悲劇の始まり、惨劇のはじまり

 魔法の都ミスティック。魔道先端学術都市。人類の限界、神の叡智を目指すと目標を掲げている。魔道の学問的意義を唱え、多くのことを経験し、記憶し、知識を得て、神に近づこうとする〈古き魔法使い〉にとって聖地出会った場所。

 今では、マジックツールの最先端技術を集結した生産地なった場所。

「不愉快ですね、兄さん。ぼくたちが憧れだった聖地が今では無残で滑稽で屈辱的な生産工場となっていますよ」

 皮肉りながらかわいそうだと告げる。

「ああ、俺達が聖地を取り戻さなければならない――が」

 両手を広げ、この国全体を見ろと手のひらを広げた。

 見渡す限り、古風な造りの建物は壊され、最新技術が取り入れられた強化プラスチックと呼ばれる鉄よりも固く風船のように軽い素材を用いた建物が多く存在している。

 〈古き魔法使い〉の聖地がこのざまだ。

 昔の面影を残そうと働く者はおらず、現代の象徴を掲げ、好き勝手に作り替えている。国家4000年の歴史はとうに捨て去られたか…。

「兄さん…ぼくこれ以上、見るのはいやです」

「俺もだ。早々立ち去ろう。準備ができ次第、また来よう」

 この国を後にして立ち去ろうとした先、後ろから誰かが呼び止めた。

「待ってください!」

 振り返ると、そこにいたのは金色の髪をした女の子がいた。同じ魔法使いを象徴する紺色ローブ、紺色の三角形のとんがり帽子、おなじみのステッキほどの杖。

「なんのようだ」

 兄は威厳を飛ばし、少女の身体がかすかに震えた。

「わたしを――弟子にしてください!」

「なにをバカな…」

 弟が愚痴る。

「こういうことをお願いする魔法使いは今では少ないです。自分で調べて作って、人に聞くことをバカにする時代です。でも、私は違うんだと思います。自分で調べていくのはいい。でも、人にばかにされるのはたまりません! 子供の時のように友達と一緒に作ったり遊んだり、楽しむものだと思います。ですから、そのような時代を作ろうとする一ノ瀬兄弟の噂を耳にしました。皆さんはバカにしますが、私は違うのだと思います。かつての光り輝いていた時代を取り戻そうとしているのだと思います。どうか、お願いします。私を弟子にしてください!!」

 長々と言葉を述べ、弟は引いた。

 この時代が息苦しいと告げ、同じ考え方をしていると踏んで弟子入り希望を示している。兄はどう思うのだろうか。きっと、断るはずだ。

 いまは、弟だけで十分のはずだ。

「わかった。いいだろう」

「兄さん!!」

 少女の表情が明るくなり、弟は暗くなった。

 どうして弟子入りを許可したのだろうか。その答えがいまだに許せない。

「この子も複雑な思いで暮らしてきた。なら、少しでも多く協力して活動を広めようじゃないか」

 綺麗ごとだ。兄さんは今まで、弟子入り志願者を断ってきた。仲間も友達もつくらず。それが、どうしていま弟子入りを希望した。

「兄さん!」

「君の名前を聞かせてくれないか?」

「はい、私の名は――――」




 魔法の都ミスティック。崩れかけた建物の下でコンクリートに挟まれ息絶えている兄を見下ろし、傍らで兄の名を呼ぶ女性に杖を向けた。

「迅さん。どうしてこんなことをするの!? 私たちが何をしたっていうの!」

 杖を振り、潰れかけていた兄の身体をミンチにした。飛び跳ねる血肉のかけらと大げさに飛び散る血。多くの血が弟の全身に打たれる。

「樹(たつき)ーーー!!!」

 兄さんは愚かなことをした。仲間が増えると称して彼女が欲しかった。その欲求が弟の思いを踏みにじったのか理解できまい。

 弟の意見を受け入れることがなくなり、弟をどこかへと置いて来ようとするその行為がどれほど傷ついたか。

 誕生日でも祝ってくれなくなった。プレゼントしてもお礼を言ってくれなくなった。兄を慕っていたのが彼女にとられ、ぼくは惨めになった。弟は兄を勝ることはできない。でも、それは――嘘だった。

