第2話

 聖マグダラ修道院は、荒れ地の丘に建つ修道院だ。街外れにあるこの修道院はキリストの女弟子であるマグダラのマリアに捧げらている。そんな修道院の礼拝堂に飾られた黒いマリア像をルイスはじっと見つめていた。

 尖塔の側にある礼拝堂には誰もおらず、黒檀の美しい長椅子に座っているのもルイス一人。緩い修道服を纏うルイスは、両腕を組み。先ほどまでの殺人現場に思いを寄せていた。

 尖塔で殺された美しき修道女。首を絞めたと思われる犯人の逃走経路は不明で、何よりも遺体発見当時、現場は完全なる密室だった。

 誰が彼女を尖塔に呼び寄せ、誰が彼女を殺したのか。

 まったくもって謎が多いい事件だ。ルイスはため息をついて、両手を椅子につける。自分をこんな辺境の地へと導いた首謀者を、ルイスは呪い殺したい気分だった。

 ふと、指に絡みつくものがありルイスは左手を見つめていた。

 長椅子の背もたれに赤い紐が括り付けられている。その紐の先端が、ルイスの指に絡みついているのだ。

「これは……」

 その紐はライラの首に巻き付いていた紐を想わせた。括り付けられた紐を取ろうとルイスが紐に手を伸ばした瞬間、ルイスに声をかけるものがあった。

「あの、それは、私のです」

 か細い女の声がルイスの耳朶を叩く。

 紐を解いて振り向くと、瑠璃の眼を潤ませた修道女が縋るようにルイスを見つめていた。修道服に身を包んではいるが、腰の括れが美しい女性だ。何より、彼女の腰を飾るコルセットの飾り紐の鮮やかな赤は印象的だ。

「失礼。あなたのものとは知らず、つい……」

 笑みを浮かべ、ルイスは修道女に紐を差し出していた。彼女は安心した様子で笑みを浮かべ、紐に手を差し伸べる。その手をルイスは強引に引き寄せていた。

「きゃっ」

「思った通り、悲鳴も可愛らしい方だ……」

 胸元に引き寄せた彼女にルイスは陶然と囁いてみせる。もちろん美しいと思った腰に触れることも忘れない。

「あの……離してください……」

 瑠璃の眼を悩ましげにゆらし、彼女はルイスから視線を逸らす。そんな彼女にルイスは囁いていた。

「いや、コルセットの紐をこんなところに落とす女性には初めて会ったもので……。ちょっと気になってしまってね」

 彼女の腰を撫でまわしていたルイスの手は、いつの間にか彼女のふくよかな胸へと伸ばされていた。たわわな果実をそっとなでてやると、彼女は甘い声をはっする。

「おやめください……。神の御前でこんな……」

「その神の前で、あなたは誰と何をしていたのでしょうかね?」

 彼女の体が固まる。そんな彼女を抱き寄せ、ルイスは彼女の耳たぶに舌を滑らせていた。

「あっ……」

「知ってますか? マグダラのマリアは娼婦で、神の子イエスの愛人でもあったそうです。そんな彼女は、娼婦たちを守る守護聖人でもある。あなたのような花を売っていた女性の……」

「何が、仰りたいんですの?」

 彼女の眼に剣呑な光が浮かぶ。ルイスは口元を歪め、彼女に笑ってみせた。

「あなたを汚すつもりはありません。ただ、教えていただきたいのです。そのコルセットの飾り紐は誰からの贈り物ですか? それと同じものを亡くなったライラが持っていたもので」

「ライラが、これを……」

 彼女の眼が大きく見開かれる。唇をわななかせ、彼女は悔しそうにルイスから顔を逸らした。そんな彼女をルイスはそっと離してやる。

「教えてくださいますね。誰があなたにライラと同じ飾り紐を贈ったのか?」

 服を整える彼女にルイスは声をかける。彼女はうつむき、遠慮がちに頷いてみせた。

 

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