試合と城騎士

 白いローブに身を包みピエロのマスクをした男が現れた。

 アジトから少し離れた場所で、樹は彼が何者なのかを問うと同時にマジックツールを複数、罠のように張り巡らす。

「――私は、城騎士というものです。」

「しろ…きし?」

「城騎士です。お城を守る騎士と考えてもらえばよろしいかと。さて、本題に移りますが、あなたは不法侵入者で…間違いはありませんね」

「どうして、そうだと思うんですか?」

「いえ、先月、西の地区……職人地区で旅商人が忘れていった少年を保護することができたのです。ところが、野良地区にも同じように商人の忘れ物がいることが判明し、自分が自ら確かめに来たのです」

 本人はすでに確保済み。ウソか本当かそれを知るためにわざわざ野良地区までやってきたのだとご丁寧に敵意むき出しでそうおっしゃった。

「保護した少年が偽物だという可能性は?」

「商人の保護ペンダントをお持ちでした。ですので、私はあなたが不法侵入者ではないかと睨んでいます。どうか、抵抗せず保護をお求めください」

 一歩引き、睨みつけこういった。

「嫌だね」

「左様ですか」

 城騎士の態度が突然変わった。

 空気が凍るかのように鋭く冷気に包まれるような感覚がした。

「どんな理由で侵入したかは後で調査します。ですが、私の手であなたをさばきます。罪のないものを騙し、陥れ、そしてこの地区の正義(ヒーロー)のように貢献するゴミを成敗しなくてはなりませんのでね」

 城騎士は悪意から殺意に変わった。

 セリフからして元々野良地区を責める気でいたようだ。


「あんたからは嘘と悪意の匂いしかしない。最悪な朝だ」

 物を盾に身を隠し、仕掛けた罠を起動する。

「奇遇ですね。快調が台無しですよ」

 城騎士が指を引き、ワイヤーのようなものを引き始める。光がかすかに反射し、そのワイヤーが危険なものだとすぐに判明し、軽くジャンプしたうえで、壁に隠していたマジックツールをつかみ、相手に向かって放つ。

「マジックツール≪鳥裁き(とりさばき)≫」

 すさまじい速さでジャンプする前の土台が真っ二つに切断された。

 マジックツールで放った鳥が一直線に城騎士に突撃するが、あと数センチのところで木端微塵にされてしまった。

 鳥が標的に当たると、触れた個所を切断するという魔法なのだが、城騎士はあらかじめわかっていたようでいともたやすく攻撃を防いだ。

「クソっ!」

 ジャンプしたとき、宙を回転し天井を蹴って城騎士から距離をとる。周囲を見渡す。すでに仕掛けていたマジックツールがすべて敵の力によって使えなくされてしまっていた。

「小細工は無用です。投降しなさい」

 一旦、この場から退避するため煙幕を張るマジックツールを放り投げた。

「マジックツール≪逃げるが勝ち(スモークボム)≫」

 マジックツールがボム上の玉になり、爆発する。ガスが噴き出すかのような音を立て、黒い煙をまき散らした。

 その隙に、この場から立ち去る。


 煙幕が晴れると、そこに侵入者の影も形もなかった。逃げられたようだ。

「先輩殿…」

 襟首に仕掛けた無線から先輩につなぐ。

『どうした? なにか進捗あったか』

「はい。先ほど抗戦しました。相手は不法侵入者です」

『そうか…それで捕まえることに成功したのか!?』

「いえ、逃げられてしまいました。ですが…奴の正体を見抜くことができました。先輩殿、私の仕事です。この者を私が必ずや、先輩殿に直接手渡しに向かいますので、手伝いは不要です」

