Brush up!

薬草一葉

プロローグ

 俺の名は千堂瑛士せんどうえいじ、信じられないような怪奇現象を高一の夏休みに体験した。


 その怪奇現象は自室でゲームしている時に訪れた。


「おいー! いいとこで止まるなよ!」


 何時間も挑戦し続けたボスが、あと一撃で倒せる所で……ゲーム画面が止まってしまったのだ。隣の部屋から壁が“ドンドンドン”と叩かれた。これを行っているのは隣の部屋の主――妹様だ。五月蠅いとの御触れが出されました。三回ならまだ機嫌はいい方である。


 ゲームが止まり、妹にもいびられてストレスマッハだ。


 ゲーム画面が再び動く事は期待出来ず、ブラハラで訴える事も出来ないので、溜息を吐き――仕方なくリセットボタンを押そうとした時――テレビ画面から“人の頭”が産まれてきた。


「――うぉおお⁉」


 壁ドンされまくっているがそれどころじゃない!


 逃げようと考えたときには、テレビ画面から産まれ出たムキムキの爺が、迫ってきて首を絞められた。


『喚くな小童。我は神、汝に加護を――ふむ、其方にはこちらの姿の方が信仰を得やすそうだ』


 頭の中で声が聴こえると――首を絞めるムキムキ爺が、バインの女神に変わった。


 しかし苦しい、窒息死させるならその胸にして欲しい……。


『見つけた系譜がこんな阿呆とは……』


 死ぬ前にその御胸を――そう思った瞬間、テレビ画面に放り投げられた。


 勢いよく頭から真っ直ぐテレビ画面にダイブしたのだが、来たる衝撃は来ず――どこかの世界に転がりこんでいた。赤色の土壌に岩があるだけの殺風景な場所だ。これは異世界召喚というやつだろうか?


『ここは魔境、悪魔が発生する獄の楽園。浄化の手が足りず現世に溢れかえろうとしている。今、其方が思い浮かべた安倍晴明も系譜だ。系譜とは神の啓示が聴こえ加護を与えられし者。太古では神が試練という名の依頼を出し、達成の暁にその報酬を人が受け取る。其方には悪魔祓いをしてもらう』


 俺が頭で疑問に思った事を直ぐさま捉え、念話で説明してくれるバイン様。しかし、悪魔祓いって……どうやって戦えっていうんだ。


『封印されている人器を解放すれば戦う力が得られる』


 魔法とか使える様に為るのだろうか?


『其方の想像するような魔法を扱えるかは人器と適正によるがな。現世と魔境を行き来する為の呪文は“開門”。感覚で使える場所と使えない場所は分かるだろう。“開門”を使う前に“開闢かいびゃく”と唱えれば、魔境の情報が其方の頭に流れるから、繋げたい魔境を意識して渡れ』


「開闢――」


 ――脳天に刺す痛みが……頭が馬鹿になりそうな痛みだ。凄まじい数の魔境の情報が頭に流れ込んで来たのだ。


 今いるのは、数多に存在する魔境の一つで五級の魔境ようだ。しかし、この浄化しないといけない魔境の数、放置していた神々は怠慢に違いない。


『阿呆は無知で恐れ知らずよな。王政や宗教――系譜を排除してきたのは人の意思。まあ、系譜の者が災厄を招いたのも事実だが、それもまた人の業。神が人を裁かずとも、人が人を裁く。故に、現世で力を使おうと我らは咎めぬ。報酬として与えられたモノだからな』


「何て無責任な……神様は魔境を片付けないのか?」


『人の手に余る魔境は我らが処理している。手を貸し過ぎると、その様に神頼みしかしなくなるので、人に出来る事はやらせるのだ。神に至る系譜を閉ざし、神頼みする事こそ、無責任で怠惰』


