星影都市の”ひめごと”

マジックルーツ

 星影都市。上空から見下ろすと五角形の星型のカタチをしている。防壁で阻み、下界の町と避けるようにして百メートルほどの高い壁で遮っている。その壁を越えた先に何があるのか地元の住民は一切、知ろうとは思うことがなかったと。

 そんな都市に降り立ったのは、〈マジックツール〉を悪用して戦争の火種をつつく組織がこの都市のどこかにいるという噂を聞きつけたからだ。

(…空気が乾いている)

 結界のせいか、魔法によって下界からの侵入者を封じている。結界はマジックツールによって何重にも重ねて発動しているが、数から数えると古き魔法が土台になっていることが分かる。

 古き魔法を捨て去ろうとする民衆のなかには、捨てきれない人もいるのだろう。マジックツールだけでは補えないものが古き魔法と新しき魔法の境界だろう。


 都市に入ろうとし、結界に触れた。

「っふん。弱いな」

 結界を破り、中に侵入した。

 即座に警報が鳴り響くが、樹は顔一つ変えずに、堂々と走っていった。物陰に隠れ、人の中に隠れ、そして姿を変え、樹は正体が判明する前に都市の中へと侵入に成功した。


 ――2カ月後。

 都市に侵入したにもかかわらず賊を見つけられず焦っている警備兵の数がちらほらと伺えた。

 なんの収穫もなければ証拠もない。結界が破られたのは事実。なぜ、破られ、警報という誤作動したのか理解できていない様子だった。

 この街の住人として和み、早二か月がたった。

 進展は今のところなく、組織の姿も確認できない。

「本当にいるのだろうか…内心、ほらをつかまされた気分だ」

 焦りはなかったが、長居する意味はあるのだろうかと思えてきた。

 とはいえ、結界を破ってもう一度出るのは簡単だ。でも、なんのために侵入したのかと思えば、簡単に出て行くのも味見がない。

「もう少し、探すか――――」

 近くで爆発音が聞こえた。周りの音をかき消すかのような大きな音。建物が小刻みだが揺れ、その爆発範囲が広いものだと推測できた。

 空を見上げれば、煙が昇っていくのが見えた。爆発した現場は近いようだ。銃声とマジックツールを使用時の音が鳴り響く。街の奥でドンパチが発生していた。

「おっ! 面白いことはっけーん!」

 からからと笑いながら、爆発音がした方へ走った。



 煙を上げながら視界を失い、敵の姿が目視できずにいた。

 二人を背に、一人は震えながら、一人の少女にしがみついていた。

「どうするんだよ! ダイスケ! お前のせいだぞ」

 口を荒っぽく男の子の背中に引っ張たたく少女。

「っし、しらねーよ。アイツらが勝手に攻撃してきただけだ!」

「その状況を作ったのは誰ですかな」

 細身の少年がダイスケという少年の背中をさす。ダイスケは反感し、ちがうと否定したうえで「俺は”そこを通してくれ”と言っただけだ! 勘違いしたのはあいつらだ!」というも、「バカに何を言っても意味ねーな」と飽きられてしまう。

「なにを!!」

「喧嘩をよしなさい! いまは、ここからどう逃げるかよ。もし、捕まったら殺されてしまうかもしれないのよ」

「っそ…そんなことわかっているよ。なぁ、あと何ツール持っている?」

 ダイスケを覗いたメンバーが頷き、マジックツールを目の前に差し出した。どれもろくなものがない。打開策となる攻撃系のマジックツールはなく、逃げるための煙幕ツールもない。

