第2話

リッツガルドは、この国の首都。


長きに渡る戦争を制し、初代リッツ王がここを拠点に国を開いたのが、およそ150年前だ。以来、争いはあったものの、現在は治世が続いている。


と言っても、一歩町の外を出れば、魔獣や盗賊団に襲われる可能性が、まだまだ日常的に存在する。


私たちの学園は田舎だったので、魔獣除けの特殊な松脂を焚けば、そうそう危ない目には合わないが、リッツガルドはやはり都市。

人が集まるだけに、松脂だけでは防ぎきれない、様々な危険が潜んでいるのだ。


私がこの街に足を踏み入れるのは二度目だ。


一度目は年に一度の収穫祭の日。私がまだ6歳くらいの頃だ。

「一度くらいは収穫祭に」と、父親が家族を引き連れ、山からここまで下りてきた。その時のリッツガルドの光景を、私は忘れることが出来ない。


背の高い、煉瓦造りの建物が道沿いに並ぶ大通り。

その窓からは、人々が一斉に花びらを巻き、街中は色づく。

辺りに響くのは、ファンファーレ。

通りでは、パレードが行われ、マーチングバンドを先頭に、踊り子たちや、戦乱時の英雄をかたどった山車がお城に向けて行進する。


「この隊列は、リッツガルド城まで続いている。

そこでは、王様とお妃、そして小さなお姫様がバルコニーに上り、民衆に手を振っている」

との話を聞き、私はそのマーチの列に付いていこうとしたが、迷子になるとの理由で、母親に止められた。

同い年くらいと聞いたそのお姫様と、友達になろうと画策していた私は、悔しさのあまり、人目もはばからずワアワアと泣いた。


「あれからもう、11年かぁ……」


思わずつぶやいてしまうくらい、あの日の出来事は鮮明に、私の記憶の中にあった。

あれから11年。こんな形で再びこの地に来るなんて、全くもって思っていなかった。そう、たった数週間前までは。


肩から下げた、古びた革製の鞄をごそごそとあさる。

この中に、今日の案内が入っているのだ。

上質の紙に、王家の紋章が刻まれた案内には、集合時刻と場所が明記されていた。


「午前9時より 入団式 リッツガルド城前 サイモンホテル1階にて」


サイモンホテルと言えば、この国より歴史が長い、老舗のホテルだ。

正面玄関には見張りの兵がおり、普通では近づけもしない。

古い建物の多いこの街の中でも、サイモンホテルはその煉瓦の深い色合いで、他のものとは別格の、独特の威厳を放っている。


そんなホテルだが、案内状を見せると門番はすぐに、田舎娘な私を敷地内に入れてくれた。


建物の正面ドアまで、真っ直ぐ伸びる石畳。


私は、「こんな場所での入団式に参加できる」という嬉しさと、「場違いである」というとまどい、そんな相容れない気持ちを抱えながら、ぎこちない動作で歩いた。


「……大丈夫、私は受かったんだから。堂々としていればいいんだから」


そう自分に呟き、ドアノブに手を掛け、いざ押そうとした瞬間、それよりも早くドアマンが、擦りガラス越しに私の姿を見つけたのか、内側からドアを引いた。

当然私は勢い余って、ホテルの中へと転んでしまう。

受付嬢、ドア付近で談笑していた紳士淑女の方々、沢山の目線が、即座に私へと注がれる。私は顔を赤らめ、急いで立ち上がった。と、その時。


「これ、あなたのでしょ?落としたわ」


ハンカチが差し出される。

あっ、と声を上げ、礼を言おうと手の主を見上げた瞬間。頭で考えるより先に、私の心が大きく脈打った。


美しいストレートの、桃色がかったブロンド。

手入れの行き届いたその髪は、頭の上部から赤いリボンで、二つくくりにまとめられている。少し吊り上った、大きな瞳は真紅の色。

ルビーのような深い赤が、粉雪色のその肌に生える。

背は低めだが、そこがまた可愛らしい。

精霊や妖精のような、私が物語の中で出会ってきた幻想的な美少女が、今、目の前に現れた。いや、舞い降りた、と言った方が正しいかもしれない。

うるんだ唇が、何か言葉を発したが、それに気が付かないくらい私は、その姿に見惚れていた。


「ちょっと、大丈夫?変なところ打ったの?」


「あっ、はっ、わ、私……」


眉をしかめ、首をかしげるその少女の声が、ようやく私の耳にも届いた。


「す、すいません。ハンカチ……あ、ありがとうございます」


ハンカチをすぐさま受け取り、埃のついた太ももをはたくと、私はすぐさま深く礼をした。そんな私をクスリと笑い、彼女もまた、口を開く。


「いいのよ。このくらい。あなた、今日この街に付いたの?

