第2話 個と全と
「あちゃー、また忘れてるわ、アイツ」
金曜の朝、烏丸がパソコンの画面を見ながら頭を掻いた。
「休む時は休む日の仕事もできる範囲しとけよって言っといたのにな」
「またか。こりゃ休み明けは説教せにゃいけんなぁ」
課長の鮫島も溜息を吐く。
「……しかも支社窓口にも休むって言ってないみたいですね。普通にアイツ宛てにFAX来てましたよ」
「未だに自分のことしか考えてないからなぁ」
そんな二人の会話に兎月はつい口が出た。
「亀丸さんって五年目なんですよねぇ? それでもこの状態って誰にも怒られてないからじゃないんですかぁ?」
もっとバシッとしっかり怒れや。
お前らはアイツの上司と先輩だろぉが。
「いや。叱ったことはあるんだよ。でもなんていうか……アイツ、異様にポジティブなんだよなぁ」
烏丸が困った風に両腕を組んだ。
その言葉に鮫島が同意するように大きく頷く。
「有休取るって言った時、正直アホかと思ったけど、好きな時に好きに取るのがアイツの権利でもある訳だから好きにすれば? と思ったけどね。こういうことは自分で気づかないと意味ないしなぁ」
「ま、野球もないし、差し替えがサクッと
さすが鮫島課長!
部下への心配りが神だわ!
なんでこんな素敵な上司がいてあんな部下が出来上がるかねぇ?
兎月が小首を傾げてるところで今更ですがここで彼らの業務内容をざっくり大雑把に説明すると。
搬入されたCM素材が放送されるまでの業務。
なのだが、もうちょっと詳しく説明すると。
CM素材を放送できる状態にする為にまずは素材を登録するのだが、パソコンで素材名、秒数、十桁コードなどの素材データを入力し、今度はそれをCMバンクという機械に取り込む為に実際に映像を流し、映像や音など技術的なチェックを経てようやく使える状態になる。
バンクに取り込むのはざっくり言うとDVDをダビングするような作業でファイリングという。
このCMバンクには専用の人を置いているところもあれば、放送部の中でローテーションを組んで担当しているところもある。
ここ、兎月が働く職場では以前ここで働いていた女性がパートという形で戻って来ている。
寿退社し、子供も小学校高学年になった為、13時から17時だけの勤務で残業はなし。
17時までに終わらなかった分に関しては番組班が引き継ぐ形となっているし、大抵早くファイリング作業は終わるので空いた時間はCM班の細々した雑用をして時間を潰している。
40代前半らしいが見た目は若く、オバチャンというよりお姉様という感じだが、性格が大阪のオバチャンみたいな人なので「ファイリングのオバチャン」という愛称で呼ばれている。
が、兎月はなんとなく「シマさん」と呼んでいる。
烏丸がそう呼んでいたからだ。
「さ、仕事仕事。無駄話してると帰れるものも帰れなくなるぞ」
パンパンッと手を叩いて烏丸が促すと兎月は俄然やる気になった。
こんな良い上司と先輩の為にも頑張って終わらせて心置きなく業務試写会に行くぞ!
と思ったのだが。
「……終わらない。ゼッタイ終わらない……」
マウスを握る手が思わず震えた。
テレビ局故に社内には至るところにテレビが置かれていて終日点けっぱなしだ。
テレビが並んで置かれ、それぞれが違う局のチャンネルに設定されており、どの局が今何を放送しているかチェックできるようになっている。
そのどのチャンネルもが同じニュースを伝えており、兎月のいるフロアは全員がバタバタと慌ただしく動き、騒然とした雰囲気に包まれていた。
広島から遠く離れた県で大きな地震があったらしい。
それで番組は急遽臨時ニュースに変わっていた。
「番組の途中ですが……」と言って急遽ニュース番組変わる、いわゆるマスターカットというやつだ。
「とりあえずK社はマスターでACに差し替えて来ますっ」
烏丸が走り、鮫島は業務部と何か話し、兎月はとりあえず翌日の放送の準備をしつつ、今後の放送スケジュール変更に対応すべく、そちらの準備もしながら心では号泣していた。
楽しみにしていた業務試写会はそれどころではなく、残業も確定したからだ。
でも例え亀丸がここにいても役には立っていなかったはずだ。
【マスター】主調整室とも呼ばれ、放送の送出と監視を行う部署。
テレビモニターがたくさんある部屋で放送スケジュール通りに放送されているか進行のチェック、放送事故を防ぐ為の監視を行い、万が一事故や突発的な事象が起こった場合は速やかに関係部署と連携を図り、対処する重要な業務を担う場所。
放送の最終的な場所でもあり、24時間体制でシフト勤務。
「なんとか間に合いましたが、CM枠にはかからなったみたいです。でもまだどうなるか微妙なとこですけどね」
マスターから戻った烏丸はそう鮫島に報告し、残念だったね、と兎月の頭をぽんぽんと叩いた。
「業務試写会はダメだったけど、試写会には潜り込めるよう事業部にお願いしておくよ」
烏丸の頭ぽんぽんとその台詞に兎月は「神ッ」と彼を崇め、「ありがとうございますぅ」と極上の笑みを返した。
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