名前の話

青樹春夜(あおきはるや:旧halhal-

第1話


 澄江は、彼の名前を目にした時、素直に珍しい名前だな、と思った。


 ひとお、と読む。

 他人男、と書く。


 学生証に記載されているので、本名に違いない。


 そして一瞬の後にその意味を考えて、少しゾッとした。


 一体どんな意味を込めて、彼の親はその名をつけたのだろうか。


 澄江は学生証を返しながら、努めて笑顔を作った。

 彼が持ってきた奨学金の書類について説明を始めた。


「変わった名前でしょ?」

 ひととおりの説明を終えた時、本人にそう言われて、澄江は驚いた。

「笑えますよね」

 そういうと、彼はそばにあった鉛筆を手に取り、説明したばかりの書類にサラサラと何事かを書き込んだ。

「ほら」

 主たる家計者の欄に鬼子男と書いてある。澄江はそれを書いた学生の顔を思わず見た。

 皮肉な笑みを浮かべて、

「父親の名前です。読みはきしお」

 と、彼は答えた。


「そ、そう…」

 澄江は曖昧な返しをするしかなかった。


 その後も澄江はこの名前の事が気になった。折に触れて思い出してしまうのだ。


 ちょうど、キラキラネームの子が改名したことが話題になっていた。○○様という名で、読みを聞いただけでえっ?と思ってしまう名であった。


 澄江も自分の名はちょっと古くさいなと思うこともあるが、澄の字と読みが好きだ。


 だが、あの学生はそうは思わないのではないか?


 澄江は帰りの電車を降りて、駅前のカフェに入った。月一回、最終金曜日の贅沢だ。クリームたっぷりのカフェラテをトレイに乗せて席に着く。


 柔らかい席に座ると、ほっとして1週間の疲れが抜けていく。

 ラテを口にする前に、澄江はスマホを取り出した。名前・意味などのワードで検索する。しかし出てくるのは占いのページばかりだ。


「……」

 澄江はしばし思案する

 他人男意味、と直接的に検索する。

「あ…!」

 澄江の顔が少しほころぶ。

 そこにはこうあった。


 難を避けるため、逆の意味をつけることがある。捨(すて)、他人、など。


 やっぱりただ付けた名前じゃなかったんだ。


 そして更に、こうあった。


 同じく難を寄せ付けないために強いものの字を入れる事もある。鬼、虎、龍など。


 お父さんの名前も災いを避けるための名前だったのね。


 澄江はその事を早く彼に教えてあげたかったが、伝える術が無かった。


 小学校の時など自分の名前の由来を調べたりしてないのかしら?

 でも知ってたらあんな風に自虐的に言わないはずよね。


 また彼が学生課の窓口に来たら、きっと教えてあげよう。

 迷惑がられるかな?


 でも、澄江はきっと伝えるだろう。

 彼の心が軽くなることを思って。


 了

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