第1話

 第二ラウンドの幕開け――四足獣の様に動き、機動力の増した化け物が正面から当たる事を避け、すれ違う瞬間に中腕を振ってきた。化け物と交差する瞬間――大剣の腹で受け流す。


 大剣を正眼に構えるのを止め、片手の逆手持ちに切り替える。再び奴が爪を迫らせる。上体を逸らすも、中腕の爪が頬に届き傷を残す。すかさず逸らした身体を起こして大剣を振い――すれ違い様に奴の後ろ脚を捉える。


 動きの止まった化け物に、回し蹴りを叩きこむ。地面を転がる化け物を追いながら――柄の握りを両手に戻し、大剣を振り下ろす。


 態勢を持ち直した化け物が腕を交差して大剣を防ぐも両腕は潰れる。だが、化け物の腕を潰した瞬間、奴の腹から生えた腕が横薙ぎに振るわれた。迫る大きな手をモロに受け――衝撃が到来し、横跳びに吹き飛ばされた。


 宙に浮いていた身体が、地を何度かバウンドし、勢いが弱まった所で態勢を立て直す。化け物は追って来ておらず、傷付けた脚や潰した腕から黒煙が上がり、煙が晴れると奴の身体は再生されていた。


 これは――逃げた方がよさそうだ。奴に背を向けて駆けると追って来た。逃げられないか……。


 化け物がエゲつない牙を剥き出し、背に飛び付いて来る。反転せず疾走を緩めると同時に柄を逆手に持ち、大剣を後ろに突き出す。大剣が化け物の頭部を貫く。強引に大剣を地面に押し流し、奴の飛び付きの勢いを削ぐ――そのまま再び疾走し、化け物を引きずり、勢いが付いた所で大剣を振りぬき化け物を投げ飛ばす。


「我――人器に求めたるは、祈願を断ち切る断罪の業。祓いたまえ、清めたまえ」


 魔力の大半を消費し、まじないを大剣に施した。逃げれぬなら、どちらにしろ後は無く――奥の手を切った。


 頭から黒煙を上げる化け物との間合いを瞬時に詰め、下段の切り上げから腕の二本を斬り落とし、上段から大剣を振り下ろして逆の二本も落とす。横薙ぎに大剣を振い、脚を両断しすぐさま逆薙ぎで胴を、達磨落としの三撃目――再生した首を落とす。


 大剣を天に掲げる様に――上段に構えた大剣を振り下ろして奴の身体を割り、悪魔の消滅を願う。


 化け物を斬った部位には、鮮やかな夕焼け色の光が残っていた。その夕光が悪魔の身体を蝕み、じわじわと溶かす。


 緊張の数秒間――は過ぎ去り、根源たる悪魔が消滅すると、絵が焼ける様に洞窟の肉壁が消えていった。夢の光景は祈願を失った時点で見えなくなるとバイン様が仰ってた。


 魔境を踏破して、安心すると身体中に痛みがやって来た。魔力もすっからかんで、久方ぶりに身体が怠い。


『ほう、四級の魔境を踏破したか』


「よう、バイン様。相変わらず、神々しいお姿」


『其方は、相変わらず容貌にしか信仰を捧げぬよな。して、何を祈願するのだ?』


「式神の札にしようかな。いつもと違う事をして、チャンス——運命を掴んだから、願掛けて祈願もいつもと違うモノにしようかと」


 逃走を試みた後、隙を付けたのは偶然である。


『膝を付き、祈願せよ。大いなる母よ、この者の祈願成就を願い奉る』


 小さな光の粒子が数多に集い、宙で木札が構成され、手元に飛んできた。


『その札に血印を押し置いておけば、現世に滞在する妖が寄ってこよう。名付ければ契約完了となる』


「え――妖っていんの?」


『霊格を得た動植物が妖と呼ばれる。普段は現世のモノに化けたり、取り憑いておるから見分けは付きずらいだろう。天界があるように、妖の都の幽世と、魔境の隠世は別ぞ。まあ、常人からすれば妖も悪魔も大して違いは無いかも知れぬがな。堕ちた神や人の祈願で生まれるのが悪魔で、自然界で動植物が育むようにして生まれるのが妖だ。八百万を祀る日本は棲みやすき場所、力の強い妖は縁結びや豊穣で供物を稼いでおるわ。まあ、気まぐれだがな。祀られたり、討伐の対象になったり、様々な妖がおる』