鞄が砂だらけじゃない。

田舎から出てきた証拠。ね、あなた、新採でしょ?」


「え、しん……さ…?」


「新規採用クルーのこと。あ、クルーってのは、メンバーとか、職員とか、そんな感じの意味ね。王国直属騎士団のメンバーは、クルーって呼ばれるのよ。ね、新採でしょ?」


「あ、はい。私、その……」


私が最後まで答えるよりも早く、彼女は自分の推理が当たったことに満足したのか、私の腕を掴み、

「じゃあ新採さんは、早く受付しなきゃ。もうほとんどのクルーがそろっているのよ」

と、嬉しそうに声を張った。


私は、同じ女性であるにも関わらず、腕を握られたことにドギマギしながら、受付の手続きを済ませた。


「ありがとうございます。なんか、色々教えていただいて」


「いいのよ。それに私は今、うれしいの。やっとうちにくる白魔道士さんに会えたんだから。あなた、遅いから待ちくたびれたわよ」


一瞬、耳を疑う。うちに、くる?


「あなた、シュナ・ポートマンね?私はリリア。リリア・クレージュ。フランツ騎士団の攻撃魔法を司る、黒魔道士よ。よろしく」


「どうして、名前まで……」


「ばかね。今さっき自分で書いていたじゃない。受付で」


フランツ騎士団の黒魔道士、そう得意げに言い放った彼女の言葉に、私は目を丸くした。


こんな別世界の美少女が、フランツ騎士団、そう、今日から私の同僚になるなんて!


私は顔を真っ赤にしながら、何か言おうと頭を巡らせたけれども、私の言葉がこぼれ出るよりも早く、受付の方がムスッとした表情で言った。


「あの……、もうすぐ入団式が始まるので、ご参加されるかたは右手のドアよりお進みください。他の方々は、すでにご着席です」


「え、あ、もうそんな時間なんですね!」


私は鞄を肩にかけ直し、ドアへと慌てて駆けた。ドアをくぐる瞬間、彼女にしっかり挨拶ができていないことに気が付き、くるりと振り返ると、そのまま一礼した。


彼女は、あきれたような笑みを浮かべながら、掌を向け、軽く手を振った。


部屋の中は思ったほどは広くなく、学園の小教室くらいであった。

しかし、天井からはシャンデリアが下がり、床もフワフワの絨毯が敷き詰められている。

両サイドにある木製の長椅子と机は、暗めの茶色で重厚感があり、顔が映るくらいにピカピカだ。

正面には美しいステンドグラスが飾られており、結婚式などを上げるにはぴったりの、そんな神聖さと華やかさを兼ね備えた部屋であった。


私は、ペコペコと会釈をしながら、おそるおそる唯一空いていた真ん中の左の席に付き、鞄を置いた。

隣のメガネをかけた男性が、わざとらしく咳払いをする。


「さて、全員そろったようですね。ではこれより、第153回、王国直属騎士団の入団式を始めます。一同、礼!」


そう、部屋の一番前にいる大柄の女性が言い終えると、周りの人達はみんな、一斉に立ち上がり、深々と礼をした。もちろん、一呼吸遅れながらも、私も頭を下げる。


「それでは、式を始めるに辺り、わが国勇軍の曹長であるハロルド氏にご挨拶いただきます。一同、礼!」


再び、示し合わせたように皆がそろって起立、礼をする。

私も合わせようとはするのだが、なかなかタイミングが合わない。

前の壇上には、先ほどの女性に代わり、黒いマントをきた体格の良い男性が現れ、口を開いた。


「諸君、入団おめでとう。我らリッツ国勇軍は、君たちのような優秀な人材が、軍と密接な関係にある王国直属騎士団に入団したことを、非常に喜ばしく思っている。


すでに承知であるとは思うが、先の戦争の際、我ら国勇軍と共に戦場で敵に立ち向かった、一般市民から成る自警団。その中でも特に優秀だった団を王国直属にしたのが今日の騎士団の始まりである。

国勇軍と騎士団。それぞれ形は違えど、王国の防衛という最重要任務を任されている上では同様の……」


重々しい口調で語られるその一つ一つの言葉を、周りの人達は皆、一つたりとも聞き逃すまいと、必死で耳を傾けている。


私はそんな周りの様子をチラチラと横目で見つつ、他の新採と同じように、曹長の口元に視点をあわせた。

彼の話の内容としては、なんということはない、私たちが小さい頃から学校で習ってきた、この国の成り立ち、国勇軍と王国直属騎士団との関係、騎士団の基本任務など、以前から知っていることばかりだ。


