十一人の称号持ち(マスター)

 授業に警護がつく経緯であるが、まずは彼らについて少しだけ説明しよう。

 アルフォンシーノを含めた十一人の称号持ちマスターの話だ。


 ガビーロールもその一人だが、彼は異世界人とのハーフでありながら最も現代人に近い感覚の持ち主で、言い方は悪いかもしれないが、アルフォンシーノを含めた他十人は異世界に身も心も侵食された者ばかり。


 現代世界にない異世界の文化、言葉、作法など、最初こそ戸惑うことが多いものの、馴染んでいけばその魅力に取りつかれる者は決して少なくない。


 称号持ちマスターとは、現代において誰よりも異世界の魅力に取りつかれた人のことを差すのかもしれないとは、ゲート理事長の言葉である。

 彼ら講師の仕事は異世界の脅威を伝え、その対策を講じることであり、同時に異世界のすばらしさ、魅力を伝え広めること。

 その意志の元選ばれた十一人は、異世界の残酷さと美しさを誰よりも知っていることを、理事長は自負していた。

 だから自慢の十一人ではあるのだが、強いてあげる欠点は御し難いという点か。

 異世界にて人生の半分は生きた彼らは言ってしまえば二つの世界で生きていることと同義で、人生経験も二倍と言える。

 彼らはそのため常人よりも癖が強く、利用し利用される関係ならまだしも、タダという言葉が怖くて無償の関係というものを、友人という関係を除けば異常に嫌う。

 それこそ彼らは魔王を倒すために集った勇者の一行というわけではないのだから、結束力という面では確かに弱いかもしれない。

 結束さえしてくれれば、頼りになる面々であることは間違いないのだが。


「ハハハ! かの【魔導剣士】を殺そうとしたバカがいるのか! ハハハ!」

「笑い過ぎだよ、ウィリアムくん。彼女は命を狙われた。笑って済ませていい話じゃない」


 十一人の講師が揃う唯一の瞬間、毎日の朝礼。

 あとは他五人の非常勤講師が数人いるかいないか程度。


 この日の朝礼は、十一人と理事長の計一二人で行われた。

 その中でアルフォンシーノに対する殺害予告と、毒化した鉱石が送られたことを報告したところ、うち一人であるウィリアム・ノッカーが状況を面白がって笑いだしたのである。


 異世界にて流行っているのか、マスコットキャラクターがプリントされたパーカーを目深に被った少年――のように見える体躯の小さな青年だが、実年齢は不明だ――は、理事長より【道化師マジシャン】の称号を受けた十一人の中でも変わり者とされている。

 一応仕事の同僚に当たるというのに、ゲーム感覚で楽しんでいる節すらある。


 確かに他人事であるが、無礼に過ぎると、ガビーロールは彼を咎めた。


 だが決して、ウィリアムだけがこの事態を他人事と捉えているわけではない。

 繰り返すが、彼らは異世界にて第二の人生とも言える時間を過ごしてきた。

 異世界は現代よりも過酷で、自分の命が何よりも重い。

 故に自分に振りかかって来た災難は自分で払えという考えが強く、さらにアルフォンシーノの強さを信頼しているからこそ、自分でなんとかできるだろうと考えている者が多いことは否めなかった。