『……一人で大丈夫なのか!? …わかった。お前の好きにしろ』

「ありがとうございます」

 無線を切った。

「この好機(チャンス)絶対に逃しません。あの忌まわしき者を絶対にわたしの手で葬って差し上げますから」



 城騎士と交戦したビルから数キロ離れた先で樹は休憩をとっていた。待ち合わせにしていた喫茶店でゆっくりと紅茶を飲みながら、彼らを待ちわびていた。

 腕時計を確認しつつ、喫茶店の屋根につけられたモニターを見つめながら、時間がたつのを待っていた。

「お待たせー! まった!?」

 シオリたちが大慌てで走ってきた。

 空になったコップを前に、ダイスケが「遅くなった」と詫びたうえで、「昼食俺達もいいか?」と誘われたので、了承した。

 軽く食事を終え、シオリたちはさっそく本題に移した。

「マジックバトルの参加資格を得られたのよ! とても光栄なことだわ」

「そんなに光栄なことなのか?」

 もう一杯お代わりした紅茶を飲みながらダイスケたちに訊いた。

「名誉なことだよ。野良から出場者なんてそうそうない。それに五年に一度はあるかないかだ。今の俺たちはとてもラッキーな立場にいる!」

「――というわけで、正式に四人で参加することをすでに登録してしまったんだけど、よかったか?」

 サンドイッチを口にくわえながらタッチが聞いてきたので、己は別にかまわないと答えた。

「そうか、そうか。よかった」

 タッチは安堵すると同時に、ダイスケが空を見上げながら「アカネもきっと――」といなくなった彼女のことを思い浮かべながら涙を流していた。

 アカネ、亡くなってずいぶん経つ。

 最初はどうなるかと思ったが、日に日にの試練を前に、どうにか渓を超えることができたようだ。でも、焦ってもホッとしてもダメだ。

 彼らが己の正体を知る前に、どうにかして城騎士を倒すか、秘密を守るかしないと身を縮めそうで気分が悪い。

「……っ……きい……すか!?」

「ちょっと聞いていますか!?」

 ハッと気が付く。

 周りの風景が変わっている。

 心配そうに覗くシオリとタッチに大丈夫だと返事を返し、不覚考え事をしていたことに反省し、今やるべきことを考えたうえで行動しようと心に誓う。


 一行は、試合会場の前まで来ていた。

 今日、第一試合があるというのだ。さっそく試合が決まっているということで、ダイスケたちとともに受付したのち、ロッカー室へ出向く。

「ううぅ…緊張してきたー」

 ダイスケは武者震いしていた。

「落ち着けダイスケ! いつもの勝気はどうした!?」

 タッチに肩を叩かれ、「お、おうっ!」と気合の声を上げ、震えは少し収まった。

 試合開始まであと10分。

 最終確認のため、役割分担とマジックツールを互いに見せ合いながら話し合いをしていた。

 マジックツールは事前に10枚までデッキに入れることが定められている。ここでは魔法が記されたマジックツールは使えず、会場の規定のツールでしか試合に出られないうえ使えない。

 ≪敗北(ギブアップ)≫するか≪ツール切れ≫になると自動的にそのチームのメンバーは失格となる。いかにして、ツールを使い切りせず、相手のチームを任すかが勝負の決め手となる。

 使用できるツールは、レア度は定められておらず、幾つかの攻撃手段でデッキに入れていくこととなる。

 近接攻撃に向いた技・剣技・武術などの”近攻撃(アタッカー)”。

 近接攻撃によるダメージを防ぐ”近盾守(シールド)”。

 遠距離攻撃に向いた技・術などの”遠攻撃(マジック)”。

 敵を填めるなど罠系の”罠(トラップ)”。

 味方を援護する強化系や補助系の”支援(サポート)”。

 遠距離または近距離からの銃による攻撃”銃攻撃(ハンドレット)”。

 計6種類のツールから10枚を選び、デッキに組み込む。

 これが誰が使用するかで勝敗は決定すると言っても過言ではない。


 第一試合の役は、接近及び的役のダイスケ。遠距離からのサポート樹。近接から罠を扱うタッチ。味方を援護しつつ銃で抹殺するシオン。

 と決まった。

 ダイスケを囮にして、樹とタッチで相手を仕留めるという作戦。取り逃がした敵をシオンが抹消しつつ、ダイスケが樹とタッチをカバーするかのようにシールドを活用するという戦略だ。

 これはあくまでAプランの話。

 Bプランは、樹だけが別行動をとり、相手の陣地を落とすという無茶ぶりな戦法だ。


「みんな、いくぞ!」

「おーー!!!」

 試合が開始された。

 観客席は誰もいない。

 入場料がかかるため、野良地区の市民は誰も来ない。

 一方で、対戦相手も野良地区の出身のため、応援する人は誰もいない。

「ねえ、あの人、誰だろう…」

 シオンが観客席にいる白いローブを着込み、ピエロの仮面をかぶった人に指をさしていた。

(奴だ)

