第6話 電話とメール

「後半の方が良い枠だって聞いたので、なるべく後半にまとめています。一番下から東京、大阪となるべく同じチャンスにならないように入れてます。ただ、M社はだいたい15時台が良いみたいなので、その時間になるよう調整はしてますけど」


 つい口調がキツめになったが兎月はそれでも柔らかく言ったつもりでいる。


【チャンス】CM枠のこと。CM枠の構成は番組が始まる前のCC(正式にはカウキャッチと言うがシーシーと呼ぶのが一般的)、中CM1、中CM2……と続き、番組が終わった後のHH(ヒッチハイクと呼ぶ。こちらは略さずそのまま呼ぶ)となるが、番組によってはCCやHHがつかないこともある。

また、番組と番組の間にはSB(ステーションブレイク、略してステブレ)と呼ばれるCM枠がある。が、こちらもつかない場合がある。


「そうなんだ」

 兎月の答えに亀丸はへぇー、と感心するように頷いた。

「おい。お前は大阪物件のM社の担当だろうが。なんでお前が知らなくて本社担当の兎月さんが知ってるんだよ?」

 烏丸の怒るというより呆れた声に亀丸はへへっ、と笑って誤魔化そうとした。


 そりゃ、知らないよね。

 昼帯の枠内なんてしたことないし、人が枠内してるのをそのまんま疑問も持たずに右から左へ受け流してるだけだったもんね。

 私がわざわざ位置指定してあげてる理由なんて考えたこともなかったよね。

 あんたがうっかり動かさないようにって配慮なんだけどね、気づいてないよね。


 そうしみじみと兎月が心の中で独り言を呟いている間にも亀丸はまた一つやらかしていた。


「はい、放送部の亀丸です」

 その一本の電話がきっかけだった。

「……あ、その件なら朝一にメールで……え? 今見たんですかっ? 急ぎって件名にも書いてたんですけど……A半休って聞いてな……ああ、そうなんですね。それは仕方ありませんね……じゃあ……どうしましょうか?」

 その不穏なやり取りを横で聞いていた烏丸は貸せ、と問答無用で亀丸から受話器を奪い取った。


 電話の相手は大阪支社の業務部で要約すると、亀丸から今朝急ぎの案件をメールで貰っていたらしい。

 だが、彼は急な用事で急遽A半休、つまり朝から休みを取って14時出社にして貰ったようなのだ。

 ちょっと早めの13時半に出社して13時40分に亀丸からのメールに気づいたらしい。

 急な休みだったが半休で午後からは出社する為、特に連絡はしていなかったが、急ぎの案件なら電話をしてくれていれば電話を受けた誰かが対応してくれていたはずだ、という訳だ。

 そしてその案件は大急ぎで確認を取って事なきを得たが、昼前かせめて午後一にどうなりましたか? との確認もなかったので、大阪支社の誰も何も知らない状態だった。


「メールでもいいですけど、急ぎの場合は電話一本入れて貰わないと。席を外してることも多いし。今回は間に合いましたけど、間に合ってなかったら事故ってましたよ? さすがにこれはフォローできませんから、ちょっと一喝しといてくださいね。お願いしますよ?」

 電話の相手は口調は柔らかかったが早口で一気に捲くし立て、苛立ちを露わにしていた。

「すみません。俺からビシッと言って一発殴っときます」

 烏丸は何度もそう言ってから静かに受話器を置き、そして珍しく真剣な表情で亀丸を振り返った。


 つまりはクレームの電話だった訳だ。

 よく電話する癖になぜにこういう時に限ってメールを使う?

 毎日思ってるんだけど、お前は本当に私の先輩か?


 兎月は心の中で大きく小首を傾げた。


「亀丸。急いでる時は電話を使え。文章を送りたいならまず電話で話してその後、メールしろ。基本は何でも電話だ。こういう話をしましたよね? って証拠を残したい時も電話で話した後にメールを送れ。まずは電話だ。それにな、大阪支社は社内とはいえ相手は俺達にとってお客様だぞ? 俺達はこのテレビ局が雇った会社に雇われているんだ。もうちょっと立場を考えて行動しろ」

 烏丸の説教に亀丸は珍しく「すみません」と謝罪した。


 電話とメールの使い分けについては実は兎月も入社当時、よく注意を受けていた。

 電話の掛け方、取り方、受話器の置き方さえも実にこと細かに教えてくれたのは烏丸と「シマさん」だった。


 シマさんというのは以前CM班で働いていた女性だ。

 寿退社したが、子供が小学生の高学年になったのを機にパートとしてまたここに戻って来た。

 現在はCMバンク専任として午後から17時までの4時間勤務だ。

 残業はせず、それまでに終わらなかったら番組班の人に引き継ぎ、逆に早く終わればCM班での雑用をこなしてくれる。

 ファイリングのオバチャンの愛称で親しまれているが、性格は確かにオバチャンだが見た目は歳よりもずっと若く見えるのでどちらかというとお姉さんという感じである。

 元々CM班で働いていたこともあってテキパキと仕事をこなし、手が足りないところをさりげなくフォローしてくれる、つまるところとてもデキる女性なのだ。


 だから兎月は同じ同性というのもあるが、仕事で分からないことがあるとまずシマさんに訊いていた。

 教えるのも上手で、どうしてそうするのか、理由もきちんと丁寧に説明してくれるのですんなりと覚えられた。

 仕事を覚える上で、誰に教わるかというのはとても重要だ。

 そして、誰の真似をするのかというのも重要だと兎月は思う。


 亀丸は常に我流で仕事をする。

 周りに良い先輩、良いお手本があるというのに常に我が道を行く。

 しかもそのやり方で常に失敗しているのに、だ。


 ええ加減ちったぁ学習しろや。


 兎月はそう心の中で毒づいて、卓上カレンダーに目を向けた。

 明日はやっと心待ちにしていた映画の試写会だ。


 今度こそ亀丸に邪魔されずに行くぞ、と心に固く誓った。

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