このような、一般的に退屈な挨拶と呼ばれるものを、これだけ集中して聞き込める(ようにみえる)のも、優秀な人材だからこそ、なのだろうか。

だとすれば、ここに居る人間の一員として私も存在している以上、私もそのような振る舞いをしなければならない。


この曹長の挨拶は30分にもおよび、その後、来賓の紹介、挨拶、新採による宣誓(おそらく入団者の中で、もっとも優秀なものが選ばれるのであろう)などと、プログラムは順調に進んだ。

結局、最後のオリエンテーションまで行き着くのに要した時間は3時間弱。ずっと気を張って前を見つめていた私は、えも言われぬ疲労感ですでにクタクタだ。


「はい。ではただいまより、オリエンテーションを始めます。では、案内状と共に送付した、赤い表紙の冊子、『新入生の心得』を出してください」


女性がそう言うと、皆、鞄から赤い紐で閉じられた冊子を取り出し、机の上に置いた。


――冊子?


私は戸惑う。



冊子など、持っていない。送付した?見たこともない。


念のため、招待状の入れられた封筒に手を入れる。まさか忘れたのだろうか?いや、そんなはずはない。私の手元に届いたのは、確かにこの招待状だけだった。


一気に血の気が引いていくのがわかる。

どうしよう。正直に手を挙げて言うべきか?いや、でも初日早々そんなことすれば、大恥をかくのは明らかだ。

今日の私は、もう昨日までの私ではない。

フランツ騎士団という、名門騎士団の肩書を背負っているのだ。

頬が熱を帯びる。汗を感じる。

私は意を決して、隣の人に話しかけた。


「……すいません、冊子が手元になくて、一緒に見させていただけませんか?」


「女の子の強みは、かわいく頼みごとをすれば、なんでも通ってしまうところだ」と以前エマが言っていたのを思い出し、私は決死の覚悟で「かわいく」を試みた。

ささやくように、声を高めに、上目づかいで。

結果、隣の男性は、冊子少し左にずらし、私に見やすくしてくれた。

が、この彼の怪訝な顔を見る限り、私の「かわいく」は、まだまだ修行が足りないようだ。


「最初のページで指示したように、前半部分はすでに各々で学習済みですね?では、前半は飛ばして、後半の説明からいたします」


そう、前の女性が言い終えただけで、皆がすぐに、「洗礼の儀」のページをめくった。私としては、最初から説明してほしかったところではある。


「今日、この後、皆さんには洗礼の儀を受けていただくこととなります。


具体的には、この街、リッツガルドからおおよそ片道3時間の場所にある、セントジェームズ教会へと行っていただきます。

これは、あなたたちが所属する騎士団のクルーと行くことになるので、言ってみれば、新編成された騎士団の、最初の課題とも言えるでしょう」


私は、この辺りの地理がまったくわからないので、ただぽかんとその説明を聞いていた。

が、隣の男性をみると、何か緊張した面持ちで、女性の話を聞いている。


「ご存じの方もいらっしゃると思いますが、セントジェームズ教会は、周りを森で囲まれた、辺鄙なところに位置します。

首都から3時間とはいえ、周囲の森には魔獣等が多く生息し、護衛をつけなければ一般人は足を踏み入れられない場所となっております」


ああ、だからみんな、緊張しているんだな。それに気が付き、私の顔も自然と固くなる。


「しかし、案ずることはありません。あなた達は一人ではありません。熟練された、王国直属の騎士団クルーが一緒なのです。

これは、単なる課題ではなく、あなた達とクルーとの積極的交流を促すためのものです。

これからの数々の任務にあたり、一番大切なものは、何でしょう?個人個人のスキルでしょうか?確かにこれも大切です。

しかし、最も大切なもの、それはチームワークです。これを機会に、少しでも多くのものを学びながら、この課題を遂行してください」

 

こうして、入団式は無事幕を閉じた。

私は隣の人に礼を言い、一度、用意された自分の部屋(ホテルの一室)に戻り、課題に出る準備をした。

ロビーでクルー達が待っているはずなので、急がなければならない。

毒消し薬、回復薬、そして護身用の短剣。

心の準備などもちろんできていない。

気持ちが追い付かないまま、私は足早に、ロビーへと駆けた。

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