 会場に来ていたようだ。

 きっと正体をばらすか、この試合をめちゃくちゃにするだろう。もし、そうなったら城騎士相手とはいえ、容赦はしない。

 試合用のデッキのほか、念のためもう一つのデッキを組み込む。


『同じ野良地区の出身同士、応援する者は誰もおらず、寂しい光景が広がっております。私司会者とするナナシと申します。では、試合開始です――』

 司会者の合図とともに試合が開始された。


 観客席からじっくりと見つめる城騎士の目線が気になりつつ樹は、己自身の勝ち方としてまっすぐ相手の陣地にいる敵に向かって飛びつく。

「えっ!? 作戦は!!?」

 ダイスケの聞いてないよという顔をよそに、一直線に駆け出す。

「あいつ一直線に突っ込んでくるぞ!」

「たしか…あいつって…」

 ”近攻撃(アタッカー)”ツールを取り出し、剣を作る。青白く発光するビームソードのような形状だ。

 相手のひとりに振り下ろすと同時に空いても同じようなビームソードで攻撃を防ぐ。

「ぐぐ…思い出したぜ、こいつ無敗の新人だ」

「こいつが!?」

 敵二人を相手にビームソードを二刀流に畳みかける。

「っく! 二人がかりで防ぐとか、どんだけ筋力を持っているんだ!?」

 交互に攻撃が来るも樹は相手の行動を読み、攻撃を弾く。力強い一撃に何度かビームソードが手から離れようとする。

「クソ! こいつ化け物かよ! β(ベータ)! こいつを優先するぞ」

『了解!』

 無線の音が聞こえた。

 こいつらの他に隠れている仲間がいるようだ。音の流れからにしてあと二人はいるようだ。

 振り返り後方にいる仲間に樹は大声で言った。

「敵が隠れている。作戦Cだ!」

「「了解!」」

 手筈通りにタッチとシオリが行動に出た。

 作戦を聞いていたはずのダイスケは困惑しており、「えっえっ…?」と戸惑っていた。

 この作戦はタッチとシオリにしかしていない。

 敵の数が少なくもし隠れている敵がいたらという場面で考えた作戦だ。ダイスケは近接盛りなので、囮役としてそのまま放置。

 場面を変えるタッチと仲間の援護のシオリに託した必殺タクティス「≪泥のなかは足元注意≫」。

 樹の足元がどろどろの泥の塊になる。足元がめり込み、肘まで沈んだ。

「な、なに!?」

 敵が動揺している隙をついて、シオリの援護が入る。

「≪支援(サポート)≫」

 樹の腕が軽くなる。素早くビームソードを振り、相手を行動不能にする。

 血は出ないが、代わりにもっているツールが消えてしまうというデメリットがある。ツールの数だけが体力(スタミナ)。つまり、ダメージを与える度にツールが消失。ツールがすべてなくなると、その場で試合終了。つまり、実質勝利確定となる。

「しまった!」

 まずは一枚、続けて畳みかける。二枚、三枚、四枚と、相手のデッキから消えていく。

「こいつ!」

 片方の仲間が助けようとするが、そこにタッチの攻撃が加わる。

「≪罠(トラップ)≫」

 重力がビームソードに加わる。思いっ切り転倒しそうになり、ビームソードを手から離れる。その瞬間を狙って、樹のツールが炸裂した。

「マジックツール≪遠攻撃(マジック)≫」

 ビームソードを泥の中に突き刺し、そのまま手を泥の中へ突っ込む。すると、バリバリと放電し、敵二人に電流が走り抜ける。

「ぐぎゃぎゃー!!」

「あばばばばば!!」

 ツールが消え失せていく。

 樹に対しての肝心なダメージはシオリの支援によって電流耐性もって、ダメージは二枚だけで済んだ。

 二人が戦闘不能となり、ギブアップを申し入れた。隠れていたもう一人が諦めないとダイスケに向かっていくが、ダイスケに与えられていた≪近盾守(シールド)≫によって攻撃が弾かれてしまう。

「あ…ごめん」

 そう言って、ダイスケは相手の武器を奪い、逆に相手につき返す。

 相手は腰をつき、地面に倒れてしまう。

「降伏だ」

 彼の言葉を最後に、この試合を勝利へと導いた。


 結局、城騎士は何もしてこなかった。

 ずっと気になってはいたが、試合を妨害されずに済んで良かったと思う。でも、城騎士はいずれ、この先の障害となる。

 この都市の組織が城騎士となにか関係しているような気がする。そうあってほしいと思いながら、試合会場を後にした。


 この日、勝利品として、十日分の食品券(四人分)と家具や寝床といった生活品券を受け取った。

 宿なしだったこの日は、布団を買い、食事を買い、勝利に対して祝った。

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