第7話

「えっ、うちもコロシアム、出るんですか?!」


「当たり前だろう?まぁ、今年出るのはカイだけどね。俺が出ちゃうと、強すぎて面白くないから」


そういってロベルは声を出して笑った。


「あんまり大きい声出さないでください!ここは書物庫ですよ!」


本の整理をしていたキキが、私達を睨みつける。注意する彼女の声が一番大きいのではないかと思ったが、彼女の名誉のために、それは言わないでおいた。


私は、国に提出した日誌を、城の書物室まで取りに来ていた。


王国直属騎士団員でも、事前申請なしでお城に入れる機会は、この日誌受け渡しの時くらいである。

せっかく堂々と入れるチャンスなのだから、ついでにと思い、書物庫も利用することにした。そこでロベルに出くわしたのだ。


ロベルは由緒正しい名門騎士団「キャプテン」であり、城内でも知らない人はいないほどの有名人であるためか、顔パスで、いつでも気軽に、城の中に入れるらしい。


鉢合わせたときは驚いたが、ロベルはいつもの軽い調子で私に歩み寄り、読んでいた本を見せてくれた。

どうやらロベルは、今年のコロシアムが間近に迫る中、過去の戦略や成績等を見返したくて、図書室に来たらしい。


「ほら、シュナちゃん見てごらん。これが歴代のコロシアム成績。フランツ騎士団は、5位以下を取ったことがないんだぜ」


そう言ってロベルは、「リッツガルド コロシアムの分析」と題された本の、過去の成績の項に目を落とした。

この大会は50年以上の歴史があるらしいのだが、フランツが参加し始めた23回目以降は、ずっとフランツ騎士団所属の騎士が5位以内に入っていた。


「これが俺の親父。今は国勇軍の戦術指導なんかをしてるけど、騎士団時代は負けなしだったみたい」


本に描かれている、凛々しい男性の挿絵をロベルは指差す。


「へぇー。目元が似ていますね」


「シュナちゃん、いつまで敬語を使ってるんだい?」


「あっ、ごめんなさい。でも、すごい、ね。こういうのを見ると、フランツ騎士団の強さが改めてわかるね」


「そーだろう、そーだろう」


ロベルは得意げにうんうんと頷く。私はキキを意識して、少し小声で話していたが、ロベルの音量は変わっていない。


私がこうやってロベルとまともに会話するのは、おそらく入団式の日以来だろう。


あの日の夜、団員が私への不満を大声で口にしているのを聞いた時から、私はクルーのみんなを、意識的に避けていた。

その後、リリアとは少し距離が縮まった気がするが、それ以外のクルーとは、あの時のままだ。


ロベルは、私がそのような気まずい感情を抱えているとは全く思っていない様子で、ペラペラと話し続けている。

影で私に苦言を呈していた彼が、今、私に対してこんなにもフレンドリーな態度で話しているのだ。


裏表がある人は正直苦手だが、彼は仕事仲間。苦手もなにも言っていられない。

私は笑顔を作り、彼と同じく明るく、フレンドリーに務めた。


「私、田舎者なので、コロシアムのこと全く知らなかったよ。各騎士団から一人ずつ出て、一対一で戦うものなんだね?」


「そーそー。リリアも実力としては充分なんだけど、年齢要件をクリアできなかったんだよねー。あ、シュナちゃんも出たかった?」


「いえ、私は入ったばかりだし……それにほら、この過去の成績を見ても、白魔道士は一人も出ていないみたいですしね」


「まー一対一で戦闘するってことを考えれば、白魔道士が出てもあまり勝てる見込みがないからね。よっぽど腕力のある白魔道士でないと。

でも、白魔道士だからといって、コロシアムで全く活躍できないか、と言われればそうじゃない。ほら、君も白魔道士なら、薬の調合とか、できるだろ?」


「はい、一通りは習いました」


「コロシアムにでる連中は、戦闘能力は高いけれど、回復魔法なんてろくに使えないやつがほとんどだ。

だからその代わりに沢山薬を持ち込む。持ち込む量は制限されているけれど、種類は特に問われない。だから、白魔道士はその日のために、とっておきの薬を調合して、選手に渡すんだよ。要は、縁の下の力持ち、みたいな感じで、間接的に活躍できるってわけ」


