第2話 偽の恋人

「偽の恋人?どうして?」

 翼は隣に座る井上に訊き返した。井上は立ち上がり、翼の前に立って言った。

「要は、今木くんがヘテロじゃないって思われればいいんです。だいたい、誰かがヘテロだなんて突拍子もない話、普通は誰も信じないんです。でも、今回は違った。それは……」

「俺がレンを振ったから?」

 続きを引き取った翼の言葉に、井上がうなずく。

「そうです。だって、誰の目から見てもお似合いのカップルでお互いに好き合っているのに振る理由がわかりませんでしたから。ただ、今木くんがヘテロだというなら説明がつく。」

 お似合いのカップルというのが客観的な共通認識という事実に、翼は小さくため息をついた。だが、そう思っていなかったのは翼ひとりだったかもしれない。

「まあ、まぐれあたりだとしても事実だしな。で、それが偽の恋人とどうつながるんだ?」

 気をとりなおして井上に問いかける。井上は、前かがみになり視線を翼に合わせ、答えた。

「振った理由を作ってしまえばいいんです。中村くんから告白された時点で付き合ってる人がいた、と。そうすれば、今木くんがヘテロだと考える必要はなくなります」

 なるほど、筋は通っている。けれど

「異性カップルだと単純に“恋人がいるヘテロ”だと思われないか?」

 翼は、自然な懸念を井上に伝えた。

「ヘテロかバイの二択になりますね。でも、五分五分だとしても今よりはマシになります。やってみる価値はあると思います」

 井上が翼を見据える。翼は

「……だめだ」

 首を横に振り、目をそらした。

「どうしてですか」

「……君のメリットが見えない。見返りなしの取り引きを持ちかける人間は信用しないことにしてる」

 翼の返答に、井上の呼吸がわずかに止まる。

「……メリットは、ありますよ」

 体を起こし、少しだけうつむきながら井上が言った。

「それは?」

 翼の言葉を受けて、井上は顔を上げて大袈裟に胸を張り、胸に手を当てて言った。

「ほら、私ってこう、引っ込み思案で暗い性格ですけど、顔はいいじゃないですか」

「なるほど、よく見ると確かに」

 フラットなテンションで放たれた翼のデッドボールに、井上の膝から力が抜けた。

「……素面でそれ言えるってすごいですね……。さすが今木くんというか」

「あーごめん(?)人を褒めるときは躊躇なく褒める癖が、ほら、ノーマルだとボロが出ないように、出来るだけ他人と良好な関係でいなきゃいけなかったから」

 井上の言葉に込められた呆れを感じ取り、翼が弁解する。

「なるほど、そんな道もあったんですね……。やっぱりすごいです、今木くんは」

 井上は、噛みしめるように呟いた。

「……こほん。そんな顔はいい私は……自分で言ってて恥ずかしいですねこれ……私は、意外にも女子人気が高くて、言い寄ってくる女子も年に何人もいるわけです。これを全部断っていると、私がノーマルだということがいつかばれてしまいます」

「要するに、女避けになれと?」

「ね?win-winでしょう」

 もう一度前かがみになり、井上は翼の返答を待った。短い思考ののち、翼は答えた。

「わかった、乗ろう」

「契約成立、ですね」

 そうこたえると井上は翼の隣に座りなおし、抑えめに笑った

「どうかした?」

「いえ、嬉しいんです。ノーマルの仲間が見つかることなんて滅多にありませんから」

「確かに」

 翼がうなずく。

「だいたい、昔はノーマルがほとんどだったのに、今はLGBTがこんなにも増えたのはなんでなんでしょうね?」

「そりゃ、生殖医療技術の進歩だな。体細胞を初期化して生殖細胞にする技術が確立されて、同性同士でも子どもができるようになった。同性でも子どもができるなら同性で結婚したいという人間が、思ったより多かったらしい。で、同性カップルが増えた上に、なんと同性愛は遺伝するときた。同性カップルの子どもの大多数はレズかゲイで、何世代か過ぎたらこの通りさ」

「お、思った以上に難しい答えが返ってきました。」

「まあ、昔調べたからな」

 たじろぐ井上に、こともなげに翼が言った。

「でも、少数派だからってあまりに扱いがひどくないですか?」

「全くだ。『ヘテロは下半身で考える』とか普通に言うもんな。ノーマルってだけで、けだもの、性犯罪者、セックスモンスター扱いだ。」

「恋愛ドラマなんかでも主役にはなれませんし」

「某山賊漫画とかひどかったな」

「パンダですか?」

「なにそれ?多分それじゃなくてほら、『ヘテロバッカキングダム』」

「あーー!!確かに!」

 行き場をなくした愚痴を互いに言い合っていると、会話のテンポはどんどんと上がっていく。教室での様子からは想像できないテンションで同意を示した井上に、とうとう翼が吹き出した。井上が、きょとんとした顔で見返す。

「いや、こんな話してるって誰かに知られたら、俺たち社会的に終わるなって」

 笑い事じゃない話を、笑いながら翼が話した。

「そうですね。でも、いいじゃないですか。お互いにノーマルなんですし」

 井上が柔らかく笑う。夕日が穏やかに照らしていた。

「どうしました?」

 見つめる翼に井上が訊ねる。

「いや、笑ってるとなおさら可愛いなって思っただけ」

「……これに慣れなきゃいけないんですか、私は」

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