第6話 謁見②
「さっきから聞いておれば、ぎゃんぎゃんと騒がしいぞ、若造どもが」
ゴーダ、ローマリア、カースと呼ばれた男がようやく言葉を落ち着けたときだった。三人の背後にある〈淵王城〉の巨大な門から、その声は聞こえた。
「痴れ者どもが……これだから近頃の若いもんは……」
大回廊に差し込んでくる月光を背に、そこには真っ赤な法衣姿の人影が立っていた。
金糸に飾られた法衣と、縦長の祭儀帽、そして手には巨大な宝玉があしらわれた杖――それが宗教的な組織の権威者であることは、一目瞭然だった。
祭儀帽から覗くその顔は、完全に白骨化していた。杖を持つ手も、比喩でも何でもない文字通りの「骨の指」だった。法衣に隠れて見えないが、全身が同じように骨だけでできているのだろう。
「老骨に鞭打って、遠路遙々陛下の御前に参るのを心待ちにしておったというに、〈四大主〉たる貴様らのその体たらくといったら何じゃ。全く忌々しい……」
法衣姿の骸骨が、ぶつぶつと小言を漏らす。言葉を発するたび、骨だけの顎がカチカチと鳴った。
「随分と遅かったな、リンゲルト。普段なら我々より先にとっくに着いているだろうに」
「ふん、馬が立ち往生しおったのよ。転位だの飛んでくるだのできる貴様らとは、儂は違うでな」
リンゲルトが門の外を振り返る。そこには二頭の馬に牽かれた馬車があった。馬はどちらともがミイラで、手綱を握っている御者はリンゲルトと同じく白骨化した姿をしていた。
「いつものことですけれど、そんな馬車で長旅をしてこられるなんて感心いたしますわ、御老体」
リンゲルトを出迎えたローマリアが、口許に指を添えてクスクスと笑った。
「『感心』じゃと? どうせ『呆れとる』の言い間違いであろうが。三つ瞳の」
リンゲルトが、苛々した様子でローマリアに噛みつく。魔女に小馬鹿にされていることがどうにも我慢ならない様子だった。貧乏揺すりをするように、杖で大理石の床をしきりに小突く。
短気を起こし機嫌を損ねかけているリンゲルトだったが、カースの姿に目を留めると、ぼやいていた口をピタリと噤んで、はてなと首を傾げた。
「んん? 貴様は……誰であったかのう? ええい、最近はどうも忘れっぽくていかん」
「蝕みの、と言えば思い出されるか、〈教皇〉殿。尤も、私も貴殿と会うのはこれが初めてですが」
カースと呼ばれた男が、やれやれと溜め息を吐きながら言った。
「……おお! 貴様、カースめか! ふむ、また変わっておったか。これは分からん訳よな」
合点のいったリンゲルトが、カラカラと骨だけの顎をかち合わせて笑った。
「この服飾を見れば、たとえ変わっていようと気付いていただきたいものです」
カースが再び大きな溜め息を吐く。腕組みした指先が、苛立ちでしきりに肘を叩いた。
「……ふふっ。あら、失礼」
ローマリアが、リンゲルトとカースのやりとりを見て嘲笑を漏らしたが、それを咎めるゴーダの視線に気がついて、魔女はわざとらしく愛想笑いした。
魔族最高位、〈四大主〉――協調という言葉を知らないこの曲者四人にとっては、広大な大回廊でさえ、狭すぎて鬱陶しいものに感じられた。
「――ようこそお越し下さいました」
「――遠路遙々、長旅お疲れ様にございました」
「――要の守護の任の中、時間をお作りいただき感謝いたします」
「――その忠節、〈淵王〉陛下もお歓びになりましょう」
ゴーダ、ローマリア、カース、リンゲルト……〈淵王城〉に〈四大主〉が集い、小競り合いの後に沈黙が降りた途端、新たな声が大回廊の静寂を破った。
四人が声のした方へ目をやると、そこにはいつの間にか給仕服姿の四人の女たちが立っていた。
ゴーダたちが〈淵王城〉にやってくるのは、これが初めてのことではない。しかし彼らには、この〈大回廊の四人の侍女〉がいつもどこからやってくるのか、未だに見当がついていない。
