小さな功労者

 夜の握り飯タイムがやってきた。

 部屋に入ると、また驚きの現象が起きている。

 冒険者達の行列はいつも、握り飯のトレイを置くショーケースの前にできる。

 しかしその行列の人数が、部屋の片隅に向かう列と握り飯を待つ行列の人数がほぼ均等。

 その片隅には確か……。


「に……コウジさん。えっとー」


 例のコボルトの子供が困った顔をして駆け寄ってきた。

 コルトは道具作りをしていたが、俺と一緒にいるこいつを見てその作業を中断した。


「さらに混雑が減りましたね。ウォック君のおかげです」

「そ、そんなことねぇよ……。大したことしてねぇよ……」


 こいつの発案のノートが置かれているテーブル。

 それがある場所がそこだった。


「我がまましか振り回さない奴だと思ってたが、なかなかいい仕事するじゃねぇか。って甘やかしたらまずいか?」


 この子供の頭をどついた弓戦士が来た。

 まだいたのか。

 って、いても不思議じゃないんだが。


「俺もいい加減うんざりしてたんだよ。他の連中との暇つぶしの会話がな。どいつもこいつも自分の武勇伝ばかりだ。そんなん聞かされたって、へー、ほーしか言えねえよ。散々自慢された後で、お前はどうなんだ? って聞かれたってなぁ。別に人に言うほどのことじゃねぇから何も言わねぇけどよ」


 そう言って、顎でその方向を指す。

 喜びを何とか隠そうとしているその顔からは、何となく解放感を感じる。


「言いたいことをアレに書くもんだから、それを書いた後の会話は建設的な中身になって、なかなかいい情報が入って来るんだよ」


 へえ。

 まぁ言いたいことを筆記で表現するのもストレス解消になるって話も聞いたことがある。

 で……こいつは何を困ってるんだ?


「おにぎりの配給の時間なんだけど、こっちよりそっちの方も大事だって人もいて……」

「ま、人それぞれだ。気にするこたぁねえよな」

「そっちにおにぎり運んでっちゃまずいよね?」

「そうね。こっちに並んでいる人はおにぎりの方が大事に思ってる人達だからね」


 コルトもフォローに入る。

 手柄を自分の物として威張るんじゃなかろうかと思いきや、逆に恥ずかしがっている。

 本当に、まるで人が変わったような感じがする。

 叱られたことが身に染みたんだろうな。


 まぁ何にせよ、どっちの列も、割り込みするようなことがなきゃいいさ。

 こっちは人数が少ない分さらに混乱が少なくなって、こっちの仕事が楽になる。

 有り難いことじゃないか。


「人数が少ないからって、列の最後尾から渡しちゃまずいよね?」

「そうね。今まで通り、列の真ん中あたりから始めましょうか」


 つっても、どっちの列も多くて十人ずつだがな。

 最後尾から配っても文句を言う奴もいなさそうなんだが、その前にだ。


「なぁあんた」

「ん?俺か?」

「あぁ。あんた、列の最後な」

「はは、わーってるよ」


 ま、最後尾っつってもいつもの半分くらいの人数だからそんなに待ち時間は長くない。

 それに人数が多かろうが少なかろうが、俺のやることは変わらない。

 残り四つのトレイを運び込んで、今回も配給の時間がやってきた。


「さ、欲しい奴は慌てずに必要な分だけ持ってけよー」

「じゃあ私達も配ろうか、列に入れない人達もいるし。ね? ウォック君」

「あぁ!」


 足りない物や欲しい物を与える……与えるって言い方はよくないか? この場合は配るが適切か。

 配るだけじゃ、全体の雰囲気はあまり変わらないもんなんだな。

 あの二人のおかげで部屋の空気が随分穏やかになった。

 俺の住んでる建物なのに、俺が把握できてないってのも皮肉な話だが、ずいぶん助かってるよ。つくづくそう思う。


 三人、四人と、握り飯を持っていく奴が列から去ると、部屋から出る者もいれば残る者もいる。


「すまん。今日もここに居ていいか?」


 コルトに話しかけてきた男戦士だ。

 握り飯を二つ持っている。

 これだけの巨体で、食うのが体の資本とも言えるが、握り飯がたったの二個ってのもきついだろう。

 加減が分からん以上もっと持っていけとも言えない。


「何度も言ってるが、いるか去るかは本人次第さ。どっちにしても咎めはしない」

「悪いな。助かる……あの隅で座り込んでる奴には握り飯はいいのか?」

「ん?」


 誰のことか見てみると、コボルトの子供が握り飯を持ってったら拒否されたって言ってた男のようだ。

 ずっとそこに座る……というか、足を伸ばして寝てる?

 足を伸ばして壁に寄り掛かって脱力してる。

 まぁ好きにすればいいさ。


「いいんじゃないか? 欲しい奴は列に並ぶし、並べない奴は助けを求めてくるし」

「助けを求められないほどの奴もいたじゃないか」

「前回の配給時は、握り飯断られたんだと」


 俺は顎でコルトと子供を指す。

 二人は部屋から出る冒険者に何やら声をかけてるようだ。


「ふーん。ま、互いに深い事情は知らないんだ。深入りしても神経逆なでするのが関の山って相手もいる」

「触らぬ神に祟りなしとも言うしな」

「まったくだ」


 男戦士は苦笑いして俺の前から離れていった。

 談笑を始めた時から、男戦士は列から離れていた。

 会話の間も、次から次へと握り飯を持っていく者達がやって来ては去っていく。


 が、その穏やかな時間が突然破られた。


「と、父ちゃん?! 何でここへ……って、大怪我してるじゃないか!」


 その叫び声の主は、コルトと一緒に握り飯を配っていたコボルトの子供だった。

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