 ガビーロールもそれは理解しているのだが、しかしやはり彼の性格は現代人に寄っている傾向にあるのだろう。

 彼だけが、この事態を重いものと受け止めているように一見して見える。


「アルフォンシーノさんなら問題ないでしょ。この人が殺されるとかまったく想像できないんだけど」

「信頼しているにしたって言い方があるだろう。彼女とて一人の人間で、我々の同僚なのだ。失言ともとれる発言は慎み給え」

「はいはい、相変わらずガビーロールさんは優しいなぁ」


 反省の色はない。

 だがアルフォンシーノ自身、ウィリアムの態度に不快感は感じていなかった。


 ウィリアムがどんな異世界に行っていたのかは知らないが、彼も異世界にて過酷な環境に晒され、それこそ命の危険にだって何度も直面したはず。

 そんな彼が態度は悪いかもしれないが、あくまでも信頼の敬意を示してくれているのならば、そこまで不快感は感じない。

 だが生真面目な彼女は態度が悪い人はあまり好きではないので、好意こそ抱きにくいものであったが。


 その点で言えば、アルフォンシーノと同じくらいに生真面目に過ぎる彼女も、ウィリアムのことは好きではないのだろう。


【侍】の称号を持つアルフォンシーノと肩を並べる女性剣士、綴喜黎つづきれい


 両親ともに現代人だが、二人が異世界にいる間に生まれた子供で、異世界生まれ異世界育ち。

 そこから現代世界に渡って来た変わり者である。


 彼女にとっては、この現代世界こそが異世界という認識ですらあるかもしれない。

 彼女の生きた世界は江戸時代の日本をそのまま現代にまで存続させたかのような、和風かつ古風なものだと聞いている。

 そのため彼女には“切り捨て御免”の物騒な風習が色濃く沁みついており、邪魔者は容赦なく切り捨ててしまう危険な面があることは否めない。

 故に今も、隣でアルフォンシーノが押さえ込む姿勢を見せていなければ、真っ先にウィリアムを切り捨ててしまいそうであった。


 当然、ウィリアムも黎の殺気には気付いている。

 それでも誘うかのように挑発するのは、その方が面白いからだ。

道化師マジシャン】の称号は伊達ではない。自分の命すら駒として、遊び用具として扱って見せる。


 そんな彼らが衝突しないよう、仲を取り持つのが理事長の役目である。


「皆、事態を軽んじないで欲しい。これはアルフォンシーノ先生を始めとして起こる、我々への敵対行為とも考えられる。以前にもあったゲート非常勤講師連続襲撃事件を思えば、次は我々かもしれぬのだ」


 理事長の言う通りだ。

 以前にも異世界転移に物議を醸していたとある政治団体から脅迫状が送られ、非常勤講師が襲撃されるという事件があった。

 そのせいで称号持ちマスターと同じ数だけいた非常勤講師の数も半数以下にまで減ってしまったし、残っている彼らも滅多に顔を出さなくなってしまった。

 アルフォンシーノを襲った事件が、過去の再来と呼べなくもないのである。


「今日からとりあえず一週間、皆に警護を付ける。それで一度様子を見て欲しい。何かあればすぐ私に報告するように」

「お言葉ですが理事長、我々に警護など必要ないのでは?」


 と言ったのは、アルフォンシーノ本人である。

 実際警護よりも自分達だけの方が小回りが利くし、何かと都合もいい。

 何より自分達の方がずっと強いことを、自負していた。


 それは他十人も、ガビーロールでさえも思ったことである。


「皆もわかっていると思う。この世界はネット社会と言われるほど、すぐに情報が洩れ、瞬く間に拡散してしまう世界だ。アルフォンシーノ先生が狙われたことがいつ、どこで洩れるかわからない以上、こちらもすでに対策を講じていると世間に知らしめる必要性がある」


「同時、犯人に対しての警告でもある。我々はすでに対策をしているぞ、とな」


 理事長は言わないが、さらに犯人を炙りだす意味もあるのだろう。


 毒化した鉱石を送って来た時点で、犯人が異世界に関してのある程度以上の知識を有していることは明白。

 無論知識だけなら、一般人でも知ることは可能である。


 だが実際に用意するとなると、話は別だ。

 偶発的に手に入れたものを使用したなら、警護を固くした時点でもう打つ手は限りなく少なくなるだろうし、その時点で終わりかもしれない。


 だが逆に、警護を固められても襲ってくるようであるのなら、犯人は異世界に関しての知識とそれを行なえるだけの準備ができる人物に限定される。


 最悪、この十一人の中の誰かによる自作自演という可能性もあるのだ。

 理事長は一般の警護を雇って固めることで、犯人の次の一手を限定させ、見極めようとしているのだ。


 アルフォンシーノもすぐに理解できた。


「生徒達に安心を与えるためにも、警護は付けさせてもらう。勝手な真似は慎んでもらおう。アルフォンシーノ先生、あなたもまた狙われないとも限らない。充分に注意していただきたい」

「はい、理事長」


 以上の経緯からアルフォンシーノを中心に警護がついた次第である。


 次はこの警護についてくれた二人について語ろう。

 彼らはまだ警察官になったばかりの、アルフォンシーノよりも若い新米警官だった。

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