5つの地区

 聞けば、星型都市では五つの部隊に分かれて争っているらしい。商業・職人・農業・公務・野良の五つに分かれている。

 商業は主に商人や野菜売り、薬屋など物を販売する業者が集まる地区。

 職人は専門職に特化した人たちが集まった地区。鍛冶職人とか防具職人とか。

 農業は農作物を育てる場所で、人工よりも農業の面積が広い地区。

 公務はお高い給料と辛い仕事を請け負い、毎日ストレスを抱えながら家族を養うために働いている地区。主に警察や国家とか。

 最後に野良は、この地区のことをさしている。

 職場がなく無職生活を強いられている。働く場所はなくあくまで寝ることができるだけの場所だという。宿屋とか旅館とかがメインだ。まあ、治安が悪いそうだ。

 この地区に限定ではないが、国民にマジックバトルを強いられているという話だ。


 マジックツールパッケージを無料で国民に配られ、食べ物や仕事、他の地区へ移住させる許可などのチケットを持つチームを狙い、落とすという。

 マジックツールパッケージには最低で3枚のツールが入っており、主にレア度で分類されている。

 最低ランクでノーマル(N)、一般程度でレア(R)、割と使えるでスーパーレア(SR)、希少でもったいないレベルのレジェンドレア(LR)で分類されている。


 昨日、ダイスケが叫んでいたカードはレアに分類するもので、パッケージ内でレアが入っている確率は7%だという。

 ノーマルが90%、レアが7%、SRが2.9%、LRが0.1%で入っているという。

 それにしても国民を争うなんておかしな話だ。

 公務員はどうしているのか気になるが、彼らは知らないという。これは、この都市をもう少し調べる必要がありそうだ。


「港区が攻撃されています!」

 突然の警報にざわつく。

 港区とはここから五十分走った先にある場所だ。野良でも主に食料など(主に盗品が多い)が集まる場所だ。

 そこを奪われたら、もうなにも手に入らなくなる。

 一刻を争い、その場所に向かって走った。


 現場は騒然としていた。

 所々悲鳴が響き、傷ついて倒れた人、建物が壊され、物が散乱している。殺戮のパラダイスが始まっていた。

「痛くない奴は手をあげな!」

 図太い声で喜ばしいと両手を広げ、一人の男の子を倒れていた男から引き寄せた。ツールの力だ。

 図太い男はツールから剣を抜き、その男の子の背中を突き刺した。胸を貫通し、男の子の絶句とともに倒れていた男は叫んだ。

「いい声だ。次ぎ、手を挙げてくれ」

 図太い男はカッカッカと笑いながら、あたりを見渡しながら歩きだした。

 建物の影や隅で泣きながら怯える子供や、我が子を守ろうとする親、ガクガクと震える老人やその他大勢。

 ここまで虐殺がひどいのは、ある地区から来た連中だ。

「でけぇー声をあげよー!」

 図太い声の男は剣を上げながら人影を探していた。


 現場に到着した樹たちは、彼らの行いに怒りを覚えながら建物の影に隠れ身を守っていた。

「ひでぇー奴だ。同じ人間とは思えないな」

「おそらく商業地区から来た残党でしょう。ここは農業地区と商業地区の間にあります。昨日襲ってきた連中も商業地区から流れてきた連中でしょう。農業地区は自分たちの陣地が荒らされない限りは襲ってこないはずです」