 人間と動物の関係性とそう大差ないように感じた。


『場所によって協力を得られる妖――式神は変わる。其方の運命力が試されるな』


 そう云って消えるバイン様――それは式神の札を祈願する前に教えてほしかった……。テレビから出て来たり全く困った御方だ。加護を与えるとパスが繋がるので、加護を目印に開門が行えるらしい。


 血沼が浄化され、綺麗な池となっていたので、そこから現世へ戻った。


♢ ♢ ♢


 正規ルート――黒曜石もしくは流紋岩の岩で飛ばなかったので、びしょ濡れである。式神の木札は何故かすぐに乾いた……。


 取り敢えずシャワーを浴びるか。


 現世の時刻は一時半を少し回った辺り。親父は出張、母親にあたる遥さんは仕事で、妹にあたる一つ下の愛花は学校、家の中は静かであった。


 服を脱ぐと打ち身だらけであった。所々服が破けているので後で捨てよう。


 身なりを整え、少し休憩した後――ホームセンターに行って、折りたたみナイフを購入し、コンビニでお供え物と昼食を買い、神社を目指した。


 平日の学校が終わる時間帯、神社に人気は無かった。まあ、観光地でも無ければ、参拝者は滅多に訪れないだろう。


 折りたたみナイフで指を切り、式神の札に血印を押し、お供え物と共に地面に置く。お供え物は狐娘を所望してお稲荷さんにした。


 賽銭箱前にある階段に座り、だいぶ遅い昼食を食べながら、契約してくれる妖を待った。


 しかし、飯が食い終わると満腹感と疲労の相乗効果で、眠い――


 ――暗闇から一転して、視界に入った光景は、神社で妖と契約を結ぶ陰陽師の姿であった。


 視界が変わり、陰陽師と共に悪魔と戦う妖の光景――これは夢のお告げである。大剣に纏わせたまじないの詠唱は、夢のお告げで会得した。


 必要に応じて、戦闘に関する最低限の知識はくれる様だ。


 妖が悪魔の爪に切り裂かれると、妖は消滅してしまい、割れた木札が残った――


 ――身体が揺らされている。微睡む中、瞼を少し開ける。


「起きて下さい。こんな所で寝ていたら、風邪ひいちゃいますよ?」


 目の前に美女がいる――よく見ると学校が一緒の神崎梨沙かんざきりさではないか。接点は無いけれど、彼女は美人なので、名前を知る野郎の生徒は多い。


 しかし、彼女は何故こんな所に居るのだろうか。この怪しげな儀式を見られるのは非常に拙い。そういえば式神の札はどうなったのだろう。やばい、寝起きで思考が纏まらない。


「これ、妖と契約する式神の札ですよね。正規の祓い屋の方ですよね?」


 ああ思い出した。友人に神崎の巫女姿を拝みに、祭りへ行こうと誘われた事があった。神崎梨沙は神社の巫女である。


「あー、そんな様なモノだな」


 正規の祓い屋が、どこまでの範囲を指す業界用語かは分からないので、適当に肯いておいた。偽者ではないが、神社とかに所属してないので、正規と呼べるかは怪しい。


「掃除した後、見ていてもいいですか?」


「いいよ。寧ろ、勝手に場所を使ってすまん」


「全然、構いませんよ。式神の契約なんて滅多に見られませんし、寧ろ運が良いです」


 そう云った神崎が微笑む――めちゃんこ可愛い。多くの男が惚れるのも分かる気がした。まあ、高嶺の花は秀才なイケメン君が狙うだろう。そこで勝てる恋愛強者は一握りである。


