二



 わたしは先ず、『捻れ死んだ男』と接点のあった者達への聞き込みを行った。そうして判ったことは、『ある女が頻繁に、男の家を出入りしていた」という事だった。

 以下はわたしが関係者の供述をまとめた物である。


   ×   ×   ×


供述1/『捻れ死んだ男』の同僚


 同僚は、「彼は仕事をよくサボり、いつも怠けてばかりいた」と云った。

 彼は仕事場へ来るものの、勤務中でありながらパチンコへ行ったり、他人に仕事を押しつけたりして、遊び呆けていたという。上司の顔色ばかり伺い、さも、自分が果たした業績のようにして、他人に任せた仕事を、自信の手柄だとうそぶくことも、ざらだったという。


 また、彼が上司に気に入られているのは、彼が密かに上司の税金逃れの手伝いをしている為だという噂があった。 

 然し彼曰く、ここ最近の『捻れ死んだ男』は、どこか漠然とぼうっとしており、パチンコをするでも、上司に色目を使うでもなく、自分の居場所へと鎮座して、ただただ惚けていたという。その事を仲間に尋ねてみると、どうにも女が出来たらしく、それも、かなりの美人らしい。


「何故男ばかりが得をして、真面目に働く私が損をせねばならぬのか。……」


 屈強な癖毛を有する同僚は、ぶ厚い唇を尖らせ、唾を飛ばしながら、こうした色々の事象を、わたしに対し、憤然たる態度で暴露した。


   ×   ×   ×


供述2/『捻れ死んだ男』の隣に住む老人


 老人は男の事を、「とんでもない悪人だ」と云った。それは老人の友人である一匹の犬を、彼が傷付けた為だと云う。

 それは老人が飼う、一匹の犬だった。その犬は、老人が八年前から飼い、大切に世話をしていたのである。が、アパートの大家曰く、犬は酷い皮膚病で、毛はすっかり抜け落ち、褐色の瘡蓋だらけであったという。それは、老人が犬のために用いる塗り薬に、原因があったようだ。


 『捻れ死んだ男』は、彼が『捻れる』一週間程前、老人の犬を蹴ったという。老人はそれ故、暴力を振るった男は、私の信仰心により、神の天罰を受ける事になったのだと云う。

 老人は男へ対する罵詈雑言を叫んだ後、彼が深く信仰する神に対し、祈りの言葉を唱えたが、わたしにはどうしても、その言語を聞き取ることは出来なかった。


 老人は隣に住むが故、夜な夜な、男と女の情事を、いつも聞く羽目になったという。その悪魔と行われる交配の嬌声故に、眠ることが出来なくなった老人は、悪魔がこの部屋へ入り込まぬよう、部屋の壁一面に、神への祈りの言葉を書き連ね、ひとつの結界を創り出したのだという。


 老人はまた、自身の蓄える金が知らぬ間に無くなっている事に気付いていた。そして彼は、「これも男の仕業である」と思い、呪詛を唱えたようだ。

 老人は全てを話すと、「信仰心は全てを救う」と云い、「私の信ずる神を、あなたも信仰するべきだ」と説いた。


 わたしはやんわり断ると、二度とこの、宗教狂いの老人を訪ねまいと決心した。


   ×   ×   ×


供述3/『捻れ死んだ男』の住むアパートの大家


 アパートの大家は、『捻れ死んだ男』の事を、実の息子のように可愛がっていた。彼には一人息子があったのだが、数年前、交通事故により死別していた。それ故大家は、男が息子と同世代であったが為に、度々彼の部屋を訪ねては、食い物に困っていないか、金に困っていないか等と云い、色々と世話を焼いていた様である。


 わたしからすれば、それは多少、一個人への過剰な干渉、お節介のようにも感じたが、男は厭と云うこと無く、穏やかで、いつも優しく、それもどこか親身になって、大家の話を聞いたりしていたのだという。

 故に大家は、彼があのように『捻れ死んだ』事を知り、酷く悲しくなったという。「まさか二度も、息子を失う事になるとは」と大家は云った。


 大家はその日、いつものように、日課である、朝の掃除を行うために、外へ出た。すると男の部屋から、誰かが勢いよく、外へ飛び出していった。長い黒髪を揺らしていた。「後ろ姿がどうにもすらっとして見えたので、女だったように思う」と大家は云う。

 変だな、思った大家が、男の部屋へ来てみると、どうにも肉の腐ったような、生臭いにおいが漂っている。そして男を呼びながら、中へはいると――あの様に、男は『捻れて』いたそうだ。


 大家はここまで云うと、後はなにも答えてはくれなかった。


   ×   ×   ×


 わたしはなんとしてもこの女を見つけだし、事情を聞き出さねばならぬと判断した。

 そうして、わたしはすぐさま捜査を開始したのであるが、それは思いも寄らぬ形で、我々は女の居所を知ることになる。


 それは、或る病院に入院する女だった。医者が云うに、その女はとある路地で行き倒れになっていた所を発見され、搬送されてきたというのであるが――意識を取り戻した女は、看護士に、『或る男を捻じり殺してしまった』と懺悔し、口走っているというのである。

 看護士は、それ故、医師へこの事を報告した。その医師から警察へ、連絡が入り、発覚した。


 我々は急ぎ、その『雨に濡れる女』の元へと赴き、あの日、あの部屋でなにが起こり、どのような方法で、男が『捻れ死んだ』のかを、その、翡翠色の目を持つ女から、聞き出す事にした。



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