〈四人の侍女〉は、四人ともが同じ背格好をしていて、白と黒の二色だけが配された同じ給仕服を纏っている。丈の長いスカートが足首まで伸び、端が膨らんだ袖からは黒い手袋を嵌めた手が覗く。襟は長く立てる様式になっていて、顎の真下まで首全体が覆われている。頭には四角い頭巾を被り、髪型はおろか髪色すら分からない。顔はベールに隠され、一切の表情を読み取れなかった。
個性と素性を徹底的に排除している給仕服から唯一覗き見えるのは、〈四大主〉を迎える声を発した口許だけである。それははっとするような、大回廊の白亜のように真っ白な肌をしていた。
その声さえも、〈四人の侍女〉のそれは全く同じで、聞き分けることはできなかった。
腹の前で両手を重ね、美しく横一列に並ぶ〈四人の侍女〉を見分けることは、不可能に近い。
唯一、侍女を見分けることができる特徴といえば、彼女らが持っている道具の違いだけだった。
一人目の侍女は、小さな燭台を持っていた。
二人目の侍女は、銀の呼び鈴を持っていた。
三人目の侍女は、何も持っていなかった。
そして四人目の侍女は、金の鍵を持っていた。
〈四人の侍女〉が、来賓たちに問いかける。
「――〈東の四大主〉、〈イヅの城塞〉が主、〈魔剣のゴーダ〉様で相違ございませんか?」
小さな燭台を持った一人目の侍女が問うた。
「ああ、相違ない」
ゴーダが、冷静な声で応える。
「――〈西の四大主〉、〈星海の物見台〉が主、〈三つ瞳の魔女ローマリア〉様で相違ございませんか?」
銀の呼び鈴を持った二人目の侍女が問うた。
「ふふっ。ええ、もちろん、相違ありませんわ」
ローマリアが、クスクスと小さく笑った。
「――〈南の四大主〉、〈暴蝕の森〉が主、〈蝕みのカース〉様で相違ございませんか?」
何も持っていない三人目の侍女が問うた。
「問題ない。陛下の許しは得ております」
カースと呼ばれた男が、腕組みしたままこくりと頷いた。
「――〈北の四大主〉、〈ネクロサスの墓所〉が主、〈渇きの教皇リンゲルト〉様で相違ございませんか?」
最後に、金の鍵を持った四人目の侍女が問うた。
「当然にございます。此度のお目通り、光栄に存じまする」
リンゲルトが、深々と頭を下げながら言った。
来城者たちの確認を終えると、〈四人の侍女〉は膝と腰を優雅に屈めて歓迎の態度を示した。
「――皆様の御身分に相違なきこと、確かに承りました」
「――改めまして、今宵の御来訪、我ら心より歓迎いたします」
「――〈四大主〉の皆々様を、玉座の御前へご案内いたしましょう」
「――私どもがお導きいたします。どうぞ、こちらへ……」
ヒールの底でコッカッと心地よい音を響かせ、〈四人の侍女〉が左右に分かれて道を空ける。そして侍女たちは深々と頭を下げ、〈四大主〉を合わせ鏡のように広がる大回廊へと招き入れた。
〈四大主〉を囲むように立ち、互いの距離と歩幅を精密に合わせて歩く。それはまるで、獄吏が罪人を連行するような光景、騎士が死者を弔うような光景だった。
そして何よりその光景は、来賓を何かから隔離する結界のようだった。
〈四大主〉を導きながら、〈四人の侍女〉が呪文のような言葉を口にし始める。
「――私は〈照らす者〉。月のない夜であろうとも、踏み出す足を外さぬように、私が道を照らしましょう」
一人目の侍女が、灯りの灯った小さな燭台を両手に抱いてそう唱えた。
「――私は〈報す者〉。全てが眠っていようとも、気付かぬ者のおらぬよう、私がこの音で報せましょう」
二人目の侍女が、銀の呼び鈴を鳴り響かせながらそう唱えた。
「――私は〈添う者〉。たとえ視えも聴こえもせずとも、決して道に迷わぬように、私が手を取り添い歩きましょう」
三人目の侍女が、何も持たない手を胸の前で重ねてそう唱えた。
