春風月葉

 蕾は同級生の花に恋をしていた。

 気がつけば窓際に座りどこかを眺める彼女の姿ばかりを追っていたし、彼女と言葉を交わすだけで胸は高鳴った。

 きっかけなどもう忘れてしまったけれど、それが恋であることは自分でもはっきりとわかっていた。

 しかし、蕾は自分のその恋が文不相応なものだと思っていたから花に好意を伝えたりはしなかった。

 花は男子からはもちろん女子からもも人気のある美少女であったし、対して自分は教室での時間をいつも隅の方でこそこそと一人読書して過ごしているような女であったからだ。だから蕾は花の姿を遠目に眺めているだけで自分は充分だと考えていたのだ。


 その日も蕾は花のことを見ていた。

 花もいつものように頬杖をつきながら窓の方を見ている。

 いったい何を見ているのだろうなどと思いつつ蕾はうっとりとした目で花を見る。

 花の長い髪が窓の隙間から入り込んだ風に踊らされる。

 蕾はそこから目を離せなかった。

 その日の放課後、蕾は浮かれていた。

 下校前に花と別れの挨拶をできたからだ。

「また明日。」

 花からの言葉が蕾の頭の中では何度も再生されていた。

 しかし、それがいけなかった。

 浮かれてぼぅっとしていた蕾は赤い信号を無理に通ろうとした軽自動車に気づけなかった。

 ぐしゃ…、勢いよく向かってきた自動車に吹き飛ばされ蕾は死んだ。

 即死だった。


 翌日、蕾の通っていた学校では一人の女子生徒が亡くなったと報告されたが、生徒たちは特に気にも止めなかった。

 ただ一人、花を除いて。

 花はその日から窓を見なくなった。

 もうその窓に彼女は映らないからだ。

 花は蕾のいた隅の机を見る。

 もっと早く、振り向いていれば。

 そんなことを思っても彼女は帰ってこないと知っていているけれども。

 窓の外に立った一人の少女の霊はそんな花の姿を眺め後悔した。

 もう二人の視線は交わらない。

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春風月葉 @HarukazeTsukiha

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