あなたは何者ですか…?

 宴の後、城騎士に呼び出され、アジトから離れた雑貨ビルの屋上にいると。

『19時にてアカシャータの屋上に待つ。時間内に来なければ、お前の仲間を消す』

 手紙にはそう書かれていた。手紙を握り潰し、炎の魔法で消し炭にし、証拠を処分した。仲間に知られないようにするためだ。

 城騎士は何をするかわからない。仲間を殺されては、協力者がいなくなってしまう。この試合を突破し、準決勝戦に上り詰めれば、公務地区に侵入することが可能になる。

 それまでの間だけ辛抱だ。

 邪魔する奴は容赦はいらない。


 アカシャータビルの屋上へ行くと、城騎士が時計を見るようにして待っていた。予定していた時間よりも1時間早く来ていたのだが、予想外に相手も早かったようだ。

「早かったな…宴はどうしたんだ」

 冷静な口ぶりで問う。

 樹は城騎士と距離をおき、慎重に城騎士の間合いを取りながら愚痴る。

「あんたの呼び出しさえなければ朝まで大はしゃぎだったのによ」

 城騎士はフッと笑った。

「そうか、それは済まないことをした。でもねこちらとら仕事なんでね」

 ゆっくりと歩を進み、間合いを縮めていく。

「ひとつ提案を飲んでくれないか」

「お前からの提案なんてろくなことはなさそうだが」

 嫌味に言う。城騎士…戦ったこともない相手だ。マジックツールを携帯しているとはいえ、本気で戦えばこのビルはオジャン、もしくは試合が中止になる可能性もあり得る。どうにかして、城騎士が退いてくれないだろうか。

「まあ、聞け。私はお前に感謝しているんだよ。」

「は? 感謝??」

「そうです。この国は醜く弱者は這い上がることはあり得ません。すべてを最初から持っていないこの野良地区ではどうあがいても所詮、食べていけるかどうかの瀬戸際しかありえません。ですが、私はあなたという侵入者と出くわしたことによって、討伐の仕事をもらいました。私はあなたを保護――死体を回収すれば、公務地区への勤務が認められます」

 つまり、はじめから殺すつもりでいたということだ。

「ですから、あなたが侵入した理由を聞くことはできませんが、あなたを殺せば、私は無事に出世するのです。どうか、抵抗せず死んでもらえませんか」

 はい、そーですかと頷く人はいない。

「当然、断らせていただきます」

「でしたら、容赦はいりません。あっ…もう一つ提案がございました」

 城騎士はゆっくりと口を開き言葉にした。その言葉を拾うことはできない。声を出さず口パクだけで答えていたからだ。


「コイツッ…!」

 仲間がいるアジトにすでに何名かを送っていると告げやがった。つまり、ここで抵抗すれば、アジトにいる仲間たちを殺すということだ。

 だから、友を選択しない連中は嫌いなんだ。簡単に見捨てられるからだ。それが親友であろうと兄弟であろうと家族であろうと関係ない。すべては自分のため。出世のための戦いだ。

「容赦はしない…か、だったら本気でこい! 俺は逃げないから!」

 城騎士をアジトに近づきながら追っ手を殺せば、行けるかもしれない。そう思い、わざわざ背中の先にアジトへ向けて立ち止った。

「ではそのまま―――」

 城騎士が飛びかかる。

 その瞬間、時が止まったかのような現象が起きた。

 目を大きく広げ、周りの時間がゆったりとする。手足が動こうとするも思うように動いてくれない。

(これは…!)

『――楽しそうなことをしているね』

(その声は――迅!? 今はまだ起きる場面じゃない。こんな奴、己一人で十分だ!)

『――大切な仲間を殺されるかもしれないところでしょ? アイテムだけでどうにかできるの?』

(それは、かつてのお前に言っていることと同じだろ!)

 迅は不機嫌そうに睨みつけた。

『――君はできるの――? できないよね』

(か、からだ…が、言うことを…きい…てぇ…)

 身体がみるみると迅に乗っ取られていく。意識が遠のく。迅が目を覚ましてしまった。もう、終わりだ。悲劇は繰り返される。

 城騎士、逃げろ。

 こいつを相手にするな。

 仲間たちもすぐにこの都市から離れろ。

 こいつに見つからない場所まで逃げてくれ!