「成程――バイン様、五級で叶えられる願いは?」


『金なら五百万程度だ。五人で徒党を組んだなら、月に一度の踏破で月収一〇〇万。四級で容姿の変更、記憶力の向上、縁結びといった願いが成就できる。肉体や容姿の変化は違和感を持たれぬ期間で徐々に変化する。尤も他の系譜と組んだ場合、金以外は祈願しずらいだろう。多少の怪我や傷痕も四級の祈願で治せる。あとは式神の札を願えば賜る事が出来よう』


「金はうひょーっとして、他の系譜と女の子を取り合った場合どうなるんだ?」


『踏破した魔境――報酬の等級が上なら、先にある運命の糸が切られ、後に願った系譜の運命の糸が結ばれる。魔境へ渡る系譜の者には縁結びの効果は薄い。その系譜と良く共に行動したならば、切れても再び結ばれるえにしと成ろう』


 系譜の子にはズルは出来ず、普通の恋愛でいくしかないようだ。しかし系譜って、もう普通じゃないな。しかし、普通の子達ならハーレムも可能なのでは……。


『縁は神に頼まずとも結べるし、節操無しには要らぬ祈願ぞ。神によって行われた縁結びは、系譜が愛想尽きて離れようとしても、縁切りせぬ限り常人は離れられぬ定め。愛憎に変わり刺されても知らぬぞ。まあ、儚き命――本懐に果てるのも夢の悟り。三級で如何なる病の完治、部位欠損の怪我などを無かった事にする所まで祈願できる。瞬時に容姿を変えたいなら三級で祈願するとよい。二級で寿命伸ばし、威光――カリスマの獲得が可能となる。カリスマを持つ他の系譜の領域を侵すと争いになるがな。一級は王威の獲得、そして死者蘇生の祈願も達せられるだろう』


 報酬はよく考えて祈願しよう。王威は、二級で祈願できる威光より上であるのは分かるが、どの程度違いがあるのだろうか。


『ヒエラルキア——元は天界の序列を表す言葉であり、系譜の序列を示す言葉でもあった。相手を跪かせるには、上である必要があり、くじく力の差だ。大小なりとも誰もが感知出来る。隠された神話、父なる創生神の対の存在――大なる母と、太古の人々の願いによって誕生した因果――神々もまた縛られている。慈悲深き女神に多くの人々が、全ての人の願望が叶う世界を執拗に祈った。それは、それぞれが創生神に至るのと変わらぬ祈願――人の飽くなき欲求が女神を堕としめた。その女神の番である神の怒りに触れ、天災が起こされ――更には人々の混ざり合った願いが成就し、悪魔が世界に誕生して混沌の時代を迎えた。大いなる母は隠世かくりよを創り、その混沌の種を引き受ける苗床となった。そして、願望の因果を統制するヒエラルキアの階層が誕生した。して、慈悲を司る神の席は消失し、人に手を差し伸べる事は加護と啓示以外は禁じられた。加護は人器の封を解くために必要となる。そして、人の理想郷――獄の楽園に祈願の力は集まっている。人の祈願を挫けば、運命力が集う現世うつしよと一緒で、隠世かくりよで絡み合った根源を祓い――踏破すれば、何千万人もの祈願――奇跡の力が手に入る。二級と一級では億と兆も違う。奇跡は大いなる母からもたらされる。魂からヒエラルキアの根源――人器を取り出し、奇跡の対価を掴むがよい』


 ああ……大いなる母に感謝するので、映像付きで情報送るのは勘弁して下さい――頭が割れる。今なら奇跡の対価を、頭の痛みを解消する為に使ってしまえる……。


「……その人器を取り出すにはどうしたらいい?」


『“解放”と唱えよ』


「解放」


 手に光が集まり――錆びた大剣が収まっていた。大剣の癖に全く重みが足りない。軽すぎるせいで、虫食いに合った腐った木の棒を持っているようだ。


『元々、己の中に入ってたモノだから重さに慣れておるんだ。しかし、錆び付いた人器は、ふっ――初めて見たぞ』


 ――笑われるのは非常に腹が立つが、笑うと御胸が揺れていた。しかし、冷静に考えると元はあのムキムキ爺である。それでも自然と高い山は栄える――男の娘は女性的な魅力だからセーフだと言う力説を何故か思い出した。


