ド・トゥルーズ=ロートレック・アルフォンシーノ

 まずは彼女の経歴か。


 ド・トゥルーズ=ロートレック・アルフォンシーノはフランス人の両親から生まれた純粋なフランス人で、一五歳まではフランスで過ごしていた。

 一五歳の頃、父が趣味で見ていた日本の映画――に出てくる刀に興味を持ち、そこから徐々に日本の文化に興味を持ち始め、中学を卒業と共に来日。

 日本の学校と剣道場に通い、勤勉な性格も相まってみるみるうちに上達。

 一八歳のときに全国大会で優勝するだけの腕前と、流暢な日本語を見につけた。


 高校卒業後はゲートに入学。

 本来は四年間の勉強を経て得られる異世界転移資格を二年で取得する才能を発揮し、二〇歳で様々な異世界に転移。


 転移期間六年――現代とは時間経過の速度が異なる異世界が多いため、彼女の肉体年齢で計算すると二三歳で帰還。

 様々な異世界を渡り歩き、多くの剣術を学んだ彼女はその後、二つの異世界を災禍となった者から救うという偉業を成し遂げ、めでたく【魔導剣士】の称号を受け取った。


 ゲートで十一人しかいない称号持ちマスターの一人となった彼女は当時、講師生活二年目を迎えようとしていた。

 ゲート称号持ちマスターと言えばどれも曲者揃いと言われているが、彼女はその中でも別格とされるほどの変わり者である。


 常に最低四本の種類の異なる刀剣を差し、女性にしては肌を露出しない意匠の下には異世界で手に入れたという厚さ一ミリの装甲がまとわれている。

 一体どんな異世界でどんな体験をしたのか、常に臨戦態勢万全と言える彼女の立ち居振る舞いには、一種の緊張感すら漂わせる。

 故に彼女はまず美人で有名になったが、すぐに武人として有名になった。


 一切の隙も見せない彼女の完璧すぎる様は、ゲートでも生徒の模範にしたいくらいだったが、しかし一部の隙も見せようともしない彼女の振る舞いは、決して人間の行いではない。

 必ずボロを出すのが人間で、それが当たり前なのに、本当に隙も見せてくれない彼女を模範とするのは、精神的、肉体的負担が予想されて、彼女を模範とせよなどとは、誰も言えなかった。


 ハッキリと、端的に言って、彼女のそれはやり過ぎだった。

 それは生徒だけでなく、異彩を放つ他の称号持ちマスターからしてもそう見えるほどに、彼女は何かに怯え、敵意を持っているように見受けられた。


「おや、アルフォンシーノくん」

「ガビーロール先生」


 授業が終わって昼休憩。

 職員室で鉢合わせたのは、同じ称号持ちマスターの一人。


傀儡回しゴーレムマスター】の称号を持ち、異世界魔法の中でも錬金術を主体に教えていて、異世界人と現代人のハーフ。

 そのため現代人にはない高身長かつ細身で、さらに常時被っている面の下は単眼の怪物だと言われている。

 だが当人はとても接しやすい人格で、少々専門的な言い回しこそ多いものの、生徒達からの信頼も厚い教師である。

 歳はアルフォンシーノより五つ上だが、教師歴でいえば彼女とほぼ同期で、性格もあって彼女からしてみても話しやすい相手であった。


「休憩ですか」

「あぁ。そういう君も、休憩のようだね」


 面には穴のようなものが開いているようには見られない。

 異世界の技術なのだろうが、それにしてもどうやって彼が外の世界を見ているのか、誰もが不思議に思っていた。

 だが今、彼がアルフォンシーノの手にお弁当がぶら下がっていることを見て言ったのは事実である。


「教師生活にはもう慣れたかい」

「人に教えるというのは、とても難しいです。そのことを毎日、痛感させられます」

「そうか。だが、君の授業は評判がいいと聞いているよ。生徒の面倒をよく見てくれる、いい先生だとね。それに比べて、僕の方はさっぱりだ。居眠りをする強者も後を絶たないよ」

「そうですか……ならば、彼らは後で、後悔するのでしょう。あのときちゃんと、ガビーロール先生の授業を受けてさえいれば、こんなことにはならなかったのに、と」


 彼女のその台詞に、怒りの感情は籠っていないように聞き受けられる。

 だがどこか鬼気迫るものがあり、彼女が決して冗談で言っているのではないことが充分に理解できた。

 さらに言えば、彼女が冗談を言っているところなど、ガビーロールは今まで見たことがない。


「そういえば、ガビーロール先生に一つお訊ねしたいことがあったのです」

「なんだろうか。僕が答えられるといいんだが」

「これを見て頂けますか?」


 取り出されたのは黒い石。

 黒曜石にも似ているが、それにしては酷く中が濁って見える。


 ガビーロールは持っていた簡易式顕微鏡で石を覗き込み、唸る。


「なるほど、だから僕に持って来たわけか。これは僕の故郷である異世界の石、そういうことだね?」

「はい。先日私の自宅ポストに、このような手紙が入っていたのです」

「失礼――『わたしはあなたに失望した。これいじょうあなたの存在を容認できない』か。なるほど、それでこの石は確かに、ただのいたずらではないようだ」

「やはりその石は」

「間違いない。僕の故郷で採れる鉱石、レルタールだ」

 

 面のせいで表情こそわからないが、ガビーロールは眉根をしかめたように見えた。


「主に刀剣や甲冑鎧の部品製造に使われるが、加熱工程をしないと使えない上、加熱工程をしくじると毒に変わる。一点を過度に加熱すると、そこから周囲の酸素を取り込んで一酸化炭素を吐き出し続け、装備した者を一酸化炭素中毒にしてしまうことから、取り扱いにも特定の免許が必要になる代物だ。これはわざと加工に失敗しているね。このまま君の家に放置でもしていれば、今頃君はお陀仏だっただろう」

「それは?」


 懐から取り出したのは、異世界の文字が刻まれた札のようなもの。

 それで石を包み、封をすると、じぅ、と石が焼けるような音がして「これでよし」とガビーロールは呟いた。


「毒化したこの石はもう使えないからね、こうして封をして、完全に一酸化炭素を吐き出すまで待つんだ。そのあとはこれを溶鉱炉にでも放り込んでしまえばいい。取り込んだ酸素でよく燃えて、立派な燃料になる」

「ではそれは差し上げます。ありがとうございました、ガビーロール先生」

「うむ、この程度構わない。しかしこれで終わりではないだろう、アルフォンシーノくん。すぐさま警察と理事長に報告を。毒化したレルタールを殺害予告ともとれる手紙に封筒してきたなどと、ただのいたずらで済ませていい話じゃあない」

「そうですね。しかし、犯人は一体……私を恨んでいるというのは、わかるのですが」

「逆恨みだろうね。君は人に恨まれることはないだろう。羨みが逆恨みに発展したというところだろうさ。大丈夫、理事長も何かしらの手を打ってくれるはずだ」

「そう、ですね……」


 突如届いた殺人予告らしき手紙。

 アルフォンシーノはこの先の展開を予期して、不安を抱く。

 もしもこの手紙の送り主が、暗殺を諦めていないのだとすれば、そのとき生徒にも被害が出てしまうのではないか。


 その日の放課後、ガビーロールについて貰って理事長に報告すると、理事長も同じことを危惧したのだろう。

 翌日から、彼女の授業には二人の警護が着くこととなった。

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