グリムハンズ外伝:童話研究会の掟(ルール) ~KAC5参加作『お題:ルール』~

澤松那函(なはこ)

童話研究会の掟(ルール)

 童話研究会は、彩桜さいおう高校の校舎三階の角部屋を使っている。

 日当たりは非常に悪く、昼間でも電灯を点けないと薄暗い。

 元々物置だった頃の名残か、色褪せたカラーコーンや年代物のブラウン管モニター等、部の活動内容とは関係ない雑多な品が床のあちらこちらに点在している。


 けれど童話研究会の名に恥じず、部屋の壁一面に本棚が備え付けられていた。

 棚にはハードカバーや文庫本、素人が見てもそうと分かる年代物の本が窮屈きゅうくつそうに詰め込まれ、背表紙のタイトルは多彩な言語で彩られている。


 部屋の中央にある長机に向かい合って二人が居っていた。

 一人は、肩まで伸ばした髪をライトブラウンに染めているブレザー姿の少女だ。

 名前を沙月エリカと言い、彩桜高校の一年生であると同時に、童話研究会部長である。

 もう一人の朱色のジャケットを着た青年は、童話研究会の顧問を務める如月正太郎で、彼の前には漫画本が数十冊積み上げられている。


「エリカ。俺も何度も同じ事、言いたくねぇんだよ」


「じゃあ言わなきゃいいじゃん……」


 涙目のエリカに対して正太郎は、目の前に積まれていた漫画を一冊手に取った。


「そうもいかねぇだろ。いいか? ここは童話研究会で漫画研究会じゃねぇんだ。漫画は持ち込むなって何度も言ったよな?」


「私だけが持ち込んだわけじゃないもん! なんで他のみんなはお咎めなしなの!?」


「そら、お前が部長だからだ。部長ってのは部の責任者なんだよ。だからお前に言ってんだ」


「じゃあ責任とってやめる」


「気軽にやめんな。政治家じゃねぇんだから」


「涼葉さんがやればいいんだよ。あの人、二年だし」


 童話研究会には、エリカの他にも二年生の悠木涼葉とエリカと同じクラスの男子である亀城薫も居る。


「お前は、自分の友達に責任をなすりつけるような奴だったのか。幻滅したぞ」


「だって……」


 エリカは、幼子のようにボロボロと涙を零し始めた。

 想定外の反応に、さすがの正太郎も面喰っている。


「泣くこたぁねぇだろ!?」


「だってぇ!!」


「だから俺は、菓子喰って、漫画読んで、友達とおしゃべりだけしかしないってのを少しは自嘲しろと言ってるだけだ! ここはお前らの自宅じゃねぇって話をだな!?」


「じゃあどこで遊べばいいわけ!?」


「んなもん、お前の家でも涼葉とか亀城の家でもどれでもいいって――」


「私の家がオンボロアパートなの知ってるでしょ!?」


「だったら涼葉か亀城の家に行け!! 特に亀城の家なんかデカイっつーの」


「私なんかが行ったら迷惑じゃん!! ここぐらいしか、みんなに迷惑かけずに遊べる場所ないもん!!」


 沙月エリカは、幼い頃から大火に縁のある少女だ。

 エリカが四歳の頃、住んでいたマンションで火事が起き、両親は焼け死んだ。

 次は、七歳の時。エリカを引き取ってくれた母親の姉である伯母夫婦だ。

 エリカを除く一家五人は、全員焼死。

 その次は、九歳の頃。児童保護施設で犠牲者十七人。

 三度の不審火に警察はエリカを容疑者とし、連続放火殺人事件の捜査が始まる。


 二年程、警察署と精神病院を往復する日々を過ごし、証拠不十分で容疑が晴れると父方の親戚が後見人になってくれたが生活費を出す事を条件に同居は断られた。

 以来最寄り駅から徒歩三十分。エリカ以外の入居者が居らず、大家も別宅に住んでいる築四十年のアパートで独り暮らしをしている。


 こうした過去は本人が隠していても明るみに出てしまうもので、放火の前科があると常日頃から噂され、それは高校生になった今でも続いていた。

 そして故意でないにしろ、エリカが火事の原因という噂は真実である。


 沙月エリカは、物語を模した異能『グリムハンズ』を持つ能力者だ。

 エリカは、可燃性の灰を発生させる灰かぶりシンデレラのグリムハンズを持っており、この能力が暴発して火事を起こしてしまった。


 とは言え、能力の暴発はエリカのせいではない。

 社会的な混乱等の様々な事情を考慮してグリムハンズの存在は公にされておらず、実態を知るのは政府の一部とグリムハンズと交流のある者のみ。

 当時のエリカは、グリムハンズについて知りようがなかった。

 そうしたエリカの事情を自身も茨姫リトルブライアローズのグリムハンズである正太郎は、知っている。

 知っているから腹が立った。