 ――――プッツン。


(動かない!!? まさか、怖気たのか!?)

 城騎士はマジックツールに剣をさし、突撃していた。

 全く動かない侵入者を、城騎士は変だと思いながらも軌道に乗り、引き返すことはできない。

 あと少しで剣の先が届く瞬間、全身が震え、空間がゆがむ幻覚が城騎士に襲い掛かった。ぐにゃりと歪み、万華鏡にように侵入者の顔が数えきれないほど増えて見える。

「!!??」

 足で滑らせ、攻撃を寸止めした。

 一旦距離を置き、様子を見る。

 侵入者の姿は変わらない。でも、異様な感じがする。まるで見たことも感じたこともない存在が目の前にいるようだ。

「人間の皮を被った化け物か!? いや、違う。マナは変わらない。変身したわけでもない。だが、この空気が凍るような寂しさと冷たさはなんだ!? 今まで、こんなことなかった」

 息が、白くなる。

 暖かったはずの空気がみるみると真冬のような寒気さに変わる。

「まさか―――!」

 マジックツールを一枚放り投げ唱える。

「≪十本針≫!」

 マジックツールが煙となると同時に十本のマッチ針がある一点に向かって突き刺さるが、針は空気中にとどまり、動くことはしなかった。

 まるで時を止めたかのような現象だ。

「な!!?」

 時を止めるマジックツールなんて、聞いたこともない。作られたと聞いたこともない。なら、どうやって時を止めた? 魔法か? そんなバカなはずはない。

 時を止める魔法使いはすでに三年前の事故で亡くなっている。

 なら、目の前に広がるこの現象は何なのか。

 もしかしたら、この侵入者――

「――怯えなくていい。静かに目蓋を閉じれば、痛くない」

 立ち止っていたはずの侵入者が顔を上げていた。

 身体全身の熱気が一瞬にして吹き飛び、南極の底へ静められたかのような痛みと恐怖、苦しみが襲い掛かる。

 ヒューヒューと息を上げ、下半身からは尿が垂れ流す。こらえる力は弱くなる。ケツの穴も開こうとする。我慢するという意識が失ってくる。遠のいてくる。コイツは、生かしておけば、世界が滅び去ってしまうかもしれない。

 こんな化け物が、侵入者!? ありえない。

 いや、ありえる。結界は破られた。でも侵入者の影も形も捉えることはできなかった。警備員たちは誤作動だと認識していたが、違う。

 こいつそのものが痕跡を抹消したんだ。


 そうだ、こいつはいてはいけない化け物だ。

「――そんなに怖いか? なら、お前は平常だ。ぼくを怖がらないなんて、兄以外思いつかないよ」

 昔話を語るかのように化け物は座りこんだ。

「――ひとつ昔話してやるよ。昔々、あるところに兄弟の魔法使いがいました。兄弟はこの腐った魔法世界を壊そうとしていました。魔法で悪事を働く連中に裁きの鉄槌を与えていました。ある日、兄は裁かれなければならない人と付き合い、弟を捨ててしまいました。弟は何を思ったのでしょうか。兄と戦争し、兄の彼女を殺してしまいました。」

 微笑むかのように語る侵入者。それはもう人の心を持つ穏やかなものではないと悟り、持っていた剣を地面へ落としてしまう。剣が地面へ落ちると白い結晶が剣を覆いつく、重機を使わなければとれないほど結晶に覆われてしまった。

「――弟は、古き魔法使いとして、この世界を鉄槌を下しに回りました。ところが、弟は病に侵されていることに気づきます。弟は必死で治し方を調べましたが、無駄ということが分かりました。その病は魔法では治せないものだと。弟はこの病を治す方法を求めて探し回ります。ですが、じわじわと眠気も襲ってきます。弟は何者かであったかを忘れ、気づいたときには知らない土地、知らない人、知らないことが周りに溢れていました。意識を取り戻した弟は――すべてを壊しました。弟は再び眠りにつきます。でも、悲しむことも苦しいこともありません。それは、弟を知らない人が増えたことに(孤独のこと)喜びを感じていたのでした!」

