも、その人は他人のせいにするのだろうが。


 そしてその人間というのが、この二人であった。

 アルフォンシーノについている警護の二人。


 生徒がわずかに見せる挙動不審がただの尿意や空腹感だったとき、彼らはわずかながらに怒りを籠めた眼差しを向けているのが見て取れた。

 紛らわしい真似をしてるんじゃねぇよ、とでも考えたのだろうことは明白だ。

 自分の職務を全うすることに忠実過ぎて、他人をおもんばかる気力も余裕もない。

 警護もまだ一日目で数時間しか経っていないというのに、擦り切れている集中力から荒れる心とそこから来る自分本位な思考回路は、自己中心的と捨てざるを得ない。


 こういう人間だ。チームを、パーティを崩壊に導く足並みを揃えないのは。


「すみません」


 そんな彼らが思わず飛び出しそうだったから、アルフォンシーノは彼らを止めた。

 具体的に言うとわずかばかり鯉口を切って、威圧したのだ。

 私の生徒に何をするつもりか、と。


 講義が終わって一人だけ、話しかけて来た生徒を押さえ込もうとした彼らは当然、抜刀の動きを見せれば止まる。

 もしもこれでアルフォンシーノが刺されるようなことがあれば、彼らは彼女に止められたのだと言い訳を重ねることだろう。

 人の敵意と殺意もわからない、端的な考え方。

 人を見たら泥棒と思えと言われても、彼らはきっと大袈裟だとは考えないのだろう。


「あの、僕のこと……憶えています、でしょうか」

「えぇ。あのとき、パーティーでお会いしましたね。確か、鞘師恭弥さやしきょうやさん……だったでしょうか」

「そ、そうです……! 光栄です、憶えてもらっていただなんて」


 青年は恥ずかしそうに頭を掻く。

 背後にいる二人の警護には、気付いていない。

 もしも二人が飛びかかれば、彼は抵抗する間もなく床に押さえつけられてしまうことだろう。

 無論、二人がそうしようとしたのなら、問答無用で叩き斬る所存だが――一応、峰打ちで。


「その、今年からここに入学したんです。これから、お世話になります。よろしくお願いします」

「こちらこそ。あなたを異世界でも通用できるよう、精一杯務めさせていただきます。手加減はしませんし、特別待遇もないので、そのつもりで」

「もちろんです。手を抜かれても、困ります」


 こういう生徒は少なくない。

 毎年一人くらいはいる。

 それだけ意気込みが強いということは認めるのだが、この手が一番自壊が早い。


 彼ら二人と違って、自分を追い詰めるタイプだ。

 自分がある程度のレベルに達していないと許せない性格。


 向上心は認めるが、妥協を知らないので自分を追い詰めるばかりでやがて自壊していく。

 この手はプライドが高いか自己評価が低いかの二種類がいるが、恭弥青年は後者だろう。


 そう、アルフォンシーノは見受ける。


「あ、あの……よければ、異世界についていろいろと、聞きたい、のですが」

「個人講義ですか。構いませんが、放課後の夕刻になってしまいますよ」

「構いません。ありがとうございます」


 何はともあれ、勉強熱心な生徒を無下にもできない。

 意欲があることは何も悪くないのだから、講師としてできる限りの助力はしたい。

 異世界に送ってしまえば、もう手助けはできないのだから。


「では、放課後。時間は……一七時に、私の部屋で」

「は、はい……!」


 このとき初めて、恭弥は二人の警護に気付く。

 いや、警護だとは思っていないものの、自分が邪魔をしているのだなと思って潔く身を引いた。


「彼は顔見知りですので、大丈夫です」

「誰かに雇われている可能性もあり得ます。警戒するに越したことはありません」

「異世界には人を操る魔法とかあるんでしょう? 警戒して損はないですよ」

「私が、その程度見破れないとでも?」

「いえいえ、ただかの【魔導剣士】様といえど、失敗はあり得るでしょうから」


 自分達は失敗しないとでも言いたげな発言。


 なるほど自信過剰と言った具合か。

 だからこそ失敗すれば、それは他人のせいなのだろう。


 今理解した。

 同時、察した。


 アルフォンシーノはトイレに行くと、速やかに理事長に電話。

 二人に変わる警護を要請した。

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