『我は定まっていない神なので形どった姿が性別ぞ。魔境の刻の流れと現世の刻の流れの異なりは己で確認しろ。悪魔を祓った時に流れ出る、小奇跡の力を己がモノにすれば強くなれる。根源たる悪魔を断つ事で獄の浄化――踏破となる。これにて重要な言伝は無くなった。また後で様子を見に来る』


『――ふっ』


 言伝をまくし立てる様に頭に送り――置き笑いを残し、バイン様が姿を消した。


 一人になると急に静かになり、荒野が酷く恐ろしく見えて来た。そして靴が欲しい。


 酷いといえば俺の相棒の姿だ。“直感”で解るのだが、己が人器をこの様な有り様に変えてしまったと……性根が腐っているらしい。


 他にも直感で解った事があり、バイン様が言っていた人器と適正の意味が分かった。相棒を顕現させ、自分は強化魔法が扱えると理解した。


 身体に魔力を巡らせると力が漲ってきた――溢れ出る力に歓喜する体に身を任せ、大地を踏みしめ疾走せざる得ない。体感的には、車並の速度が出ている気がする。それ程の速さで走っているのに裸足でも痛くない。手の平から火の玉を出す事は叶わなかったが、逸話の武勇伝が偽りでないと感じさせる強化を体感できた。


 力に目覚めた自分が恐いよ――と調子乗っていると、おぞましい悪魔を発見して本当に恐怖した。それは、気色悪い人面を持つ毛虫で、腕を生やした上半身を起こし、六本足で地を歩いていた。


 恐怖を抱いた瞬間、そいつがこちらを向き――目が飛び出るほど瞳を見開き、口角を上に歪ませ、歓喜するように上半身をくねらせながら迫って来た。


 喚いてる間もなく――脅威を排除すべく身体は動いていた。


 気色悪く迫る人面毛虫に大剣を横薙ぎに振う。人面毛虫の胴に刃が入るもブヨブヨして斬れず、奴の態勢を少し崩すだけとなった。


 すぐさま態勢を立て直した人面毛虫が、腕を伸ばし鋭い指を突き出す。咄嗟に大剣の腹で防ぐ。指が潰れて奇声を上げる悪魔。


 指が潰れた方から間合いを詰め、大剣を振り下ろし足を潰す。一つ足を失うとバランスを崩して倒れる人面毛虫。


 頭部が下りてきたので、その気色悪いツラに大剣を振り下ろす。大剣の刃が人面の顔を潰す。


 もう一度叩きこもうとしたが人面毛虫は黒い塵となって消え――力の吸収を感じた。胸部に何かが入って来る奇妙な感覚であった。


 大剣を振った事など無いのだが自然と身体が動いた。しかし、身体を使いこなせていない違和感が酷く、馴染ませる必要性を感じた。


 酷いといえば相棒の鈍ら具合だ。長期的に活動するなら相棒の強化は必須だろう。祈願で強化してもらえないだろうか――


 ――気付けば毎日魔境に渡り、人器を磨き続け、三ヵ月が過ぎていた。魔境に渡っていると時の流れが違うので、体感的に倍の半年は過ぎている感じがする。


 ゲームは全くしなくなった。日常の潤い――刺激は魔境で得るモノの方が大きい。最も命懸けの悪魔祓いを毎日行うのは、大事なネジが外れてしまったのかもしれないが、現世うつしよでは本気を出せないので力が有り余っているのだ。


 一度、他の系譜の人器が気になり、人気のありそうな名前の魔境に覗きに行ったのだが、他人の人器を見て、この世の理不尽さを感じざる得なかった。いや、魔境はこの世ではないか。コソコソしているのは人に錆びた人器を見られるのが恥ずかしいからだ。