 狂っている。コイツは狂っている。

 城騎士は襟首に止めてあった無線機から仲間に応援を送る。

 が、口が開かない。

 ハッと気づいたとき、片目と鼻以外が結晶に覆われていることに気づいた。身体が動かなくなっていたのもこの白い結晶のせい。

 城騎士はもがきますが、目の前の化け物の恐怖のせいで、魔法で脱出しようとする方法が思いつかなかった。

「――おやすみ」

 化け物の言葉とともに、城騎士に覆われていた結晶体が崩れ落ち、氷漬けにされた肉塊となって散乱した。

「――さて、ぼくを見てきたものをすべて壊しましょう」

 指を鳴らした。すると、上空に氷漬けされた槍が数千以上の数で出現した。

 町の人々がなんだあれと上空を見つめている。

 化け物は指をもう一度鳴らすと、氷の槍は地上にいる通行人に向かって槍が次から次へと突き落とした。

 槍の雨だ。

 ひとり、ふたり、大勢と突き刺さると同時に、住民たちはマジックツールで抵抗しますが、誰一人防ぎきることができません。

 所詮、安易に作られ、量産されたマジックツールに古き魔法には勝てない。

 建物の中に逃げ込むも、壁や天井を貫き、人を串刺しにして殺す。

 建物の影に隠れるものから、自ら素早くなる魔法で逃げる人もいれば、透明になって姿を消す者もいました。

 ですが、槍からは逃げ切ることは不可能でした。

 槍は一度標的した相手を決して逃すことはしない。逃げても隠れてもそこに生命力があるのなら、確実に殺すからです。

「――あとは、あそこだけだな」

 樹が守ろうとしていたものがいる方向へ駆け寄ります。宙を飛び、地上で真っ赤に染まった水たまりをよそに、笑いながら興奮に満ち溢れていました。

「――こんばんわー」

 血まみれになったアジトを除くと、震えあがるシオリの姿と、血まみれになって倒れたダイスケ、タッチが槍に貫かれた形で倒れていました。

「……ぁ……っ…!」

 辛うじてかシオンは左足にだけ槍が貫いていました。槍は正確に攻撃したと思っていましたが、まだまだコントロールは鈍いようです。

「――君がシオンだね。初めまして」

「…た……つき……く…」

 樹君。もう一人の彼に言っているのか。ぼくの病のもとなのに。知らずに仲良くなっていたんだなと思うと、樹君を感心した。

 仲間を散々、殺してきたのにまた仲間を作る志は尊敬する。軽蔑は一切しない。なぜなら、こんなにも楽しいことをいつも作ってくれるから。それに、元に戻った樹の悲鳴を聞くことがとても興奮してしまうからたまらないんだ。

「……あ、なた……は、何者ですか……?」

 怯えながらもまっすぐと睨みつける。シオンの瞳から涙をこぼしていた。仲間が殺され、今にも殺されそうになっている。痛みだってある。怖いはずだ、苦しいはずだ。それなのに、目の前にいる化け物に必死に訴えかけている。

「あなたはなにものですか?」

 ぎゅっと拳を握りつばを飲み込み、もう一度問うた。

 シオンの頭をなでながら、迅はゆっくりと口にした。

「――忘れなさい。これは夢だ。覚めたら、きっと新しい朝が――」

『やめろ!』

 眠りの魔法を誘い、シオンを寝かせるとともに同じく眠っているはずの樹が無駄にあがいていた。心の中で鎖に縛り付けているにも関わらず、鎖を切ってまで、止めようとしてくる。無駄な足掻きだ。たとえ、戻っても樹は大量殺戮者であることは決定済みだ。この都市にもいられないし、たとえ逃げても手配書に描かれている。

 …でもまあ、顔も姿も変えているからバレることはないはずだ。

「――お前はそこで見ていくんだ。この子の花を見たくないだろ?」

『やめろ! やめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろオオオ!!』

 シオリから手を放し、地面に倒れこんだ。腰に手を置き、樹に呼びかけるようにして振り向いた。

「――お前がそこまで止めるなんて、よっぽどの理由があるんだね。まあ、わかったよ。今回だけ楽しみは後に残しておくよ。それと、明後日の試合だっけか、それに参加できるようにこの男二人も元に戻しておくよ。けど、地区の住民はここにいる四人しか生き残っていない。つまり、応援は一切ないってことだな! ウハハハ」