 冷静な分析力でシオリが口にする。

「しかし、どうするよ。このままじゃ、皆殺しだ」

 タッチがダイスケにいい案がないかと呼びかけた。ダイスケはうーんとうなりを、どうするかをシオリに託す。

「とりあえず、今日の配布されたツールは何がありますか? 私はクズカード(戦闘向きではない、ノーマルツールのこと)です」

 シオリはツールを見せた。

 どれもこの場では使えないクズツール。でも生活の面では非常に役に立つものがそろっている。

「俺も」

「ぼくも」

 タッチ、ダイスケもクズツールだと見せた。

「あたしは一枚だけ」

 アカネが手を挙げた。二枚はクズだけど、一枚はレアツールだった。

「一枚だけか…どうする? 使うか?」

 ダイスケの悪い癖が出る。もったいない症候群だ。せっかく手に入れたものを無駄にしたくないという気持ちが押し出し、使えなくなってしまうある意味病気のことだ。

「…でももったいないし。ここぞという時に使いたいし…――」

 ダイスケがくよくよしていて、案がまとまらない。アカネは思い切って、「使おう。今がチャンスだよ!」

 と言って、ダイスケからツールを奪いとる。

「待てよ! 使うタイミングも考えろよ!」

「待っていてもこの状況は悪化するだけよ。私に任せて頂戴!」

 さっさと下の階へ降りていった。

 三人もうなずき、アカネの後を追っていった。


 近くの建物で様子を見ながら伺っている樹の姿があった。

「四人をあのまま監視するのもいいが…せっかくの協力者を手に入れたわけだし、簡単に手放すのももったいない。それに、迅が眠っているうちにさっさと片付けた方がいいな」

 迅が眠っていることは好都合だ。起きていたら、暴走して図太い男よりも残虐行為をパレードのようにすることもあり得る。

「さっさと片付けますか――」

 建物から勢いよく外へ駆け出し、図太い男の前に姿をさらけ出した。

「おいおい、見かけない奴がいるな!? 上物だ。久しぶりのお客に興奮してきちまったじゃねぇーか」

 股間を露に見せつけるかのようにクイっと股間を前に突き出す。

 ツールで剣をもうひとつ生み出し、二刀流に切り替えた。

「ひとつ、言わせてほしい。己は、一人じゃないことを見ているかい?」

 図太い男の背後から姿を隠して走ってくるアカネが一直線に短剣を握り、向かってきていた。図太い男が背後に視線を向ける前に、アカネの一撃が男の背中を突き刺した。

「ぐはっ!!」

 姿を隠す魔法≪ステルス≫。レアツールだ。

「ナイスタイミング!」

 樹にグッドと親指を見せた。

 男を一瞬だけ隙を見せてくれたことに感謝していた。

 が、悲劇はすぐに起きた。

「なめんじゃねーぞ」

 男が目を大きく開き、持っていた二本の剣をアカネの肩に向かって振りさした。

「がぁっ!!」

 後ろへ吹き飛ぶかのように倒れ、両肩から血が滲み出る。痛みが肩から腕、胸へと圧迫し、声が思うように出ないだけでなく、腕も足も言うことを聞いてくれない。

 冷たいものがからだの外へ流れていく。少しずつ寒くなっていく。でも、両肩の痛みだけが鋭く、永遠に感じるほど激しい痛みが襲っていた。

「……ッ!」

 頭を上げるだけでもせいっぱい。いい考えだと思いこうしたことがまずかった。

「痛いじゃねぇーか。せっかくのSRを使わせやがってよ!」

 刺されたはずの背中の傷がなくなっていた。最初からなかったことにされていた。

「…う……そ…」

 力なく信じられないという気持ちがいっぱいになる。

 突き刺した感触はあった。剣が刺さり、血が出てきていた。暖かくぬるっとした触感だ。でも、目の前にあるはずの傷がどこにもない。

「幻覚なのか!?」

 目を大きく上げ、呆然とする。

 タッチが見ている先で、アカネがいまにも殺されようとしていた。タッチが走る前にダイスケが我先へと駆け出していた。

 でも、それでも、追いつくのは無理な距離でもあった。

「おわりだ!」

 剣を振り下ろす瞬間、樹の魔法が炸裂した。

「マジックツール≪二双雷乱舞(ツインライトニング)≫」