「だめなものばかりじゃないか!」

「ダイスケはなにがあるの?」

「うぅ…こんだけ」

 ダイスケが差し出したのは一枚。

 壁を生成するマジックツールだ。

「それで、防げばいいじゃないの!」

「っば、バカヤロー! これ手に入れるのにどんだけ小遣いを使ったと思ってやがる! 一万だぞ! 一万。俺がどんだけ飲まず食わずしたと思って…――」

「はいはい。さぁ、早速使いましょう」

 ダイスケから口が荒い少女が取り上げた。

「おい! 俺の小遣い…! 返せ! 盗人娘!」

「誰が盗人娘(ぬすっとこ)よ! 泣小虫(なきこむし)」

 イーイーと子供のような喧嘩をおっぱじめてしまった。それを見守る少女と背の高い少年。二人の仲は犬猿だな。

 ドーンと大きな音を立て、パッと光を浴びせられた。思わず手で光をさえずり、その光を放っている連中を見て、唾を飲み込んだ。

「み、見つかったぞー! みんな、にげろー!!」

 その瞬間、大きな音が鳴った。

 衝撃波がダイスケたちを襲う。

「クソ! 俺の貯金がァァァ!!」

 マジックツールを投げ、煉瓦壁を展開する。衝撃波と光は防ぎ切ったが、今の一撃で煉瓦壁に亀裂が走った。

「クソ! おい、逃げるぞ!」

 振り返った瞬間、煉瓦壁が崩壊し、粉末や欠片がダイスケたちを襲った。敵の攻撃に耐えられず崩壊したのだ。

 小遣いが崩壊したのは痛手だったが、それ以前に、全滅という危機が頭に激痛した。全滅――人生終了。

「嘘…だろぉ!? 俺ら、ここで終わるの…かよ」

 敵がもう一つ衝撃波を放った。

 風の波が押し寄せてくる。

「面白い事してるね!」

 突然沸いたかのように少年が現れた。

「あ、あぶないですよ!」

 ダイスケが慌てて少年に呼びかけるが、少年は余裕な表情を浮かべ、「へーきへーき」と答えるとマジックツールを取り出し、前に放り投げた。

 マジックツールが煙のように消え、鉄の壁が出現した。大きく横に広く、縦にも高い。煉瓦壁とは比べ物にならないほど効果範囲が広いものだった。

「超レアものじゃーん!」

 ダイスケの雄たけびとともに、背が高い少年の手を借りて一目斬にその場から逃げた。


 気が付けば、アジトにいた。

 廃屋に小道具と木材や鉄板などを用いて作った小さな小屋だ。雨風程度なら防げるほど丈夫な作りだった。

 子供たちが憧れる秘密基地そのものだった。

「いやー危なかったね。ぼくが遅れていたらどうなっていたことか…―」

 ボーとしていたダイスケがハッと気づいて、少年の服をつかんで這い上がってきた。

「お前、何者だよ! というか、あの超レアツールどこで手に入れたんだよ!!」

 一安心しながら横目で少女がダイスケに注意した。

「まずはお礼よ。この人のおかげで、私たちは明日を迎えるわ」

 周りにいたメンバーたちもダイスケに言う。

「そもそも、ダイスケが”正面突破だ!”とか言って、突進しなければこんなことになかったはずが、大方人生終了(ゲームオーバー)だったわ。命拾いした。ありがとう、どなたかわからない人よ」

