第2話

 神社から帰路――コダチを肩に乗せて、歩いているとふと疑問が湧いた。


 フェレットを飼っている人は見た事あるが、ニホンイタチを飼ってる人を見た事がない。


 足を止めスマホを弄ると、狩猟免許を持っていたら雄のイタチなら飼えるらしい。狩猟免許は持っていないのでアウトだ。最もコダチの毛の色は白く、今は尻尾も一本なのでフェレットにしか見えない。


「コダチ、お前ってニホンイタチ、イイズナ、フェレットのどれだ?」


「イタチはイタチで、人は人でしょう」


 妖はそういう分類をするのか――大まかだな。


「まあ、いいや。出来るだけ人に見つからないように霊体化してろよ」


「やだよ。いずれ狐を越える僕が、なんでコソコソしなくちゃならないのさ」


「さいですか。飼ってもいいか頼んでみるけど、駄目なら一人暮らしするまで我慢してくれ」


 さて、家に着いた。玄関のドアを開けると遥さんが、ゴミの日に出そうと自室の隅に置いていた袋を持ち、待ち構えて居た。


「お帰りなさい」


「ただいま」


 遥さんは、俺の肩に乗るコダチに気付いた様子だが、袋から――破れた服を取り出し、


「ねえ、瑛士君が最近――学校を休みがちなのってこれが原因? 様子見にノックしても返事が無いから部屋を覗かせてもらったんだけれど、これ……酷い虐めにでもあってる? 外に行ったのは呼び出された?」


 ちょっと通常では考えられない酷い状態の服を発見したら、まあこうなるよな。勝手に部屋には入らないだろうと考えていたが、詰めが甘かったようだ。


 俺は肩に乗るコダチを手に乗せ、


「こいつ、大分前にダンボールで捨てられてたんだけど、抱っこしようと思ったら茨の所に逃げちゃって、棘に服を引っ掛けてしまったんですよね。上手く外れなくて強引に外したら破けちゃいました。外に出ていたのは友達と飼い主になってくれそうな人を探していたんですけど、駄目でした」


