接近しました。
今この場に流れる空気は戦場のそれではない。互いを見る度に顔を赤くし背ける。そんな二人の様子はなりたてほやほやの恋人のようである。互いに相手を殺すという理性より、互いの事を知りたいという私欲が上回っているのだ。
「……」
「……」
互いに戦う気になれず、しかし相手が剣を向けてくる為、剣を収める訳にもいかない。そんな時間が数分間続いた中、二人は互い以外の気配を察する。
「この気配は」
「……魔物ですね」
気配のする方向を見ると、大量の狼のような生物。この世界には魔物と呼ばれる人を害する危険がある生物が存在する。基本的に人間の居住区には現れず、現在二人がいるような郊外に現れる。魔物には多くの種類が存在し、今回二人の前に現れたのは狼の姿の魔物だった。魔物である特徴として、共通しているのが『黒い』という事だ。この狼も例外ではなく黒い。
「なぁ、一旦こいつら倒してから仕切り直さないか?」
「えぇ、それについては賛成です」
互いに好感を抱いているから実現した共同戦線。互いに剣を魔物へと向ける。
「後ろから切り掛かってくるなよ?」
「それは貴方もです!」
二人は同時に駆け出す。
〜〜〜
難なく狼の魔物を倒した二人。しかしその体には魔物の返り血がべっとりと付いていた。
「うげぇ汚い」
イルムは手を自らの身体にかざす。
「『洗浄』」
するとみるみる体に付着した血が消失していく。
「特殊魔法ですか」
「ん?お、おう」
ミリスタリアにも返り血が付着しており、あの綺麗な髪にも血が付着している。
「ミリスタリアは使わないのか?」
「わ、私その魔法使えないんです」
「……そうか」
イルムがミリスタリアに近づく。剣は納めている。
「な、なんですか!?」
ミリスタリアは顔を赤らめながら後ずさる。
「いや、だって汚いままだと嫌だろ?綺麗にしてやろうと思って」
「て、敵の施しは受けません」
「い、いや、そのまま放置してると髪が痛むだろ?せっかく綺麗なんだから大切にしなきゃだめだろ」
「きれっ!?」
ミリスタリアは動揺した。美しい彼女は普段から貴族達から誉める言葉を貰っているから慣れているのだが、イルムから言われるとそれは違った。
(綺麗って言われて嬉しかったの…久しぶりかもしれないですね)
「それで、綺麗にしなくていいのか?」
「……確かに気持ち悪いですね。やってもらいま……しょうか?」
この時ミリスタリアの内心は大変動揺していた。
(私、なんて事言っているのかしら!)
敵なのに!とミリスタリアの中では理性と私欲が戦っている。
「おう。あぁ、怖いなら剣は此処に置いておくからな」
「……では私も」
その場に剣を置き、二人は近づく。徐々に近づくにすれ、互いの顔が上気する。
「じゃあ、掛けるぞ」
「はい」
「『洗浄』」
ミリスタリアに付着した血や汚れが消失していく。そして彼女の美しさは元通りになる。
「あ、ありがとうございます」
「お、おう」
互いに一歩後ずさる。ただ『洗浄』を掛けてもらっただけなのに互いに警戒の意思が驚くべき程減っている。
「……それで……やるか?続き」
「続き?」
「いや、その。一応戦争中じゃん、それで俺と貴方は敵同士」
「……えぇ。そうですね」
これまで周辺諸国との小競り合いなら多く参加してきたミリスタリアだったが、ここまで戦闘をする意思が無くなるなんてこれまで無かった。
「……正直言うとな、なんかミリスタリア……様?と戦いたくないん……だよね」
「……ええ……私も同じです」
「あはは」
「ふふ」
二人は笑い合う。自分が思っている事がまさか相手側と同じだと思わなかったのである。
「で、これからどうする?俺は任務があるから通りたいけどそうはいかないだろ?」
「まぁ、そうですね。ザンダリウスの軍に貴方に攻められる訳には行きませんし」
「うーん、じゃあ任務放棄しますか」
「……え?いいんですか?それじゃ貴方が」
「いや、俺そこまでアースヘルムに愛着ないし。まぁ一回失敗したぐらいじゃそんなとやかく言われない……筈」
「はぁ……?」
「あぁ、俺が軍に入っているのだって生活の為だし」
「生活ですか…」
イルムの身分は平民で緊急時以外で軍に使える必要はない。しかし、彼は昔に両親を亡くしておりその時から生活のために軍に入っている。元々才能があったのか、彼はみるみる成長して行った。そして今ではアースヘルムでは敵無しの実力となった。
そんなイルムの身の上を聞き、ミリスタリアは申し訳ない気持ちになる。
「両親を……すみません」
「いや、今のは俺が勝手に言った事だし……それでミリスタリア様はいいのか?ここで話してて」
「あぁ、いえ。私もアースヘルムの陣地に一人で攻めるところだったんですけど。私は貴方とお話してた方が有益だと判断しました」
「ふーん、それでいいのか。お姫様なのに」
「あら、お姫様だってサボりたい事だってあります」
イルムはこのミリスタリアという姫様はおてんばなんだなと思った。まぁ最強と呼ばれるまで強い姫様がおしとやかな筈がないが。
「じゃあこういう事にしないか?俺とお前は偶然にもここで出会った。剣を交えていたが結局決着は付かなかった」
「あら、それなら大丈夫そうですね。まさか軍の上層部も私と貴方がこうして仲良くお話してるとは思いませんものね」
こうして偽装工作は成った。
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