第23話 風下に立つ
「それでは私は葬儀の準備に行ってきます。狭いところですが、しばしおくつろぎください」
里長はそう言うと鷹丸と晴姫を残して出て行ってしまった。
小さな掘立て小屋は里長の家で、その室内は簡素な囲炉裏と少しの荷物が置いてあるだけ。作り途中と思われるつぎはぎの鞠が転がっている。
物資に乏しく、生活も貧しい。そんな印象を鷹丸は受けた。
「晴姫様。こちらへ」
そう言って鷹丸は囲炉裏の前にある藁製の円座に彼女を座らせる。彼自身もその横に座ると声を落として話しかけた。
「晴姫様。周囲に人の気配は?」
「大丈夫です。どうかしましたか?」
「あの子の両親です。気が触れていると言っていましたよね? この里をぐるぐると徘徊していると……」
「はい。お
「それって不自然ではないでしょうか……?」
鷹丸は晴姫にこれまでの情報を元にした自身の考えを話していく。
女の子の母親はその町長の娘で、父親は彼が助けた罪人の一人。
町人と面識のある母親を里に残して、父親と娘で町に山菜を売りに来る。父親は里のための買い出しと孫の姿を町長に見せる役目を担っている。
この情報があったからこそ、女の子は父親と共に鬼に襲われたのだと推測をしていた。
行方不明と言うことは女の子はひとりでに里から消えた。にもかかわらず、父親はここにいる。それはつまり、行方不明の娘を彼は探しに行かなかったということだ。
町まで探しに行けば、必ず鬼の罠の脇を通る。嫌でも娘の姿が彼の目に入るはずなのだ。そうなれば結末は二つしかない。鬼の罠だと気付かず自身も罠にかかるか、罠だと察知して町の封師に助けを求めるか。
ならば、父親は探しに行けなかったと見るべきだ。探しに行きたくても行けない心境から、両親ともども狂ってしまった。
だが、その因果にも引っかかりが残る。
女の子が町に行ったという可能性がある中で、死んだという確証がない中で、狂うほどの心的負荷が発生するのだろうか。あるいは娘が罠に嵌っているとわかった上で、町に助けを求められない事情があったのか。
「もしかして、逆……なのですか?」
晴姫が恐る恐る口を開いた。
「両親が発狂してしまったから、あの子一人で町に行こうとしたという事ですか? 可能性はあると思います」
「あの子一人で町に助けを呼びに行ったことになる……」
晴姫は想像してしまう。
父親と通った楽しいはずの道を一人で必死になって走る女の子の姿を。足を踏み外して罠にかかってしまったのか。鬼に行手を塞がれて捕まってしまったのか。どちらにせよ彼女の献身は踏みにじられた。
「ただ、それだと問題は何を助けて欲しかったかです……」
「え?」
鷹丸は苦虫を噛み締めたような表情でさらに話す。
「両親の突然の発狂。医者を呼ぶためならまだ良い……。でも、きっとそうじゃない……。 それなら、町長に事情を伝えるために大人を連れていくはずなんです。そして、娘が行方不明になったから両親は気が触れただなんて、里長はあんな白々しい嘘を私達に伝える必要がないんです……」
「里が賊に襲われて、乗っ取られたとかでしょうか?」
「それでは気の触れた人間を徘徊させておく意味がわかりません。それに何故、里長は私達を葬儀に参加するよう言ったのかも不明です」
「それもそうですね……。現に私達はこうして不自然を感じ取ってしまっています。誰とも面識のない私達をすぐに町に帰していた方が、罪人の隠れ里という都合上はるかに自然です」
二人は黙って考え込んでしまう。
鷹丸のこの疑念は、里の者達の不合理な行動からくるものであって、確証があって導き出したものではない。
葬儀に参加すると決めてから知った女の子の両親とその状態がこの違和感の起因になっている。
そのために、葬儀に参加せずに急に帰るなどと言ってしまえば、あまりにも不自然で二人の身に危険が及ぶかもしれない。仮に帰れたとしても、確証のないこの疑念を町長に提起しても意味をなすことはないだろう。事情を知っている使いを送って事実確認を取る。それがなければ町長は大々的な行動は取れない。自身の罪が露呈するかもしれないからだ。結局、問題が先送りになるだけだ。
いや、そうすれば良かったのかもしれない。私達には関係がない。
そんな考えが鷹丸の頭をぐるぐると回る。
正解の行動はなんだったのか、後悔とも少し違うある種の現実逃避が彼の思考を阻害する。
そんな時、小さく鈴の音が鳴った。
「すみません。何か軽いものに手が当たりました」
晴姫の言葉に鷹丸は音がした方向に目をやると、そこには作りかけの鞠が転がっていた。
「鞠ですね。中に鈴が入っているみたい……」
ハッと鷹丸は口を左手で押さえる。彼は少し考えた後に晴姫に話しかけた。
「晴姫様……。子供の気配は感じますか? いえ、この里で……一度でも子供の気配を感じましたか?」
「いえ……」
「やっぱりですか……。もしかしたら」
考え込みながら話す鷹丸の言葉を、晴姫は彼の名前を呼んで遮った。
鷹丸は咄嗟に彼女に視線を向ける。晴姫は自身の胸の前で手を組んでは少しだけ肩を揺らしている。そして、ゆっくりと右手を錫杖に伸ばした。
「鷹丸様……。大勢が近づいてきています。バラバラに動いていた気配の全てがこちらへ……!」
鷹丸は唸るように息を吐く。
二人はここまで完全に後手を踏んでいる。考えもまだまとまっていない中で、鷹丸は晴姫の手を優しく握る。
「晴姫様。まずは……外に出ましょう。出方を探って、隙をつきます!」
鷹丸は戸を開ける。
そこから見えるのは簡素な造りの平屋の数々。その間を縫うようにして、こちらに向かってくる三十人を超える老若男女は、それぞれが手に農具や包丁を持っていた。
先頭を歩くのは里長であった。家から出てきた鷹丸に彼は一瞬目を丸くすると、ゆっくりと瞬きをしては視線を落とす。
そんな里長の姿を見て鷹丸は重くて暗く冷たい声をあげた。
「ただでは死にませんよ。必ず、少なくとも十人は道連れにしますから」
そう言って鷹丸は周囲を注視した。この言葉にどのような反応をするのか。彼はそれが見たかったからだ。
しかし、民達は意にも介していない。
「私達は
里長が吐き出すようにそう言うと、彼と民達は歩みを止める。三十を超える全ての民で、二人が町へと帰る経路を埋めていた。鷹丸と晴姫の周囲を囲うのでなく、一方のみを塞いでいる。
山に向かう方角はあからさまに手薄で、誰一人として立ってはいない。
足音が止む。静寂に包まれる。
そんな最中、微かに聞こえる篠笛の音色。
次第に大きくなっていく軽快で弾むような音の羅列はその山側から流れてくる。
咄嗟に鷹丸はその方角に目を向けた。
集落を超えて森の中。木々の隙間から米粒のように小さく見える音の根源。彼の目がその正体を認識する前に、晴姫が囁いた。
「鷹丸様……。十人ほどの子供達の気配です。それに……」
晴姫はギュッと鷹丸の手を握る。
「鬼の気配です」
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