水に潜む・・・なにか
古い街並みに閉ざされた平凡な土地。かつては多くの魔法使いの根城にしていたのだが、今では魔法使いはいなくなり、その代り放浪者が棲みつくように荒れ果てた。
「水に潜む…なにか」
その町は古い時代から水路になにかが潜んでいた。
専門家いわく、動物か魔物の類がいてもおかしくないと言っていた。人が通れないほどの小ささで、水道管よりも狭い。
水が流れるように作られただけなので定検のことは考えてもいなかったようだ。
「水に潜む…スライムですかね?」
水の中に潜み、人を巧みに吸い込み、溺死させる魔物だ。液体のため刃物や打撲による攻撃は無効、銃や弓といった貫通性の武器もネバネバとした物体のせいで貫通しないなど、生物として物理耐性がすっかりと備わっている魔物だ。
炎、雷と水に対して影響がある属性の魔法には有効だと記録はあるが、すべてのスライムがそうだということはまったくない。
「さあな、俺達が調べることは町の人々の不安をかき消すことだけだ」
兄――一ノ瀬(いちのせ)樹(たつき)に連れられ、弟の一ノ瀬迅(じん)はこの街に訪れていた。
〈古い魔法使い〉として一ノ瀬兄弟ともいわれている。
下水道につながる排水溝など水が流れやすい場所と引きずり込まれた人の話を聞きながら、順調に調べていく。
樹が懐からカードを取り出し、唱えた。
「マジックツール≪導きの花≫」
カードが煙のように消え、道端に真っ白い花が咲いた。
消えた痕跡を花が咲かさせ、教えてくれるという便利なツールだ。
花に指を近づけ、地面をこする。こすると花は消え、代わりにあるものに触れた。それを指にこすりつけ、臭いを嗅いだ。
「これは――魔物の仕業じゃない!」
臭いは、三種類ある。
汚物のように臭く、まともに臭いをかぐことを嫌うほどの異臭。もしくは獣が腐ったような臭い=魔物の存在。
臭いはなく、きつくもない。不透明で臭いという存在自体がなかったようなもの=人間の存在
柔らかい臭いを発し、花のようにきついものもあれば癒し効果もある。鼻に違和感を与えるほどのものではない=別の存在。
この臭いは、人間が関与したものだ。
「人間が関与したものってこと?」
「まだ、そうとは言い切れない。」
兄は黙って、周囲を散策する。
兄についていき、迅はマジックツールを取り出し、唱えた。
「マジックツール≪隠された光≫」
煙のように消え、効果が発揮された。
なにもなかった地面に一つだけ光が宿った。暖かくまぶしくもなく薄っすらと今にも消えそうな光だ。
そこに、かつてあったものの影が浮かんでいた。
「これは……」
数時間後、人が引きずり込まれたと言われた水路にやってきた。
そこは、今は使われなくなり、放置された場所だ。
唯一、人が通れるほどの高さがある水路で、奥へ行けば行くほど狭くなっていくという特徴を持つ。
陸地と地下までの長さは五メートルほどあり、水が激しく流れているため、引きずりこまれたら、最後、這い上がることは不可能なところだ。
「兄さん、ああ、紹介するよこの水路を管理しているお兄さんだ」
ひよっこのような背がスラリとしているが、どこか頼れそうもない風貌をしていた。丸い学者のようなメガネをかけ、目蓋を閉じていた。
「悪いね、遠くから呼び寄せて」
「構いません。それで、水に潜んでいる者の正体がわかったので、先に報告したくて、呼びました」
樹はすでに犯人はわかっていますと発言した。
「はんにんって……だって、まだ証拠もなければ物的証拠もないし、呑み込まれたという被害者の人も発見していないんですよ!」
迅がそう言うと、ひよっこの男も同じように尋ねた。
「証拠もないのに、どうして犯人が分かったんですか?」
樹は順に説明する。
