コーヒーを一杯
「七枚終わらせる。七枚。本気で」
まだ電気をつけないと暗いデスクの上で、アルヴィンは大量の書類と対面していた。
試しに手に取った一枚の紙切れには嫌味のようにぎっしりと文字が刻まれている。キャビネットの中から印箱を取り出した彼は欠伸をこぼしながらも宣言した。
「なんでそんな微妙な数字なんだい?」
「あと三十五分しかないから」
「一枚五分なわけか」
「今日は絶対残業しねーつもり。お前も残ってるもの少しでも終わらせろよ」
書類を避けながらコーヒーカップが机に置かれる。年下の少女にあわせていない、大人が飲むブラックコーヒーだ。
コーヒーの香りと湯気がアルヴィンの鼻孔を抜ける。残りの勤務への踏ん張りが効きそうだと思った。
「彼女が僕らの部隊に配属された理由、やっと分かったよ」
「? 歳が近いのは知ってただろ?」
「それもあるだろうけど、アルヴィンとキョーコ君の出身国が近いからだと思うよ」
「ああ……」
そういえば久しぶりに綺麗な黒髪を見た。アルヴィンは呟いた。
「隣同士……周りからは『双子の国』なんて言われちゃいるが、実際ほとんど交流はないらしいぜ」
「伝聞系なんだ」
「親の母国なだけで、俺が育ったのはエヴァリカだもんよ」
キョーコの国、
その藤夜皇国に対して軸対称的に存在するのがアルヴィンのルーツがある
藤夜皇国をホットケーキみたいにひっくり返せば
空から眺めれば全く同じかたちをしたふたつの国は『双子の国』としばしば表現される。
双子の国一帯はキョーコやアルヴィンのような黒髪黒目の者が多い。しかしヨーサリの国、テ・ルーナ王国では彼らの見分けはあまりついていない。同じような見た目をしていたから、自分が教官に選ばれたのだろうか。アルヴィンはコーヒーを味わいながらそんなことをぼんやり考えた。
「藤夜って自国のヨーサリを外にあまり出したがらないよね? あの国じゃ神の使い扱いでしょ。そんな親ヨーサリ国からわざわざテ・ルーナに送られてくるってことはだよ? キョーコ君すんごい
藤夜皇国はこの世界で最初に魔力が誕生した国だと自称している。月から来た神から魔力を賜っただの何だの騒がしい国だ。しかし他国もそれに対し横槍を入れていないあたり、誇張はあれど嘘をついているわけではないのかもしれない。
こういった事情からか彼の国のヨーサリは彼の国の民に神の使いと尊敬され、アシタたちの前にはあまり姿を現さないという。
「藤夜の得意分野は【ラウラ】の魔力だ。それ以外となると研究はテ・ルーナの方が進んでいる」
「最新鋭の知識と研究結果でないと彼女の魔力には対応できないって仮定すると……やっぱりすごい魔力なんだよ。たぶん。だからわざわざ海を渡って来たんだ、きっと」
きっと。たぶん。
ローレンスはどちらとも取れない言葉の振り子を踊らせる。一方アルヴィンは冷静だ。張り切って語るローレンスが目の前にいても、そのさらに前にある書類が消えるわけではないのだから。
「『ラウラの血脈』ではなさそうだな。……まあ、あと三ヶ月ある。焦らず見守ろう」
ローレンスの肯定を耳にした後、アルヴィンはいよいよ貯め込んだ書類を一枚とった。印を押す。絶妙なズレ。アルヴィンは目をこすりながら書類とにらめっこをした。
先は長いが、もうそろそろ、テ・ルーナ王国の夜は明ける。
魔石の超新星《スーパーノヴァ》 寒夜 かおる @yo-sari
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