「えっ、じゃあ、私もカイさ…カイのために、ちゃんと準備をしておかないといけないんだね?」


「ああ。でもまぁ、カイに何も声をかけられていないのなら、別に必要はないんじゃないかな。

彼もああ見えて、新人の君に気を使っているんだよ。入団して早々、そんな荷を負わすのも悪い、とでも思っているんじゃないかな?それに彼には、顔なじみの薬屋もいるみたいだし」


「でも、せっかくフランツ騎士団に入ったからには、みんなの役に立てるように、努力します。コロシアムは確か、2週間後ですよね?」


「そう、2週間後の戦勝記念日。ちなみに俺たちは、タダで控室にも行けるし、観戦もできるよ」


「そうなんだ。楽しみになってきました」


薬の調合という重荷を考えると、正直あまり楽しみではないが、ロベルに合わせて口ではそう言ってみた。


「やる気だね。あ、そうそう、この本には、歴代の上位入賞者の戦いぶりや、持ち込んだ薬の種類なんかも書かれているよ」


ロベルは少しページを私の方に傾けてくれるものの、細かい字までは見えない。

覗き込み、もっと近くで見たかったが、このような狭い空間でロベルに近づきすぎると、どんな噂が立つかわからない。

私は、近くにあったロベルの持っている本と同じものを本棚から探して取り出し、ペラペラとめくった。


「この辺り……?ホントだ。みんな結構、体の負担が大きい増強剤なんかも使っているんですね」


私が開いたのは、近年の戦歴が載ったページであった。と、そこには、上位入賞者に、ロベル・フランツ、彼の名前がある。


「ロベルさん……ロベルの名前があるよ。14歳で……準優勝?これ、ロベルのことだよね?」


私はそのページを開けて彼に見せた。

得意げにその時のエピソードを語るものと思いきや、彼の顔は一瞬、固くなった。

その後、すぐさま薄ら笑いを浮かべたか、無理をしているのか、顔はこわばったままだ。


「あ……違う人でしたか?」


私は不安げに尋ねた。ロベルは一歩後ろに下がり、両手の平を大きく振った。


「え、いや、そんなことないよ。俺にきまってるじゃないか。

ただその……若い時の姿を見るのって、なんか恥ずかしくない?ほら、この頃に比べると老けたよな、とか、色々考えちゃうじゃん」


苦笑いしながらロベルは、そっと私の本を取り上げ、棚に戻した。


「じゃあ、俺はもう行くから、調べもの、頑張ってね。カイを勝たせてやってよ」


そう言い残し、彼は速足で書物庫を後にした。キキが先ほどのような大声で、「出られるのなら、入退記録に退出時間を記入してください!」と叫び、彼を追いかけていく。

私はそんな彼の背を見ながら、何か悪い事でも言ってしまったのだろうかと、疑問に思っていた。

 

ロベルが去った後、私は改めて、ロベル個人の戦歴を確認した。

コロシアムに出場できるのは14歳からであるが、彼は14歳で初出場し、その大会で準優勝している。その翌年以降の3年間は、ずっと優勝者の欄に、ロベル・フランツの名があった。


歴代の優勝者と比べると、ロベルの成績がいかに桁違いであるかがよくわかる。

その若さで準優勝を獲得しただけでもすごいのに、その後、3年連続で騎士の頂点に立ち続けたのだ。

この3年連続優勝というのは、ロベルの父、ジゼル・フランツ以来の快挙らしい。フランツ家、そしてロベルの名が田舎まで届いていたことにも、これで納得できる。


しかし、この「伝説」はこの3年でピタリと止まっており、それ以降の彼の戦歴は、なにも記されていない。

これはロベルが大怪我をした年と重なる。

つまり彼は、あの事件以来、コロシアムには出ていないのだ。

私は、近年の歴代上位者の項へとページを進めた。やはり、ロベル個人の名はない。代わりに、おととしと去年の上位者として、カイの名前があった。


リリアは、今のロベルが戦闘に非協力的であることを、過去のトラウマに原因があると解釈していた。

この戦歴を見ても、それは明らかだ。


ロベルは今、普段の戦闘にすら参加していない。(私が知っている限りでは。)

ましてや騎士団の名誉を背負い皆の前で戦うなんて、できるはずがないだろう。


先ほど、私がロベル自身の、過去の戦歴を指した時、彼は狼狽していた。

おそらく、今の自分が昔に比べ、格段に劣ってしまったと一番感じているのは、ロベル本人なのだろう。

だから、あまり過去の栄光に目を向けたくないのかもしれない。私はそう、自分なりにくみ取った。


その後、私は歴代コロシアムで使われた薬の種類をメモし、部屋を後にした。


学生時代、私に薬草や薬調合の知恵を授けてくれたのは、クレイン先生だった。

彼はその分野においては国内有数の研究者であったらしく、知識も豊富だ。

「コロシアム用の薬について相談したい」なんて、これを口実に先生に会いに行こうかな。

そう考えると、自然と口元が緩んだ。

 


