鞘師恭弥
まず初めに、彼女と青年の出会いから語っていこう。
青年――
彼の家は先祖代々から続く、由緒正しき鞘師の家系になる。
鞘師とは読んで字のごとく、刀剣の鞘を作る職人のことであり、彼の家は異世界転移技術の発展と共に刀剣類の発注が増えたことで瞬く間に成長し、ついに彼で一九代目となる名家にまでなった。
彼の家に限らず、異世界転移に必ずと言っていいほど必要な刀剣を作る家系は、この数年で飛躍的な進化を遂げている。
それこそ、数十年解決の兆しもなかった職人の後継者問題が、あっという間に片付いた。
異世界転移の際に日本人が持つ日本刀の格好良さと、何より性能の良さに惹かれて、諸外国から弟子入り希望者が殺到したからだ。
無論、日本も国家事業として刀剣の大量生産ラインを確保したものの、職人の手によって作られた一級品と比べると圧倒的に性能は劣る。
故に彼ら職人の家系は、今や綺麗事もなしで日本の宝。
外務省特別機関、異世界転移部門主催のパーティーにお呼ばれされる程度に、手厚い待遇を受けていた。
そして青年恭弥は、そんなパーティーにうんざりしていた。
親に無理矢理連れて来られたパーティーがつまらなくて一人、人の輪から外れて黄昏ているなどと、小学生時代に読んだ漫画によくある、貴族の子供とほぼ同じ状況下にあったことは間違いない。
職人など男ばかりだし、だからといって女性に興味があるのかと問われるとないし、そもそもあまり人と話すのが苦手だから、職人という家業を継ごうとすら思っていた青年にとって、社交的、などという言葉は酷くかけ離れた存在に思える。
誰とも話さず、受け入れようともせず、明らかに一つ以上の境界線を敷いている彼に近付こうなどとする変わり者の姿はなく、無論彼から近付くことなどあり得ない。
このまま誰とも接することなく、また誰とも関係を持つこともなく、さっさと終われと時計に訴えながら、彼は一人佇んでいた。
彼のその気持ちに転機が訪れたのは、遅れて到着した彼女の姿を見てしまったときだろう。
「なぁ、あれが噂の【魔導剣士】様か?」
「マジか、超美人じゃん」
他者から一線を引いていた恭弥青年であったが、彼から見ても彼女は異彩を放つ存在だった。
男ばかり、スーツばかりの場で数少ないドレス姿ということもあるが、コルセットは甲冑と同じ素材で、そこからマントのようなものが出ているが、その下の腰に巻いているベルトには左右で五本もの種類の異なる刀剣を差していたのである。
異彩、というよりは、異常と言った方がいいのかもしれない。
戦時中でもあるまいし、何故そこまで武装しているのかわからなかったが、腰の方から顔の方へと視線を上げれば、また違う驚きが恭弥の目を奪う。
なるほど周囲がざわめくだけの絶世の美女。
わずかばかり垂れ気味の切れ長の瞳に、英人のように高い鼻。
血の気の少ない桜色の唇に紅は引いておらず、乳白色の陶器のような美しい肌もあって全体的に白いイメージで、身にまとっている漆黒調のドレスが非常に良く似合う。
卯の花色の髪は、クセなのかおしゃれなのか毛先を丸めて、もみあげを若干長く伸ばし、髪の一部を結んで後頭部で紺色のリボンで結んである。
ふと、紺碧の双眸に一瞥を向けられるものの、興味がないのか感情を感じないどこか人形的な動きを見せる。
結果、帯刀している危うさと彼女自身の美しさ。そして人形的動作も相まって、彼女は恭弥とは全く別の近寄りがたさを放っていた。
彼女にとって男はどう映っているのだろう。
青年は青年なりに考えてみる。
鮮やかな花弁を開く花に群がる蝶か蜂、もしくは光に群がる蛾の類か。
ともかく、美しい彼女にとって男など、それこそ星の数ほどいるのだろう。
そんな立場になったことはないが、しかしなったらなったで大変なのだろうなと、恭弥青年は想像する。
実際、彼女とお近づきになりたいという男は尽きないだろう。
今も周囲で、彼女に声を掛けるタイミングを計っている男がチラホラと見受けられる。
しかしこういうときに一番に声を掛けられるのは、そういう下心がある者よりも、何もない人間の方だ。
「おぉ【魔導剣士】殿! ご無沙汰しております!」
声を掛けたのは、恭弥も知っている有名な刀匠の一人だ。
確か彼の作った名刀と言われる一振りを貰い受けたのが、【魔導剣士】――つまりは彼女ではなかっただろうか。
「ご無沙汰しております――様、ご機嫌いかがですか?」
恭弥はかの刀匠の名前が、入ってこなかった。
彼女から発せられる声音が玲瓏に過ぎて、言葉を失ってしまった。
生涯で怒鳴ったことなどあるのだろうかさえ疑わしく感じる鈴のような声音は、決して静寂ではない、むしろ喧騒と言えるくらいの中で、静かに恭弥の心を射抜いたのである。
そのまま見惚れていると、彼女はあれよあれよと大御所に囲まれていく。
恭弥は今更になって、他の男達の心情を理解した。
だがただでさえ人と付き合うのが苦手なのに、人ごみを掻き分けてまでお近づきになろうなどという勇気は出ないし、体が動かない。
こんな思いをしたのは初めてで、どうしたらいいのかもわからない。
もしかして、もう会えないんじゃないだろうかと、恭弥は自分の人見知りを初めて呪った。
元々人付き合いが悪い自分の性格も嫌いだったが、呪ったことはない。
初めて話したいと、そう思える人と出会えたというのに――
「恭弥! 恭弥! 何してる!」
ふと、誰かが呼んでいるのが聞こえた。
恭弥の父と祖父である。
恭弥のことを手招きして、呼んでいた。
「恭弥、おまえも挨拶しなさい!」
呼ばれて行ってみると、そこには彼女がいた。
彼女を待たせているとわかると、怯んでなどいられない。
今までに経験したことのない緊張感を受けながらも、何かに背を押されて踏み出した恭弥は、話す言葉も何も考えないままに彼女の前へと出てしまっていた。
「恭弥、この人は
彼女は小さな頭を下げる。
ドレスの裾を指先でつまんで持ち上げて、軽く会釈するその姿もそう仕込まれた人形のようで、頭の先からつま先まで美しく整っていた。
「初めまして。ただいまご紹介に預かりました、ド・トゥルーズ=ロートレック・アルフォンシーノと申します」
目の前で見るとまた一層美しく、言葉を奪われる。
父にまた急かされそうになったので、慌てて返事を返そうとすると、祖父が優しく背中を押して、勇気づけてくれた。
「……は、初めまして。かの
握手を求めて手を伸ばす。
周囲にはどう見えたかわからないが、恭弥青年からしてみれば決死の勇気と共に出した手で、この手を握ってもらわなければもう一生、誰にも握手なんて求めて堪るかくらいに考えていた。
すると彼女は包み込むように手を取ってくれて、しっかりと握手に応じてくれた。
「えぇ。今度また、お話しましょう」
直後、彼女はまた別の人と話すために行ってしまった。
握手された手には、彼女の甘い香りが仄かに残っていた。
これが彼女と青年の初めての出会い。
青年はこのとき再会することなどまだ考えてなかったが、再会する方法だけは思いついていた。
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