「証明したよ、兄さん。”兄に勝る弟はいない”って言っていたけど、勝負に負けたよね兄さん」

 瓦礫と化した山の中でゴミのように散乱するマジックツールの数々。どれも兄さんが負けじと使ったものだ。

 でもね、ぼくが創ったマジックツールの方が優れていた。兄さんの発動した魔法を打ち破ることをとても喜ばしい事だったよ。

 証明できたからね。

「迅さん。樹さんは、あなたことを思って――がッ!!」

「うるさいこ虫だね。ぼくは今、兄さんとお話ししているんだ。君は黙ってくたばっていればいいね」

「……ッ」

 足をコンクリートの塊で潰された。あの優しかった弟の面影はどこにもない。今はあるのは悪意に満ちた子供の心を持った大人が立っている。

「兄さん。ぼくはね、ずっと胸に穴が開いたままだったんだよ。でも、今はすっきりしているよ。だって兄さんが置いていった物を全身に感じさせてくれたからね」

 ねっとりと飛び散った肉片と血液をこすり、撫でまわすかのように愛でいた。兄の身体をそんな風に受け入れるなんて、信じられない光景だ。

「この…クズやろう!」

 杖を振り、女性の片腕をぞうきんのように絞り、引き抜いた。

「ガァァァ……ッッ」

 壮絶な痛みに声にならない悲痛を上げる。

 ぞうきんのようにしぼられ、引き抜かれた腕。踏みつぶされ、おぞましく変わり果てた足。

 迅(こいつ)は狂ってしまっていた。

 もう、兄のことも女性のことも気に求めていない。

「おっと、つい力を入れてしまった。もうちょっと柔らかくしなければ…」

「や…め…ろ…!」

 もう片方の足と腕が引き抜かれた。飛び散る血しぶきを前に女性はこれ以上ない悲痛を上げた。弟は笑っていた。滑稽だと罵りながら、女性を人と見てもいなくなっていた。

「……兄さん。邪魔者を排除したのに、ちっともここの穴が収まらない。なんであろう? さっきまでスッキリしたような気分だったのに…どうして…なのだろう」

『どうしてかって…? それはお前が一番知っていることだろう。目の前の惨状を見ろ、お前がした結果と気分が晴れない原因だ』

 誰かが目の前を見ろと指を向けた。

 その姿は自身と瓜二つ姿をしていた。ただ釣り上げた目をしていた。黒くドス黒く、顔は同じだが首より下は見えない。

「にい…さ…ん? と、○○…さ…ん…?」

 目の前の惨状に気づき、大きな悲鳴をあげた。声にならないほどの悲鳴をあげ、目の前で肉片となった二人のカタチを見て泣き叫んだ。

 胸の穴はどんどん大きくなり、次第に体全体を蝕んでいく。抗う気持ちは当にない。あるのは開き切った穴を解放しようとするもう一人の自分がそう呼び掛けていることだけだ。

「ど、どうして……」

『お前がしたことだ』

「そ、そんな…ぼくはそうするつもりじゃ…」

『お前は欲望の果てに二人を殺したんだ』

「ちがう。ぼくはただ、見てほしいだけで…」

『だから、殺したんだろ。見てくれなければ二人はいらない』

「ちがう。二人が振りむいてほしいと思って…」

『ちがう。君は欲望に負けたんだ。兄の欲望ではなく、兄が持つ嫉妬と絶望が君の心を弄んだんだ』

「…………」

『君は耐えきれなくなり、己を生んだ。そして、君が望んだことで、こうなった』

「…………」

『悲劇は君自身が引き起こした。ああ、兄の〈古き魔法使い〉は君だけになってしまったようだよ。もう、この世界にはマジックツールの時代だ。ねね、君はこれからどうするの? 〈古き魔法使い〉で通して生きていく? 兄と一緒だね』

 ”兄と一緒”。その言葉を聞いて、迅はもう一人の自分に振り返った。

「ちがう。兄の生ひ末に従わない。〈古き魔法使い〉を引き継いだまま、ぼくは〈マジックツールの創製者〉として君臨する」

 真面目な顔をして言い放った。

 もう一人の自分はウハハと笑いあげた。

『いいだろう。なら、二人交代しようじゃないか。己が〈マジックツール〉、きみは〈古き魔法使い〉だ。それなら、間違えることはないだろう』

 もう一人の自分の提案に乗った。

「いいよ。それで、じゃあ、この場所さっさと片付けて新しく始めますか」

 古き魔法〈浄化(クリーン)〉を解き放ち、周りにあったものすべてを浄化させた。重い空気、濁った空気、残虐な光景をきれいに元の姿へと変え、〈時間戻し(リターンタイム)〉で瓦礫や崩れた建材物などを元のはいちいちに戻し、何事もなかったような状態へと戻した。



―――それから三年後、ある地方にひとりの魔法使いが〈双合魔法使い〉と名乗り、数々の事件の解決をしていた。

「迅、あれから三年になるな。君が眠って三年か。早いものだな」

『もうそんなになるのか。樹(たつき)こそ、ほどほどにしておけよ』

「ああ、もちろんだ。君の身体からな」

 一人の身体に二人の心が宿った。

 一人は〈マジックツール〉使いの樹(たつき)、もう一人は〈古き魔法〉の迅(じん)。二人は一心同体。

 そして、〈マジックツール〉と〈古き魔法〉の融合である〈双合魔法使い〉として、新たな歴史のページをめくっていた。

 

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