一応、先生に手紙を出したが、連絡はなかった。

丁度今は連休の期間なので、おそらく学校にはいないのだろう。

コロシアムがあと6日に迫った今、薬の調合は、自力でするよりなさそうだ。私は深くため息をついた。


「もし、手紙が来ましたら、すぐさまお伝えしますので」


そんな私を見かねて、クラークの方は優しい言葉をかけてくれた。毎日ホテルのクラークに、手紙が届いていないか聞きにいっていたものだから、すっかりクラークの人に、顔と名前を覚えられてしまった。


「そういえば、手紙ではありませんが、さっきエマさんとおっしゃる方が、シュナさまを訪ねてこられました」


「えっ、エマが!?なんで!?いつごろですか?」


「今先ほどでございます。いらっしゃらないと伝えると……あ」


クラークの方は、何かに気が付いたように言葉を止めた。次の瞬間、誰かにいきなり、お腹を後ろから掴まれた。

私は驚き、ひやぁと情けない声を上げ、床に崩れ落ちた。


「あはははは、シュナぜんっぜんダメじゃん。騎士たるもの、いつ何時も神経を尖らせ、敵の気配を察知しないと」


そこには満面の笑みを浮かべたエマが立っていた。腕を組み、満足そうな様子で倒れ込んだ私を上から見ている。


「もー、ひどいなぁ」


「えへへ。期待通りのリアクション、ありがとう!」


そう言いながら彼女は、そっと私に手を差し伸べた。



「コロシアム、タダで見れるの?!なんで私に声かけてくれなかったの?」


エマはテーブル越しに身を乗り出す。私の部屋のテーブルは小さいので、それに伴いテーブルも傾いた。

これではお茶がこぼれてしまうので、私はテーブルをそっと、押し戻す。


「いや、私達はタダだけど、他の人のチケットまでタダでもらえるかどうかはわからないよ。


それに、たとえ予備のチケットもらえたとしても、私、今のエマの連絡先知らないから声かけられないよ。

前回はまだエマ学校の寮に住んでいたから、手紙とか送れたけど。だからびっくりしたよ~。突然会いにくるんだもん」


「コロシアムが近いって聞いたから、お休み取ってリッツガルドに出てきただけ。シュナにわざわざ会いに来たわけじゃないよ~」


「え」


エマのからかうような口調に、思わず顔が赤くなる。会いに来てくれた、なんて自意識過剰だっただろうか。


「そ、そんなこというなら、部屋から追い出すよ!私だって忙しいんだから……」


「にゃはは。嘘うそ。本当はシュナにも会いに来たんだよ。前はつらそうだったけど、その後どう?状況は改善した?」


「あ、え、まぁ、まぁね」


私は自分で入れたハーブティを両手で持ち、じっとエマを睨みながら飲んだ。

エマはいつも私の上手をいっているというか、まるで手のひらで転がされているようだ。なんだか悔しい。


「ちょっとはマシになったかな。こう、クルーの人たちと、ほんの少しだけ、距離が縮まったというか……」


「へぇ~よかったじゃん!これで安泰だね!」


「いやいや、そんなことないよ。距離が縮まったって言っても、クルーの中の一人だけだし。ほかの二人とは、まだ全然。そのうち一人とは、ちゃんと会話したことすらないよ」


「そうなんだ。まぁ、でもそんなの、時が自然と解決してくれるんじゃないの?」


「そうだといいけどねー」


私はカップをテーブルに置き、小さくため息をついた。

愚痴をこぼしているわりに、心が穏やかな気持ちでいられるのは、ハーブティのおかげだけではない。


「あ、お茶飲み終わった?そんじゃさー、街に出ようよ。私、行きたいところがあるんだー」


「え、私が飲み終わるの待ってたの?」


「当たり前じゃん!こちとら早く外に出たくてうずうずしてるっつーの」


「人の部屋に招かれておいてよく言うねー。そんなに行きたいところって、どこ?」



「え、ここ?」


「うんうん!これぞコロシアムの醍醐味だよねー!」


コロシアム6日前ということもあり、街はいつも以上ににぎわっていた。

演奏家たちが、それぞれの持ち場でバイオリンやフルート等で音楽を奏でている。

人の声と音楽がまじりあい、正直ちょっと騒々しいのだが、その騒々しさが、私のような田舎者の胸を高鳴らせた。


エマは、メインストリートに出ているある屋台の前で足を止めた。

クレープ屋さんや花屋さんなど他の屋台は、台の上の商品や店員の顔も見えるのだが、この屋台だけは、派手で長い暖簾のおかげで中が見えない。エマは意気揚々と、その暖簾を手でめくった。