 笑いながら再び眠りにつく。

 迅と入れ替わるようにして樹はシオリに近づき、古き魔法を唱える。

「≪治癒全快(フルケア)≫」

 手のひらほどの小人が姿を現した。妖精たちだ。蝶のような羽を持ち、羽ばたきながら、傷ついたシオリと、倒れこんだタッチとダイスケの回復の手伝いをする。

 意識がないタッチとダイスケに心配するとともに怖い思いをしたシオリにぎゅっと手をつなぎ、「ごめんよ、ごめんよ」と謝りながら必死に回復することを願った。


「……ん…」

 シオリが目を覚ました。よかったーと思いながら手を握り、回復魔法をさらに重ねるようにしてタッチやダイスケたちにもかけ与える。

「…ぁ……は……れ……?」

 耳を疑った。小さく声にならないほど弱きっていた。

 聞こえるようにシオリの口に耳を近づき、声を拾う。

「あなたは何者ですか…?」

 冗談キツイよ。

「樹だよ。同じ仲間だったろ」

「な…か…?」

「仲間。明後日の試合にまでなんとか作戦を練らなきゃな」

「……」

「どうしたんだよ、ねえ、なんかいってよ」

「……わからない」

「え」

「わからにの。仲間ってなに? 作戦とか、なにか大事なことがあるようで、でも思い出したくもないものがあって…、ねえ、わたし何者なのかな!? それに、あそこに倒れている二人も知っている! でも、思い出せないの! ねえ、教えて!!」

 記憶を失ってしまったようだ。

 冷静に誰だったのかを教えるとともに迅のことを思い出してほしくないという気持ちが心に突き刺さった。シオリを失いたくない。失ってはいけない。そう思うよになっていた。そして、嘘をついてしまった。

「君は、シオリ。いま治しているけど、あそこの二人はダイスケと、タッチ。君の仲間だよ。己は樹。どう、思い出した?」

 不安がるばかりで、シオリは「わからない」と口にするばかり。

 樹はマジックツールを取り出し、シオリに見せた。

 それは、樹特製のマジックツール。もしものためにととっておいた禁断の魔法術式。

「≪記憶移し替えの鏡≫」

 ツールがぱあと青白い光を放ち、大きな鏡が出現した。水鏡のように水面上に波が立っていた。

 ボーと鏡に覗き込むようにシオリが見つめていた。

「ごめんな」

 その一言後に、シオリの記憶は書き換えられた。怖ったことも迅のこともすべてなかったことにして、恐怖という記憶を取り除いた。

 その結果、シオリにはタッチとダイスケが庇ってくれたという記憶を失い、同時にタッチとダイスケ、アカネの記憶も失ってしまった。

 アカネが殺された瞬間の後悔と恐怖とともに。


**


 朝が迎えた。

 丘の上に丁重に墓を設けた。

 大量殺戮が行われ、町の住民たちはみんないなくなってしまった。

 墓の前で寂しそうに立ち、なにも言わなくなったシオリの隣で、花束を置いた。

 タッチもダイスケも致命傷だった。

 迅は確実に止めを刺していた。助けてあげるとか言いながら、助かることはすでにできないことを知っておきながら、あんなことを言っていた。

 クソ。力があれば。迅を押さえつける力があれば。こんな悲劇、起きなかったのに……!

「クソ、クソ、クソオオオォォ!!!」

 空に向かって遠吠えした。

 空はいつもと変わらない晴天日和。町の声はどこにもなく風だけが寂しさをまき散らすかのように吹き付けていた。


 この日の昼頃、星影都市を去った。欲しかった情報が手に入らなくなったと知ったからだ。暗躍しているはずの組織はすでに撤退しており、何も知らされていなかった城騎士一人だけが残されていただけだった。あの城騎士も捨て駒だ。


 もう、この都市にいてもやることは何もない。

 シオリを連れて。都市を離れ、記憶をいつ戻るかを信じながら、次の町に向けて旅立った。

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