第14話

また、朝がやってくる。私は、バッグの中身をもう一度確認した。

魔物よけの松脂、薬草、そして短剣。


サイモンホテルのロビーを抜け、外に出ると、そこにはすでに仲間たちが集まっていた。


「ちょっと、シュナ。最後に来るなんていい度胸してるじゃない」


「ごめんなさい。昨日つい夜更かしを……。あと、久しぶりの任務だから、忘れ物がないかもう一度確認したくて……」


「言い訳はいいわよ。ところでロベル、馬車はまだなの?」


「いやー。昨日ちゃんと手配したんだけどなぁ。なんで来ないんだろう」


「本当に手配できているの?ちゃんとそのくらいやってよ。あんたにできること、そのくらいしかないんだから」


リリアがロベルに詰め寄る。ロベルは薄ら笑いを浮かべながらも、一歩後ろに下がった。


あの時、私を学校まで救出しに行く道中で、ロベルは、リリアに自らの過去を打ち明けたようだ。

最近立て続けに起こった、フランツ騎士団への妨害。

それはフランツの弱体化に起因しているが、その「弱体化」の原因を、クルーの中ではリリアだけが知らなかった。このままではいけないと、おそらくロベル自身が判断し、話したのであろう。


リリアはそれでも、フランツを離れることはなかった。しかし、ロベルへの扱いが露骨に雑になったのは、なんというか、リリアらしい。


「おい、馬車が来た。いつまで張り合っているつもりだ、いくぞ」


カイが私たちを背に、馬車に乗り込む。待ちなさいよ!とリリアがその後に続いた。ロベル、そして最後に私が客車に足をかけ、ドアを閉める。


馬車がゆっくりと走り始めた。こうやって、クルー全員が一つの馬車に乗り込むのは、いつぶりだろうか。

なんとなく気恥ずかしいのか、客車内では全員、うつむいていた。


こんな日が、また来るなんて思っていなかった。


そしてそれが、こんなにもうれしいと感じるなんて、思ってもみなかった。


もちろん、フランツに残ることが、私にとっての完全なる幸せか、と問われれば、全く違う。私自身の課題は山積している。

まずは、王国直属騎士団クルーの名に恥じぬくらいの技術を身につけなければならない。そのため、私は毎日睡眠時間を削り、古今東西の魔導書や専門書をめくっていた。就職試験の時ですら、ここまで勉強に勤しんだことはなく、毎日寝不足だ。


また、フランツの置かれている立場も、何も変わってはいない。

「名門の名に胡坐をかいたお飾り騎士団」という不名誉な称号は、ちょっとやそっとで消えるものではない。きっと、そんなフランツを完全に葬りたいと考える輩は、この先も現れるだろう。


それでも、私は、今を、このクルー全員が同じ馬車に乗って、任務に赴ける今を、幸福だと感じた。

単純だ、と言われればそうなのかもしれない。しかし、自分が今、幸福だと感じているこの瞬間を、この先も忘れてはいけないと思った。


馬車がゴトゴトと音を立て、揺れる。


私は、そっと上目で皆の表情を確かめながら、恐る恐る口を開いた。


「あの、ハーブティ、持ってきたんですけど、よろしければ、いかが、ですか?」


皆が顔を上げる。


「それって、前くれたのと同じの?」


「うん、リリアのお気に入りのやつだよ」


「いや、別に気に入ってるってほどではないけど……まぁ、せっかく持ってきたなら、飲んでもいいけど」


リリアがそっぽを向きながらも腕を伸ばす。ロベルとカイも、私がコップを差し出すと、受け取ってくれた。


「ねぇ……俺がいうのもなんなんだけどさ。せっかく……コップもあるし、乾杯、しない?」


「はぁ?一体なんのための乾杯なのよ」


「しよう」


「えっ」


声をそろえると同時に、私たちは一斉にカイを見る。

カイはいつものように、口を横一に結び、真顔で言った。


「乾杯、しよう。今後のフランツのためにも」


「おぉー!カイ!」


ロベルが嬉しそうに、カイのコップに自らのコップをコツンと当てる。リリアはそれを横目で見た後、顔はそらしたまま、黙って自分のコップを当てた。


嬉しさが、こみ上げてくる。私も急いで腕を伸ばした。



人の中で生きるのは、本当に難しい。

人は、それぞれ違う思いを抱き、それぞれ違う方向に進んでいる。時に裏切られ、時に助けられ。

それでも、生き続けるしかない。自分以外は他人の世の中で、生き続けるしかないのだ。


あなたがいる世界を、私は知ることができない。

けれど、あなたが今、どこで、どんな団体に所属し、どんなポジションに立っていたとしても、私が言いたいことは、ただ一つ。



私も、なんとか頑張るから、あなたもどうか、前を向いて。


お互い、少しずつ、歩んでいこう。

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平凡魔道士は、逆風の中でも前を向く 佐和 宙恵 @nokonokon

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