中はどこぞの民族音楽のような曲が流れており、変なお香も焚かれていた。

台には、今までのコロシアム成績が書かれた冊子、様々な大衆紙のコロシアム特集号、そして「騎士団年鑑」なる本が積まれている。


「おー、若い女の客は珍しいねぇ。

誰かお目当ての騎士がいるのかい?似顔絵も売ってるよ」


頭が丸坊主の店のおじさんは、タバコを吸いながら、上から紐でつるしている騎士たちの似顔絵を指でつついた。


「ずっと来てみたいな、とは思っていたんだけど、さすがに親のお金で博打はどうかなって遠慮してたんだよね。

今年が賭け事デビュー!で、おじさんの予想は?」


エマは丸椅子に腰かけ、台に手を付いた。私もおそるおそる、隣にすわってみる。


「うーん、そうだなぁ。やっぱり固いとこでいやぁ、セントクリフ騎士団のキースだろうな。なにせ前年度の覇者だし、王国直属騎士団として今年も、危ない仕事を多く受けているらしい。

公開されてるだけでも結構な数だから、実際はもっとこなしているだろう。腕がなまる暇がないだろうさ」


「なるほどねー。でも、そんなんだと払戻金も少ないでしょ?もっとこう、大穴みたいなのはある?」


「へぇー。初めての割くせに大穴狙いとは、肝っ玉の太ぇ嬢ちゃんだ」


「だって、それが賭け事の醍醐味でしょ?」


「はは、そのとーりだ!気に入った!」


店主は手のひらで太ももをパチンと叩き、吸っていたタバコを台に押し付け火を消した。置かれた大衆紙の一枚を手に取り、台の上に広げる。そして耳に掛けていた鉛筆を取り、ぺろりとその先を舐めた後、なにやらその紙に色々と書き始めた。


「エマ、聞くまでもない気もするけれど……賭けるの?」


「うん。これがやりたくて、わざわざ休暇ももらったんだよ」


エマはあっけらかんとしている。博打イコールあぶない人達の世界、という考えが身についている私は、やはり田舎者なのだろうか。


「ほら、嬢ちゃん、ここ見てみ。」


広げられた紙には、一筋の線が引かれていた。線の上には、アルファベットが並んでいる。


「この騎士団特集号には、小市民にはあまり見る機会のねぇ、騎士団の評価表が載せられている。

そもそも民間の騎士団は、王国直属のように、国から給料をもらうんじゃねぇ。一般の商店や個人なんかから依頼をもらい、それをこなすことで賃金を得ている。賃金は先払いだから、雇う側としては、雇うにあたってその騎士団が報酬に見合った仕事をしてくれるものか、その判断をしなくちゃいけねぇのさ。

そこで、頼りになるのが、この評価表だ。Aが一番良くて、Eが一番悪い。雇い主は、騎士団が仕事を終えた後その出来具合を評価し、民間騎士組合に報告するってぇシステムだ。で、この線引いたやつ。これは、ザクソン騎士団ってぇところの仕事評価だ」


店主はおそらく、私達をただの町娘だと思っているのだろう。

得意げに民間騎士団の受注システムについて話してくれている。私とエマは騎士団に属しているため、このことはとうに知っているのだが、黙ってうなずき、話を聞いた。


「雇い主は依頼する際、この評価表を基準にする。評価表には、誰がどんな仕事を依頼したかと、その評価がランク付けされている。それがこれってわけだ」


「ふーん。でもこれ見る限り、ザクソン騎士団、そんなに評価良くないよ?Eばっかりだし」


エマの問いかけに、店主は待っていましたと言わんばかりに、にやりとほほ笑んだ。


「そう、そうなのよ。普通はそう思う。評価は良くない、とな。でも、ちゃんと見てみな。この雇い主の名のところ」


「雇い主……あれ?みんな同じ人だ。パーリット・コルビノってひと」


「あぁ。名前くらい聞いたことないか?貿易商のパーリットだ。やつは、いつもE評価をつけているわりに、ザクソン騎士団に依頼をし続けている」


「どーして?どーして?」


エマが台に手のひらを付き、ぐっと身を乗り出した。店主は、きょろきょろと他に誰もいないか確認し、手を口元に当て、もったいぶりながらも私達だけに聞こえるくらいの声量で言った。


