俺がこいつらとゆっくり会話をするのって、初めてだったんだな
「こんなんでいいよな? あんまりでかいと幅もとるし、種族によっては窮屈になるからな」
椅子も必要な机だと、その分部屋の中も狭くなる。
なるべく無駄は省きたい。
花瓶を置く台ならノートを広げたくらいの広さ。
立ちながら書くにはちょうどいい高さ。
うん、我ながらいいチョイス。
「じゃあ後は、これに関心持った人に俺が説明するよ。これに目もくれずに出てく人もいるみたいだし」
「俺に手間をかけさせなけりゃそれでいいさ」
あいつが無理やり聞かされる話は、俺は聞かされたことはない。
考えてみりゃ、俺がここに来るのは握り飯を持ち込むときだけだったもんな。
交流するなんてことは思いもしなかった。
ここに居る奴らじゃなきゃ思い浮かばない発想だな。
「コウジさん」
「お、ようやく井戸端会議が終わったか」
「イドバタ? 私がしてたのは会議じゃなくて会話ですけど」
細かいことはどうでもいいよ。
早いとこ引き換えにしたアイテムの山、こいつに何とかしてくれないとこっちがくたばる羽目になる。
「あ、はい、大丈夫です。ところでこの部屋にしょっちゅう来る人っていますよね」
「ん? そりゃいるだろうな。俺は別に気にはしないが?」
ここに来る者達に共通して言えることは、みんな戻りたい場所に戻れずに困っている、ということくらいは想像できる。
「私を助けてくれた人なんですけど……」
「あ? あぁ。ちらっと耳に入った。でもな、俺は誰かに騙されて握り飯を作ってるわけじゃない。この部屋に入る順番待ちの奴もいるだろうが、部屋に入れる奴はそれなりに危ない立場から逃げることが出来た連中だ。苦しい立場であることには違いはないし、そいつらは間違いなく助かった実感はあるだろ? 別に贔屓になってないし、問題ないだろう?」
「はい、問題ありません。ありがとうございます」
なぜ礼を言われるのだ?
まぁいいけどさ。
「じゃあ私はいつも通り道具作りを始めますね」
こいつはずっと居座るつもりでいるようだが、こいつなしでも経済的にこいつらをずっと支援できる態勢についても考えないとだよなぁ。
「なあ、兄ちゃ……コウジさん」
今度はコボルト少年か。
まぁ握り飯作るにゃ早すぎるからいいか。
「何の用だよ、少年」
「う……、えっと、さっき、コルト姉ちゃんと話し込んでた戦士のおじさんがノートの所に来たんだけどさ」
「ほう、んで?」
「コウジさんのことをいろいろ褒めてたけど、コウジさんのお祖母さんのこともほめるんだよな。コウジさん、お父さんとお母さん居ないの?」
そう言えばこいつ、コルトの家族のことも聞いてなかったっけ?
興味津々のお年頃かね?
「あぁ。死んだよ? 親子三人で車の事故に遭ってな。俺だけ助かった。中学二年のあたりだったか? だから十四才の頃か。それ以来祖父さんと祖母さんの三人でずっと過ごしてた」
……おい。
固まってるな。
おーい。
「じ……じゃあお父さんとお母さんにずっと会えないってことか?」
「そりゃそうだ。死んじゃったんだから」
俺にしてみりゃ、今更な話題だ。
十年以上も前の話だったんだな。
まだ子供だった。
あの時は流石に堪えたが、時が解決してくれるって言葉は、俺にとっちゃ至極名言だな。
今はもう、何もかもが懐かしい。
「で、五年前に最後の身内の一人、祖母ちゃんが亡くなって、今は一人暮らしって訳だ」
正直寂しい気持ちはある。
だが、平気ってば平気かな。
「……コ、コウジさん、その……平気なのか?」
「何がよ?」
質問の意図がよく分からんな。
あぁ、こいつはまだ人生経験が乏しいから、そんな別れがあるなんて思ってなかったんだな。
ま、俺の経験を誰かに何かを遺すように伝えられる程人間が出来ちゃいないし、それぞれ住む世界が違えば考え方も常識も違う。
俺がこいつに何かをしてやれることなんかほとんどないんだよな。
そりゃ、急に両親がいなくなるなんてことは考えられないだろう。
いなくなったらどうしようなんて聞かれても、こうすれば乗り越えられるよ、なんて方程式もあるわけじゃない。
「ま、何事にも始まりがありゃ終わりがある。握り飯作りの終わりは全く見えそうにないがな。お前のここでの日々もいつかは終わって父ちゃんと一緒に家に帰れる日が来るよ」
こいつの年がいくつかは知らんが、二十七年の人生で得た教訓の一つで会話を締める。
俺も大人だねぇ、ふふん。
さ、俺も店の仕事しながらこっちの生活を送って、んで握り飯作りを始めますかね。
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