第4話 付箋活用術
ノートの取り方一つとっても仕事がデキる人は違う。
亀丸はとにかく手順を順番に簡潔にメモる。
細かいことは書かない。
故にあとで読み返した時に自分が書いたものを自分で理解できない。
烏丸はまずは付箋にメモをする。
そして一度自分でそのメモだけを頼りに同じことをやってみる。
それで躓いたところを再び確認し、メモだけで同じことを再現できるようにする。
付箋はノートに貼って保存しているのだが、仕事の内容によって同じようなものは同じページに貼ってきちんと分類までしている。
付箋なので貼り直しが利く。
付箋も小中大と三種類の大きさとイエロー、ピンク、ブルーの三色を揃えており、重要度や業務内容などで色分けしている。
また、なんでも付箋にメモし、To Doリスト代わりにして確認済みの案件や終わった作業は剥がしてチェックができるし、重要度順に並べ替えることもできる。
機能的で効果的な方法だ。
兎月も大学に通っていた頃、付箋ノートなるものが流行り、板書を付箋でとっていたが、当時はノートを可愛くデコるというのが主な目的で機能的な面はほぼ無視だった。
付箋ノートの本来の目的はどこへやら。
それが現在、烏丸の仕事ぶりを見てやっと兎月も付箋の素晴らしさと機能的な面を再発見し、烏丸の真似をし始めた次第である。
数日後。
緊急作業も落ち着いて日常を取り戻し、残業が減って兎月の心にも余裕と平穏が訪れた頃。
「亀丸、ここチェックついてないけど、M社の件、業務に確認したか?」
烏丸の一言に亀丸が「あ!」と声を上げた。
「確認してきますっ」
「じゃ、ついでにD社とK社の分も聞いといて」
「はーい」
そんな会話があった。
スポンサーによって時間しばりというものが存在する。
二四時までに流して欲しいとか八時以降に流して欲しいなど時間指定があるのだ。
だからきちんとその時間内に流れるかチェックする必要がある。
だが、番組のCM枠の設定等によりどうしても越えてしまう場合は編成部に掛け合ってCM枠を変えてもらうこともあれば、それができない番組の場合は越えても良いか業務部に確認してもらう。
のだが。
業務部から戻って来た亀丸は沈んでいた。
「先輩……あのCMに限り絶対越えちゃ駄目だそうです」
「え? それって前もって聞いてなかったのか?」
「それが……」
言い淀んだ亀丸の後ろから業務部の男性、月島が走って来た。
「烏丸さん、伝わってませんでした? あのCMはロードブロッキングだから絶対二三五九で流してくださいねってお願いしてたんですが? 編成にも確認してくれるって……亀丸さん、言ってましたよね?」
【ロードブロッキング】各局同時オンエアする広告手法。全局同じ時間に同じCMが流れている、いわゆるCMジャック。
「亀丸? そんな話があったのか? いつ?」
「……いつ……でしたっけ?」
「二週間前です。今確認したら編成も何も聞いてないって言われましたよ? 編成枠の方はなんとか変えてくれるそうですが……オンエア、明日ですよ?」
「月島さん、すみません。ご迷惑おかけします。ツケといてください」
「じゃ、仕事終わりに焼き鳥な」
「仕方ないですねぇ」
笑い合う月島と烏丸、実はかなり仲が良い。
烏丸の方が一つ年上だが入社は月島の方が数カ月早い。
たった数カ月だが烏丸は月島を先輩と思い、月島もまた年上の烏丸を先輩と思っている為、互いに敬語であることが多いが、仕事以外の話は言葉遣いがお互いフランクになる。
「亀丸。俺、M社の件、ちゃんと付箋渡しといたよな?」
「はい……」
「で、月島さんも編成部や俺達に情報共有してなかったのは悪いが、業務部で聞いた話は全員にメールで共有するって決めたよな?」
「はい……」
「もっと早く気づける機会は最低でも二回はあった。なのに気づかなかったのはなぜか、反省するだけじゃなくて改善しないと駄目だからな?」
「はい……」
亀丸の声のトーンはどんどん下がっていったが、落ち込んでも改善しないと兎月は思った。
なぜならこういう場面を兎月は入社してから何度も見ているからだ。
放送事故に至っていないのは烏丸と鮫島が優秀だからだ。
自分の仕事プラス亀丸のフォローという別業務までこなしている。
兎月は自分の仕事で手いっぱいだが、そんな余裕があるのは経験値の成せる技だけではない。
と兎月は思う。
今まで亀丸が放送事故を起こしていないのはこの二人のお蔭である。
オンエア直前でなんとか未然に防いだこともあった。
この二人がいなければ亀丸は毎日放送事故を起こしていても不思議ではない。
が、亀丸は未だにそれが直らない。
特にCMで事故を起こしたらかなり大きなお金の問題が発生するし、関係各位というのがとてもたくさん存在する。
CM一本放送する為にはたくさんのお金とたくさんの人が関わっているからだ。
放送事故といったって視聴者に分からないものも多いが、広告代理店やスポンサーには大きな問題だ。
どの時間帯にどのCMを流すか、時にはそれによって売り上げが左右されると言っても過言ではない。
またアルコール飲料のCMは流せる時間帯が決まっている。
ノンアルコールビールはどの時間帯でも流せるが、普通のアルコールの入ったビールを朝から流してしまうと放送事故になってしまう。
普通はそんな事故を起こす確率はゼロに近いが、それでも起こしてしまうのが亀丸だ。
「お前はとにかくなんでもメモしろ。そんで、いつでも目に付くところに貼っておけ。そうすれば周りからもチェックしてもらえるだろ?」
亀丸は「はいっ」と言ったが謝りはしなかった。
結局、烏丸さんの仕事が増えただけじゃん。
兎月は二人のやり取りを聞いて大きく溜息を吐き、改めて優しくて頼もしい先輩だな、と烏丸と働けることを誇らしく思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます