女王に悪いが、俺の辛抱もここまでだ 

 母親の前では従順に。

 いなくなったら勝手気ままな言動をむき出しにする。


 そいつが俺と無関係だったら、別に気にするこっちゃない。

 だがこっちに我がままを集中砲火させてきやがった。


 気分は晩飯どころじゃなくなった。


「……風が吹けば桶屋が儲かるっつってな。お前の我がままで怪我したらどうしてくれるんだ?」

「こんな程度で怪我する方がおかしいでしょ!」


 サンドバッグかよ、俺は!

 大体……


「お母様が治してくれるでしょ! そんなこと別に大したことじゃないわ!」


 ……ひょっとしてこいつ、母親に自分の尻拭い全部やってもらってたのか?

 いや、見た目の年齢考えるとそうかもしれんが。

 こいつ、頭が残念な子か? とも思ったが、俺が思うよりも意外と幼いのかもしれん。


「その原因を聞かれたら、俺はお前にやられたって報告すんぞ? 俺はここで握り飯を作ってる。お前はそれができなくなるかもしれない俺の代わりができるのか?」

「……怪我する方が悪いんでしょっ!」


 うわぁ。

 残念な子の方かもしれん。

 小さい子供でもそんな発想ないだろ。


「大体そんなことで怪我をする奴なんかいるもんですか!」


 あれ?

 待て待て。

 話、ちとずれてないか?


「いや、いるんじゃないのか? お前がここに初めてここに来た時、ここにいる連中の中に固まって動けない奴が何人かいたぞ? テンシュさんだってそうだった……」


 あ、そうか。

 あの時テンシュさんが青ざめていたのは、この二人が来た気配を察知したからか。

 だからこっそりここから出て行ったのか。


 口から思わず出た出まかせが、割と正解だったかも。


 まぁテンシュさんのあの態度の理由は推測できた。それはいい。

 問題は……。


 こいつが暴れても周りの連中に被害がなかった、ってことだよな?

 怪我した奴はクビにするって考え方はあるだろうが、母親がここに連れてきた理由を考えると、多分それはない。

 曾爺さんと仲が良かった。曾爺さんはどう思ってたかは知らんけどな。

 曾爺さんへの親愛感をそのまま俺に向けられるとしたら、厄介払いとか押し付けだとかじゃないはずだ。

 となると……。


「お前の母ちゃん、強いよな」

「な、何よ、いきなりっ! ……そりゃ、とてもすごいわよっ。なんてったって大国の女王様だしっ!」


 そう、凄いよな。

 全力でぶつかってもびくともしないだろうし、お前の傍につかせた者達もおそらくそうだろう。

 そしてそのつもりのままここに来た。


 暴れても壊れるはずがない。怪我をするはずがない。

 万一そんなことが起きたとしてもすぐに直せる。すぐに治る。


 そんな丈夫な世界に守られてたんだろうな。

 だが残念なことに、想像を絶するほどやわな世界も存在する。

 脆い連中の方が多い現実がここにある。

 それを理解しようとするなら居させてもいいが、するつもりがないならお帰り願おうか。


「言い分は理解した。明日の朝の握り飯の時間が終わったら帰れ。俺がいいように言っておく。ただし握り飯の時間の手伝いはしっかりやれよ? それと晩飯、俺は食欲が失せた。一人で食って、終わったらここに持ってこい。それとも一人じゃ何もできないか?」


 安い挑発に乗ってくれた。


 うどんにするつもりだったが、あんなトラブルを起こしたんだ。

 いつもの握り飯の晩飯を、結局あいつは二人分食ってた。


「退きなさいよ! 洗い物ぐらいはできるわよっ!」


 洗い物の仕事はお前ばかりじゃない。

 こっちはまた米を洗ってんだ。

 蹴躓いて袋が破れた、なんてことがなくて良かったけどさ。


 指輪の部屋で食材をいくらでも増やせるとしても、食べ物を粗末に扱うようなことだけは許せん。


「なるべく静かに洗え。寝てる奴の邪魔すんな」


 事前に注意する。

 事後に見つけた失敗を指摘するよりも、恥を笑われたなどという誤解は回避できるだろ。


「わ、分かってるわよっ!」


 反抗する声量も抑えられている。

 まったく、なんでこっちが余分に気遣わなきゃならんのだ。


 けれど、寝静まる時間の経過は今までと同じ。

 違うのはコルトの歌声がないことくらい。


 いや。

 ないのが普通なんだ。

 今までが特別だったんだ。

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