「単純だ。魔物の仕業ではない=臭いで判別した。魔物の仕業では手順があるし、被害者となる遺体は見つかる。けど、今回は見つかっていない。隠されている可能性もあるが、そもそもなかった可能性もある」
確かに、被害者は今までのケースでない。
ただ、「水の中になにかがいる」としか話は伺っていない。
「次、相手は魔法使いだ。カードが消滅したときの匂いがかすかに残っていた。≪導きの花≫でそれが人が使ったものだと判別できた」
カードは人しか使えない代物。
だから、魔物ではないと証言したのか。
「最後、ここはこの人しか、管理が任されていない。普段は施錠され、人が入れないように二重、三重と結界が張られている。にもかかわらず、人がこの場所でいなくなっている。推理した結果、この男が関わっている可能性があると判断した」
確かに、この場所に入るだけで結界を三、四回は通ってきている。
それに、水の潜む何かを見たという証言はこの男しか聞いていないし、あとは「水に潜む・・・なにか」とやまびこのように言葉を返してくる連中だけ。
もっぱら噂で聞いて、中身は知らないのだろう。
「――つまり、犯人はあなたと疑っているんです。どうですか? 俺の考えが間違いでしたら、指摘してください」
ひよっこの男に指をさした。
男はなにも返答しない。
「返答しないと、自動的に犯人になりますが、一つでも小さなこともでいいので、返答してください。じゃないと、あなたを警察に突き出すことになりますよ」
男の肩がかすかに揺れたのが見えた。
警察という言葉を聞いて、男は揺れたのだ。
(迅、準備しろ)
こそっと樹が呟いた。
男に聞こえないほど小さく、口から洩れないように口を閉じて言った。人形のように。
「…ぅ…ぁ……ぅ」
「なんて言いましたか?」
「ちがう。俺はただ、見たことを報告しただけだ」
男はすっとなにかを放り投げた。
それが天へ舞うと、男はさっと逃げた。来た道を戻りながら男は呟いた。
「マジックツール≪光は闇へ≫」
カードが煙に巻かれ、ぱっと灯りが消えた。
周囲は真っ暗闇に包まれ、灯りとなるものすべてが一斉に身を隠した。まるで、かくれんぼしているかのようだ。
「マジックツール≪暗闇は光に勝てない≫」
パッと明るくなった。
樹に呼ばれ、迅が用意していたものだ。
蛍光灯の光が再び宿り、周囲が明るくなる。
男は完全に姿を消しており、見えなくなっていた。
「逃がしたが、でも――」
人差し指をクイっと引っ張る。糸のようなものが来た道からつながっているのだ。
「まだ、気配はある。どこかで隠れているようだ」
樹はその糸を追っていく、迅は樹とは別ルートで待機する。
「俺が手を上げたら、呼べ」
迅は頷いた。
そっと息を吐き、唱える。
出口付近に差し掛かった、蛍光灯は叩き壊されており、地面に破片が散らばっている。
糸はここまでのようで、指を引っ張っても糸から力が戻ってくることはなかった。
「隠れたようだな。マジックツール≪隠れたものは死ぬ≫」
カード効果が現れた。隠れている者は容赦なく、死ぬというチートなカード効果だ。自分で特製(オリジナル)の魔法(ツール)が創れるこの道具の弱点でもある。言葉を聞けば、嫌でも姿を現さずえない。
男はあきらめたのか姿を現した。
出入口のすぐ近くの壁から本体を現した。
「さすが、一ノ瀬兄弟。マジックツールは心得ているな。俺がここで兄弟を抹殺できれば高い報酬がもらえたのによぉ」
「だれの差し金だ!? こんなことして、〈古い魔法使い〉を抹殺したことにならないぞ」
男は「はぁ?」と目を大きく開け、違うと否定した。
