葉子ちゃん2
葉子ちゃんはお父さんの私室が嫌いです。でもそれは部屋が可愛くないからだとか部屋におもちゃがないから、という訳ではありません。葉子ちゃんが嫌いなのは、お父さんの私室で行われるであろう出来事でした。
コンコンと扉を二回叩けばお父さんの声が聞こえました。なるべく音を立てないように扉を開き、お父さんの私室に足を踏み入れます。お父さんは既にベッドの上で待っていました。ベッドの近くには固定カメラがいくつか置かれ、お父さんの手にはデジタルカメラが握られています。
(今日はカメラの日だ)
葉子ちゃんがお父さんに呼ばれることは一度や二度ではありません。いつしか、部屋に用意されている物でその日のお父さんの機嫌がわかるようになりました。
カメラはちょっと機嫌が悪い。何も持たずにベッドにいる時は少し機嫌がいい。奇妙な形をした振動する棒や、卵形の何かとリモコンがケーブルで繋がった玩具、なんてものがある日は機嫌がすこぶる悪い日。
見たところ今日の機嫌は少し悪いようです。これからされることに覚悟を決めると、葉子ちゃんはゆっくりとお父さんに近付いていきます。お父さんの赤く染った顔に胸がドキドキしました。
「よく来たね、葉子。さあ、こっちにおいで。敬語はナシだよ? わかってるね?」
「……うん、わかってる」
「それでいい。さあ、ベッドに上がりなさい」
お父さんの部屋にあるベッドはセミダブルベッド。一人で寝る用のベッドですが、少し幅に余裕があります。寝るためのベッドにあるはずの掛け布団は今、部屋の隅に畳んで置いてありました。葉子ちゃんが呼ばれた理由はお父さんと一緒に寝るためではないのです。
お父さんがベッドの周りに置いたいくつかの固定カメラのスイッチを入れます。それを確認すると、葉子ちゃんは出来る限り上目遣いでお父さんのことを見ました。
「葉子。とりあえず上は全部脱ごうか。下はパジャマだけ脱ごう」
「パパは?」
「パパはまだだ。ほら葉子、パジャマを脱いで?」
「わかった」
葉子ちゃんはお父さんに言われるがままにパジャマを脱ぎ始めました。上はパジャマの下に着ていた薄いインナーも脱いで裸に。下半身は下着だけの姿に。葉子ちゃんの幼い体がカメラの前に晒されました。
葉子ちゃんがカメラに抵抗する様子はありません。上半身裸になることもカメラの前に立つことも、すっかり慣れているからです。これは葉子ちゃんの数ある日常生活の一部分に過ぎませんでした。
幼さの残る体をお父さんの手が優しく撫でていきます。少しひんやりとした指先が肌を撫でる度に奇妙な感覚に襲われます。時折言葉にならない声が口から飛び出ました。葉子ちゃんの上げた声にお父さんが口角を上げます。
次第にお父さんの触れる位置が下がっていきます。やがて、その指が葉子ちゃんの下着にかかりました。下着の中へと入り込んだ指が葉子ちゃんの太ももを撫でていきます。お父さんはもう限界が近いようでした。
熱い吐息が次第に激しく荒くなっていきました。お父さんのズボンは少し窮屈そうです。ベッドの近くではカメラが微かな音を立てて動いています。お父さんは葉子ちゃんの体を抱き寄せるとその耳元に囁きました。
「葉子。パパの下着を脱がしてくれるかな」
「うん」
葉子ちゃんは躊躇うことなくお父さんのズボンに手をかけます。慣れた手つきでベルトを外してベッドの脇へと放り投げました。ズボンを優しく下へと引っ張れば、テントのように張った下着が姿を見せます。
お父さんの汗の臭いが嫌いでした。ごわごわした毛に覆われた体が嫌いでした。葉子ちゃんよりも体格のいい、筋肉質な体が嫌いでした。葉子ちゃんは本当はお父さんとこうしてベッドで変な行為をするのも好きじゃありません。
助けを求めたこともありました。だけどお父さんに怒られ、部屋を覗きに来たお母さんは苦笑いでその場を去っていきました。悲鳴を上げても誰も手を差し伸べてはくれません。お母さんは見て見ぬフリをします。カメラだけが、葉子ちゃんの様子を記録していました。
奇妙な形の道具を使われて喘ぐ姿も。お父さんに言われるがままに取った不自然な体勢も。ベッドの上で行われる奇妙な行為の一部始終も。なんだか不思議な気持ちになって声を上げる様子も。その全てがカメラに残されています。
