少年の想像力 そして投影
「え? お父さんなの?!」
コルトの声が子供の声に続いて部屋に響いた。
俺を巻き込まない限り冒険者同士の会話にはなるべく触れないようにしているんだが、そんな連続した驚きの声が上がればどうしてもそっちに気を取られてしまう。
「おいっ! ぼんやりすんな! 握り飯を……」
「ダメだ! まだやっちゃダメだ!」
「なっ……!」
コボルトの子供の父親がここに辿り着いたらしい。
もちろん他の、初めてここに来た冒険者達と変わりなく、立ち上がることも難しいほど体力が消耗しているようだ。
怪我人には優先して握り飯を配るのが暗黙のルール。
というか、公認だ。
行列の順番が乱れることを許される唯一のルール。
一刻も早く体力を回復させ、一命をとりとめるための手段であり、知恵であり、工夫だ。
だがそれを止める者がいた。
まさか実の息子がそれを止めるなんて、俺だって予想もつかなかった。
自慢の父ちゃん、とか言ってたんだぜ?
そうだよ。
なぜあの子供がここに来たのか、いや、来れたのか不思議だった。
質問しようとしたら自分の名前で呼べって言われてそれっきりだったしな。
考えてみりゃ子供が一人、あるいは集団で命の危険に晒される図なんてあり得ないはずだ。
異世界は俺にとって現実じゃない。けれどもそれくらいは想像できる。
身内と一緒にダンジョンに入っていくのが一番考えられるケースじゃないか。
ならば身内の子供がダンジョン内で行方不明になるってことも想像できたはずだ。
こいつの言動でそっち方面の思考がストップしてた。
っていうか、なぜ自分の父親に食わせない?
「父ちゃん、もう少し我慢してて!」
コボルトの子供がそういって部屋の壁に寄り掛かってる奴らに握り飯を運ぶ。
「お……おい……。容態が一番ひどい奴を優先すべきだぞ」
「この人だって、ここに来てから何も一口も食べてないし飲んでない!」
注意した弓戦士の鉄拳一発が、我がままで傍若無人な子供の性格を変えたとでもいうのかね。
ま、思うところもあるんだろう。
父親にいいところを見せたいだけっていうのはない。
この部屋に机とノートを置く発案は、ほぼ耳打ちでの発言だった。
こいつが自分で思いついたこと。
誰かから評価を得たいだけなら、もっと目立ちながら声に出す方が効率がいい。
だがそいつは、この部屋に来てから食うのを拒否し続けてたんじゃなかったか?
「……俺のことはほっとけよ……。他の奴らに行きゃいいだろ……。どうせ……」
「うるせえよ! じゃあ何でお前はここに来たんだよ!」
子供の声は元々甲高い。
それがさらに大きく響く。
けど、我がまま言い放題だったお前がそんなこと言えるのかね。
「食わなくてもよくて、それで元気になれるんなら普通にしてりゃいいだろ! 元気になりそうな様子もねぇじゃねえか! 食欲もなくてしんどいんなら、無理してでも食わなきゃ元気になれねぇんだぞ!」
「おい、坊主。そいつがいらねぇってんだからいいんだよ。子供じゃあるまいし、自分の体と相談して、握り飯はいらないっつってんだ。早くお前の父ちゃんにそれを……」
弓戦士はそいつの保護者か?
まぁ冒険者同士のやり取りには口を挟まないけどよ。
「でも弓のおじちゃん! 俺は会いたかった父ちゃんに会えた! 握り飯はまだあるし、渡したらすぐに食べてくれるよ! けどそいつ、今……『どうせ』って……! 会いたくても会えない人だっているんだよ!」
「……お前は、よく頑張った。やるべきことはやらないとだめだ。けどお前はみんなに握り飯を配るんだろ?」
「だから俺はこの人に……」
「お前の父ちゃんも、みんなのうちに入るんだぞ? あぁ、お前の父ちゃんを連れてきた人にもな」
みんなが静かになった中での会話は俺の耳にも届く。
そうか。
まだ子供だから、永遠にお別れになるかもって思ってたんだな。
親が元気なままだから、いろんな我がままを言えたんだろうな。
……コルトは、その気になったら親に会える。
けど、しょっちゅう会えるわけじゃなさそうな上に、ダンジョン内では会えない事情が出来たんだっけか。
俺も両親に死なれてる。
そしていつかは自分にも、か。
「……ありがとな、ウォック」
子供は父親に握り飯を渡してた。
父親は礼を言った後、ゆっくりと一齧り。
遠目から見ても、荒れてた呼吸が整っていくのが分かった。
それにしても、「どうせ」か。
少年ほどじゃないし、理由も違うが、その言葉が出るとちょっと問題になるよな。
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