 しかし、今では天啓が降りたと思っている。輝かしい大剣であったなら、その大剣を磨こうとは考えなかっただろう。人器を磨くと悪魔を倒すよりも成長できるのだ。未だに錆は残るが鈍く黒光りして来ている。相棒も逞しくなったものだ。


 身体のキレ、思考の冴え、毎日すこぶる調子が良い。人間関係は勘違いでなければ、女子に話しかけられる頻度が何故か上がった気がする。勘違いでなければ。


 今日は、平日だけれど学校を休み、四級の魔境——肉面洞窟を攻略中である。気色悪い魔境を選んでいるのは人気が無いからだ。この魔境の悪魔は大方祓ったので、あと少しで踏破出来そうなのだ。


 魔境の悪魔を減らすと根源の主が倒し易くなるのだが、ハイエナのような系譜に美味しい所だけ持ってかれるという事を何度かやられている。念のため学校を休んでも踏破すべきと判断した。


 初の四級の祈願、何を願うか少し迷いが出る。今後の事を考えると人器を磨くのが良いに決まっているが――式神もかなり気になっている。そして、四級の報酬を前にして“男の欲望を叶えろ”と野郎魂が疼き始めた。


 攻略中なのに注意が散漫としていた――深く深呼吸をし、柔らかな肉の感触がする地を踏みしめ、肉壁に覆われた洞窟の奥へと進んだ。


 顔から剛腕を生やす肉達磨、血沼から襲い掛かってくる手足を生やした人面オタマジャクシ、皮を持たぬ人面巨大蛙などの悪魔を蹴散らし、暫く進むと――“そいつ”と遭遇した。


「ブギャアアアア!」


 がっしりとした肉体に、鋭利な爪を持つ両腕を肥大させた一つ目の皮を持たぬグロテスクな怪物が迫りくる。地に踏み込み、突進に合わせ大剣を振りかぶる。


 怪物が跳び上がって大剣を躱し、洞窟の天井を蹴って高速落下しながら、肥大した腕の爪を振う。叩き付けるような爪の攻撃を横飛びに回避し、着地した奴へ大剣を迫らせる。


 奴は両手を地に付き、腕の力で飛び退き大剣を避ける。地を蹴って、すかさず奴を追い、胸部を斬りつける。肉に食い込む刃が止まった衝撃で、怪物が吹き飛び肉壁に叩き付けられる。


 仕留めるには至らず、怪物が肉壁を蹴り、再度突進して来て爪を振りかぶる。奴の爪を避け、肥大した腕に大剣を突き刺す。そのまま大剣を押し込み、怪物の身体を蹴りつけると肉が潰れる感触が足裏から伝わる。


 蹴りの衝撃で貫かれた大剣から抜け、肉地を転がる怪物が素早く起き上がる。流石に警戒したのか突っ込んでこない。この強さ――恐らくこいつが根源だろう。


 温存していた魔力を解放し、様子見している悪魔との間合いを瞬時に詰め、大剣で奴を打ち上げる。すかさず跳躍して、空中に浮く怪物を追い――大剣で打ち下ろす。洞窟の天井を蹴り、地面に叩き付けられた怪物を、大剣で串刺し地に縫い止める。


 怪物が腕を伸ばしてくる。爪が届く前に地から大剣を抜き、振りかぶって奴を上空に送り天井にぶつける。再び怪物を追い――腹部を大剣で貫き、地上へ大剣を向けながら怪物の首と下腹部に足を置き、地に降り立つと同時に踏み潰す。


 踏み込んだ勢いを使い、大剣を抜きながら一度距離を取る。怪物が黒い煙に覆われ、姿を現すと――足が太くなり剛腕が四本になっていた。


 第二形態となった化け物が、腕四本と逞しい脚で地を捉え、高速でジグザグに動き――迫り来る。

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