だけど肝心の葉子ちゃんは自分がどんなことをしているのか覚えていません。途中までは覚えています。ですがお父さんに下着を全部脱がされてからは記憶にありません。助けを求めても意味が無いと気付いてからは、行為がある程度進むと現実逃避をするようにしたからです。
その日もいつもと同じように、葉子ちゃんは視線をお父さんではなく遠くにある壁へと向けます。痛さも火照りもありとあらゆる感情を無かったことにしてその場をやり過ごすのです。壁を見つめる葉子ちゃんの眼差しは氷のように冷たいものでした。
葉子ちゃんがお父さんから解放されたのは午前五時のこと。全身がベタついていて、身につけていた下着はツンと鼻につく変な臭いを漂わせて床に落ちています。お父さんはベッドの上でいびきをかいて寝ていました。
葉子ちゃんは裸のままお父さんに抱かれていました。乱れたシーツや散乱した玩具がその身に起きたことを物語ります。お父さんが満足したからでしょうか。ベッドの周りに置かれたカメラはもう妙な物音を立てていません。
お父さんの腕の中から脱出するとまずしたのは着替えでした。シャワーを浴びるにしても裸で移動するわけにはいきません。これからシャワーを浴びて髪を乾かして少ししたら、もう起きる時間です。
(今日も保健室で寝ようかな)
今から寝ようにも何時間も寝られません。ここまで来たら寝ずに起きている方が体が楽です。葉子ちゃんが淡々と着替えながら考えるのは、今日はどこで仮眠を取るかでした。
その日、朝はいつも通りにやってきました。目覚まし時計が鳴るまでは布団に入って本を読み、アラームが鳴るとすぐに飛び起きてリビングへと向かいます。本来ならこのまま朝ごはんを食べて出発となるはずでした。
葉子ちゃんが起きるのは朝七時。お父さんは朝六時に起きて七時前に出発するため、朝は会えません。葉子ちゃんはお父さんのことを気にせずにゆっくりと朝ごはんを食べ、八時に出発する予定でした。だけどその予定はたった一つのチャイムによって壊されます。
ピンポーンと虚しい音を立てるインターホン。来客者を映し出すはずのモニターには、濃い青色の制服に身を包んだ警官が複数人います。お母さんがチャイムに応じると、警官がモニター越しに告げました。
「……児童ポルノ禁止法違反の容疑で……家宅捜索をさせていただきます」
トーストを頬張る葉子ちゃんの耳にはお母さんと警官のやり取りが途切れ途切れで聞こえました。まともに聞くことが出来たのは「児童ポルノ禁止法違反」と「家宅捜索」の二単語だけ。ですが葉子ちゃんはその単語に少しだけ聞き覚えがありました。
昨日のニュースで聞いた言葉によく似ています。お父さんが不機嫌になるきっかけとなったニュースです。どうやら警官は昨日聞いたばかりの難しい言葉に関する用事で家に来たようです。
「葉子、朝ごはんを食べたら――」
「娘さんにもお話を聞きたいので、どうぞお気になさらず」
お母さんが鬼のような形相で葉子ちゃんを睨みつけます。どういうわけか警官が家に入るのを拒めないようです。さらには葉子ちゃんにも用があるといいます。お母さんは葉子ちゃんにいてほしくなかったようです。
「お母さん?」
「……今から警察の人が入ってくるから、言う通りにするのよ?」
「学校は?」
「今から連絡するわ」
どうやら今日は小学校に行けないようです。お母さんが学校に電話して「病気で休む」と嘘をついています。そこに葉子ちゃんの意思はありません。保健室で寝ることは諦めなければいけません。
「ねぇ、お母さん」
「何よ!」
「児童ポルノって何?」
「あっ、あんたはそんな言葉、知らなくていいの!」
言葉の意味が気になったので尋ねてみれば、お母さんに怒られてしまいました。急な家宅捜索のせいでお母さんも不機嫌になってしまったようです。何が起きたかを知れば、お父さんはもっと怖い顔をして葉子ちゃんにお仕置きをするに違いありません。
(どうか何もありませんように。お仕置きされませんように)
葉子ちゃんの願いも虚しく、本日二回目のチャイムが鳴り響きました。
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