第3話 追い風
「ナカムラくん、ジツは私たち、付き合ってタんです」
「……え?」
あれから一晩過ぎた朝。俺たちが付き合っているということを最初に教えるならレンがいいだろうということになり、井上に袖を引かれてレンの机の前まで来たのだが…
(いや、嘘が下手!?)
棒読みだった。驚きの棒読みだった。よくもまあこんな調子で偽の恋人なんて大芝居を打つ気になったものだ。
「ツバサ、本当?」
レンはこちらをきょとんとした表情でみながら訊ねた。
「ああ、実はそうなんだ。隠してて悪かったな」
幸い、俺は井上ほど嘘が下手ではない。動揺を一切見せずにさらりとレンの問いを肯定した。それを聞いたレンは井上に向き直った。
「君は、井上さんだよね。……ツバサのどこが好きなの?」
「優しいところです」
「ツバサは誰にでも優しいよ」
井上の答えに、レンは冷淡とさえ言えるような言葉を返した。
「そうですね。誰にでも優しい今木くんは、私にも同じくらい優しかったんです」
「……顔がいいところじゃなくて?」
「そっ!それは確かにカッコいいですけど!でもそこが主じゃなくて……」
かすかにいたずらを滲ませたレンの問いに、井上はあからさまな動揺を見せる。それを見たレンは小さく目をそらし、誰に言うわけでもなくつぶやいた。
「……まいったなぁ」
どういう意味だろうか。俺が訊ねようとしたそのとき
「なあんだ!ツバサ、恋人ができたんなら早く言ってよ。お祝いしそびれちゃったじゃないか」
「あ、ああ。すまん」
レンは勢いよく顔を上げ、いつも以上に元気に言った。その勢いに俺は少し気圧される。
「照れ臭かったんでしょ。うんうん、わかるわかる」
レンは納得したとばかりに頷いた。よかった、どうにか丸めこめたみたいだ。レンの告白以来感じていたわだかまりも、どこかに流れていったように感じる。
「ところで今木くん、お昼ご飯は持ってきてますか?」
井上が横から俺に問いかけた。
「いや、ちょうどスナックドローンがその辺を通るところだから何か買おうと思ってたところだけど?」
質問の意図が分からず、語尾が疑問形になる。
「よかった。今日、お弁当を作ってきたんです。今木くんに食べてもらおうと思って」
そういうと井上はカバンから2人分の弁当を取り出した。目を丸くする俺に井上が耳打ちする。
(恋人アピールのチャンスです)
放課後。
「しっかりしてくれよホント〜」
嘘は苦手ではないと言っても、我ながらかなり気が張っていたみたいだ。井上とふたりきりになると力が抜けて目の前の机に突っ伏してしまった。
「ご、ごめんなさい。緊張してました」
「まあわかるけどさ。レンが納得してくれたからよかったよかった」
縮こまる井上をフォローする。実際、あれからクラス内にも俺と井上が付き合ってるという認識はじんわり広がっているようで、初日にしては上々の滑り出しと言える。
「ところで……ここはどこ?」
今更な質問を井上にぶつける。言われるままについてきてしまったけれど、入ったことのない部屋だ。壁ぞいに紙の本がこれだけあるということは、いわゆる図書室だろうか。
「文芸部の部室ですよ」
「へえ。他の部員は?」
「私ひとりです。」
「それは部活として成立するのか」
「顧問もいますし、正式な部活動ですよ。なんでも、図書室が廃止になった時に、蔵書をなんとか部活の備品として確保したはいいものの、管理のための予算が降りず、最低でも一人の部員を確保しなくちゃいけなくなったそうで。私も本は好きですし、人と付き合わなくてすむし、うぃんうぃんです」
「へえ、部活ひとつとってもいろんな事情があるんだな……」
そう答えたところで、一番大事な質問をしていないことに気づいた。
「なんで俺はここにいるの?」
「今木くん、いま“自主休部”してるでしょう?時間つぶしにいいんじゃないかと思って」
そういえばそうだった。早く帰れば母親に見咎められる可能性がある。いまの状況は、親には説明し難い。“ヘテロだと疑われて部活を自主休部させられている”なんてことを聞けば、あの人は学校に殴り込んでくるんではなかろうか。
「ありがとう、気を使ってくれたんだな」
俺の返事を聞いて、井上はにっこりと笑って言った。
「さあ、ここにはこれだけの本があります。どれでも好きなものを読んでください」
「うっ」
たじろぐ俺を見て井上は首をかしげる。
「どうしました?」
「いや〜、俺も本は読むんだけど、紙の本は苦手で……ほら、目が疲れない?」
俺が頭をかきながら言うと、井上は大げさにため息をついてみせた。
「まったく、最近の若者はこれだから」
そう言いながら腰を下ろし、カバンからカバーのかかった本を取り出して読み始めた。年寄りめいた発言に苦笑する。ふと、井上が何を読んでいるのか気になって後ろから覗きこんでみた。コマ割りされた絵が目に入る。
「ひゃっ!なに見てるんですかエッチ!」
井上が漫画を両手で閉じて体でかばうように隠す。そんなスカートめくられたみたいな反応しなくても。
「漫画じゃん!」
「そうですよ漫画ですよ。いいじゃないですか、漫画だって立派な文芸ですよ」
むくれながら、そっぽをむいて井上が言う。
(井上、こんな子どもっぽいところもあったんだ)
教室ではもっと落ち着いた雰囲気だと思ったのだけど。
「ちなみに、その漫画はどういう内容なの?」
「ひゃえっ!?」
俺の質問に、井上はビクンと身をすくめた。そんなに変なことを聞いただろうか?もう少し井上のことを知りたいと思ったのだけど。
「えっと、ラブコメディですね。ヤクザの息子と、ギャングの娘と、和菓子屋さんの娘の三角関係を描いた作品です」
「なんだその取り合わせ!?」
「映画化もした人気作なんですよ〜実は終盤の展開には賛否両論があるんですが、私は好きなんです。世間がなんと言おうとも、好きなものは好きでいいじゃないですか。」
そういうと、井上は自分に言い聞かせるようにもう一度言った。
「好きなものは好きなんです」
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