「掃除、手伝うよ。神崎も系譜なのか?」


「はい、そうですよ。あれ、私達、何処かで会った事ありましたっけ?」


 クラスは違うが神崎とは同級生である。彼女が敬語で話すのは、やはりそういう事か。まあ、接点皆無のモブを知らないのは当然だろう。


「クラスは違うけれど同級生だよ。神崎は巫女だから名前を知っていたんだ」


「えっ、同じ学校の生徒なの?」


「まあ、モブだから覚えてなくて当然だよ」


(卑下するような容姿じゃないのに、もしかして――)


「クラスと名前は?」


「1-Bの千堂瑛士」


「ああ、分かりました。君が最近、噂の千堂君なんだ」


「えっ、噂されてんの?」


「というか千堂君、学校サボりだよね?」


 はぐらかされたし、モブの噂とか悪口しかないじゃないか……。学校では、暫く大人しく過ごした方がよさそうだ。


 神崎と喋りながら神社を掃除していると一匹のイタチが現れた――お供え物を蹴散らし、式神の札に足を乗せるとケモ耳美少年に変身した。


「狐の供え物というのは気に喰わないけど、可愛いから許してあげる。さあ、名を付けてよ」


「ええっと……契約するのは、私ではなくて……」


 どうやら俺とではなく、神崎と契約したかったらしい。というか食べ物を粗末にしやがって。


「おい、狐様呼ぶためにお稲荷さん置いてるんだよ。鼬は及びじゃない――帰れ」


「人はそうやって狐ばかり依怙贔屓する――鼬の力みせてあげるよ」


 三本生えるイタチ小僧の尻尾が振るわれると――三筋のカマイタチが発生した。


「解放」


 大剣で三筋のカマイタチを切り裂く。


「ふーん、やるねえ」


 そう云うとイタチ小僧が連続で尻尾を振い、カマイタチを何度も繰り出してきた。尻尾が振るわれた回数、大剣を振い対処したが、参道や石灯篭に被害が及んできた……。


 仕方ない、こいつと契約を結び、これ以上の被害は抑えよう。


「霊長の理にて、汝の御霊に名を授けん、その名は――小太刀。天神から賜わりし札を、その身に宿し式神と成りたまえ」


 式神の札に付けた血印が蠢き、小太刀の名が木札に刻まれ、イタチに向かって飛んでいった。


 式神の札がイタチの身体に入り込み、契約は成された。


「さて、コダチ――お前の最初の仕事は散らかした神社の掃除だ。恨むなら意図してないハニートラップに引っかかった自分を憾めよ」


「はぁ、主は女の子が良かったんだけどな。仕方ない――僕のカマイタチを斬ったから、主と認めてあげるよ」


 そう云ってコダチは、神社の掃除をし始めた。


「千堂君、あのカマイタチによく反応できたね。私は全然反応できなかったよ。その大剣の人器も凄いし、頼もしい千堂君と一緒に魔境へ行っている人が羨ましいよ」


 錆びの付いた大剣は凄く無いだろう。よくある褒め言葉と受け取っておこう。しかし、人から褒め言葉を貰うのは久しぶりかもしれない。


「ありがとう、神崎の御蔭で妖と契約できたよ。そして、すまん――カマイタチで神社が……今度、金を用意してくる」


「式神契約を見たくて、止めなかったのは私だし気にしなくていいよ。祓い屋稼業はいっぱい銭コが入るからね」


「いや、気にする。神崎が受け取らないなら賽銭箱に突っ込んでおくよ」


「もう――それなら受け取るから賽銭箱に入れないでね。たまにだけれど盗む人がいるの」


 罰当たりな奴がいたモノだ。しかし、神様にため口を利く方が罰あたりか。テレビから出て来て脅かされたので、初見で態度悪く接してしまい辞め時の機会を失ったのだ。


 人では再現不可能な――絶世の美麗女神の御身を拝める事に対して、感謝を捧げるのは容易いが、崇拝に至るのは難しい。如何なる偉人に対しても精々――尊敬どまり、崇拝に至った事はまだ無い。

 もしかしたらその領域には、一生辿りつけないかもしれない。

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