「囲い込んでるんだよ。ザクソンに、他の客がつかねーように」


「ええっ!」


エマは大げさに声を上げる。正直、民間騎士団の囲い込みなど、頻繁に行われていることなので、我々騎士界の人間(といっても、私などまだ入ったばかりだが)にとってはそこまで驚くことではない。


しかし、エマはさも初めて聞いたかのように、目をキラキラさせて店主の話を聞いている。

おそらく、食いつきよく話を聞くことで店主の機嫌を取り、もっと情報を引き出そうとしているのだろう。

こういうやり口をどこでエマは学んだのだろうか。スパイとしても、充分やっていけるのではないかと思う。


「つまりだ。パーリットの野郎は、本当はザクソン騎士団をかなり気に入っているんだよ。専属にしちまいたいほどな。だが、専属騎士団が持てるのは、王国のみだ。ってなわけで、あえてこういうやり方をしているんじゃねーかと、俺は思っている」


「じゃあ、おじさんの読みが正しければ、ザクソン騎士団は、本当は実力のある騎士団ってことになるんだね」


「おうよ。しかも、ザクソンは今回がコロシアム初出場だ。コロシアム経験のない騎士団ってのは、やはり人気はいま一つだ。だから、博打としては面白いんじゃねーか?」


「なるほど」


エマは感心したかのようにふんふんと頷いた。


商人パーリット・コルビノというのは、この前私達が護衛したパーリット氏と同一人物なのだろうか。

そういえば、前に「護衛のために普段は、自腹で民間騎士団を雇ってる」的なことを言ってた気もする。


「ザクソン騎士団からは、誰がでるの?」


「ベルゾフとかいう剣士だ。コロシアム初出場とあって、名前と職業くらいしかわかっちゃいねぇ」


「そっかー。じゃあ、似顔絵もないんだね。せめてカッコいいかどうかだけでも確かめたかったなぁ……。

まぁいいや。じゃあ、私、ザクソン騎士団のベルゾフに賭けるよ。確か、1チケット300ガルドだよね?じゃあ、5チケット頂戴!」


「へい!まいどあり!俺も実は、やつに賭けているんだ。お互い、もうかればいいなぁ!」


「うん、ビギナーズラックって言葉もあるしね。で、ほかには?」


「……他にはって、まだ賭けるのかい?」


「当たり前じゃん!ね、もっと教えてよ。いろいろ」


エマは、台に肘をつき、両手を頬に添え、以前私にも教えてくれた必殺技「かわいく頼む」を発動した。上目づかいに、少し困ったような表情。さすが師匠はものが違う。


店主はそんな彼女の「技」にまんまとかかり、「仕方ねえなぁ」と言いつつも、有力視される騎士団の様々な情報を、自慢げに披露してくれた。

しかし、私には一つ、気になることがあった。「参加してこのかた、5位以下をとったことがない名門」であるはずの、フランツ騎士団の名が、会話の中に全く登場しないからだ。


「あの……」


盛り上がるエマと店主に割って入る。二人はピタリと話すのをやめ、同時に私を見た。


「フランツ騎士団って、最近どうなんですかね?ほら、5位以下をとったことないって聞いているんですけど……」


「フランツ?ありゃだめだめ。もう終わった騎士団さ」


店主は手と顔を同時に横に振った。


「確かに昔はすごかった。特に、ロベル・フランツが初めてコロシアムに出たときなんて、もう、な!ありゃー今思い出しても身震いするくらいの、歴史に残る大会だった」


「初出場の時は、準優勝だったんですよね?」


「あぁ。決勝戦は本当に名勝負だったんだぜ。選手の気迫が観客席にまで伝わってきてね。

またロベル、あいつがまた恰好いいのなんのって。優男のくせに、目だけは本物の目をしてやがるんだ。凛々しく吊り上っていてな。熱い闘争本能が、目の奥に燃えているんだ。

戦い方もそうさ。刀の一振り一振りが、正確で、迷いがない。戦うことを楽しんでいるんだ。

結局負けちまったが、あの大会で優勝した年配のベテラン剣士は、大会の直後、引退しちまった。『ロベル・フランツと戦って、俺の時代は終わったと確信したから』って言ってな」