「エリカ、俺が何のために、この場所を作ったと思ってる?」


 童話研究会は、グリムハンズ能力者を集めるために正太郎が用意した場所で、童話研究会という肩書はあくまでも隠れ蓑だ。

 悠木涼葉も亀城薫もエリカ同様にグリムハンズを持つ能力者である。


「お前の事を迷惑だって思う奴は、ここにゃ居ねぇんだぞ? お前が勝手に迷惑だと思って遠ざけてるだけだろ?」


「だって、私はみんなと違う。たくさん人を死なせたし、私と仲良くしてると……みんなの評判が傷つく」


「お前は気を遣いすぎなんだよ。誰に何を言われようと、あいつらは気にしない。何も知らないくせに馬鹿が好き勝手言ってるって思うぐらいだろうさ」


「だけど――」


「分かってる。お前があいつらが変に言われるのが気になるんだろ? でもな、だからってこの部室の中で関係を完結させようとするのは違うだろ?」


 優しいからこそ傷つけたくない。

 大切な友達だから一定距離を保っておく。


「エリカ。友達付き合いってのはしんどいもんなんだよ。でもしんどいとこを乗り越える度、絆が強くなってくもんだ」


「でも私は、人にしんどい思いさせたくない」


「なら尚の事、今度皆でどっか遊びに行け」


「だから、それはさ――」


「あの二人が一番しんどいのは、お前が踏み込ませてくれない事だと思うぞ」


 エリカは、反論を口にしなかった。

 涼葉と亀城の性格をよく知るからこその反応だろう。

 あともう一押し。そう思って正太郎が言った。


「なら新しいルールを決めねぇか?」


「ルール?」


「童話研究会部員のルール。友達や仲間を信頼する事。破ったやつは即退部だ」


「信頼……」


「どうだ?」


「分かった……努力する」


「よし。じゃあ友達と外で遊ぶ訓練をするぞ。早速明日、亀城とデートしてこい」


「え? なんで好きでもない男子と?」


「……お前も辛辣だねぇ。まぁいいから行って来い」


 言いながら正太郎は四つ折りにしたA四のコピー用紙をエリカに手渡した。


「これは?」


「開けてみろ」


 エリカが開いてみると、そこにはパソコンで打ったと思しき文字がびっしりと敷き詰められている。

 数を数えるのも面倒だが、最低でも五十は下らないだろう。


「なにこれ?」


「この間、涼葉が入部してくれたおかげで同好会から部への昇格が正式に決まってよ。早速部費の有効活用だ。明日、お前と亀城でこの本買って来い。お釣りは好きにしていいから」


 正太郎は、財布から五万円を出して長机の上に置いて、


「じゃあ、あとよろしくー」


 そう言い残して部室を後にしてしまった。


「ちょ、ちょっと待ってバカ教師!! なんかいい話な感じになると思ったけど、これがオチかよ。酷過ぎでしょ!!」


 沙月エリカ、十六歳。

 なんだかんだと人並みの青春を送っている初夏の頃の出来事である。







 童話研究会のルールが出来てから二ヶ月ほど後。

 じっとりとした熱が揺蕩う真夏の部室で、夏服姿の沙月エリカがパイプ椅子に座って文庫本を読んでいる正太郎を侮蔑のまなざしで見つめていた


「冷静になって考えてみてもやっぱひどいよね。あの時の先生の対応」


「まぁそう言うなよ。効果あったろ?」


 正太郎は、文庫本から視線を外さず、悪びれもしない。

 エリカは、苦笑しながら長机に置いていた通学鞄を肩にかけた。


「もういいけどさ……」


「エリカ。今日は、もう帰んのか?」


「うん。みんなと池袋に遊びに行くんだ」


「そうか。楽しんで来いよ」


 正太郎が言うや、エリカが正太郎の左腕にしがみ付き、強引に椅子から立たせてくる。


「先生も、ね」


「なんで俺が!?」


「ルールを忘れたわけ? 先生も童話研究会の仲間なんだからさ」


 エリカが破顔すると、正太郎はまんざらでもなさそうに右のこめかみを人差し指で掻いた。


「ったく。分かったよ」


「さすが先生、生徒の気持ちが分かってる」


「その代わり、なんも奢らねぇぞ」


「あ、じゃあいいや」


「おい!?」


「冗談だよ」


「冗談に聞こえねぇ」


「ほら早く行こう。みんな待ってるからさ。私が先生のお迎え係なんだ」


 エリカは、正太郎の腕に抱きついたまま、引っ張るようにして部室を後にした。

 たまには生徒と出かけてみるのも悪くない。

 口では拒絶しながらも、夕飯に焼肉の一つでも奢ってやろうと、正太郎は思った。

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