メイドさんが出没しました。

sideイルム



ミリスタリアがザンダリウスの陣へ向かってから数分。イルムの脳内はミリスタリアのことで一杯一杯だった。


これまで女性とは話したことが何度かあったが、ここまで一人の女性の事で頭が一杯一杯になるのは初めてだった。


「はぁ〜〜」


溜め息を吐いた。本当にここ二日間はどうにかしているのかも知れない。いつもやっている朝の訓練でも、今日は雑念が入ってしまって普段より集中出来なかった。


木陰に置いてあった剣を拾い、鞘から抜く。


「ただ待っているのも暇だし、素振りでもするか」


幾年も、両親が亡くなる前から行なっているこの素振り。『東の切り札』と呼ばれるようになってからも、この素振りを欠かした事は無い。一度剣を振ると、ヒュッと乾いた音が響く。


只々無心で剣を振る。


この素振りを初めて一年頃だったか、俺は初めて人を殺めた。相手は何処かの盗賊だったか。肉を切り、骨を断ち切るあの感覚。今では何も感じなくなってしまったが、最初の感覚は忘れるべきでは無いと感じている。


俺は軍に勤め、これまで幾人もの人を斬ってきた。 殺して殺して殺して生計を立ててきた。ここまで生きてきたのは俺が負けなかったから。軍の上層部に命令され、戦争に参加した。


正直、俺は好き好んで軍に勤めている訳じゃ無い。人を殺す職業なんて好きになれる筈がない。『例えそれが多くの人々を救っているのだとしても』。


これまでは生活の為に戦ってきた。決して愛国心があり、国の為に死ねる、などと崇高な考えなんて持ってない。


剣を振る。


しかし、国の言われるがままに殺しを続けているうちに、当分生活していく為の金は手に入った。そろそろ一旦長い休みでも欲しい気分である。


それに、ミリスタリアとの出逢いで現在戦う気力は大分削がれていた。


そんな考えを巡らせていると、気配を感じた。剣を振るのをやめ、一応警戒する。しかし、この気配は多分ミリスタリアだろう。


「イールームーさーん!」


手をブンブン振ってミリスタリアがこちらに駆けて来ている。その姿を見るだけで、さっきまでの暗い気持ちが消えていた。


「その感じだと上手く行ったみたいだな」

「ええ、ちょっと手間取りましたけど」

「剣まで持って、何してたんですか?」

「ミリスタリアが戻ってくるまで暇だからな、素振りしてたんだ」

「だから”地面が沈下”してるんですね」

「あはは、お恥ずかしい限りだ」


自分の力をコントロールし切れていない証拠だ。恥ずかしい。最近ではこんな事は無かったので、さっきは余程集中出来なかったのだろう。


「分かります。私もアリアに抑えろって言われますもん」

「そうなんだよなぁ、朝素振りするだけで地面が抉れるから止めろって言われるからたまったもんじゃないな」


※注 超人たちの会話です。 常人では不可能です。


「でもここでは止めた方がいいな。地面抉れるし」

「はい!では!」


ミリスタリアは笑顔でさっき座った場所に向けて指を指している。そんな笑顔のミリスタリアに俺が断る筈もなく、さっき座っていた木陰に向かうのだった。



〜〜〜



木陰に二人で座る。目の前には見慣れた光景。


「何だか、やっぱり異性と二人で話すのは恥ずかしいですね」

「それは俺もかな。そんな経験俺も無いし」

「……」

「……」


何だか気まずい。


イルムは先程の腕相撲の理由が気になる。


ミリスタリアは婚約者の条件に全て引っかかるイルムの事を意識して仕方がない。


「……あはは、やっぱり気になりますよね。いきなり腕相撲なんて申し込んだんですから」

「……まぁ」

「えへへ、ちょっと恥ずかしいですけど言っちゃいますね」


顔を上気させたミリスタリアを見たイルムは思わず唾を飲み込んでしまう。


「……何故先程腕相撲をしたかと言うと……」

「言うと……?」

「……言うと……」

「言うと?」


ミリスタリアが意を決して告白紛いの内容を口にしようとしたその時。


「待てミリスタリア!」

「……」


(一応警戒していたが、まさか引っかかるなんて)


慣れない気配が一人、ザンダリウスの陣の方から近づいてくる。今は帯剣したままだったので、鞘から剣を抜き気配のする方向へ向かって剣を向ける。


戦争中の敵同士の軍の重要人物二人が、戦いもせずに仲良くイチャコラしている。そんな軍法会議モノの行為が第三者にバレるかも知れない。


そんな危機的状況だが、ミリスタリアは前に出ているイルムに見惚れている。


(やだ、私のイルムさんカッコ良すぎ!?)


両手を口に当て、顔を赤らめイルムを見つめる。ポンコツ姫騎士の誕生である。


ミリスタリアがここまで腑抜けているのにも原因がある。それは、先程からイルムとミリスタリアが感じている気配が、感じ慣れているものである事だ。


「ミリスタリア様!」


姿を現したのは、銀髪メイドでした。

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