「あ、ありがとうございます」

 ダイスケが振り返り、「おいおい! お礼よりもコイツの正体が――」という直前、少女が立ちあがり、ダイスケの頬を引っ張った。

「ぶほっぉ!」

 変な悲鳴をあげ、少し離れた小道具に吹っ飛んでいった。

「まずはお礼よ。そんなことも忘れたの? もう一度、思い出してやろうか?」

 拳をぎゅっと握り、ダイスケは大慌てで「タンマタンマ!」と止めにかかった。


「ほーんとうに危ないところを助けてくれて、ありがとうございました」

 ふかふかと正座し、お礼を述べた。

 すぐ隣で笑顔を作った少女が拳を地面に力強く押しているのが見えた。ダイスケはすっかりと震えていた。

「えーと…まずは自己紹介だな。俺の名は太刀山(たちやま)剣介(けんすけ)。みんなからはタッチと呼ばれているから、よろしくな」

 軽い口調で軽率ながら帽子を脱いだ。このメンバーの中でもっとも背が高い。

「あ、私は。茜(あかね)。このメンバーの副リーダーね。このバカリーダーのおお守りみたいなものだね」

 口が荒っぽく男っぽい。ガサツだが根はいい奴っぽく見えた。

「誰がお前なーん――か」

 拳から小さな煙を上げながら地面を押していた。ダイスケは全身で震わせ、彼女(茜)に恐怖を抱いている様子だ。

「わ、私は栞(しおり)。役立たずだけど……」

 紫色の髪をしたショートヘアの女の子だ。

「役立たずじゃないよ。みんなのために作戦を練ったりマジックツールの情報を知っていたりと詳しいんだ」

 すかさずフォローする茜。

 照れ臭そうにしていた。

「ふーん…どうかね。いままでさぼっている様子しか思いつ……か」

 再び頬にパンチを喰らい、吹き飛ばされる。

「殴るよ!」

「もうなぐってんじゃねーか!!」

 そんなことを交わりながら、助けた少年が声を出した。

「己の名は樹(たつき)。商人の手伝いをしていたんだが、逃げられてしまってね……」

 三か月前に商人たちが立ち寄った話しを住民から聞いていた。商人から一人の子供も置いていかれた話しを聞き、その話を利用してもらった。

 下界からの侵入者だとは思いもしないだろう。

 彼らの心からもそうは感じられなかった。

「己って…おかしな一人称だね」

 アカネが笑った。

「おかしな奴だな。まぁ、助けてもらったうえで、悪いが、俺のチームに入らねぇか!?」

「このバカ! 順番を無視して即答しすぎだ!」

 とアカネにもう一発引っ張たたかれたダイスケ。

「別にいいよ。己もチームを探していたんだ」

 樹からの言葉に信じられないとダイスケとアカネは寄り反り「本当か!?」と聞いてきた。

「もちろん。ウソは言っていないよ」

 と返事を返すと、二人でやったーとかばんざーいと両手を上げぴょんぴょんと飛び跳ねた。嬉しそうにしながら。

「ひとつ、尋ねたい」

 黙っていたタッチが重く口を開けた。

「なぜ、嘘をついている――」

 嘘。見抜いたようだ。商人の話か、それとも一ノ瀬兄弟のことか、それとも下界に侵入した話しのことか、古き魔法使いであるという正体のことか。

「嘘か。確かに嘘はついているよ」

 正直に答えるべきか悩んだが、ここで悩むよりも正直に答え、正直に殺(や)るかで判断したほうがいいようだ。

「――そのマジックツール。販売していないものだった。それはどこで手に入れた!?」

 目の色を変え、鉄壁をどこで手に入れたのかまじまじと見つめてきた。

「タッチの悪い癖。マジックツールコレクションもしくはマニアが発動したようだ」

 ダイスケのため息が聞こえた。

 ああ、そういう嘘ということかと内心ホッとしていた。

「己で作ったんだよ。あに…商人の兄貴から作り方を教わったんだ」

 そう説明し、実際にマジックツールの作り方を披露した。


 マジックツールは魔法に耐えられる紙が必要だ。木から作られる紙を作っても上手く作動しない。特別なルートで手に入る〈精霊の樹木〉と呼ばれる紙から作られている。

 それに、魔法使いの魔力(マナ)を元に、色を混ぜることでペンの完成だ。

 マジックツールは大きく分けて三パターンある。

 印刷のように印鑑を用いて量産するパターンと自分で描く方法のパターン、最後は己の想像を宿すことで作られる。

 世間一般的に流通しているのは印刷を用いたやり方。効果範囲も決められており、魔力も消費しない。安価で購入可能。

 ある程度の資格を手に入れた魔法使い、もしくは作法を知っている者。自分で描く方法で作られている。自分流の魔法が創れるが、失敗も多く、多くの制作者が魔法の失敗で毎日病院送りになっていることはよく聞く話だ。

 最後は〈古き魔法使い〉がやっている方法で、世間ではあまり知られていない。魔力を心と頭に置き、それを投影することで、マジックツールを作ることができる。

 この方法でやった場合は〈精霊の樹木〉も〈魔力のペン〉も必要はない。自身の魔力量で作成できちゃう。

 以上が、マジックツールの作り方。

「――ということで、いま、材料がないんだ。悪いけど、手持ちしかないし、見せられない。切り札でもあるから」

 と、難を過ごそうとしたが、タッチとシオリの前ではそうもいかなかった。結局、持っているだけのものに限って見られてしまった。


 


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