 二本の稲妻が図太い男の背中に向かって放電した。青い稲妻が貫通すると、男はぐるりと樹に振り向くが、続けて放った魔法に完全に息を止める。

「マジックツール≪裁きの矢(ジャッチメントアロー)≫」

 天空から矢が放たれる。光に包まれた白い矢。数秒とも満たない速さで図太い男を頭上から矢を貫通させた。

 男が、悲鳴ひとつあげることなく、矢に貫かれ、何も言わない死体へと姿を変えていた。


「アカネー!」

 駆け寄るダイスケたちにタッチ、シオリ、樹も追いつく。

 意識がもうろうとするアカネに何度も呼びかけるが、はっきりと聞き取ることができないらしく、その瞳は徐々に色を失っていくのが見えた。

 泣き崩れるダイスケに、樹はマジックツールを取り出そうとしてためらう。

 それを見ていた、ダイスケは悲願のつもりだろうか、樹に寄り添い、襟首をつかみ、涙声で必死に助けを求めた。

「なぁ、助けてくれよ! 仲間なんだ。仲間なんだろ? 俺の大事な仲間を死なせたくないんだ! だから、ねぇ、おねがいだから…」

 力なく崩れるダイスケにそっと手を放し、マジックツールを用いた。

「マジックツール≪聖なる神への誓い(イノセントヒール)≫」

 致命傷な状態を回復するマジックツールはこの世にはない。作らなければ存在しないし、創ろうにも素材も魔力(マナ)も足りない。今やれることは、これぐらいしかない。

「傷を回復するが、意識の回復までは保証できない」

 つまり、植物状態になる可能性がある。その確率は7割。その者が”生きたい”と願うのなら、助かる魔法。でも、”願って”も助かる可能性は低い。

 なぜなら、その者がどんなにあがいても死の鎖はそのものを引き離してはくれないからだ。

 少しずつ、意識が遠のいていく。

 もう、目の色は乾ききる。肌の色は青く変色していく。息は少なくなる。音は小さくなる。口は開かなくなる。手足の感覚は無くなる。目の前は暗く姿も見えないくなる。

(ああ…わたし、死んだんだな…――)

 それが決め手となった。

 空が暗くなり、雨が降り注ぐ。


 ダイスケがわんわんと空に向かって鳴き声を上げた。雨音と風音でかき消され、その涙となる一生は永遠と彼らの心と記憶に刻印を押した。


 三日後、建物の復旧作業のなか、図太い男から食料ツールといくつかの素材、戦闘向きのツールを手に入れていた。

 秘密基地に戻ると、やせ細り、すっかりとやる気を失ったダイスケがおり、その傍らでタッチが看病していた。

「シオリは?」

「多分屋上だ」

 秘密基地を出て少し歩くとボロいアパートがある。そこの屋上は解放されており、ホームレスがいることが多いのだが、そのときは貸し切りだった。

「シオリ」

「……」

 呼びかけるが返答がない。もう一度呼びかけるとシオリは振り向いた。瞳から流れた涙を拭きながら、「目にゴミが入ったの」と言い訳をし、また風が吹くまま、前を見つめていた。

 屋上には柵がある。そのおかげか、このアパートから落ちた人はいまだにいないらしい。

「…あのーなんていうか…アカネことは…」

 うまく言葉を口にできない。

 こんな場合、なんていうべきだろうか。

「えーと…その…」

 がばっと胸に何かが抱き付いてきた。シオリが樹の胸もとにそっと顔を近づき、顔をこすっている。

「このままにさせて」

 樹はただ黙って立ち、シオリが言いというまで、シオリは樹の服の中でアカネの悲しみを訴え続けた。


**


 ダイスケが復活してから七日が経過していた。シオリやタッチの援護もあってか、あれから数回、攻撃されたが、どうにかなっている。

 タッチが負傷したときは、ダイスケが看病したり、シオリがパニック状態になった際にはダイスケが勇気づけていたりと、アカネがいなくなった今は、チームワークが少しずつもとに戻りつつあった。


 そんな折、一人の人物が樹の前に現れた。

 そいつは樹が探し求める組織を名乗り、自ら幹部だと打ち明けた。

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