第4話


 妾腹の子として生まれたライラは、幼いころにマグノリア修道院に預けられた。

 遠い昔から時の権力者に取り入ってきた高級娼婦たちは、同じ娼婦たちの避難場所としてマグダラのマリアを祀った修道院を建ててきたのだ。

 父である男に捨てられたライラの母は貧しさから、異教徒たちの修道院にライラを預けるしかなかった。修道院で何を思ってライラが過ごしていたのかルイスは知らない。ただ、彼女に恋人がいたことだけははっきりとしていた。



「ライラが自殺? 一体、何を仰っているのですかルイス様……」

 ライラの遺体が片付けられた尖塔に、修道長の声が響き渡る。彼女は緑の眼を困惑にゆらし、ルイスを見つめていた。そんな彼女の腰を飾るコルセットへとルイスは視線を向ける。

 そこには、艶やかな赤い飾り紐が結わえ付けられていた。

 やはりと、ルイスは思う。彼女はライラの恋人だ。それも質の悪いことに、修道長には複数の恋人たちがいる。

 彼女はお気に入りの修道女たちを虜にし、愛の証としてコルセットの飾り紐を贈っていたのだ。赤いバラはマグダラのマリアの象徴とされる。そして赤薔薇の花言葉は情熱的な愛。その薔薇の花で染められた飾り紐を、修道長は恋人である少女たちに贈っていたのだ。

 困惑の視線を向ける彼女にルイスは不敵に笑ってみせる。

「瑠璃の瞳が美しいあなたの恋人が教えてくれました。愛の証として、あなたは自分がしていらっしゃるコスセットの飾り紐と同じものを、恋人である者たちにも贈っているそうですね。彼女たちには、秘密の恋人がいることを内緒にしていらっしゃいますが。ライラがどうやって死んだのか察しはついていましたが、なぜ死ぬ必要があったのか理由がわからなかった。彼女のおかげでライラが死んだ動機が分かりましたよ」

 ルイスの言葉にぎょっと眼を見開き、修道長は自身のコルセットへと視線を向ける。彼女は唇を震わせ、ルイスへと向き直った。

「そんなもの、ただの出まかせです。もしそうだとして、そこまでする必要はどこに……」

「あなたを、愛していたからでしょう」

 彼女の言葉にルイスは色のない声で答えてみせる。大きく眼を見開く彼女を見つめながら、ルイスは言葉を続けた。

「彼女の遺体を目撃したとき、彼女の両手に首に巻き付いたコルセットの飾り紐があることが気になりました。それもほどけた状態ではなく、しっかりと首に巻きついた状態でです。まるで自分で首を絞めましたと言わんばかりに。こういった事件を扱っている同僚に話を聞いたことがあるのですが、異教徒の捕虜の中には、自ら首を絞めて命を絶つ者もいるそうです。拷問による改宗を避けるためにね」

「じゃあ、ライラは……」

「自ら手首を傷つけ部屋の床に命の樹を描いた後、そこに横たわって自らの首を絞めたのでしょう。凶器にあなたへの贈り物を使ったのは、あなたへのあてつけでしょうね。この件はすべてヴァチカンの枢機卿たちに報告させていただきます。神の御前を汚したあなたにも、裁きが下ることでしょう」

 不敵に笑うルイスは両手を軽く叩いてみせる。その音を合図に修道長はコルセットの飾り紐へと手を伸ばしていた。

「なに……これ……」

 修道長は驚いた様子で、コルセットの飾り紐へと手をかける自分の手を凝視していた。

「私はライラが自殺したと言いましたが、人が首を絞めて自死したところを見たことがないんです。ちゃんと確証が得られるように、あなたで実験しようと思いまして」

 修道長の眼が驚愕に見開かれる。そんな彼女の意思を無視するように、彼女の手は飾り紐をコルセットから外し、その紐を首に巻き付け始めた。

「ちょっと待って、なんで私の体、勝手にっ……」

 くぐもった声とともに修道長は言葉を発することをやめる。彼女の手が、首に巻かれた紐を締めつけ始めたからだ。苦悶の表情を浮かべる修道長を無視して、彼女の両手は首を紐で締め上げていく。

 やがて、修道長は糸が切れたように床に倒れ伏した。それを見計らったかのように、部屋の扉が開けられる。

「殺すことはなかったんじゃないの? サリエル」

 可憐な声がルイスにかけられる。あぁ、やっと彼女とゆっくり話ができる。ルイスはとろけるような笑みを浮かべ、声の主へと視線を向けた。

 緩やかなにうねる黒髪を持った少女が、戸口には立っている。彼女は瑠璃色の眼を細め、憐れむように床に倒れる修道長を見つめた。

「君を汚そうとした人間に、君はそんな眼を向けるんだね」

「何が言いたいの?」

 冷たい少女の言葉に、ルイスは苦笑してみせる。そんな彼女に、ルイスは言葉を送っていた。

「君は、哀れなぐらい優しい人ってことだよ、ライラ」

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