ひとりプール
赤木入伽
ひとりプール
ただいまの私は一人で流れるプールに浮かんでいるが、私はプールが嫌いだ。
友達に誘われなければ、この夏休みも一度だって来やしなかっただろう。
なにせプールに来たら水着にならなきゃいけないし、メガネ取ると何も見えなくなるし、なによりもリア充が跋扈しているし……
そして実際、チケット売場でクラスメイトのリア充女子を見つけてしまった。
もし奴に見つかってしまえば、意味もなく絡まれて、私と友達のゆったりとした時間が台無しになってしまうだろう。
せっかく勇気だして新しい水着まで買ったというのに――
このリア充め!
どうせ私は、あんたみたいにナンパのターゲット候補にすらなれない女だよ!
クソが!
私が小声でそう呟くと、さすがの友達も少し引いたようで私をたしなめた。
だから私も気を持ち直して、改めてプールを楽しもうと思った。
リア充のことさえ気にしなければ、本来プールは楽しいものなのだ。
しかし、だ。
ただいまの私は一人で流れるプールに浮かんでいる。
そう。友達はいない。
まわりにいるのは家族連れやリア充ばかり。
なぜこんな状況になってしまったのか。
それは五分前のことだった。
更衣室から出る直前に友達のスマホが鳴って、
「え、おじいちゃんが?」
倒れたらしく、友達は着替え直すと、
「せっかくだから遊んでいきなよ。私に気を使うことないから」
と言った。
元来コミュ障である私は突然の事態になんと声をかければ良いのか分からず、友達のそのセリフに頷いてしまった。
そして、私は一人。
頷いてしまった手前、少しくらいはプールに浸かってみようと流れるプールに流されていた。
だが、やはり……一人プールは……キツイ……
これがせめて競泳用プールだったら、一人だろうと黙々と泳げるのだけど。
私は大きく溜息をつき、小さな声でクソが、と呟いた。
……もう帰るか。
三〇〇〇円が水の泡だけど、これ以上ここにいても元が取れる気がしない。
私はプールから上がり、出入り口の方へ向かった。が、
「あ、すみません」
人にぶつかったので謝ったが、その人――若い男は突如として始めた。
「君ひとり? なにしてんの? よかったら一緒にアイス食べない? 食べるだけでいいから」
ナンパを。
「あそこのアイス、高いけど美味いんだよ。奢ってあげるから。食べた後はもう好きにしていいから」
「えっと……あの……」
流暢な男の言葉に対し、私は硬直してしまった。
ナンパされたいと思わなかったことはないけれど、いざされると、なんだかいろいろと怖い。
ともかく手を広げて「私、もう帰りますので」「彼氏いるんで」「興味ないので」と適当なことを言ってやろうと思った。
だが、
「私、彼女いるんで」
そう言い切ってやって、すぐに違和感を覚えた。
男もポカンとしてしまい、しかもすぐに吹き出して笑ってしまった。
「いやぁ、今までいろんな断られ方されてきたけど、彼女いるんで、は初めてだな」
言われて、私は瞬間的に顔が赤くなるのを感じた。
セリフを間違えた。
大事なところなのに!
恥ずかしい!
けど、いっそこれはこれで言い訳になる!
私はそう思った。けど、
「面白いね、君。正直、最初は暇つぶしのつもりだったんだけどさ。俺、君のこと気になりだしちゃった。一番、高いアイス奢ってあげるよ」
男は言うと、強引に私の手を取った。
「あ――か――」
私はまた言葉に詰まってしまった。
もう一度、声出さなきゃ。
でも、また間違えたらどうしようと思ってしまった。
話を聞いてくれなかったらどうしようと思ってしまった。
急なことに、私はパニックになり、もはや手を引っ張られるままになってしまい――
「ちょっと、声かけてんだから待ってよ」
急に、男に掴まれているのとは反対側の手が掴まれた。
自然、私の足は止まり、釣られて男も止まる。
「もー。ベンチで待ってて、って言ったじゃない。って、その人、誰? 知り合い?」
そう言ったのは、私の知り合いだった。
けど、断じて、さっきまで一緒だった友達じゃない。
チケット売場で見かけた、クラスメイトのリア充女子だった。
しかも――
「まったく、自分の彼女をほっといてどこ行くの?」
そんなことを言った。
/
どうやらリア充女子は、チケット売場ですでに私と友達のことに気づいていたらしい。
だがその後に私を見かけたときには、友達の姿がない代わりに謎の男と一緒にいたので直感的にナンパされていると思ったらしい。
それで私が調子よく男についていけば放っておくつもりだったが、「彼女がいる」発言があって助けに来てくれたのだという。
「ありがとう」
私は素直にお礼を言うが、リア充女子は「いいって」と手を振る。
さすがリア充。余裕がある。しかも、
「友達が先に帰っちゃったんなら、私と遊んでいく?」
そんな誘いまでしてきた。
私は不覚にもそれが心底ありがたいと思ってしまったが、さすがに本格的にリア充の仲間入りするのには勇気がいる。
だから断ろうと思った――けど、
「私の弟と妹のお世話を兼ねて、だけど」
リア充女子が目を向けた方は、子供専用プール。
そしてそこでは「お姉ちゃーん」と手を振る幼児がおり、それにリア充女子は応えた。
そんな光景を見て、私は恐る恐る問う。
「……一緒に、遊んでいいかな?」
それは、コミュ障特有の小声で、少し裏返った声だった。
けれど、
「もちろん」
と、リア充女子は笑顔で頷いた。
その笑顔に私は安心し、また嬉しい気持ちが胸の奥に湧いてきた。
ただ、一つだけ――
一つだけ、この優しいリア充女子に聞かなければならないことがあった。
「ごめん。あなたの名前、なんだっけ?」
基本的に友達がいない私は、クラスメイトの名前をちゃんと覚えてなかったのだ。
ひとりプール 赤木入伽 @akagi-iruka
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