 そう言った後、コダチの頭を撫でて見せる。


「キュウ、キュウ」


「よかった。虐められてる訳ではないのね……」


「心配させてすいません。あの――こいつを飼ってもいいですか?」


「瑛士君には懐いているみたいだけれど、私達に懐くかしら?」


「今はもう人に慣れたので、人懐っこいですよ。撫でてみてください」


「キュウ」


 愛くるしく鳴くコダチに、遥さんが手を伸ばす。大人しくその手に撫でられるコダチ。


「可愛いわね……わかりました。飼ってもいいです」


「よかった。出来るだけ俺の部屋で飼う様にしますね」


「何かあったら言ってね。協力するから」


「はい、ありがとうございます。それ、ゴミの日に出しますね」


 遥さんから袋を回収し、自室へ向かった。コダチに助けられたな。名で命令して霊体化するように言わなくてよかった。


「主、お腹減った……」


「妖って何食べるんだよ?」


「美味しかったら何でもいいよ」


 部屋にあったポテトチップスの袋を開け、置いてやる。コダチは、鼻をひくひくさせて匂いを嗅ぎ、ポテチを咀嚼した。


「主、これ凄く美味しいよ! 僕の主食――お供え物はこれでいいよ」


 安上がりだな。契約を結んだ妖によっては、金の掛かるモノを定期的にお供えしなければいけなかったかもしれない。


 横になりウトウトしながら、コダチがポテチにがっつく様子を見ていると、部屋にノックが響いた。


「はい」


「お兄、フェレット拾ったんだって。私もさわりたい」


 妹の愛花が部屋を訪ねるとは珍しい。


「入っていいよ」


 扉が開き、愛花が部屋に入ると、


「馬鹿お兄! フェレットお菓子たべてる!」


 愛花が慌てて、コダチを抱き上げる。


「お菓子たべてるのに止めないとか信じられない!」


 覚醒してやばい状況だと理解した……。扉を開けて愛花が目撃したのはポテチを貪るフェレットである。


「……食べたそうにしてたから、つい」


 言い訳が、駄目な飼い主系しか浮かばなかった……。


「ついじゃない! 動物に人間のお菓子あげたら駄目!」


 そう云って愛花がコダチを抱えたまま部屋から出て行く。動物ならば愛花の言っている事は正しいのだろう。まあ、妖なので問題ないのだが。


 ポテチを摘まもうとしたら中身が空であった。眠いし、このまま少し寝よう――


 ――夕食が出来た様で、遥さんに起こされリビングに行くと、風呂上がりの愛花とコダチがやって来た。


 おい、イタチ野郎、ふざけんなよ。


「愛花、そいつと風呂に入ったのか?」


「油まみれだったから、セツナを綺麗にしてあげたの」


「セツナって、そいつの名前?」


「そうだよ。さっきからそいつって、まだ名前つけてないの?」


「いや、名前は付けたけど……」


「じゃあ、名前を呼んで来た方をこの子の名前にしよ」


 そう云って、テーブルの真ん中にコダチを置く愛花。


 真名を呼んで来させるのは簡単だが――


「ポチ、おいで」


「セツナ、おいで」


 迷わず妹の方へ行く、コダチであった。


「キュウ、キュウ」


「ほら、セツナも喜んでる。お兄、いいよね?」


「いいよ」


 ――愛花が微笑むのを久々に見たかもしれない。しかし、妹の裸を見たイタチ野郎を許した訳ではない。


♢ ♢ ♢


 俺は綺麗な形の石を拾う。それだけで満たされていた。


 純粋な幼少期――こんな時期もあったな。夢と気付き、冷めた気持ちになり、石を捨てた。


「その石、いらないの?」


 急に幼女が現れた。


「いらないよ」


「じゃあ貰っていい?」


「いいよ」


「ありがとう、宝物にするね」


 きっと、大きくなったら捨てるだろうな――急に場面が暗転し、ぬいぐるみが置いてある部屋のベット上に座っていた。


 ぬいぐるみが飾られていないスペース、あの幼女にあげた石が置いてあった。その石を手に取ると――部屋の扉が開く音がして、そちらを見ると憧れの白峰女学院の制服に身を包んだナイスバディな女の子が現れた。


 数刻で随分と立派に育ったものだ。


「覚えてる? あなたが初めて私に送ってくれたプレゼント」


「覚えてるよ。まだ捨ててなかったんだ」


「捨てるわけないよ、大事な物だもの。だけど瑛士君は、私のこと忘れていたよね?」


「いや、覚えて――」


 ――赤い鎖が部屋の壁から出現し、俺の身体を縛る。


「忘れられて、寂しかったんだ。私、頑張って綺麗になったのに……。だから――その分いっぱい慰めて貰ってもいいよね」


 赤い鎖が、俺の身体をベットに縛り付けると、彼女が覆い被さってきて――柔らかな唇が押し付けられた。舌を執拗に絡めてきて――苦しい。


 首を動かして顔を背けると、彼女の手が俺の顔に伸ばされ、また舌の交わりがはじまった。腕や足を動かそうとするも全く動かない――その拍子に手から石が転がる。


 女の子が俺の上――ベットから床に降り立ち転がった石を拾い、ぬいぐるみが囲う場所に再び石を飾る。


「時間だね、起きないと」


 彼女が手の平を合わせ、音を鳴らすと――夢から目覚めた。


 寝起きだが身体が火照って熱い。窓を開け、冬の冷たい風にあたる。夢であったが、あれがキスの感触なのだろうか。


 朝食を食べた時に、愛花からコダチを回収し、学校に行く準備を始めていると、


「主、狐の妖気の臭いがする。寝てる時に妖術を掛けられたね」


「はっ? まじかよ」


「隣の部屋に居たとはいえ、狐め――やってくれるね」


「というか、妹の部屋で寝るなよ」


「連れ去れたんだから仕方ないでしょう。まあ、ちゃんと主の近くに居て、狐の妖術は破ってあげるよ」


「いや、エロい夢の続きが気になるから別にいいよ」


「系譜だから普通の人より猶予はあると思うけど、そのうち抵抗出来なくなるよ。妖気の残滓から――人の子の明晰夢に招かれたかな」


「その子可愛いから、なし崩し的に落とされた時はそれでいいけどな」


「主――式神に命令出来ても、狐の妖術に気付いていなかったら止められないから、その子操られてるかもよ。もしくは、その子が元々悪女で貢がせるハーレムって線もあるけど、最悪は魂喰らいだね。妖が強くなる方法の一つで——陰陽師が消えた理由でもあるね」


 成程――そもそも俺に一目惚れするとかある訳がなかった。確かに、系譜のハーレムはかなりの金が稼げそうだし、身体を合わせる事に恥じらいを見せないのは、そういう事に慣れているのかもしれない。


「冷静になれた。コダチ、護衛してくれ」


「任せておいてよ。狐はイタチごっこていうけれど、あれって妖術を掛けれない狐の負け惜しみなんだよね」


 式神の札を祈願し、コダチと契約してなければ詰んでいたな。


「系譜って、妖には判別が付くのか?」


「人によるかな。一緒に居た神崎って子は分かりやすかったけれど、主は分かりずらかったかな。だから引っ掛かったんだよね……」


「それなら、相手はなんで俺が系譜ってわかったんだろうな」


「ああ――妖には妖が判るから、昨日すれ違った人の中に、妖を連れていた人が居たよ」


 うん、妖と契約したせいで目を付けられた様だ。


「そういうのは今度から教えてくれ」


「ポテチくれるならいいよ」


「食うのはいいけど、誰か部屋に来たら食うのやめろよ」


 しかし、厄介な相手に目を付けられたモノだ。

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