「――私は〈送る者〉。望郷の思いに駆られようとも、この来た道を引き返さぬよう、私が送り届けましょう」
四人目の侍女が、金の鍵を虚空に伸ばしてそう唱えた。
「――我らが城主、〈淵王リザリア〉陛下の御許まで……」
そして〈四人の侍女〉が一斉にそう唱え、それは四人でありながらたった一人が発したとしか思えない完全な単一の声となって、大回廊の見えない果てへと吸い込まれていった。
次の瞬間に〈四大主〉たちが踏み込んだのは、大回廊とは似ても似つかぬ場所だった。
その場所は、荘厳な大回廊とは打って変わって、こぢんまりとした場所だった。
絢爛豪華な大回廊の建築様式に比べて、その場所の造りは驚くほど質素で簡潔である。過度な装飾も煌びやかな飾り付けもなく、その分だけ細部にまで調和の行き届いた様式美が際立って見える。
その場所にはきちんと、「果て」があった。〈四大主〉たちが立つ場所から二十メートルほど先、灰色の光が差し込んで濃い影の落ちている場所には、壁がある。
しかし、「果て」こそあったが、その場所には入り口がどこにもなかった。
嵌め殺しの窓があり、壁がある。ただそれだけだった。扉は存在しない。
先導していた筈の〈四人の侍女〉は、気付かぬ内に〈四大主〉たちの遙か後方に整列していた。
「……よい、下がれ」
前方、影に沈んだ場所から、声が聞こえた。
その声を聞くと、〈四人の侍女〉は無言のまま恭しく一礼して、跡形もなく消え失せた。
〈四大主〉だけになると、彼らは誰からともなくゆっくりと跪き、深く深く頭を垂れた。
「皆、面を上げよ」
声に命じられるまま、〈四大主〉たちが顔を上げる。灰色の光が、闇に物影を浮かび上がらせた。
一体何の光なのかも判然としない灰色に照らされて、そこにはたった一つ、玉座があった。
〈少女の姿をした何か〉が、そこに座していた。
「おぉ……! リザリア陛下……拝謁、光栄至極に存じまする……!」
玉座に座るその存在を目にしたリンゲルトが、思わず歓喜と畏怖に満ちた声を漏らした。
感激に打ち震えているリンゲルトを、しかし〈淵王リザリア〉は冷たい目で見下ろしている。
「〈渇きの教皇〉よ、口を慎みなさい……陛下の御前で何たること……」
ローマリアが、それまでの嘲笑っていた態度から打って変わり、鋭い口調で教皇の言動を咎めた。
「こ、これは……儂としたことが……」
魔女の糾弾にはっとしたリンゲルトが、慌てて頭を垂れ直した。
「……気にせずともよい。『口を開けてよい』とは言っておらぬが、『口にしてはならぬ』とも言ってはおらぬ。余の言葉は絶対であるが、余の命じておらぬことは余の言葉ではない」
〈淵王リザリア〉が、感情のない冷たい声で言った。
リザリアは玉座の上で何かに思いを馳せるように、あるいは何にも関心も持たぬように、左手で頬杖を突いている。
〈淵王城〉に住まう〈四人の侍女〉と同じく、城主である〈淵王リザリア〉もまた、白と黒だけのドレスを召していた。玉座の間同様、その召し物からも不要な装飾は排されていて、それが却ってリザリアの威厳を際立たせている。頭頂には、王たる証しの冠が頂かれていた。
この〈少女の姿をした何か〉は、どう見ても人間でいうと十代前半かそれよりも幼い見かけをしている。雪のように白く冷たい肌と、それよりも尚白い髪、金属光沢を放つ作り物のような金色の瞳。そこには強烈な非現実感があり、見た者に抗いようのない畏敬の念を抱かせた。何より、感情のない能面のような顔と目に見入られると、己の本能が「跪かねばならぬ」と囁くのだった。
それが、〈宵の国〉を統べる貴き者――魔族たちの絶対君主、〈淵王リザリア〉だった。
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