「〈古い魔法使い〉は興味がない。ただ、興味があるのはお前らが使うマジックツールだ。専門の魔法使いでしかマジックツールが創れない。しかも、より高度なものは魔法の才能がないものは創ることもできない!! こんな理不尽なことがあるか!! 報酬はあくまでオマケだよ。俺の目的はお前らが使うマジックツールそのものだ!! だから、死ね! 死んで、よこせ!!!」
最初から、一ノ瀬兄弟からマジックツールを奪うつもりだったようだ。水に潜む…なんて、デマを流してまで罠に填めこもうとするとは、生きている人は本当にデマ好きだなと思う。
「悪いが、否定するマジックツール≪踊れ水弾≫!」
「マジックツール≪踊れ火球≫!」
同時にカードが発動し、樹から圧縮された水弾が躍るようにして男を攻撃する。男も樹を殺そうと燃え盛る炎の球で攻撃する。
互いにぶつかると大きな煙を上げ、爆発を起こした。
「マジックツール≪水壁≫」
「マジックツール≪炎壁≫」
再び同時に使い、相手の攻撃を防ぐ。
波のように音を立て、水の壁を作り、飛んできた火球を防ぐ蒸発とともに爆発を引き起こした。
炎の壁がゴウゴウと音を立て、炎の壁を作り、飛んできた水弾を防ぎ蒸発し爆発した。
お互い、ダメージはNoだ。
「この程度じゃ、死なねーよな」
「そうだな、死んでもらっては困る」
お互いにやっと口元が笑った。
そこそこと楽しめる相手と出会えて、心から笑っているのだ。
「これが、俺にとっての切り札だ。マジックツール≪炎の蛇槍(ファイアスネークランス)≫」
二枚のカードを手に持ち、唱えた。
炎に包まれたヘビが槍のようにまっすぐと放たれた。
(ほぉー。連鎖魔法か。異なる属性を併せ持つことで二つの属性に抵抗する方法を考えないといけないやや高度な魔法だ)
内心、感心しながら樹も二枚のカードを手に唱える。
「その心ゆきに答えなきゃな。マジックツール≪拘束する水鎖≫」
パッと水で構成された鎖が男の隙をついて取り囲む。自らの蜘蛛の巣に引っかかったかのように男は水の鎖で身動きが取れなくなり、その場に転がる。
「なっ! 防がず、攻撃するだと!!?」
問答無用に≪炎の蛇槍(ファイアスネークランス)≫が樹の身体へと進行する。
樹は手を挙げた。合図だ。
「≪時の壁≫!」
離れていた迅から魔法が発動した。
≪炎の蛇槍(ファイアスネークランス)≫の速度は遅くなり、樹に届く前に速度を低下させ、人が歩く程度まで速度を落とした。
「な…に!?」
≪炎の蛇槍(ファイアスネークランス)≫を避け、人のように通り過ぎる。≪炎の蛇槍(ファイアスネークランス)≫はそのままのスピードで壁に激突し、粉砕した。
(あの小僧か!)
男の視線の先に迅がいた。
もっぱら離れすぎて見えないし、鎖で身動きが取れないからどうしようもできないが、男は再び樹に向け、こう叫んだ。
「殺すなら殺せよ! じゃないと、あの小僧に俺の魔法が飛ぶぜ!」
「ハッタリはハッタリだ。俺のハッタリに騙された奴が俺にハッタリが通じると思うなよ!」
男はなにを…と言いかけた途端、不安な感覚に陥った。
水の中でもがくような泳ぐの様な感覚だ。
男は瞬きした。
すると、そこは陸地で捕まっていたはずが、水流によって飲み込まれる自分自身がいた。
「がばばば。もぐぐぐ…」
息ができない。水流に飲まれ、手足を動かしてもどこが下でどこか上なのか見当もつかない。ましてや、なぜこの場所にいるのかさえ見当もできない。
「あいつ…クソ! クソ、クソおおおー!!」
走ってきた。迅は樹を呼びながら走ってきていた。
「兄さん! あいつ、どうしたの?」
水鎖に覆われ、まったく動かなくなった男に指をさしながら樹に聞いていた。
「さあな、魔法が還ってきたんじゃないかな。魔法は相手に恐怖や攻撃にもなるが、意思が弱ければ弱いほど、自分に返ってくることもある。両刃の剣だ。俺に勝てないと意思が勝った時、魔法が己に帰ってきたんだろ」