「へぇー。やっぱりロベル・フランツってすごいんだねー」


「そうさ!……だが、それももう昔の話だ。今じゃお飾り騎士団一つに成り下がった、なんて話もあるしな」


「お飾り騎士団?」


エマと私は口をそろえる。


「お飾り騎士団ってのは、王国直属騎士団の中でも、肩書のみで実力の伴っていない騎士団のことさ。

皮肉ってそう呼ばれるんだよ。

王国直属は、先の戦争中に手柄をあげたことで直属になったわけだが、戦争なんて、もう何十年前もの話だ。代が変われば、強さも変わる。王国直属イコール実力ある騎士団、なんて見方はもう古いよ。

実際、民間騎士団の中には、王国直属をしのぐ団もゴロゴロ出てきているからな。

フランツは、5年ほど前まではそりゃ、だれもが認める一流の騎士団だった。

だが、ロベルの怪我以降、目立った活躍は全くといっていいほどしてねー。だから、お飾り騎士団って言われてもまぁ、仕方ねーんじゃねーかな」


「で、でも、槍使いのカイは、去年も今年も上位に入っているんでしょう?」


私は立ち上がり、必死に店主に食らいつく。


「あー、確かにな。でも、上位ってだけじゃなぁ。こういう賭け事での一番の関心事は、誰が優勝するかだからな。

カイに賭けて、上位に入賞したところで、優勝しなきゃなんの意味もない。

それに、去年やおととしの試合で、ものすごい大技を繰り出したとか、すさまじい攻防戦の末負けたとか、そういう『花』があれば話も別だが、特にそんな派手な活躍もしていない。公開されている今年一年の仕事内容を見ても、特に目立ったものはないし。強いは強いが、それだけだ」


「そう、なんですか……」


私は力なく椅子に座った。

感情的になりすぎたのか、耳の裏が熱い。

まだフランツ騎士団に入って2か月ほどしか経っていないのに、こんなに悔しい気持ちになるなんて、自分でも不思議だ。


「じゃあ、最近の王国直属騎士団って、どれもパッとしないの?」


「そうさなぁ。どれもってわけじゃねーけどな。そもそも王国直属は、コロシアムに積極的ではないから、全体的に弱くなってるのかどうか、本当のところはわかんねー。ただ、コロシアムだけを見ていると、近年では、民間騎士団に押されているイメージはあるなぁ」


店主は、「騎士団年鑑」をパラパラとめくりながら言った。

私はもともと、そこまでコロシアムに興味はない。が、その話を聞き、腹の底から何かがこみ上げてくるのを、確かに感じた。


「おじさん、私も賭けていいですか?」


「おおよ!で、どれにする?」


店主がパンパンと両手のひらをはたく。私はまっすぐ店主の目を見て、言った。


「フランツ騎士団の、カイを一枚」




エマにからかわれるだろうと思っていたが、そうではなかった。


「なんかうれしいよ。シュナ。色々言っているけれど、やっぱりシュナはもう、立派なフランツ騎士団の一員なんだね」


帰り道、エマは腕を頭の後ろで組みながら、鼻歌まじりに言った。

来た時は日がまだ高かったはずなのに、いつの間にか西から、オレンジ色の光がさしている。店じまいを始める屋台をよけながら、私達は歩いた。


「自分でもわけがわからないよ。息苦しいし、辞められるのなら辞めたいっていつも思っているのに、こんなに肩入れしちゃうなんて」


「いーじゃん、いーじゃん。このシュナの愛団心が、フランツのみんなにも響けばいいね」


エマの言葉が、いつもより優しく心にとけていく。なんやかんやでエマは、私のことを本当に心配してくれていたのだろう。


「お互い、儲かればいいね!」


「お互いって、エマはフランツには賭

けてないでしょ?この賭けは、優勝者を当てた人にしかお金は出ないんだよね?」


「ふふっ、ほら、これなーんだ?」

 エマは一つのチケットを、空に掲げた。

夕陽に透けたその紙切れには、確かに「フランツ騎士団 カイ」と書かれていた。


「なんで?!店主のおじさんもおすすめしてなかったのに!?」

「なんででしょーね。なんでだろう。

わかんないや。ハハ」


エマは相変わらずとぼけながら、夕焼け空にチケットをヒラヒラと振った。

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