樹は水鎖を引き、男を空が見える場所まで引きずった。
「いいタイミングだったぞ」
樹に褒められ、迅は照れる。
古い魔法は詠唱が長く、隙が出やすい。ましてや、相手はマジックツールを使っている。すでに計算の答えを出している人と、一から計算している人とでは先に答えが出している方が早い。
古い魔法使いはマジックツールとの戦いでは勝つことは難しい。
そのため、マジックツールの戦いは樹に任せ、迅は長い魔法を唱えていた。
結果、勝利したのは一ノ瀬兄弟。
勝てたのは偶然でもあった。
男は己の意思に負けた。あのまま隠れていれば、隙をついて攻撃することもできた場面もあった。でも、男は樹の魔法に恐怖し、姿を現した。
「マジックツール≪死ぬ≫に関しての魔法は存在しないのに……」
マジックツールの開発者いわく、≪死≫に関する魔法を作れないようにカードにくしているのだという。そのため、死を記述したカードは不発で終わる。
樹が言ったカードも効果はなく不発で終わる。
そのことを知らず、男は≪死≫を恐怖し、せっかくのチャンスを逃したのだ。このことを知るのはマジックツールの開発者のほか、使っている人全員だ。
ま、読み書きができる人限定だろう。
「結局、水に潜む…は何だったんでしょうか?」
噂は噂だ。
水に溺れた先に何が待っているのか、なにに飲み込まれるのかは、被害者にならないとわからないものだ。
それに、この男が言っていたあることが気になる。
『一ノ瀬兄弟を抹殺できれば高い報酬がもらえたのによぉ』
男に聞きだせば、いいのだが、もっぱら喋ってはくれないだろう。どうしたものか…と、考えているとき、迅が樹の服を引っ張った。
振り返ると、そこにぷよぷよと揺れる液状物体が顔を出して挨拶していた。
「やあ」
樹が近づき、あいさつした。
「珍しいな。わざわざあいさつに来たのかい?」
スライムだ。人前に出すなど、よっぽどの理由がない限りない。
「その男を逮捕してくれてありがとう」
「お礼を言われるほどのことかい?」
スライムは頷いた。
「その男のせいで、水に溺れるのはスライムのせいだと、他の国で被害に遭っていたから、困っていたんだ。でも、その男が捕まり、直々に罪を告白してくれるんでしょ。そしたら、スライムはみんな釈放されるはずだから」
スライムはやや嬉しそうに笑っていた。
「でも、釈放されなかったら……」
迅が聞き、スライムはにっこりと笑みを浮かべながら
「世界中の水を吸収し、餓死させてあげる」
「それは無理だね」
樹が否定した。
「海がある限り、水は無くならない」
「そういう問題!?」
迅のツッコミに、樹は「冗談だよ」と返答した。冗談には聞こえないのだが。
「これから、どうするんだ」
スライムはうーんとと考え閃いたかのように飛び跳ねた。
「この街に引っ越しするよ。みんなで」
「引っ越ししてどうするの? 大渋滞で大変なんじゃ…」
「この街の地下水路はとても汚くてちょうどいいんだ。きれいにすれば、この街も住みやすくなるでしょ」
スライムは汚い水を浄化する能力がある。そうか、それがあればこの街もきっとかつての綺麗だった水源が戻るはずだ。
「わかった。このことを報告しておくよ。きれいなったらぜひ、呼んでくれ。観光にくるわ」
スライムが手を振り、一ノ瀬兄弟はこの街を去った。
後日、男の証言により、男のデマだと判明し、スライムは全員釈放された(殺された者はいない。マジックツールなど所詮、倒せるほど相手ではなかったことも証明されたのはまた別の話)。
この街は再び観光地となるのはそれから四年後の話だったという。
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